478階 ベルフェゴールは話が長い
「待たせたのう・・・ベルフェゴール」
森の中、1人佇むベルフェゴールに近付きながら声を掛ける
とっくにワシの存在は気付いているはず・・・それなのに奴は声に反応したようにゆっくりとこちらを向き目を細めた
《この場所、それに時間に猶予を持たせたのは仲間でも連れて来る為かと思いましたがいやはや・・・仲間がいないにしてもその格好はどうにかした方が良かったのでは?》
「残念ながら一張羅じゃ・・・他に着る服など持ってはおらぬ」
《不思議ですね・・・たとえハーフと言えど誇り高きヴァンパイア・・・彼ならそのような格好は死んでもしないでしょうね。まあだからこそ選択を誤るのでしょう・・・いや女だからか・・・》
「・・・何故ワシがヴァンパイアハーフと分かったのじゃ?」
《これだから女は・・・ヴァンパイアは男性です。ヴァンパイアと同じ魔眼を持ち女である事を考えれば考えるほど自ずと分かると思いますが?》
「ちょくちょく女を貶すのう・・・何か嫌な目に合ったのか?その陰湿な性格が災いして振られまくったとか」
《下衆の勘繰りはやめたまえ。聞いていて不快なだけだ。それに貶しているのではない・・・当然の事を言ったまでです》
「当然じゃと?女が男より劣っている部分があるか?何を以てそう言い切るのか興味深いのう」
《劣っている部分?何を言うのやら・・・部分ではなく全てにおいてですよ。逆にお聞きしたいですね・・・優れた部分がどこにあるのか、と》
「随分とまあ歪んでおるのう・・・まあワシはどちらが優れているなどとは思ってはおらぬ・・・どちらも一長一短があり長所を活かし短所を補い合うのが男女の関係じゃと・・・」
《フッ・・・笑わせないで下さい。一長一短?男性の一短は女が存在する事なのに?補い合う?なんとおこがましいことか・・・》
「どういう意味じゃ」
《分かりやすく言うと女は進化の妨げになっているのですよ・・・欠陥品故に》
「なに?」
《魔族は不老である・・・が、人間には老いがある。なので種の存続には子を成す必要がある・・・放たれた魔物と同じく。ですが女は決まった相手だけではなく別の人間どころか魔物の子すら孕むというなんともおぞましい生物なのです・・・これを欠陥と呼ばず何と呼ぶのでしょうか?》
「貴様・・・好きで愛する者以外の子を孕むと思っておるのか!!」
《嫌なら相手を殺せばいい》
「何を言って・・・そもそも好きでもない女を襲う方がおかしいと分からないのか!」
《何故ですか?強者が弱者を好きにするのは当然の権利・・・それなのに何故襲う方がおかしいと?》
「話にならん・・・考え方が違うというレベルを超えておる・・・」
弱肉強食は世の常・・・それは理解しておるがこやつはそれ以外が欠落しておる。いや・・・こやつだけではなく魔族全てがそうなのかも知れんな
《理解出来ませんね・・・違うと言うのなら反論してみては?》
「論ずるに値せんと言いよるのじゃ。考え方が根本的に違うのじゃ・・・貴様と人間とではな」
《魔族の血が混ざっている貴女が人間を語りますか・・・まあいいでしょう。それでどこが違うと?》
「人間は強さで何もかも決めてはおらん。弱くとも尊重し助け合い生きておる・・・尺度が強さしかない魔族と比べるでない」
《そうでしょうか?ワタクシが見てきた人間は強さで優劣をつけ弱きをくじき強きを崇める・・・国などまさにその縮図では?確かに人間と魔族は違います。魔族は単純に力のみ・・・人間は強さに色々あり権力、財力、学力など多岐に渡る・・・ですがそれは力の違いであり同じ強さです。弱き者は虐げられ強き者は持て囃される・・・弱き者は強き者の言う事を聞き、強き者は弱き者の生殺与奪権すら持つ・・・これでも違うと言いますか?》
「それは極論じゃ!中にはそういう輩もおろう・・・が、人間がそれだけでないのを貴様が知らぬだけ!」
《極論?ええそうですよ。ああ、貴女が言ってる人間とはそういう人間ですか・・・なるほど》
「そういう?」
《言ってしまえば何も成し遂げられていないもの・・・どっちつかずで中途半端な存在・・・貴女と言う人間とはそのようなものなのですね》
