46階 冒険者ロウニール
「なんだそんな事か。気にせず行って来い」
「へ?」
次の日の仕事終わりに兵舎に寄ってドカート隊長に話したらあっさりと言われてしまった。あまりにもあっさり言われたので目を丸くしているとドカート隊長はそんな僕を見て苦笑して僕の頭に手を乗せる
「何も心配すんな・・・それに若い時に色々経験するのはいい事だ・・・代わりに門番は引き受けてやるから好きなだけ行って来い・・・だが必ず戻って来いよ?」
「あの・・・ケイン・・・様には言わなくても?」
「俺からそれとなく言っておく。てかあの人は俺らが何しようと眼中にねえよ・・・土産話楽しみにしてるぞ!」
「・・・ドカート隊長・・・」
「もう隊長じゃねえって・・・ややこしくなる前にもう行け・・・で、強くなって帰って来い」
「は、はい・・・」
なんだか釈然としないけどあっさり許可を貰えた
もしかしたらドカート隊長も門番がやりたかったとか?心做しかやつれてるようにも見えたし・・・んな訳ないか
こうして僕は初めてエモーンズとは別の土地に行く事が決まった。ずっとどこにも行かないと思ってたからこんなにトントン拍子に決まってまだ実感がない・・・大丈夫かなぁ・・・
その日はダンジョンに戻って色々と準備して眠りについた
翌朝、僕は最後の準備をしに冒険者ギルドに向かう
仮設だったギルドは大工職人の手によって立派な建物へと生まれ変わっており外から見てもかなり大きくなった事が分かる
これからどんどん冒険者が増えると見越してなのだろうか・・・この付近の建物の中では1番大きくて目立っている。前の仮設の時と比べても数倍の大きさじゃないかな?
《何してるの?さっさと入りなさいよ》
「う、うん・・・」
ダンコに急かされギルドの扉を押し開けると何もかも新しくなっていた。床や情報などが張り出されている掲示板、それに冒険者が屯する時に使うテーブルに椅子・・・でも僕は脇目も振らず受付を目指す
受付で待ち構えるは当然・・・ペギーちゃん!
「あら?ロウニール君・・・私に何か用?」
「ぺ、ペギーちゃん・・・ギ・・・」
「ギ?」
「ギルドカードを作って欲しいんだ・・・僕の!」
そう・・・僕の目的はギルドカード
他の街に入るにもダンジョンに入るにも必要になるギルドカードを作る為に久しぶりに冒険者ギルドを訪れていた
「・・・えっと・・・兵士を辞めちゃって冒険者になるの?」
「うん!あ、いや、辞めはしないけど・・・その・・・ちょっと外で冒険者をして戻って来ようかと・・・」
「・・・」
「あ、あの・・・」
「・・・ここに必要事項を書いて。カードが出来たら持って行くから隣のお店にお昼くらいに来てくれる?」
あれ?ギルドカードってすぐに発行出来るんじゃ・・・しかも渡されるのが隣のお店?
仮設の時と違い、今のギルドの隣は確か軽食屋さんだったような・・・よく分からないけどとりあえず頷いて僕は一旦ギルドを出た
参った・・・このままギルドカード作ってすぐに出掛けようと思ったのに・・・
昼までには時間がある。店で待ってるには早過ぎるから仕方なく街をぶらつく事にした
一時期の建設ラッシュは一段落し、メインの通りはかなり整って来ていた。店の種類は村の時と比べると豊富になり、今ではこの街で手に入らない物などないのではないかと思わせられるくらい揃ってる
店が充実しているからといって街が賑わっているかと言うとそうでもない
冒険者がダンジョンで活動している時は閑散としているし、賑わうとしても一部の店だけ・・・定住者が増えてくればもっと変わるのだろうけどそれには少し時間がかかりそうだ
少し歩くと店構えがガラリと変わる
朝だから静まり返っているけど、夜になると街の中で最も賑わう場所となる歓楽街・・・飲み屋はもちろん奥に行くにつれて怪しいお店がチラホラ・・・ゴクリ・・・
《こういうお店来る時は言ってくれれば寝とくわよ?》
「は?・・・い、行かないけど参考に・・・寝とくって?」
《言葉の通りよ。私だってダンジョンコアとは言えその辺の事は理解してるわ・・・しばらく意識を眠らせる事が出来るから事が済むまで・・・》
