506階 女達の戦い1
フーリシア王国王都フーリシア
その王城内を一世一代の勇気を振り絞り歩く者がいた
足取りは重い
だが確実に一歩ずつ進んで行く
とある場所に
「久しぶりだな2人で会うのは。いつぶりだろう・・・なあ?スウ」
フーリシア王国第二王女スウ・ナディア・フーリシア
彼女が実の父である同国国王ウォーグ・フォーレンス・フリーシアと面と向かって会話・・・しかも2人きりで会うことなど早々ない
少し前に『スウ王女が陛下と2人きりで会いたいと仰ってます』と聞いた時にはウォーグは目を丸くして驚いた
幼い頃より他の子達より触れ合う機会が少なく、しかも魔法の才があったからとはいえ王位継承権を放棄しろと言わんばかりの宮廷魔術師候補への打診・・・そのような事があってか親子としては非常に冷めきっていた
同じ城内にいても会う機会は少なく食事を共にしても言葉数は少ない・・・城内では第一王子であるマルスが跡目を継ぐのがほぼ決まっていると噂され始めた頃からはウォーグの記憶の中では一度も顔を合わせてはいなかった
そんな疎遠となった娘であるスウからの要望にウォーグはすぐに応えて謁見が実現する
「ご健勝のようで何よりですお父様」
「堅苦しい挨拶は抜きだ・・・何か頼み事か?父として何もしてやれなかったからな・・・出来る限りは聞いてやろうと思うが・・・」
「・・・実権は既にマルスお兄様に?」
「うむ・・・歳には勝てん・・・余の代でと意気込んでみたものの時間は待ってはくれぬ。ならば夢は託すべきだと判断してそうなった・・・不服か?」
「いえ・・・マルスお兄様は立派な王になられると思います。ですが・・・」
「ですが?」
「今回の件は看過出来ません。悪手も悪手・・・国を滅ぼすやもしれぬ愚策です」
「・・・ローグ卿の事か・・・余も悩んだ・・・が、マルスの決定は間違ってはおらぬはずだ」
「『余』ね・・・」
「なに?」
「いえ・・・ですがその決定はこれまで国に多大な貢献をしてくれた公爵に対してあまりの仕打ち・・・裏切り行為となります。それに・・・」
「スウ!」
「・・・あ・・・」
熱くなり気付いていなかった
父親の顔をしていたウォーグがいつの間にか王の顔になり自分を見下ろしていた事に
娘となら会話もする。雑談程度なら許されただろう・・・だがスウ個人と政治の話をするつもりはないという拒否反応を見てスウは口を閉ざしてしまう
「・・・この国を案じているのは分かった。だがもう決まった事だ」
ウォーグはこの話を終わらせようとする
今までのスウならば親であり王である父の言葉を聞き入れ部屋を後にしていただろう
だがスウは部屋を出る為に後ろを向くのではなく歯を食いしばり一歩前に出た
「申し訳ありませんでした・・・決まった事に対しとやかく言うつもりはありません・・・ただ・・・」
「・・・ただ?」
「国王陛下・・・賭けをしませんか?」
スウは勝負に出る
それは今まで言いなりだった人生への反逆
諦めかけて閉ざされていた道を自ら切り開く為の一世一代の賭け
スウ・ナディア・フーリシアは今この瞬間から初めて王女として歩み始めた──────
時を同じくフーリシア王国王都フーリシア内の教会にてもうひとつの親子喧嘩が勃発していた
その親子とはセーレン教教主ゼン・アン・メリアとセーレン教エモーンズ支部長セシーヌ・アン・メリアの2人である
「行かせて下さい!私はエモーンズ支部の長なのですから!」
「ダメだ!」
「なぜです!」
「死に行く娘を親が止めるのは当然だろう!」
「っ!・・・あの街には・・・エモーンズには教徒がいます・・・見殺しにする気ですか?」
「教徒?行こうとしているのは本当に教徒の為か?」
「・・・」
「・・・まあいい。お前に伝えたのは誤って戻ってしまわない為だ。決して戻す為ではない・・・布教活動を続けたいのであれば他の街に送ってやろう・・・全て終わってからだがな」
法務大臣をクビになったゼンはセーレン教の教主として精力的に活動していた。今までの地位を取り戻すにはセーレン教の更なる勢力拡大が必要でありだからこそセシーヌの布教活動を許可していた面がある
聖女の役目を終えたセシーヌ達に残されたのはセーレン教のみ・・・過去の栄光に縋るゼンにとっては元聖女であるセシーヌのネームバリューは布教活動に最も役立つと考えていた
が、それも人があってこそ
現在勇者が大軍を率いてエモーンズに向かっている
それはつまり布教対象が存在しなくなる事を意味していた
実質部屋に軟禁状態にされたセシーヌは父であるゼンが立ち去った後、飼い猫であるシロの頭を撫でながらどうするべきか悩んでいた
「エミリ・・・私はどうすれば・・・」
傍で見守ってくれている侍女長エミリに尋ねるも彼女はゆっくりと横に首を振った
「セシーヌ様が駆け付けたとしても状況は変わらないかと・・・勇者パーティーだけならいざ知らず軍隊相手では・・・」
それも大陸中の各国の軍隊である
たとえもし撃退出来たとしてもロウニールは人類の敵となってしまう。かと言って黙ってやられるとは当然思えず事態は最悪な展開のみが待ち受けている状態だった