「なっ!?違う!ワシが言いたいのは・・・」
《強き者に目を付けられず弱き者より少し強き者・・・奪われもせず奪いもせず・・・ただ強き者の庇護下にいるだけで生を全うする者・・・貴女の言葉をお借りすると『論ずるに値しないもの』が人間ですか・・・なかなか手厳しい》
「・・・」
《まあ中途半端な貴女だからこその結論なのかも知れませんね。魔族と人間の子・・・力も弱く魔眼も魔族には効かない・・・そして何より女》
「このっ!」
《ワタクシは常々思っているのです・・・人間も女がいなければもっと高みに行けるのでは?と。誰彼構わず孕み子を成す女・・・力も弱く自らの身すら守れない女・・・快楽に耐えきれず堕落する女・・・貴女は見た事がありますか?同じ人間ですらない人間から見たら醜悪と言える魔物に攫われ自ら腰を振る女を!魔物の子を孕みその子を慈しむ訳でもなくてまた子を産み続ける醜態をみたことがありますか?下劣極まりない・・・存在自体が醜悪で許されない・・・それが女です》
「・・・ワシは女に生まれてこれほど感謝した日はないのう・・・貴様とひとつでも同じ部分がなくて心から良かったと思うてる」
《女など滅べばいい!滅べば人間は更なる進化を得る事でしょう!下等な女がいなくなり必要に迫られ進化せざるを得なくなるはず!さすれば人間が魔族と手を取る未来があるかもしれない!人間がペットを飼うように・・・ワタクシ達魔族が人間を飼う日が来るかも知れないのです!》
もうワシの言葉は届いておらぬようじゃ。勝手に酔いしれ語っておる
魔族にはこんな者しかおらぬのか・・・それなら人間との争いが絶えないのも頷ける
「どこでどう捻れ曲がったのか知らぬがある意味可哀想な奴じゃ・・・女を知らず長い時を経るとこうなるのかのう」
《・・・なんだと?『女を知らず』だと?》
むっ・・・雰囲気が・・・変わった・・・
《識ったから言っているのだ!!ワタクシに識らないものなどない!!》
おぉ・・・何が禁句か分からんものだのう・・・雰囲気どころか姿形まで変わりよる
頭に2本の捻り曲がった角を生やし目が吊り上がる。体は肥大し醜くなるもそれに合わせて死の予感が増していく
いや死の予感など曖昧なものではない・・・奴は死そのものだ
「・・・ブラッドミスト・・・」
正直死ぬのは怖い
死に伴う痛みもさることながら存在が消えるのが・・・怖い
漫然とこのまま何も成し遂げず生き続けるのだろうと思っていた
だがある日死から近付いてきた
ベルフェゴール
死は言った
仲間になれ、と
直感で分かった・・・断れば待つのは死だと
だがもうひとつ分かったことがある
従えば母の最期の言葉に反する、と
『気高く生きなさい・・・貴女は貴族の子なのだから・・・そして責務を全うするのです・・・貴族としての』
貴族などクズしかおらぬ。その貴族が背負う責務などあるものか・・・そう考えていた
でも違った
ワシが見るべき・・・見習うべき貴族はそこらの貴族ではない・・・ワシが目指すべき貴族とは・・・母だ
魔族の子を孕みそれが原因で家を追い出され身を粉にしてその子を育てた・・・母だ
誰よりも気高く誰よりも優しく誰よりもワシを愛してくれたワシの目指す貴族
ならワシの責務とは?
魔族に従い生き長らえる事か?
違う
逃げて細々と生きるか?
違う
貴族とは・・・貴族とは・・・
「自らの意思を貫き通す者!それが貴族じゃ!!」
ブラッドミストで視界を奪い死角から血で作りし剣を突き立てる
《何とも弱き意思よ・・・それが貴女ですか?ヴァンパイアハーフよ》
血の剣・・・ブラッドソードはベルフェゴールの皮すらも貫く事が出来なかった
飛び退き離れるとブラッドソードをしまい次の手を考える
・・・いや、手などないか・・・それでも・・・
「ワシの名はヴァンパイアハーフなどではない!レファレンシア・オートニークス・エムステンブルズという母が付けてくれた名がある!弱き意思じゃと?これよりも強き意思が他にあるか!弱き意思と言ったか?死を超越し貫き通す意思より・・・強きものなどない!!」
ワシが逃げなかった理由はただ一つ
気高く生きる為ではない・・・気高く死ぬ為じゃ!
