480階 続ベルフェゴールは話が長い
・・・ハア・・・
「どうしたの?シアちゃん」
「・・・何でもない・・・ところでいつ終わるのじゃ?これは」
「いつって・・・それはもちろんベストな服を見つけるまでよ!ご主人様に言われて色々買ってきたんだもん・・・あれもこれも着てオシャレしないと」
いや別に服なら何でも良いのだが・・・しかも着ては脱ぎ着ては脱ぎの繰り返し・・・何がしたいのじゃコイツらは
「いやーんこれも可愛いー!」
「この髪型の方が良くない?」
「それならこっちの服の方が合いますよ?」
「あっ、閃いたかも」
これはもうおもちゃにしておるな
この部屋は衣装部屋とでも呼んでおるのか大量の服が山積みに・・・希少な姿見の鏡が置いてありパーティーで着るドレスなどが何着もかけられていた
問題は今山積みになっている服が全部ワシのであったら・・・この着せ替えごっこは夜までかかるぞ?
「てかご主人様が連れて来た『ベル』さん?結構格好良くない?」
「そうね。クールそうなところがいいわよね」
「私はちょっと・・・苦手です・・・なんだか怖い・・・」
「分かる・・・何か近付くなオーラ出てるよね」
ベル・・・ベルフェゴールと呼ぶとバレてしまう為にロウニールが名付けたのだが見事にそのまんまじゃな
結局奴はロウニールの従者となった
まあ放っておくと何をやらかすか分からんし既に戦意喪失している相手を殺すのも気が引けるので連れて行く以外選択肢はなかったのかもしれん
奴の性格をロウニールは把握しておらんはず・・・人の事を陰でコソコソと調べ隙あらばネチネチと言葉責めする奴の性格を
結局奴のせいでワシの意思とは何だったのか分からなくなってしもうた。あの時はロウニールに背中を押されて進めたが・・・同じ事が出来るかと言われたら無理じゃろうな。強き意思と勘違いしておっただけでただ終わりにしたかっただけ・・・意思などなく空っぽなだけじゃ
しかし奴はなぜロウニールの従者に?
かなり魔王に執着しておったのにその執着しておった者を殺した相手に・・・やはり隙を見てロウニールを・・・
ワシとのやり取りが演技だった事から充分有り得る・・・いや、そうとしか思えん・・・となるとワシが警戒してやらねば・・・
「ねえねえそう言えばベルさんの服装って執事って言うより・・・貴族よね?」
「うん。もしかして没落したどこかの貴族なのかな?」
「でもご主人様はご身分が高いので貴族のご子息が普通に配下になる事もあるのでは・・・」
「そうだったらベルさんと結婚したら私達も貴族に?」
「きゃー」
はしゃいでいるところ悪いが奴は女嫌いぞ?しかも肥大化した時に破れた服がなぜ元の姿に戻るか聞いたらあの服は奴の一部らしい・・・つまり奴は真っ裸だ
この事実を知ったらどう思うだろうか・・・まあ知らぬが仏か・・・
ようやく服が決まりそれに合わせて髪型もセットされた
ヒラヒラのドレスにツインテール・・・髪など後ろでひとつに束ねるだけで良いものを・・・首を振ると髪型チラチラ視界に入り鬱陶しい
メイド達は食事の準備があると慌てて部屋を出て行き部屋に1人残されたワシは姿見の鏡で改めて確認してみた
ふむ・・・正直に言えば動きづらい
スカートのヒラヒラ度合いは布と一緒じゃがあっちはすぐに脱げるし掴まれても問題ないがこのスカートを掴まれたら引っ張られいいようにやられそうじゃな
それにこの髪型・・・左右に出る髪を掴まれると身動きが出来ぬ・・・そして引っ張られ膝でも食らえば衝撃も逃がせず一撃で沈んでしまう可能性が高い・・・掴まれた瞬間に髪を切って逃げるしか・・・
《鏡の前で何をしているのですか?》
「ぬわっ!!・・・ベルフェゴール!!」
鏡に突然映り込んだベルフェゴールを見て飛び上がると着地と同時に距離をとる
まさかワシを殺りに来たか!
《そんなに警戒せずとも・・・おっと警戒せずとも良いですよ。貴女にはもう興味ありませんので」
魔力を込めた声を途中で止めてベルフェゴールは言い直すとワシに向けて微笑んだ・・・まあ目は笑っておらぬが
「・・・それで?今度はロウニールに興味を持ち調べて言葉責めをするつもりか?」
「忠誠を誓った方を調べるのは不忠に当たります。勘違いされているようですがワタクシは心の底からおした・・・忠誠を誓ったのです」
おした?・・・何と言おうとしたのじゃ?
