491階 マルスの思惑
サマンサを家まで送り届けた後でシーリスを城へと送り屋敷へと戻る。すると中庭に空いていた穴は応急的に埋められており周りにはそこに立ち入らないよう規制線が張られていた
さすがサーテン・・・仕事が早いな
しかしこうも庭を壊してたらいずれ庭師の人に怒られそうだ。前の屋敷の時も二度ばかし壊してしまったし・・・まああれは二度ともキースのせいだが今回は僕のせいだ・・・今後自重しよう
「お帰りなさいませご主人様」
「ただいま。何か変わった事は?」
「中庭の地形くらいです」
「悪かったって・・・部屋に戻るからナージに部屋へ来るよう伝えてくれ」
「畏まりました」
第三騎士団の駐屯所に行き来しただけなのに妙に疲れた・・・休みたいところだけど確認しておきたいことがある為にナージを部屋に呼んだ
部屋で着替えて待っているとすぐにナージはやって来て互いに座り飲み物を待つ
メイドの1人が僕とナージの分のカップをテーブルに置きようやくひと息つくと話を切り出した
「ケドリック伯爵の派閥ですか?それは調べてみないと何とも・・・何かありましたか?」
「少し気になる事があってな・・・昨日の参加者の中で私のところに娘を嫁がせようとする貴族が何人かいた・・・その目的が気になってな」
「目的ですか?普通に政略結婚だと思われますが」
「けどほら貴族には派閥があるだろ?敵対する派閥はないにしても派閥を持たない私に娘をやるメリットがあるのか疑問に思えてな」
「確かに敵対する派閥同士の婚姻はなかなか見られません・・・が、閣下は派閥とは無縁なので問題はありません」
「派閥と無縁?」
「派閥とは位の高い方を支えるものです。その位の高い方が上に行けば行くほど恩恵が得られるからですが閣下は公爵・・・しかも派閥を持たない公爵です。敵対するものもいなければ味方するものもいない・・・完全に独立した権力と言っていいでしょう」
「うーん・・・よく分からん」
「・・・公爵は王位継承権を持つ特殊な貴族となります。もし公爵が派閥を持つとしたら敵対するのは誰になると思いますか?」
「王位継承権を持つ貴族・・・それが派閥を持つとしたら・・・敵対するのは他の王位継承権を持つ貴族?」
「はい。喧嘩は同じレベルでしか起きないもの・・・公爵カップが喧嘩するとしたら同じ王位継承権を持つ王子達と敵対関係になる事となります。なので閣下が派閥を持つという事は反旗を翻すと同義になるのです」
「なるほど・・・王の座を狙う為に徒党を組んだとみなされるって事か・・・」
「はい。なので貴族は公爵閣下を担ぎ上げ派閥を作ろうとは考えません・・・なぜならもし上手く行けば地位や名誉を得られますが失敗すれば家門は廃止され一族郎党は皆殺しの憂き目に合うからです」
「そんなリスクは背負えないと・・・ならばなぜ自分の娘を嫁に出そうとするんだ?」
「派閥同士の婚姻はよくある事・・・派閥の絆を高め合う意味でも監視し合う意味でもあるからです。ですがもうひとつ・・・派閥に関係なく自分の地位を高めたり利益を得る方法があります」
「それが私との婚姻?」
「はい。公爵家との繋がりは貴族にとって恩恵が大きく・・・そして公爵家の方も他の貴族との繋がりを欲します。互いに利益がある為に貴族達はこぞって公爵家との婚姻を望むのです」
そっか・・・公爵は他の貴族よりも貢献を挙げなくてはならない・・・だけど公爵のほとんどは元王の子供・・・公爵になるまで王子として生活しており地盤がないから公爵になった後で地盤固めをする必要がある・・・その第一歩が貴族との繋がりって訳か
「でもそれなら戻る元王子の方がよくないか?王子だった時の繋がりもあるだろうし何より元王子って肩書きも・・・」
「逆です。元王子という肩書きが逆に足枷となるのです。元王子であり公爵となった方はどのようにしてその地位に就いたかお分かりになられますか?」
「そりゃあ・・・ああ、そうか・・・元王子が公爵になった時の王様は・・・それまでの競争相手か」
「はい。互いに王の子に生まれ競い合っていた相手が国の頂点にいるのです。もし他の貴族が敗れた王の子に近付いたとしたら勝った王の子はどう思うでしょうか?」
散々競い合っていた相手だ・・・もしかしたら何か企んでいるかもって邪推する可能性もある。それに王様の機嫌を損ねたら何をされるか分かったもんじゃないし・・・そう考えたら元王子の公爵には近付きにくいかも
「沈むと分かっている泥船に好んで乗る者はおりません。この屋敷が主を何度も変えているように公爵家は長続きしないというのは周知の事実ですから」
「・・・元王子の公爵に擦り寄る貴族がいないという理由は分かったけどじゃあなんで私には来るんだ?王様になるであろう王子と争ってないからか?」
「恐らくは・・・第一王子であるマルス王子の策略でしょう」
「あん?マルス王子?」
「昨日のパーティーへの参加を事前にほのめかし実際に参加した・・・もちろん王子への招待状はこちらから送っておりませんので自発的に来られたのでしょう」
