495階 聖者の解放
フーリシア王国が魔蝕の治療方法を公表した
回復魔法を魔蝕を患っている者にかけるのではなく範囲回復魔法をかける事により体内にある核のキズが癒えるというものだ
これまで『真実の眼』を持つ聖者聖女のみが治療可能であったがその治療方法だとある程度の経験を持つヒーラーなら治療する事が可能になる
最初は半信半疑だった世間もヒーラーの範囲回復魔法で回復する病人を見て信じるようになりやがて聖者聖女はその役目をひっそりと終えた
各国に派遣されていた聖者聖女達は本人の希望があれば国に戻る事が許される事となりまた聖女セシーヌを守護していた聖騎士団は解散し王国騎士団に吸収される形となった
またこれまでダンジョンをわざと破壊してこなかった国々は破壊が可能であれば破壊するという方針に転換する
理由は外に出始めた魔物に人員を割いている為、ダンジョンに赴く冒険者が減ってしまい各地でダンジョンブレイクが起きてしまったからだ
「なあ・・・なんでダンジョンブレイクと分かった?今や普通に魔物が溢れてるってのに」
フーリシア王国第一王子マルス・オギナ・フーリシアは率直な疑問を同国宰相であるクルス・アード・ノシャスに投げ掛けた
「外で普通に見るようになった魔物とダンジョンブレイクが起きて出て来る魔物では行動に違いがあります。前者は種族ごとに行動し人間と同じように生活します。後者は他種族と行動し無差別に人間を襲います」
「ぷはっ・・・魔物が生活って・・・人間様と同じ事をするなんて生意気な奴等だ。まあ今ので分かった・・・要するに自分から出た奴らはちょっとばかし賢くて追い出された奴らはバカって事か」
「概ねそんな感じです。なのでダンジョンを管理し続ける事が難しくなってきた為に破壊するよう陛下から言われておりまして・・・それを止めよと?」
マルスがクルスを訪ねたのはダンジョンの破壊を止めさせる為だった
未だ王子のままであるマルスに決定権はない。あるのは現国王であるウォーグただ一人だ
しかしそのウォーグに意見出来る人物がいる・・・それがマルスの目の前にいる宰相クルスだった
「全部止めろとは言わねえよ。ある程度・・・他の国より残せって言ってんだ」
「しかし冒険者の数や兵士の数を計算すると今残そうとしているダンジョンでギリギリでして・・・ダンジョンブレイクが起きれば近隣の街や村は滅びてしまいます。なので他の国と比べるのではなく我が国の・・・」
「滅びればいい」
「なっ!?マルス様!」
「どうせ反感を買うのは現国王である父上だ。利益があまり出ていないダンジョンから全て撤退しろ。兵を下げ冒険者を他へ斡旋するんだ。なるべく父上が健在の時にダンジョンブレイクが起こし愚王と呼ばれるまでに堕とす・・・その後俺が王位を継いだら滅びた街や村を再建し賢王と呼ばれるくらいにゃなるだろう」
「・・・わざと父君である陛下の評判を落とすと?それはあまりにも・・・」
「どうせ死んだら評判なんて聞こえてこないさ。それに他の国と同じ事をしているなんて愚の骨頂・・・まさに愚王まっしぐらだ。・・・まさかお前も他の国にならえが正しいなんて思ってないよな?」
「・・・」