「フン!大した忠義じゃのう・・・仕えていた者を殺した相手に尻尾を振るとは・・・そこらの野良犬にすら劣るぞ?」
「強き者に従うのは道理・・・それにロウニール様は魔王様の力と心を受け継いでおります。従うのは自然の流れかと」
「力と心?」
「魔王様はインキュバスでした・・・彼にもその力が宿っているのですよ。貴女も見たでしょ?ゲートはインキュバス特有の力です」
「ならば心は?まさかロウニールが魔王の意志を継いで人間を攻めると思うているのか?」
「まさか。ワタクシは人間などどうでもいいのです。魔王様が勇者と決着をつけられると仰ったのでその下準備をしていたまで・・・魔王様が人間と手を組むと仰られたらワタクシはそれに従うだけです。心を受け継いでいると感じたのはロウニール様が魔王様と似ているからです」
「ロウニールと魔王が?ワシは魔王は知らぬが魔王とはあのような感じだったのか?」
「いえ全く」
「おい」
「雰囲気や性格は全然違います・・・が、見ている未来は似ていると思います」
「見ている未来?ロウニールは勇者を殺したがっているのか?」
「貴女は魔王様を何と心得ているのですか?魔王様はそんなちっぽけな未来を見ていた訳ではありません・・・その先を常に見ておられました」
「その先?」
「勇者との間に出来た因縁・・・世界をも巻き込むその因縁を輪廻と言います。2人を中心に世界は構築され破壊されまた再生する・・・破壊と再生・・・魔王様はその先にあるものをずっと追い求めていました。ですが魔王様はその先を見ることは叶わない・・・輪廻に囚われてしまった者は見ることが出来ないのです」
「・・・ではロウニールもその先を見ようとしていると?魔王が見れなかった未来とやらを」
「はい・・・いえ今まさに見ていると言って良いでしょう・・・輪廻を断ち切り魂の解放者となったロウニール様・・・繰り返す輪廻の先に何かあるか・・・ワタクシはそれを見届ける義務があります。魔王様の為にも」
ふむ・・・下手にロウニールの為と言わない分信用出来るのかも・・・まだ何とも言えぬが少なくとも今のこやつは嘘をついている感じはしない
「・・・本来の目的とズレてしまいました」
「本来の目的?」
「ワタクシがここに来た目的です」
そう言えばメイド達が出て行ったタイミング・・・ワシが1人になるタイミングを見計らって入って来おった・・・つまり・・・
「そう警戒しないで下さい。女はクソですが貴女は・・・まあマシな方です」
「・・・クソよりマシで何よりじゃ・・・で?用はなんじゃ」
「お詫びと訂正を」
「なに?」
「貴女に価値はないと申し上げましたが訂正します。貴女は価値ある人です」
「・・・フン!今更何を・・・」
「貴女を産んだ者は何も間違っておりません。女にしては珍しく貴族でした」
「・・・」
「ワタクシが調べた結果と憶測を混ぜた結果非の打ち所がありませんでした・・・なので少々内容を変更せざるを得なかったのです」
「・・・話してみよ」
「はい。ワタクシが貴女に告げた部分には脚色した部分と端折った部分があります。先ずは端折った部分から──────」
母の家門エムステンブルズ家の爵位は伯爵・・・そしてある街の領主だった
その街にはある黒い噂が耐えぬ街であった。その噂とは『街を支配しているのはヴァンパイア』という噂
領主であるエムステンブルズ家はヴァンパイアに生贄を捧げる事により外敵から街を守り繁栄していた・・・そうまことしやかに囁かれていた
その噂を聞いて動いた人物がいる・・・それがワシの母ナターシャリシー・オートニークス・エムステンブルズだ
噂の真相を確かめようと父や母、使用人や色々な人に尋ねるも誤魔化され真相は明らかに出来なかった
しかし真相に辿り着けなくとも別の噂を聞くことに成功した・・・とある晩に若い娘が街の外に連れて行かれるというものだ
ナターシャリシーは本当か嘘かいつそれが起きるのか分からない状態で毎晩のように外を見張った
そしてとうとう噂が本当であったのを目撃する
街の娘が兵士に連れられて街の外へ・・・ナターシャリシーはその後を尾けて行くと森の奥にある洞窟に入って行く姿を目撃する
そして外で待っていると出て来たのは兵士だけ・・・娘は洞窟に置いてけぼりにされていた
ナターシャリシーは兵士が離れた後、意を決して洞窟に進入しそして中で見た・・・娘の血を吸うヴァンパイアの姿を
「・・・噂は本当じゃった訳か」
「はい。そこでナターシャリシーは街娘を助ける為にその身を捧げます・・・恐らくヴァンパイアはそこに惹かれたのでしょう・・・彼は魔族の貴族と名乗る変人・・・自分は高貴であると勘違いしているので自らを犠牲にするナターシャリシーに思うところがあったのでしょうね」
変人言うな・・・会うた事はないが一応ワシの父ぞ?