「ロウニール様は負けないでしょう・・・でも勝つ事も出来ません」
「前回は侵攻して来たリガルデル王国軍に対抗した結果・・・魔物を使ったとしても敵国には非難されど守られた自国には感謝されました。けど今回は・・・」
「向こうには『魔王討伐』という大義名分があります。死か人類の敵となるか・・・今のところはそのふたつしか道がありません」
「・・・接触していない今が誤解を解く最後の機会・・・ロウニール様が魔王ではないと知って頂ければ進軍は止まるやも・・・」
「いえ、それはないと思います」
「なぜです?」
「フーリシア王国の軍が加わった時点でロウニール様が魔王ではない事は承知の上での事になります。軍を出した王族はロウニール様が魔王を討伐した事を知っているのですから」
「・・・無実の罪を着せ一体何を・・・」
「おそらくは政治に利用されたのでしょう。扇動している者の利益の為に必要だったのです・・・人類の敵が」
「・・・なら勇者様もその事を知って加担していると?」
「そこまでは・・・もし御命令頂ければ調べて来ますが・・・」
「ダメです!危険過ぎます!・・・でももし勇者様が知らずに今回の件に携わっているとしたら・・・」
「誤解を解けば止める事が出来るやもしれません・・・もし知っていて加担しているのであれば・・・」
「・・・」
一縷の望みはあるものの王都にて軟禁状態であるセシーヌにはそれを実行する術がない
元暗殺者ギルドのエミリならば見つからずに勇者に接触出来るかも知れないが勇者がロウニールを魔王ではないと知っていて行動しているのであればエミリの命はないだろう・・・そう考えセシーヌは調べて来てとは言えなかった
聖女ではなくなり聖騎士団も傍にはいない
セシーヌが動かせるのはエミリ達侍女か元聖女親衛隊だけである
その命を・・・使う勇気はセシーヌにはなかった
それでもロウニールやエモーンズにいる人達を救いたい・・・そう想う心がセシーヌを揺らし続けていた
「セシーヌ様・・・やはり私が・・・」
「・・・誰かを犠牲にして誰かを助けるつもりは一切ありません。きっと何か方法があるはずです・・・誰も傷付かずに済む方法が・・・」
〘さすが聖女・・・いや元聖女か〙
「ロウニール様!?」
突然声が聞こえて周りを見渡すがロウニールの姿は見えない。通信道具を見ても光ってはいなかった
〘セシーヌが何処にいるか分からなかったからシロを使わせてもらっている〙
「シロを?・・・驚きました・・・シロがそのような事を出来るなんて・・・」
〘何かあった時のペットだからね・・・一応色々仕込んでおいた。まあそれはともかく話は少し聞いていた・・・その様子だと今の状況を知っているみたいだけど・・・僕からのお願いだ・・・動かないでくれ〙
「ロウニール様!」
〘こう言ってはなんだけど僕に勝てるものはそういない・・・勇者でさえ、ね。大軍が押し寄せて来ているけど数だけの烏合の衆・・・僕がやられる事はまずないだろう〙
「それは分かっています・・・けど・・・」
〘人類の敵になる気はないよ。大軍の中には・・・いやほとんどの兵士は正義の為に戦いに来た人達ばかりだろうし国境の時みたいにするつもりはない〙
「だとしたらどうされるのですか?」
〘・・・内緒〙
「なるほど・・・まだ思いついてないのですね」
〘・・・〙
「・・・仕方ありません・・・今はロウニール様を信じるとします・・・ですが私には『簡易ゲート』がある事をお忘れなきよう・・・」
〘セシーヌ!?〙
「私をあまり心配させないで下さい。心配し過ぎると何をするか分かりませんよ?」
〘・・・はい・・・〙
「さすがですセシーヌ様。ところでローグ公爵様、ひとつお聞きしたいのですが・・・」
〘・・・なんでしょう?〙
「シロの能力を詳しく聞いても?セシーヌ様のお着替え中のシロの視線が妙に気になる時がございまして・・・」
〘の、覗いてないわ!だから見ずに会話を聞いて2人しかいないと確信してから声をかけ・・・〙
「なるほど・・・やはり見えるのですね」
〘・・・〙
「まあシロ・・・あなた凄いのね。・・・そういえばシロをお風呂に入れた事がなかったような・・・今夜入れてあげましょう・・・1時間後くらいに。エミリも一緒にどうですか?」
「・・・お供します」
〘いやいや覗かないぞ?・・・と、とにかく動かないでくれよ・・・心配せずともこっちで何とかするから〙
「分かりました。では1時間後に」
〘うん・・・って覗かないって!〙
セシーヌの揺れていた心は会話していると収まった
彼なら何とかするだろう・・・決して楽観視している訳ではなく確信めいたものがあった
突然のロウニールとの会話も終わりセシーヌは笑顔でいそいそと準備を始めた
それを見てエミリが首を傾げ尋ねるとセシーヌは振り返り笑顔で答える
「何の準備・・・ですか?それはもちろん・・・お風呂の準備です。ロウニール様に英気を養ってもらわないといけませんからね──────」