「民を守るなんて二の次だ。今フーリシア王国には最大のアドバンテージがある・・・魔王が討伐されている事を知っているっていうアドバンテージがな。他の国はせっせと魔王に備えて準備している間に俺達は次の行動に移れるって訳だ。その次の行動が何か・・・分からねえなら宰相なんて辞めちまえ」
「・・・歴史上魔王討伐後に起こる出来事・・・魔核不足に備える・・・」
「分かってるじゃねえか。歴史は繰り返す・・・魔王討伐までに勇者は魔族や魔物を狩り尽くす・・・地上から魔物は消えダンジョンもなくなってしまう・・・そうなれば魔核は品薄になり高騰しやがて魔核は一旦この世から消えるはずだ。今や魔核は必需品・・・その魔核が無くなるのが早ければ早いほど国力の衰退は早まる・・・が、逆を言えば遅ければ遅いほど国力を保てるって訳だ。奴を使えば簡単に手に入れたであろう大陸も奴は恐らく断るだろう。だから奴は他国への抑止力としてだけ活用し俺達は今出来る事をやろうってだけだ。たとえそれが・・・痛みを伴う方法だったとしても、な」
「・・・私に陛下を裏切れと?」
「人聞きの悪いこと言うなよ・・・別に俺はいいんだぜ?俺の代でやる事になっても・・・ただその時俺の横に座ってるのはもう少し賢い奴だろうけどな」
「・・・何とか説き伏せ魔核を出来るだけ蓄えるよう勧めてみます。陛下の代で大陸をその手に入れられるように」
「おいおい陛下と呼ぶのはまだ早いだろ・・・だが悪くない顔つきだ・・・期待しているぞ宰相」
マルスは微笑み頭を下げるクルスの肩に手をポンと乗せるとそのまま部屋を立ち去った
「・・・蛙の子は蛙か・・・」
クルスは一人呟くと次代の王の為に動き出す
その決断が吉と出るか凶と出るか・・・宰相として長年仕えてきたクルスにも分からなかった──────
「組合が解散?」
「おう。国からのお達しでな・・・冒険者ギルドの全ての組合を解散せよだってよ・・・苦労して作ったってのにまったく頭に来るぜ」
エモーンズの屋敷にある応接間で何故かくつろぐダンがボヤいていた
組合の解散・・・また急な話だな
「理由は?」
「さあな・・・ただまあ組合が意味をなさなくなってるってのは感じてた」
「なんで?」
「組合ってのはダンジョンの情報の共有や人員の確保だったりしただろ?けど今は依頼を受けて魔物を探ったり護衛したりが主流になりつつある・・・討伐依頼もダンジョンの外だ・・・みんなパーティー単位で受けてるから組合の意味がねえんだよ」
「ふーん・・・別にだからって強制的に解散させなくてもいいような気がするけど」
「まあな・・・何か別の理由があるのかもな・・・おかわり」
「・・・お前もしかして組合解散の話をしに来た訳じゃなくて喉が渇いたから来たのか?」
「悪いかよ?こちとらきっちり血税払ってやってるんだ・・・飲み物くらいケチケチすんな」
「お前が払った税なんて国に納める分を差し引いたらコーヒー代にもなりゃしない」
「うそつけ!少しくらい納税者に還元しろってんだ!」
「してるさ・・・たっぷりとな」
「ハッ、ならこの贅沢な暮らしっぷりはどうなんだ?しかもメイドをはべらせて・・・夜はくんずほぐれつ愉しんでんだろ?このエロ貴族!」
「アホか僕はサラ以外とはブガッ!」
「手が滑りました申し訳ごさいません」
・・・どう手が滑ったら後頭部に肘が飛んで来るんだよ・・・
「ダッセ!やられてやんの」
んのやろう・・・人が殴られたのを指差して笑いやがって・・・ん?