「生々しいな!まだ僕には早いから・・・いつかその気になったらお願いするよ」
《ウブね。まあいいわ・・・その気になったら・・・と言うかその時は起きて指導した方がいいのかしら?》
「いやいやいや・・・何経験豊富よ私、みたいになってんの?・・・え?あれ?・・・ダンコって実は元々人間でコアは生まれ変わりだったり?」
《そんな訳ないでしょ。経験はないけど何度か見た事あるから知ってるだけよ。ほら、ダンジョン内で盛って・・・》
「あーあー、みなまで言うな!そう言えばそんな冒険者も居たような・・・僕は見てないけど・・・」
《・・・そういう事にしといてあげるわ。私は間近で観察したからお手の物よ》
何がお手の物だ。でも・・・いざその時になったら頼ってしまいそうな僕がイヤだ・・・
朝から妄想を膨らませながら歩き続け、結局最後に辿り着いたのは1番落ち着く場所・・・ラックの墓前だった
予定ではギルドカードを受け取って街を出る前に立ち寄ろうと思ってたけど順番が逆になってしまったな
「しばらく来れないけど・・・次来る時は面白い土産話でも用意しとくよ」
そうラックに告げて顔を上げるとそろそろ昼に差し掛かりそうなので慌ててギルドまで戻った
そしてギルドの隣の小洒落た軽食屋に入ると既にペギーちゃんは居て僕を見つけて手を振る
「遅い!こっちこっち!」
「ご、ごめん!」
急いで向かいの席に座るとペギーちゃんはスっと僕にギルドカードを差し出す
僕の名前が書かれたカード・・・これで僕は・・・一応冒険者だ
「あ、まだそれ完成してないからね」
「そうなの?」
「うん・・・カードにマナを流してようやく完成になるの」
へえ・・・なんでだろ?
《ふーん・・・面白いわね。カードの名前の横に魔核が埋め込まれてるわ・・・欠片だけど》
つまりカードにマナを流すとその魔核に溜まる?もしかしたらそうやって本人のカードって認証させるのかな?
僕は言われた通りカードにマナを流すとダンコが言ったように名前の横が微かに光っているように見えた
「おめでとう・・・これで冒険者だね。それで・・・どこに行くの?」
「あ、えっと・・・とりあえず色々・・・」
「ふーん・・・で、いつ戻って来るの?」
「どうだろう・・・半年か1年か・・・」
本当は出掛けてもすぐに戻って来れる・・・てか、なんなら毎日戻って来るつもりだけど街中には出れないしな・・・名残惜しいけどその間はペギーちゃんの姿は見る事が出来ない・・・あれ?もしかしてペギーちゃんも寂しいとか?・・・いやいやまさかな
「噂程度だけど・・・聞いてるわ」
「え!?」
「騎士団の人が加入して大変なんでしょ?色々とあまり良くない噂も聞くし・・・」
何の噂かと思ったらその噂か・・・ローグの事とかがバレたのかと思った・・・
「逃げたくなる気持ちも分からなくもないけど・・・でも負けちゃダメよ!きっと騎士団の人達だっていずれ分かってくれるわ」
「へ?」
逃げる?負けちゃダメって・・・もしかしてペギーちゃんは僕が騎士団からの嫌がらせがイヤになって街を出て行くと思ってる?
「あの・・・」
「きっと騎士団の人達もこんな辺境の街に異動になって辛いのよ・・・だからロウニール君に・・・しばらくすれば・・・そうね、半年もすれば街に慣れて落ち着くと思うわ。だから・・・戻って来てね」
「う、うん・・・そう・・・するよ」
盛大に勘違いされてるけど、どうしよう・・・ここは正直に言った方がいいのかな?でも何て言う?『ダンジョンの勉強に行く』なんて言うのはおかしいし・・・
「おいおい・・・まだ居たのかよ」
この声は・・・
振り向くと騎士団の奴らが2人ニヤニヤしながら近付いて来る。昨日僕にスクワットさせたあの2人だ
「まだ逃げてなかったのかよ?しかも女と呑気に飯食ってるなんて・・・もしかしてこの女も連れて逃げんのか?」
んん?ペギーちゃんだけじゃなくてコイツらも僕が逃げると思ってる?・・・もしかしてドカート隊長も僕が逃げると思ってたからすんなり聞いてくれたのかな?
