490階 第三騎士団駐屯所
「なんでお前までついて来るんだよ」
「悩みが解決したから暇なのよ」
そう言って第三騎士団の駐屯所に向かう僕とサラについて来るシーリス・・・暇ってなんだよ暇って
シーリスは歩きながらキョロキョロと物珍しそうに王都を見回している・・・確か城に併設されている魔塔と呼ばれる所に住んでいるんだっけ?魔法に関して学んだり研究したりする場所である魔塔・・・もしかしてそこからほとんど出た事がなかったとか?
・・・そうだよな・・・必要な物は全て用意してもらえるだろうから街に買い物に行く必要がない・・・それに例えあったとしても一緒に買いに行ってくれる友達もいない・・・ちょっと泣けてきた
「・・・何見てんのよエロ兄貴」
「別にたまたまそっちを見ただけだウブ妹よ」
目が合うと睨みつけてきた・・・しかも呼び名を変えて
まだバカ兄貴の方がマシだな
そりゃまあエロですよ。エロに間違いありませんよ。けど呼ばれる身にもなってみなさいよ?『エロ兄貴』ですよ?そんな呼び方をされたら聞いた人達が何を想像するか分かるでしょうよ。そしてその被害者はサラなんですよ?
僕が『エロ兄貴』と呼ばれる、それを聞いた人は『あー、あの人エロいんだ』と思う、その人達は僕の斜め後ろを歩くメイドのサラに注目し、みんなこう思う
『あぁ、あの人がエロい事をされている人なんだ』と
確かに合ってる・・・合ってるけども!
彼氏としては彼女の卑猥な姿を想像されたりするだけで嫌なのですよ。サラをエロい目で見る奴のその目を潰したくなるわけですよ
なのでエロなのは間違えないのだけど街中で言わないで欲しい
「だ、誰がウブよ!アタシだって・・・アタシだって・・・」
「何が『アタシだって』何ですか~?」
「宮廷魔術師候補の時に他の学生からチヤホヤされて・・・」
「え~そうでしたっけ~?」
「そうだったでしょ!・・・ってサマンサ!?」
気付いてなかったのか・・・随分前からニコニコしながら後ろにいたのに・・・
シーリスの背後には僕達に気付き近寄って来た宮廷魔術師候補の1人であったサマンサが護衛を引き連れて立っていた
「なんでアンタがここにいるのよ!家に帰ったんじゃ・・・」
「色々あって~・・・遅くなりました~公爵様にご挨拶申し上げます~」
「あ、どうも」
『色々あって』と言いながら意味深な笑みを浮かべるサマンサ。確か元々伯爵家の令嬢だったっけ?その彼女が領地に帰った後で王都に来た理由・・・意味深な笑みを僕に向けるって事は・・・なるほど、父親の付き添いか
「どちらに向かっているのですか~?もしよろしければ御一緒しても?」
「え?いやそんなゾロゾロ行くような場所じゃ・・・」
「ケチ臭いこと言ってないで連れてってあげなよ・・・エロ兄貴好みのモノ持っているんだし」
「エロ?・・・モノ?」
確かに・・・って『確かに』じゃない!いや大きいけど・・・大きいけども!