「やっぱり送ってないんだ・・・それで?」
「今の立場的には同じでも継承権は向こうの方が上です。その方が自ら継承権の低い閣下のパーティーに参加するというのを他の貴族がどう見るか・・・『次期国王に気に入られている』もしくは『気を遣われている』・・・そう見られると思いませんか?」
「つまりマルス王子がパーティーに参加したのは対外的に私の味方であるというアピールの為?」
僕が尋ねるとナージは無言で頷いた
ナージが『もちろん招待していない』と言うって事は王子を屋敷のお披露目パーティーに呼ばないのが普通なのだろう。だから王子は参加するはずがなかった・・・なのにわざわざ参加したのには理由があると貴族達は考える・・・もしかしたら中には『もはやロウニール・ローグ・ハーベスはマルス王子の配下である』と考える貴族もいるかも・・・対立し負けた公爵に近付けば国王となった勝者に睨まれるかもしれないが国王が懇意にしている公爵なら・・・取り入る事が出来れば大きな力となる・・・か
「でもマルス王子は公言した訳じゃないだろ?もし違ったら?」
「参加するだけで公言したも同然です。それにパーティー中に2人で仲良さげに話す場面を見れば効果は絶大・・・もはや疑う者はいないでしょう」
そういう意図があったのか・・・人払いして話の内容を聞かれなければ見ている人達は色々と想像する・・・会話の内容は分からないけど貴族達には仲睦まじく見えたかもしれない
そう言えばテラスから戻った後から『嫁に嫁に』と騒ぐ貴族達の激しさが増したような・・・
他の公爵と違い争わずして公爵となった僕・・・そして次期国王と目されるマルス王子と懇意にしているとなればマルス王子を落とすより容易いと思われたか
「・・・しかし不思議です。私が知る貴族はどんな事をしてでも上に行く・・・もしくはその場に留まろうという気概がありました。ですが閣下には一切見えません・・・それなのに誰よりも先を行く・・・」
「だったらその『どんな事』が間違っているんだろ?」
「かも知れません。それで・・・閣下はどこまで行くおつもりですか?」
「どこまで?・・・どこにも行くつもりはない。今は誰でもないロウニールに戻る為の地ならし中だから目立ってるだけで・・・それが終わればどこにでもいる人間に戻るつもりだ」
その為に今頑張っている・・・魔族が大人しくなり魔蝕に怯えることなく戦争が起こらない平和な日々が訪れれば・・・
「世間が放っておかないと思います。昨日のパーティーでそれを実感されたと思いますが・・・」
「貴族達は少しばかり光を放つ私に興味本位に近付いて来ているだけだ。もっと眩い・・・それこそ目も眩むような光を放つ者が現れたら私の事などそっちのけで群がるだろうよ」
「?・・・マルス王子が国王になったら・・・という事ですか?」
「いや・・・マルス王子なんかよりもっと強い光だ。そろそろ現れる頃だろ?勇者って奴が、ね──────」
リガルデル王国北部デザースロムの街
街の中心にある一際目立つ大きな屋敷の応接間に一風変わった一行がその屋敷の主であるクーガ・エリエント・リーブルを訪ねて来ていた
「えっと・・・お招きありがとうございます?で、いいんだっけ?ラナ」
「わ、私に聞かないでよ!いいんじゃないの?・・・多分」
「お上手です。大変良く出来ました」
「・・・アホらし・・・ここは学校か」
少年と少女、それにローブの女性に冒険者らしき男・・・4人は居心地悪そうに応接間にあるソファーに座っていた
「長旅お疲れ様でした。飲み物を出そうと思うのですが何かお好みはありますか?」
「ジュースで!」
「わ、私も」
「コーヒーを頂けますか?」
「酒・・・はまずいか。コーヒーで」
クーガは目で合図するとそれを受けて部屋の入口に立っていた執事が頭を下げ飲み物を用意しに部屋を出た
「今準備しておりますので少々お待ち下さい。飲み物が来るまでの間旅の話でも聞かせてくれませんか?どうでしたか?我がリガルデル王国は」
「どうもこうも・・・ファミリシアより魔物が多くて来るのに時間が掛かっちゃったよ・・・この国の冒険者は何してんの?」
「ちょ、ちょっと!王子様に失礼だよ?」
「構いませんよラナ様。魔物が多い理由は恥ずかしながら我が国は冒険者の育成を怠っておりました。国でダンジョン専属の部隊を作りダンジョンに潜っては魔核を集め国益に・・・冒険者もいる事はいるのですが他の国に比べたら環境的にはよくないかと」
「なるほどね・・・でもそれならそのダンジョン専属部隊?が魔物を退治すればよくない?ファミリシアもそうだったけど外に魔物が溢れててそのままにしていると街を襲ったりして危ないでしょ?なんでその部隊は・・・」
「・・・今回お呼び立てした理由がそこにあるのです。我が国は残念ながら腐ってしまった・・・その腐った国を正せるのは貴方以外いないのです・・・勇者ジーク様──────」




