477階 日々
「お帰りなさいませご主人様・・・それとお嬢様」
お嬢様!?
ロウニールが家の中で突然ゲートを開きそこを通ったらどこかの屋敷の中に繋がっており執事1人にメイド4人がロウニールとワシを迎える
「ご主人様、急ぎお伝えしなくてはならない事が」
「ん?どうした?」
「ご主人様が帰られた後に城より使者が来られまして屋敷を用意したのでここから移って欲しいと・・・」
「屋敷を?ここがあるだろ」
「はい。そう申し上げたのですが・・・」
「よく分からんな・・・今度聞いておこう。それで準備は出来ているか?」
「はい。恙無く」
準備?それがロウニールの言う水面下の働きとやらか?
するとロウニールは振り返り会話を交わしていた執事を指さした
「こいつは執事のサーテン。それと後ろにいるのがメイドで左からチル、ヒース、マーノ、クリナだ。何かあればこの者達に言ってくれ」
???執事にメイドにこの屋敷・・・ご主人様と呼ばれておるしロウニールは・・・貴族だったのか?いや商人という可能性も・・・
「ご主人様紹介雑過ぎー」
「名前だけで充分だろ?あとは自分達で親睦を深めてくれ・・・さてコレが話してたレファ・・・シアだ」
「もう少し頑張れ・・・レファレンシア・オートニークス・エムステンブルズじゃ。いきなり連れて来て・・・ここはどこじゃ?」
「きゃー『じゃ』だって可愛い!」「見て見て髪が金色に光ってるよ!」「肌がモッチモチです」「けどちょっと・・・ニオイますね」
「・・・おいご主人様、メイド達の躾はどうなっておるのじゃ?」
いきなりワシを取り囲み勝手に髪を触ったり頬を引っ張ったり・・・可愛いとニオイに関してはその通りじゃがあまりにも無礼・・・この魔族の貴族たるヴァンパイアハーフのレファレンシア・オートニークス・エムステンブルズをなんと心得る
「ウチは基本自由だからな・・・それにしてもニオイか・・・慣れたから気にならなかったが食事より先に風呂だな。みんなでシアを風呂に入れてやってくれ」
「はい。ご主人様も一緒に入ります?」
「自然に聞くな。まるでいつも一緒に入ってるみたいじゃないか」
「ちぇっ・・・ご主人様ならいいのに・・・」
勝手に話が進んで行く・・・風呂じゃと?そんなもん何年も入ってない・・・
「・・・待て・・・サーテン・・・お前まで行く気か?」
「『みんな』と仰ったので」
「・・・お前まさかそっちの趣味が・・・お、おいニヤリと笑うな!怖いわ!」
「・・・サーテン様・・・」
執事が白い目で見られる顛末を経て久方ぶりの風呂を満喫する事に
これほどの広い風呂は記憶にないな・・・もしかしたら母の家にはあったかもしれないが記憶にはないし・・・
風呂に入るとメイド達に身体の隅々まで洗われた
余すことなく隅々まで
もはや抵抗する気力はなくやられ放題やられて出るとワシの着ていた布はなく、新たな布が置かれていた
「ごめんなさいね・・・本当は可愛い服を着させてあげたいのだけど事情があって布じゃないとダメって聞いて・・・あー着せたい!けど・・・今度来る時は着れるようになるといいね!」
別に布に拘る必要はないのだが・・・まあスラム街では服すら奪う対象になるからな・・・布なら奪われる心配もない。しかもちゃんと汚れているかのように染みまで付けおって・・・芸が細かいのう
「おぉ・・・孫にも衣装とはこの事だな」
「馬子じゃ。それに着替えてはおるが変わってはおらぬ・・・水面下でお主が必死に動いてたのはコレか」
「同じ大きさの布を用意して頭の部分に穴を開けて汚しただけ・・・けどそっちの方が同情が買えるだろ?」
「よく分かっておるではないか。本当は痩せこけ血色が悪い方が関心を引くが・・・」
「それは無理って話だ。モッツさんとたしょう腕は落ちるがこの屋敷の食事も美味いぞ?たんと食え」
「ご主人様酷い!」「くそっ・・・俺らだって・・・」
ロウニールの言葉に悔しがる料理人達・・・風呂の後に訪れた食堂のテーブルには朝食昼食と引けを取らぬくらいの豪華な料理が並んでいた
それにしてもこやつ『この屋敷』と言ったか・・・つまり他にも屋敷を持っている事になる・・・ますます謎が深まるばかりじゃ
更に驚いたのは全員で食事をする事だ
普通は身分の高いものだけがテーブルを囲みメイド達は給仕したり立って見ているだけ・・・なのに執事やメイド・・・それに料理人達まで同じテーブルにつき共に食事をする
しかも黙々と食べるのではなくペチャクチャと喋りながら・・・
「・・・それで本当にシアちゃんはご主人様の隠し子ではないのですね?」
「だから違うと何度言えば・・・」
「養子にお迎えするのですか?」
「私より年上の養子を迎えてどうする・・・ただの客人だ」
「?・・・いまいち関係が分かりませんね・・・まさか育ててからパクッと・・・」
「チル・・・明日から一週間風呂掃除だ」
「ひぃ・・・か、堪忍してください!風呂掃除は苦行なんですぅ!苦行なんですぅぅ!」
「広いからね・・・ご愁傷さまチル」
ふむ・・・やはり商人か?大商人のどら息子・・・それなら平民と仲良くするのも有り得るかも・・・
「お口に合いますか?モッツさんの料理に比べたらあまり美味しくないかもしれませんけど精魂込めて作りましたのでお口に合えば幸いです」
「ん?あ、ああ・・・美味い・・・」
「おいホトス・・・なんで『モッツ』の部分を強調するんだ?」
「それはご主人様がモッツさんと比べるから!俺らだって頑張って作ってるのに・・・」
「けどご主人様ってモッツさんの料理ばっかり褒めるよね」
「一度でいいから食べてみたいわ」
「ねー。どこが違うんだろ・・・これも充分美味しいけど・・・」
「ほらー!こうやって比べられるんですよ!ご主人様のせいで!」
「・・・なんかすまん・・・」
確かに朝食と昼食は美味かった・・・シンプルな料理ほど料理人の差が出ると聞いた事があるがモッツとは相当な腕前なのだろう・・・目の前にある凝った料理よりまた食べたいと思わせる味付け・・・それにバランスもよく腹が幸せで満たされたのはあの食事が初めてだな
「そうだな・・・今度エモーンズにいる料理人達と交代してみるか?モッツさんの料理を間近で見れるし味わえるし・・・ただ口が悪いから下手なことすると泣かされるけど・・・」
「是非!行かせてください!」
「いいなぁー私も行きたいー」
「チルさん!俺達がモッツさんの料理を覚えてくるんで!楽しみに待ってて下さい!」
「えぇ・・・本物がいい・・・」
「なっ!?」
「落ち込むなホトス・・・俺達が頑張ってモッツさんを超えればいいだけだ」
「・・・エダス・・・」
食事中に何の茶番を見せられているのだ?