結局サマンサも連れて行く事になってしまった
護衛には僕がちゃんと家に届けると約束して帰ってもらい4人で駐屯所へ・・・なんだかディーンを心配して行こうとしているのに遊びに行ってるようなメンツだよな
第三騎士団の団員にはさすがに顔は知られておりすんなり中に入らせてもらうとそのまま僕とサラはジャンヌの元へ。シーリスとサマンサは途中で会ったフレイズ達に押し付けた・・・2人は話より駐屯所の中の方が興味あるだろうしね
それに・・・もしかしたら結構深刻な話かもしれないし・・・
「分かりません。公爵様の御屋敷を出た後で忽然と消えてしまったので」
突然団長であるディーンが居なくなってしまったから分からなくもないが軽く挨拶を終えた後で僕が早速本題に入ると開口一番冷たく言い放つ
「消えたと言っても消える前に何かなかったのか?変な音がしたとかディーンの様子がおかしかったとか・・・」
「ありません」
くっ・・・取り付く島もないな
いやジャンヌが一番混乱しているはずだ・・・それなのに外野の僕からごちゃごちゃ言われたくないだろう
「そっか・・・すまなかった大変な時に」
「・・・いえ、わざわざ御足労頂きありがとうございます。それに御心配をおかけしまして・・・申し訳ありません」
「ジャンヌが謝る事じゃないだろ?何か私が手伝える事があったら遠慮なく言ってくれ」
そう告げて立ち上がるとジャンヌも立ち上がり無言で頭を下げた
結局何も分からずじまいか・・・部屋を出てため息をつくと僕の後ろにいるサラが閉まったドアを見つめながらボソッと呟いた
「何か隠してますね」
「え?」
「いくら仕事が忙しいとはいえ公爵様に対して不敬な態度・・・それも心配で駆け付けた方に対して・・・更にご主人様とジャンヌ様は知らない仲ではないはずなのであの対応は不自然です。となるとジャンヌ様はご主人様に触れて欲しくない何かがあったからあのような態度を取ったと考えた方が自然かと」
「『触れて欲しくない何か』・・・それを隠す為にあんな態度を?じゃあジャンヌはディーンの行き先を・・・もしくは消えた原因を知っている?」
「あくまで勘ですが・・・恐らくは」
ジャンヌは知っているからこそ僕にあんな態度を?確かにこれまでに比べたら冷たいと感じるような態度だった。忙しくてそれが態度に出てしまったってのも考えられるが果たして・・・
「まあもしそうだとしたら下手に首を突っ込まない方が良さそうだな。助けが必要なら向こうから言ってくるだろうしそれまでそっとしておくか」
「そうですね。それで・・・お2人はどちらに行かれたのでしょう?」
「あ・・・」
忘れてた・・・シーリスとサマンサ・・・探すの面倒だしこのまま帰ろうかな・・・いや、シーリスはともかくサマンサは送り届けるって護衛の人達に約束したし・・・ハア・・・
まあでもフレイズ達がどこに連れて行くかは大体察しがつく。駐屯所内で2人が喜びそうな場所と言えばあそこしかない
練兵場
少し前なのにここでディーンと戦ったのがひどく懐かしく思えた
そして案の定2人はここに
「こ、こうか?」
「ええ、バッチリです」
「え~い!」
「素晴らしい!サマンサ様!その勢いでもう一度!」
何故かシーリスとサマンサの2人が木剣を持ち木で出来た人間にその木剣を打ち込んでいた
その傍らにはフレイズ達・・・そしてそれを見守るように第三騎士団の団員達が囲んでいた
さて・・・兄としては一言言ってやらないとな・・・囲む団員達もそうだし近くにいるワーズもそうだがシーリスが剣を振った時とサマンサが振った時の反応が明らかに違い過ぎる
その原因は『揺れ』だ
シーリスが振った時はまばらな拍手が起こりサマンサが振った時は大歓声と賞賛の嵐・・・まるでもっと揺れて見せろと言わんばかりに褒めちぎりまた振らせようとしていた
まあ分からんでもない・・・分からんでもないが・・・
「公爵の妹と伯爵令嬢に対して何やってんだか・・・」
「っ!公爵閣下に敬礼!」
サマンサに向けて邪な視線を向けていた団員達も僕の存在に気付くとすぐに姿勢を正して胸に手を当て敬礼し僕を迎える
「楽にしていい。それでフレイズ・・・これは何の真似だ?」
「はっ!打ち込み訓練に興味がおありのようでやってみたいと仰ったので・・・」
「そうか。宮廷魔術師と宮廷魔術師候補だった2人が打ち込みに興味があり実際にやらせてみた、と。で、周りの団員達は何をしている?」
「それは・・・」
「いや、何をしていると言う質問は違うな・・・どこを見ていた?」
ギロリと団員達を睨みつけながら言うと全員僕から視線を逸らす・・・こいつら・・・
「まさかっ!」
そう言って胸を隠すシーリス・・・いやお前じゃない
「?何が『まさか』何ですか~?」
「妙に集まって来ていると思ったのよ・・・この人達私達の胸を・・・」
私達ではない
「あらまあ~・・・嫉妬、ですか?公爵様」
ん?嫉妬?
