488階 マルス・オギナ・フーリシア
パーティー会場は2階であり中庭を見下ろせるテラスが存在する。酒に酔った人や食べ過ぎて動けない人がちょっと涼みに来るにはちょうどいい場所なのだが王子であるマルスの出現により一休みしていた人達は足早にパーティー会場へと戻って行った
つまり今はマルスと僕・・・それにサラだけがテラスにいる状態だ
「・・・俺は2人っきりで話がしたいんだが?」
「私はサラに隠し事をしません。例えそれがどんな秘密の話であろうと・・・なので遅かれ早かれ聞くことになるので問題ないかと」
「なるほどな・・・まあいい。だが男ってのはひとつくらい秘密を持ってた方が魅力的に映る・・・覚えておけ」
それは本人の魅力がないからじゃ・・・と言おうとしたけどやめといた。王子と喧嘩しても得るものはないしね
「・・・それでお話とは?」
「そう急かすな・・・もう美辞麗句は聞き飽きたか?せっかく準備してきたんだがな・・・この王族の墓場と呼ばれる屋敷を褒める言葉をな」
「王族の墓場?」
「おっと口が滑ったか・・・なーに、これまでこの屋敷を使っていたのが公爵家だった・・・公爵・・・つまり王族に連なる家系だったんだ・・・全てな」
「全て・・・その言い方ですと複数いるようですね」
「そうだ。次に使う予定だったのは本来弟か妹達の誰かと思っていたが貴公が使う事になるとはな」
公爵は王族・・・今だと王子王女の内国王になれなかった者が公爵となる予定・・・今の口ぶりだとまるで自分が国王になるのが決まったような言い方だな
「もし私が邪魔と言うのなら元の屋敷に戻りますが?」
「邪魔なんてとんでもない・・・貴公こそ相応しいかもしれないのだから」
「私が?」
「この立派な屋敷が王族の墓場なんて囁かれるのは不憫と思わないか?貴公ならそう呼ばれるのを払拭出来るのでは?と考えている」
「要領を得ませんね・・・一体何を仰りたいのやら」
「王族の墓場と呼ばれるには理由がある。王位継承権を待ちながら玉座に座ることを許されなかった者の成れの果てが住む場所がここだからだ。もちろん力があれば公爵家を存続させる事が出来るが公爵になりこの屋敷に住み始めて長く公爵家を存続させた者はいない・・・誰一人としてな」
「・・・地盤がないから・・・ですか?」
「聡いな。そうだ・・・充分な財を与え最も高い爵位を与えられここに移り住む者達・・・だが右も左も分からぬ者がどう足掻こうがこれまで必死になって自らの家を守って来た海千山千の貴族達に勝てるはずもなく結果が残せず爵位を取り上げられ落ちていく・・・城で王子だ王女だ次期国王候補だとチヤホヤされて育ってきたんだ・・・当然の結果と言えば当然だよな」
「なるほど・・・ですが私には領地がありますし過去のここに住んだ公爵家のようにはならないからこの屋敷の汚名も返上出来る・・・そう言いたいのですか?」
「んー、まあ大体合ってる・・・が、今のままじゃ無理だろうな」
「どうしてそう思うか聞いても?」
「そう睨むな。公爵家を維持するってのは相当大変だ・・・金もそうだが国への貢献もないと維持出来ない。公爵って爵位は最高位であるが故に期待も大きいって訳だ。軍を持つ事を許され王位継承権もあるんだ・・・当然だよな?」
「貢献とは具体的にはどのような行為を指すのですか?」
「そりゃー多岐にわたるから一概にどんな行為かは言えないが・・・手っ取り早いのは戦果を挙げることだな。それもまあ戦争がなければ叶わぬ夢だけどな。他には金を納めりゃ貢献になるし貴公のように新しい発見をしたりしても貢献だ。ただし貢献を挙げりゃいいってもんじゃないけどな」
「他にも条件が?」
「いや、質の問題だ。貢献すりゃいいってもんじゃねえ・・・分かりやすく言うと貢献度1に対して1年公爵でいられるみたいな感じだ。質のいい貢献なら貢献度10で10年公爵でいられるし20、30と数字が上がれば上がるほど長い期間公爵でいられるって訳だ」
アホらし・・・ようは点数稼ぎをし続けないと公爵でいられないって訳だ。やる事やったらサラと一緒にどこか静かな場所にでも行って暮らそうかな・・・貢献度に悩まされる日々なんて真っ平御免だし
「あー安心しろ。貴公は貢献度マックスだから死ぬまで公爵でいられる・・・だってそうだろ?救国の英雄さんにちまちま貢献度稼ぎなんてさせてたらバチが当たるってもんだ・・・だから貴公の代はは安泰って訳だ」
妙に『貴公の代は』を強調するから何となく察しがついた
にしてもとんだ勘違いをしたもんだ・・・僕がマルスの話を聞いて貢献度稼ぎなんて面倒だって顔に出したらマルスは『貢献度を稼がないと公爵を続けられないなんて困ったな』って顔に見えたらしい
「私はもうすぐ死にそうにでも見えましたか?」
「いや、長生きするだろうな・・・が、人間はいずれ死ぬ。だが死んでも残るものがあるだろ?」
「子供・・・ですか?」
「そうだ!人間はいずれ死ぬが『血』は脈々と受け継がれていく・・・貴公は安泰だが貴公の子はどうかな?その子が受け継いだとしても次の子は?同じ力を持つ事が出来ればいいがそうではなかったら?公爵の座を維持出来ず没落し路頭に迷うだろうな・・・過去ここに住んでいたものたちと同様にな。ちなみに公爵がダメだったから侯爵に降格・・・なんて思ってないよな?公爵は降格なんてない・・・あるのは没落のみだ」