「・・・ロウニール君・・・行きましょう・・・っ!?」
「まあまあそう言わずゆっくりしなよ・・・店にはまだ早いだろ?」
ペギーちゃんは2人をキッと睨み立ち上がろうとするが1人がペギーちゃんの肩を押さえつけ無理やり座らせた
「店?私は・・・」
「どうせ風俗女だろ?デケェ乳揺らして童貞カモろうとしてたのか?んでコイツが本気にして『一緒に僕と逃げよう!』何て言ってきたと・・・そうだろ?」
「あなた達・・・」
「ん?ギルドカード?・・・ギャハハ・・・コイツが冒険者?もしかしてダンジョンで鍛えて俺達に復讐でもするつもりだった?」
「そいつはいい・・・スクワット100回もまともに出来ねえ奴が鍛えたからといって俺達に勝てるとは到底思えねえが・・・夢は大事だもんな!」
静かな店の中に下品な2人の笑い声が響き渡る
目の前のペギーちゃんは顔を真っ赤にして怒りに打ち震え、僕はその姿を見て・・・耐えていたものが崩れていく音を聞いた
「・・・店では静かにお願いします・・・」
「あ?何か言ったか?声が小さくて聞こえねえなぁ・・・ロウニール・・・スクワット1000回だ!鍛えりゃ少しは声も出るようになるだろうよ」
「ほらさっさとやれや!それとも女が代わりにやるかぁ?」
そう言って1人がペギーちゃんに触れようとした瞬間だった
我慢の限界だった僕が店の中というのも忘れ剣に手を伸ばしたタイミングで騎士の2人が後ろにひっくり返る・・・あ、れ?
「騎士団から来たと聞いていたが随分と騎士道精神から外れる事をしてるじゃないか・・・騎士団というのは私の聞き間違えか?」
「サラ・・・さん」
サラさんが後ろから2人の襟を掴み引き倒していた。一瞬何が起きたか理解出来なかった2人は正気に返ると顔を真っ赤にして立ち上がり腰の剣に手を伸ばす
「てめえ・・・冒険者風情が・・・死んだぞ?」
「裸にひん剥いてテーブルに並べてやる!」
この2人・・・本当に品位の欠片もないな・・・
にしてもどうしよう・・・2人同時に飛びかかって来たらさすがのサラさんでも・・・いざとなったら1人は僕が止めるしか・・・
だが、そんな心配は杞憂に終わる
「おいおい、冒険者風情って聞こえたが本気で言ってんのか?」「この店でギルドの受付嬢とサラさんに手を出そうって正気の沙汰じゃねえな」「楽しそうだな。俺らも参加させろよ」
周りで普通に客として食事していた冒険者達が次々に立ち上がり2人を取り囲み始める
忘れてたけどこの店って冒険者ギルドの隣だった・・・よく見りゃ店の客はほとんど冒険者っぽい
「くっ!・・・やべえぞ・・・どうする?」
「チッ・・・多勢に無勢だ・・・ここは引こう」
2人は冒険者達・・・それにサラさんに気圧され店を出て行った。その様子を見て笑う冒険者達の声が店内に響き渡る中、サラさんは僕を見て微笑む
「よく逃げなかったな・・・偉いぞ」
「偉くなんか・・・ないですよ。偉くなんか・・・」
たまたまサラさんが来てくれなかったらどうなってた事やら・・・僕はサラさんに頭を下げ礼を言い、そして・・・
「ペギーちゃん・・・巻き込んで・・・ごめん・・・」
「ロウニール君が悪い訳じゃ・・・」
「とにかくごめん!・・・じゃあ、また・・・」
僕はテーブルの上に置いてあったギルドカードを取り逃げるように店をあとにした
あの2人のせいで僕の門出は最悪なものになったけど・・・
《なんで笑ってんの?》
「え?・・・いやぁペギーちゃんが僕の事を心配してくれてたから嬉しくて・・・」
《呆れた・・・あれだけバカにされて怒らないの?》
「僕に何かする分にはどうでもいいよ。ペギーちゃんや僕の知り合いに何かしたら・・・許さないけどね」
あの時・・・サラさんが現れなかったら僕は・・・
きっと2人を殺してた
《あんまり派手にやらないようにね・・・下手したら一生ダンジョン生活よ?》
「分かってる・・・さて、遅くなったけどダンジョン目指して行くとしますか」
《どこのダンジョンに行くか決めてるの?》
「当然!・・・行先は・・・カルオスという街の近くにある・・・人喰いダンジョンだ──────」