「私の胸が騎士団の方達に注目されるのがイヤだった・・・それって嫉妬・・・ですよね?」
違っ・・・って団員達から冷たい視線が!いやそれよりも・・・
振り向きサラの顔を確認すると・・・良かった怒ってないようだ・・・いや何かがおかしい・・・何だ?この違和感は・・・まさか!
「第三騎士団全員目を閉じろ!これは公爵命令だ!」
まさかの対抗意識!サラは微妙に縦に揺れてお胸を弾ませていた。その揺れはどんどん大きくなりこのままだと団員達に気付かれると思い目を閉じさせたが・・・
「・・・薄目を開けてる奴・・・命令違反としてこの場で処刑するからそのつもりでいろ」
処刑するつもりはないが記憶を失うくらいぶん殴ってしまいそうだ
何人かがビクッとして強く目をつぶったので薄目を開けて見ようとしていたのだろう・・・その中にはワーズもいた・・・こいつくらい見せしめにぶん殴ってやろうか?
「・・・2人共もう帰ろう」
これ以上ここにいると本当に犠牲者が出そうなので2人を連れて駐屯所を後にすることにした
にしてもサラがあんな行動に出るとは・・・サマンサの嫉妬って言葉に触発されたのか?そもそもサマンサはなぜ嫉妬なんて言葉を・・・
「・・・公爵様は私を妻に・・・いえ妾でも構いません・・・するつもりはありませんか?」
サマンサを送っている帰り道・・・彼女は突然立ち止まりそんな事を口にする
彼女が王都にいる理由・・・まあそんな事だと思った
何人かの貴族に『自分の娘と結婚しませんか?』と言われたがその内の1人にサマンサの父親がいて・・・それを当然サマンサも聞いていて僕に意味深な笑みを見せていた訳だ
「はあ!?サマンサ何言って・・・本気!?」
「私は本気ですよ~。宮廷魔術師になれなかった今、家に貢献するにはこれしか方法がないので~」
「あ・・・」
「別にシーリスさんのせいじゃないので気にしないで下さい~。決して嫌味で言った訳ではありません~・・・それに宮廷魔術師は私には向いてないと思いますし~」
「でもだからって好きでもない人の奥さんになるのってどうなの?しかも・・・」
僕をそんな目で見るな・・・『しかも』なんだってんだ?
「・・・こんな私が家に貢献出来る手段はそれくらいしかありませんし~父と母が喜ぶ顔が見れるのと・・・いい暮らしが出来て楽が出来るのも嬉しいですし~」
最後の方は本音だな
本意ではないがいやいやって程でもない・・・家に貢献出来るし楽も出来るしまいっか的なノリだな
「サマンサはそれでいいの?」
「シーリスさん・・・『それでいい』ではなく『それがいい』のですよ~」
シーリスに振り返り笑顔で言うサマンサ
その笑顔にシーリスは口を閉ざしてしまう。否定する言葉など見当たるはずもないしね
本人がそれがいいと言ってるのに赤の他人が否定する事なんて出来やしない
けど・・・
その考えは否定出来なくてもそう考えないように済む世界に変えることは出来るはずだ
貢献する為とか仲を取り持つ為とか平和の為とか関係なく自由に好き合っている人と結ばれる・・・そんな未来を作れるはずだ──────