「お客様お帰りはあちらになります」
僕の後ろにいたサラがいつの間にかダンの横に立っていた
笑っていたダンは片眉を上げ空になったコーヒーカップを指差す
「えっと・・・もう1杯・・・」
「お帰りはあちらです」
「あ・・・はい」
さすがのダンもサラの圧力に負け立ち上がると渋々応接間の出入口へと歩き出す。だが足を止め僕の方に振り返ると・・・
「・・・たまには冒険者ギルドに顔出せ・・・」
そう言ってそのまま応接間から出て行った
さっきまで笑っていたのに変な表情だったな・・・真剣と言うか寂しげと言うか・・・別に冒険者ギルドに用事なんてないんだが・・・
「サラ、これからの予定は?」
「セイム様から『大都市計画』についての相談があると言付かってます。それとジェファー様から予算の相談とナージ様から時間がある時にお話したい事があると・・・」
だよな・・・エモーンズに戻ってから何かと忙しい・・・
やる事が盛り沢山・・・そう言えばディーンはまだ行方知れずだしシークス達もまだ・・・ディーンはともかくシークス達は探しに行かないとな・・・ハア・・・体がいくつあっても足りないな
「どうされましたか?」
「いや・・・そろそろシークス達を本格的に探さないといけないなって思って・・・一体どこほつき歩いているんだか・・・」
「放っておいてよろしいのでは?」
「いやいやさすがに手伝ってもらったし探さないと悪いよ・・・まあ散々放っておいた僕が言うのもなんだけど」
「これまで散々好き勝手やって来たので懲らしめる意味でも放っておいたらどうですか?少しくらい協力したとしても私はまだ許しておりませんし・・・あの時が初犯とは思えないので知らないだけで色々とやっているでしょうし・・・」
あの時?・・・ああ、僕がシークス達をまとめて落とした時か
そう言えばあの時のシークス達はサラを・・・思い出したら腹が立ってきたぞ
「うん、放置しよう。シークスの事だ・・・どうせしばらくしたら何食わぬ顔して戻ってくるだろう・・・多分」
手伝ってもらった事ばかり考えててアイツが元々どんな奴だったか忘れてた。『ダンジョンキラー』とか何とか言ってケン達を襲いサラまで・・・その後はサラ達が『ブラックパンサー』のアジトに捕まった時に手伝ってもらったのとエモーンズの広場で魔獣達を相手に戦ってくれたからすっかり忘れてたけど元々悪人だしな・・・エモーンズの平和の為には戻って来ない方がいいまである・・・いや、それは言い過ぎか・・・やる事のひとつに入れて時間を見て探しに行くか・・・
その後セイム、ジェファー、ナージに会って話をして久しぶりに冒険者ギルドに行こうとサラを誘うも『用事がある』と断られ1人で向かった
そして冒険者ギルドに着き扉を開けようとした瞬間・・・何かよからぬ気配を感じたので咄嗟に身を躱すと扉が勢い良く開け放たれ冒険者が飛び出して来た・・・背中から
その冒険者が扉のすぐ近くで仰向けに倒れ、見ると鎧の胸の辺りからプスプスと煙が・・・ギルド内で魔法を食らった?しかも・・・火魔法?
何となく中で何が起きたのか予想しつつギルドの中に入り中を見渡すと奥のカウンターの中で本来座っているはずの女性が怖い顔をして仁王立ちしていた
「ギルド内での私闘は厳禁とあれほど・・・あれ?ロウニール・・・公爵様?」
「や、やあペギー・・・これは一体・・・」
「あはは・・・ちょっと騒がしいからつい・・・」
見るとギルドの中央でへたり込む者とそれを心配する者・・・そしてペギーを見て恐れおののく者に分かれていた
冒険者同士がギルド内で喧嘩してその仲裁に入ったペギーが片方の冒険者を吹き飛ばした・・・多分そんなところだろう
「そうだ!もうすぐ終わるから食事に行かない?もちろん公爵様の奢りで」
「え?あ、うん・・・いいけど・・・」
「やった!じゃあすぐに準備するから待ってて・・・あと・・・表で倒れている人の処置を誰かお願い・・・ね」
ペギーは僕に微笑んだ後、表情をガラリと変えて中央にいる冒険者達に言い放つ
冒険者達が素直にコクコクと頷いたのを確認するとペギーはギルド職員の同僚に早退すると伝えて2階へと上がって行った
少し・・・いやかなり性格が変わった?
おっとりした感じだったのに・・・まさか僕のせい・・・じゃないよな?──────