「ナターシャリシーも何故かヴァンパイアに惹かれ2人は結ばれる・・・洞窟の中はさぞおぞましい光景だったでしょうね。血を吸う場所がそのような場所になるとはいやはや・・・」
「・・・ヴァンパイアは血を提供してもらう代わりに街を守っていたのか?」
「それは分かりません。密約であるのは間違いなさそうですがそれが外敵から守る為なのかヴァンパイア自身から守る為なのかは調べても出て来ませんでしたから・・・まあヴァンパイアの性格上『街を襲わない代わりに血を定期的に寄越せ。若い女に限る』とでも言ったのでしょう」
「・・・」
「洞窟にナターシャリシーがいると分かっていても領主は手を出せません・・・下手に不興を買えば街が滅ぼされてしまうからです。そうして月日が経ちナターシャリシーは帰ってきた・・・子を身篭って」
それが・・・ワシ・・・
「戻って来た理由は恐らく出産の為でしょう。洞窟内で産むには危険だと判断したヴァンパイアとナターシャリシーは産む時だけでもと屋敷に戻った・・・しかし魔族の子を身篭ったナターシャリシーを受け入れる事はなかった・・・あまつさえお腹の子を殺せとまで・・・」
「・・・」
「人間としての生活を取り戻す為に我が子を殺してしまうか子を守る為に家から出るか・・・ナターシャリシーは子を守る方を選び家を出て産める場所を探し街を出た」
「なぜじゃ!屋敷で産めずともその街で産めば・・・」
「領主である父親の目が光っているところでは危険だと判断したのでしょう。子さえ亡き者にすればナターシャリシーを取り戻せるとでも思っていたのではないですか?だからナターシャリシーは街を離れた・・・目の届かぬ所まで」
「・・・」
「そして貴女を産み育てた・・・まだ幼い状態の貴女を連れて帰ると何があるか分からないと大きくなるまで待って帰ろうとしていたのでしょう・・・ですがある話を耳にする事になります」
「ある話?」
「ヴァンパイアがナターシャリシーの家族を皆殺しにしたという話です」
「っ!」
「恐らくヴァンパイアはなかなか戻って来ないナターシャリシーを探しに街へ行ったのでしょう。そこで追い出したという事実を知り皆殺しに・・・まあ当然と言えば当然ですがナターシャリシーとしては自分の行動の結果で家族が皆殺しの目にあったのです・・・かなり悩んだと思います」
「・・・」
「自責の念に駆られたナターシャリシーは戻る事が出来なくなり生涯を終えた・・・という訳です」
「フ、フン!それのどこが貴族なんじゃ?欲に溺れて無責任に子を作り結果周りを不幸にしただけ・・・」
「?もしかしたら貴女とワタクシの貴族の認識には違いがあるかもしれませんね」
「認識の違いじゃと?」
「ワタクシが識る貴族とは身分が高い者を指します。身分とは序列・・・その序列を決めるのは何でしょうか?それは強さだったり知識だったり人柄だったり知識だったり・・・」
「おい今『知識』を2回・・・」
「とにかく何かに秀でている者が高くなる・・・その決め方はその時その場所に寄る・・・その認識で間違いないでしょうか?」
「・・・うむ・・・概ねワシもそう理解しておる」
「でしたらワタクシとは認識が違いますね」
「???・・・お主今『ワタクシが識る』とか言っておったではないか」
「知識と認識は違いますよ?ワタクシはただ人間が決めた事をただなぞらえただけです。ワタクシが思う貴族とは『誇り高き者』です」
「誇り高き者?」
「貴族の役割は何でしょうか?戦う?学ぶ?偉そうにする?・・・違います『導く』です。寄り良い方向に人々を導く者・・・それが貴族であり役割なのです。ではどうやって導くのでしょう?力でねじ伏せますか?説き伏せますか?権力で無理矢理聞かせますか?今の人間達は恐らくこのような状態なのでしょう・・・ですがそれは長続きしません。ではどうすれば良いでしょうか?」
「・・・分からん」
「思い込むのです。自分が周りより偉いと。偉そうにするのと違いますよ?自分が偉いと思い込み全ての責任を背負うのです。それだけの器量があると見せつけるのです。力がなくていい、頭が悪くてもいい・・・力は力が強い者を、頭が悪ければ良い者を傍に置けば済むことです。けど器量を持ち合わせている人はそうはいません・・・ですが貴女の母であるナターシャリシーはそれを持っていました」