恐怖に勝ち諦めるでもなく屈する訳でもなく・・・全力で抗い最後まで戦う・・・たとえその先に死が待っていようとも!
・・・嘘をついたのに布団を用意させてしまったのう・・・ロウニールには悪いことをしたな・・・くっ!
一瞬あの日々を思い出し決心が揺らぐ
だが唇を噛み締め母の言葉を思い出すと再び力が湧いてきた
もう揺るがない・・・ワシはここでワシの責務を果たす
《なるほど・・・人間の中にもたまに存在する・・・絶望的な状況にあっても諦めず立ち向かうもの・・・決して従う事がなく扱いづらい事この上ない・・・貴女がそれだと分かっていれば無駄な時間は省けたものを・・・ワタクシもまだまだですね》
「フン!自己分析が甘い奴よのう・・・貴様の知識などたかが知れてると知れ・・・女を知らぬ童貞が女を語るなど片腹痛いわ」
《っ!!おの・・・おのれぇ!!》
よし!そのまま怒り狂い突っ込んで来い!
ワシの力で貫けぬのなら相手の力を利用するまで!
たとえ刺し違えようと貴様の顔に全ての血を注いだ剣を突き立ててやる!!
「・・・?」
ベルフェゴールは確かに怒り狂っていた・・・なのに奴はワシに向かって来る最中に急に足を止め姿形も元の姿に・・・
《ふむ・・・やはり怒りは怒りに呼応する。怒りは全てをさらけ出させるに最も適した感情・・・もう少し引き出したかったのですが存外底が浅かったみたいですね》
「な・・・に?」
《レファレンシア・オートニークス・エムステンブルズ。約200年前にヴァンパイアと人間との間に生まれたヴァンパイアハーフ。エムステンブルズ家の長女であるナターシャリシー・オートニークス・エムステンブルズの子であったが相手が魔族ヴァンパイアとバレて家を追放される。その後エムステンブルズ家は子に恵まれず没落しその歴史は幕を閉じた》
「なぜ・・・」
《貴女はなぜ時間を与えてくれたかワタクシに尋ねましたがその質問は誤りです。貴女に時間を与えたのではなくワタクシが必要だったから時間を空けただけです。貴女を識る時間を》
「調べたのか・・・嘘だ・・・ワシは名前すら名乗っていない!」
《ワタクシは『探求』者・・・名くらい聞かずとも識れます。さて続けましょう・・・追放された後、ナターシャリシーは貴女を産み平民に紛れて貴女を育てます。まあここは古過ぎて憶測に過ぎませんがね。ただ調べても出て来なかったという事は歴史上取るに足らない存在だったということはそういう事なのでしょう。その貴女が貴族を語ると言う事はナターシャリシーに何か吹き込まれたのでしょう・・・家族を・・・その周辺の人間を死に追いやった人間のくせに》
「っ!貴様が・・・貴様が母を語るな!!」
《事実を述べたまでです。没落後の貴族は悲惨なものですよ?権力はもちろんのこと財産など全てを没収され行く宛てもないまま放り出される・・・それまで謳歌していたのが災いして生きる術など持ち合わせておらず何も出来ない愚鈍な人間がどのような最期を遂げたのか想像に容易いと思いませんか?雇っていた者達は失業し路頭に迷い自らの家族を死に追いやったナターシャリシー・・・全ては彼女の決断が生み出した事なのにその子供が『貴族』を語るとは・・・やはり女はと言わざるを得ませんね》
「母の・・・決断?」
《貴女を産んだ事ですよ。いや、産んだとしても処理すれば良かったのです。それを頑なに拒み放り出され自らも死に家族をも殺した・・・そうまでして残ったものが貴女だ。貴女にその価値がありますか?ナターシャリシーが歩むはずだった道を踏み外し、エムステンブルズ家が滅びるほどの価値が貴女にあるのですか?はっきり言いましょう・・・貴女にその価値は・・・ない》
「くっ!・・・貴様にそんな事を言われるいわれは・・・」