「・・・何故ですか?」
「言ったろ?公爵は軍を持つ事が許され王位継承権を持つ爵位・・・多大な権力を持つ分リスクもそれなりにあるって訳だ。そのリスクが今言ったもの・・・降格なく没落のみの爵位・・・それが公爵だからだ」
公爵になる際にそういった説明は一切なかったけど・・・まあ僕にとっては好都合・・・貴族を辞めたきゃ貢献度を挙げなきゃいいって訳だ
けどマルスは僕が権力に固執していると考えている。そして僕の代は安泰だけど子孫は安泰ではないと言う・・・なぜそれを僕に言うのか・・・理由は明白だ
「私にその話を聞かせたって事は何かしら解決する術がある・・・って事ですかね?」
「本当に話が早くて助かるよ。解決策はある・・・未来永劫ハーベス家が公爵でいられる夢のような解決策がな」
「それはそれは・・・私に貢献度1万くらいの依頼でもするつもりですか?」
「それに近いな。1万どころか幾ら与えても惜しくない」
「・・・内容を教えてもらえますか?」
「俺に協力しろ」
「協力?」
「この大陸から戦争をなくす・・・その為に」
大陸から戦争をなくす?マルスってば見た目厳ついけど実は平和主義者?それならこちらも望む事だけど・・・問題はその方法だ
「どうやってですか?」
今現在戦争は起きていない。だからマルスの言う戦争をなくすと言うのはこれから先戦争が起きないようにするって意味になるはず
フーリシア王国が今まで聖女聖者を使って戦争を抑止していたのなら平和的解決策を期待出来るが残念ながらそれはないだろうな。となると戦争を起こさないようにする方法はただひとつ
「どうやるかは協力すると約束したら話してやる。それとすぐに返事を寄越せとは言わない・・・じっくり考えてから答えを出せ・・・どっちの答えでも俺は貴公とは仲良くしたいと思っている事を覚えといてくれ」
そう言ってマルスはスッと手を出した
このタイミングで握手?と疑問に思ったが差し出された手をそのままにするのもあれなので何となく僕も手を差し出し握手を交わした
・・・なるほど・・・
「さっ、あんまり主役が不在なのも良くねえからな・・・戻るとしようぜ」
大体10秒間くらい握手しながら見つめ合うとマルスの方から手を離しサッサと会場の方へ戻って行ってしまった
僕はその背中を見つめながらマルスに聞こえないくらいの声で呟く
「・・・どうやら仲良くする気はないようだな」
「?・・・ロウ?」
「いやこっちの話・・・それより僕達も戻ろうか。せっかく作ってもらった料理が冷めてしまう・・・残すと怒る人がいるから食べてしまわないとね」
「う、うん・・・それよりさっきのマルス王子が言ってた『戦争をなくす』って・・・」
サラは気を使って話に入って来なかったけど気になっていたようだ。そんな方法があるなら誰しもがやった方がいいと思うのは当然だし気になるのも分かる・・・けどマルスが考えている方法は・・・
「ああ、それね・・・おそらく僕の力を使って『大陸統一』を成し遂げようとしているのだと思う・・・五ヶ国を滅ぼしひとつの国に・・・そうすれば戦争は起きなくなるだろ?」
「あ・・・戦争を起きなくさせる為に戦争をするって事?」
「そういうこと・・・本末転倒だけどね」
その戦争が終われば確かに戦争は起きなくなるかもしれない。けどその戦争で幾つもの命を奪う事になるやら・・・
「まさか協力・・・しないわよね?」
「しないよ。攻めて来たら話は別だけどこちらから戦争を仕掛けるのに協力したりはしない・・・王子は僕が公爵に固執していると思っているみたいだけど別に取り上げられたら取り上げられたで元の生活に戻るだけだし・・・」
まあでも・・・公爵じゃなくなったとしてもエモーンズを返す気はないけどね
「そっか・・・ならいいけど・・・それにしてもマルス王子は・・・いえフーリシア王国はまだ・・・」
聖者聖女という『毒』を諦めて新たな『毒』として僕を使おうとしている・・・権力という甘い汁を餌にして
「どうするの?私はどうなろうとあなたについて行く・・・それだけは変わらないけど間違った方向に進みそうなら止めるのもまた私の役目だと思ってる」
「うん、僕が間違えたら止めて欲しい・・・もう間違えたくはないからね」
「・・・『もう』?いつ間違えたの?」
「意外と何度も間違えてるよ?魔王復活もそうだしこの前のリガルデル王国軍にした事も・・・いつもいつも間違えている・・・だからもう・・・間違えない・・・でも間違えそうになった時は・・・」
「ええ・・・私が導いてあげる・・・正しい方角へ、ね」
その返事をもらい僕は何よりも心強いと思い微笑んだ
テラスからパーティー会場に戻り貴族達と望まぬ時間を過ごし無事パーティーをやり遂げた
だが・・・このパーティーの参加者の1人がその日より行方不明となる
その者の名はディーン・クジャタ・アンキネス・・・彼はその日から忽然と姿を消してしまったのだ──────