「どこが!・・・無責任ではないか!身篭った事も・・・街から離れた事も・・・もし・・・もし洞窟に戻りヴァンパイアに相談すれば事なきを得たかも知れんのに・・・」
「そうですか?ワタクシは女にしては立派だと思いましたよ?」
「なに?」
「子を守る為に誰に頼る訳でもなくて自ら実行し守り切った・・・結果は残念でしたが誇り高い行動とワタクシは思いました。並の人間なら貴女の言うように洞窟に戻ったでしょう・・・それが正解かも知れません。そこで産むことになるのかヴァンパイアが人間を脅しに行くかは分かりませんがね。でもその場合は子の運命を他人に委ねたと同じ・・・ヴァンパイアの反応次第で変わるのですから」
「・・・」
「ナターシャリシーは自らの責任の元貴女を守る為に考え行動した・・・貴族らしいではありませんか・・・とても誇り高い行動と思いますよ?」
「・・・」
「人に頼るなという意味ではありません。委ねるのではなく自ら決めるのです。ヴァンパイアの元に行き両親を説得してくれと言うのがもしかしたら正解かもしれません。ですがそう出来なかった理由があるとワタクシは思います。領主を脅していたものが赴けばそれは説得ではなく脅しになるとでも考えたのかもしれません。街娘を寄越させ血を吸っていたのは事実ですからね」
「自分で考え委ねるのではなく決断しワシを守った・・・フン!小さい器じゃのう・・・ワシ1人を守るのに一杯になるとは・・・」
「そうですね。けど人間はほとんどが自身で手一杯・・・自らの子とは言え誰にも委ねず行動を起こすのは賞賛に値するかと・・・人間が男性と女で子を成す特性上最低2人で決めるのが自然の流れですからね」
「相手が魔族だったからやむを得ず・・・」
「そんな意志の弱い方が住み慣れた街を離れて産むとでも?ヴァンパイアを頼れないと分かればそのような者は子を殺していますよきっと」
「・・・」
「ですので調べた結果、非の打ち所がなかったので事実を湾曲してしまいました・・・女はこうあるべきだという気持ちが先走り事実を捻じ曲げてしまったことをお詫び申しあげます。それと貴女の価値はないと申し上げましたが・・・非常に残念ですが貴女はワタクシから見て価値のある人間です。ナターシャリシーの誇りそのものですから」
「・・・フン!残念か・・・なぜわざわざワシにその事を?黙っていれば分からなかったのに・・・」
「ロウニール様に恋慕の念を抱いているからです」
「れ・・・な、何を言っておる!?」
「そして同じ主君に仕える者として・・・貴女は信用出来る・・・そう判断したのでわだかまりをなくそうとしたまでです。それと真価を発揮するにはご自分の価値を分かっていた方が良いかと・・・貴女はヴァンパイアはさておき帰属ナターシャリシーの子なのですから・・・女ですが」
「・・・一言余計じゃわい・・・」
そうかワシは・・・母の誇りか
気高く生きよとはどういう意味か今分かったような気がする
誇り高く生きる・・・それは誰かに決められてその道を生きるのではなく自分で決めて生きる事・・・決して曲げぬ信念を持って・・・自分の意思で・・・
ベルフェゴールは魔王を・・・そしてロウニールに仕えると決めた
ワシは・・・
「・・・ロウニールはワシを必要とすると思うか?」
「必要とされるのではなく必要とされるようになるのです。貴女がロウニール様に仕えると決めたなら自分の意思で」
「必要とされるように・・・か。意外と簡単そうじゃな・・・なんと言っても見目はいいしな」
「殺しますよ?」
「なんでじゃ!?それもひとつの必要じゃろう!」
「・・・ヴァンパイアハーフとして役に立ちなさい・・・それが一番ロウニール様のお役に立てるはずです」
「・・・ロウニールが何を成そうとしているのか知っておるのか?」
「知りません」
「ならどうやって役に立つと分かったのじゃ・・・もういい・・・ワシはお主のように盲信はせぬが・・・ロウニールに救ってもらったこの命・・・役立つよう全てを懸けようぞ」
「いい心掛けです。先程までは命を取り合う仲でしたがこれからはロウニール様の配下として対応します。レファレンシア・オートニークス・エムステンブルズよ」
「偉そうに・・・それとベルよいちいちフルネームで呼ぶな。今度からワシの事を・・・こう呼べ・・・シアと──────」