《初めて見た時は衝撃的でした。微かに漂う魔族の気配・・・しかし見ると見窄らしい女が物乞いをしているではありませんか。正直非常に興味をそそられました・・・なぜ魔族の血を有してここまで堕ちれるのかと。仲間にして聞き出し使い途がなければ廃棄するか自ら調べるか・・・貴女が悩んだ事で調べる事になりましたが非常に愉快でしたよ?貴女を知れば知るほど愉快で溜まりませんでした。人間にも魔族にも必要とされてない貴女が長きに渡り生き延びていたのが不思議でありワタクシの探究心を非常にくすぐったのです。さあ聞かせて下さい!貴女はなぜ生きているのですか?何の為に?誰にも必要とされてない気持ちは如何ですか?いやむしろ誰かの邪魔となる人生は如何でしたか?生まれて来た事への後悔はありますか?死にたいと思ったことはありますか?ここで足掻いた意味は何ですか?死を受け入れなかった意味は?》
「・・・もう・・・黙れ・・・」
《あぁやはりそうですか・・・まあそうだろうと思っていました。貴女には何も無い・・・ただ思い付きで抗っていただけ。ここに来たのもただ死に場所を求めて来ただけでしょう?意思を貫き通す者?ではお聞かせください・・・貴女の意思とは?死を超越した意思とは具体的に何なのでしょうか。その意思を貫く事で貴女は何を得たのですか?何を成し遂げるのですか?何も得られず何も成し遂げらない意思に何の意味があるのでしょうか?》
「・・・」
《もういいです。興味は失せました・・・最後にワタクシの意思をお見せしましょう。『貴女を消滅させる』という意思を込めました》
奴の言葉でまた迷いが生まれる
ワシは何の為に生まれてきたのか・・・分からなくなる
そんな中で奴は見せつけてきた
ワシを殺す為に生み出された凶悪な意思を
魔力は奴の腕からうねりを上げて天に向かう
やがて先端は口を形作り開くと鎌首をもたげた
絶対的な力の塊・・・ソレがワシを見て笑った
矮小なワシを見て・・・笑ったのだ
《さあ幕です》
ベルフェゴールが腕を振るとソレは大きな口を開けて襲い来る
ワシは身動きが取れずただソレを見つめるしか出来なかった
何が気高くじゃ・・・ワシには・・・何も無い・・・何も・・・
「うぇ気持ち悪っ」
声が聞こえた瞬間に何かがワシをベルフェゴールから背を向けさせ包み込む
もうその何かが分かっているのに頑なに理解するのを拒否していた
もしその何かが彼なら・・・嬉しい反面なぜ来たのかと強く思う
ベルフェゴールには敵わない・・・ワシと同じ中途半端な彼では・・・敵わないのだ
「全く・・・囮のつもりか?それならちゃんと話してから行けよな・・・遅れるところだっただろ?」
違う・・・ワシはもういい・・・お主だけでも・・・
「あっ、もしかしてお前に集中している間に後ろから攻撃しろって作戦だった?でもそれだと死ぬよな?結構これ強力だし・・・気持ち悪いけど」
耐えてるのか?防いでいるのか?あの魔力の塊を・・・どうやって?そんな・・・
「魔力にこんな使い方があるのか・・・まるで魔法のように・・・」
呑気なことを・・・コレは奴の攻撃のほんの一部でしかない・・・奴が本性を現せばきっとこやつも・・・
逃げろと言え
ワシなど助ける価値などないと言え
こやつにはこやつを待つ者がおる
ワシにはもう何も無い
だから言え
言うんだ
「に・・・」
彼の手に力が込められワシの手は思わず彼の服を掴んだ
その手に力を込め言おうとしていた言葉を飲み込むと顔を上げ彼の顔を見た
「・・・遅いではないか・・・ロウニール」
「第一声がそれかよ・・・置いて行ったくせに」
「置いて行った?違うな・・・お主が遅れたのじゃ」
「へいへい・・・じゃあ今度は遅れないようにしますよ」
「・・・この攻撃を防ぎ切る事は可能か?」
「魔力の幕を張って何とかな・・・ベルフェゴールは僕の存在に気付いてないのかしたり顔のまま・・・この攻撃が終わる頃には隙が出来そうだ」
「ふむ・・・ならばコレが終わり次第仕掛けるぞ・・・今度は遅れるな?」
「へいへい・・・泣きそうな面してたのはどこへやら・・・」
「何か言ったか?」
「何も」
「・・・遅れたら晩飯は抜きじゃ」
「おい・・・一応あの屋敷の主人だぞ?僕は」
「知るか・・・ワシは・・・魔族の貴族じゃ──────」