しかし不思議だのう・・・食事中の雑音だと言うのに悪くない・・・
「これから毎日夜はここで食べる・・・朝と昼はモッツさんに作ってもらって夜はお前達の料理だ・・・頑張れよ」
「燃えてきた!」
「ああ!夜の方が美味いと言わせようぜ!」
ああ・・・これはしばらく胃が休まる日は無さそうだな・・・
他愛もない会話をしながらの食事が終わりワシとロウニールはスラム街にあるあばら家へと戻った
色々とツッコミどころ満載だったが一番気になったのは・・・
「エモーンズとはどこじゃ?一応これでも王国を隅々まで回ったという自負がある・・・が、記憶の中にそのような街は聞いた事がないぞ?」
畳んでいた布団を広げながら尋ねるとロウニールはその手を止めて振り返る
「いい所」
「答えになっておらんわ!」
「気になるなら来ればいい・・・その気力があるのならな」
「・・・」
なんだかこやつに見透かされているような気がして何も答えず布団を被りその日は寝た
こやつはどこまで・・・ワシを識っているのだろうか・・・
次の日もその次の日も同じ日を過した
モッツデリバリーで朝食を食べ、茶碗を置き道行く人をボーッと眺め、またモッツデリバリーで昼食を取り、引き続き代わり映えのない街を眺め、屋敷に移動し風呂に入り夕食を食べながら会話をして戻って寝る
ここ数年決まった者との会話など幾度あったことやら・・・ここ数日より少なかったはずだ
無味な日常に味が加わる
色褪せた世界に色が付く
音のない世界に心地よい音色が響く
決してもう求めてはいけないものが次々と押し寄せてくる
これは意図したものか無意識か・・・ロウニール・ローグ・ハーベスとはかくも残酷な人物じゃ
また消すのにどれくらいの時間が掛かることやら・・・っ!
いや・・・そう言えばおったな・・・強制的に消してくれる人物が
《充分考える時間は与えました・・・答えは出ましたか?》
茶碗が影に隠れ見上げるとそこには侮蔑の目を向ける紳士が立っていた
ベルフェゴール・・・来るのがもう少し遅ければ危ないところじゃったな
「その前にひとつ・・・聞いていいかのう?」
《どうぞ》
「何故時間をくれたのじゃ?その場ではいかいいえか迫り、いいえならその場で殺す事などお主には造作もない事じゃろう?この間に逃げるとは考えなかったのか?」
《ええ。逃げても構いませんでしたから・・・どちらかと言うとはいかいいえではなく『仲間になるか逃げるか』の選択を与えたつもりです。表立って事を荒らげるのは好まないので》
「・・・つまりお主にとってワシがここに居るということは『仲間になる』と受け取っておると?」
《そうなりますね》
「・・・そうか・・・じゃが答えは『いいえ』じゃ」
《そうですか。では・・・》
「待て!・・・事を荒らげるのは好みではないのじゃろう?ワシは逃げも隠れもせぬ・・・街を出た先の北西の森・・・そこで1時間後に待ち合わせでどうじゃ?」
手に魔力を込めようとしていたベルフェゴールはワシの言葉を聞き魔力を消した
そして少しの間考える素振りをすると見下ろしながら答える
《いいでしょう。女のくせに良い度胸です。ではワタクシは先に向かっているので待っていますよ》
「『女のくせに』は余計じゃ・・・首を洗って待っておれベルフェゴール」
ベルフェゴールはワシの魔眼を微笑みながら受け止めそのままその場から消えた
ロウニールはいない・・・おそらくまた水面下でバタバタと何かしておるのだろう
何故1時間後と言ったのか・・・もっと時間を稼ぎロウニールが戻って来るまで待てば・・・
茶碗を置いたまま立ち上がると振り返る
このドアを開ければあばら家に似つかわしくない布団畳んでおいてあり出来たスペースに彼が座りワシを見て微笑みかける・・・そんな気がした
しかしドアに触れようとする手を止めて拳を握る
「フン・・・今日の昼食を食えない事だけが心残りじゃのう・・・さらばじゃロウニール──────」




