476階 白鳥のように
ワシの名はレファレンシア・オートニークス・エムステンブルズ・・・ヴァンパイアハーフじゃ
そう・・・貴族であった母とヴァンパイアであった父を持つヴァンパイアハーフ
200年の時は長いようで・・・短くもあり長くもあった
生きる気力などとうに失い惰性で生きている状態・・・恐らく2人より長く生き長らえたのはヴァンパイアの血のせいかもしれんな
2人共同じじゃった・・・最初の数年は良かった・・・が、時が経つにつれて・・・生活をする場所を変えるにつれて精神が蝕まれていくのが目に見えて分かった
それでもワシは共に居たかった
恨まれようとも化け物呼ばわりされようとも・・・共に居たいと・・・
「・・・なんじゃこれは」
「布団」
「このあばら家に・・・布団じゃと?」
前に住んでいた者が亡くなり誰も手付かずだったので勝手に使い始めた家屋・・・物などほとんどなく寒さを凌ぐための毛布が一枚あるのみ・・・テーブルもなく欠けた茶碗が置いてあるだけでそれも週に何回満たされるか分からん状態・・・築何年か分からぬがもしかしたらワシより歳をとっているかも知れぬ・・・そんな風が吹けば吹き飛んでしまいそうなあばら家に・・・ベッドの上に敷いてあるような布団じゃと!?
「いやぁ最近贅沢な暮らしをしてたらベッドがないと寝れなくなってな。さすがにベッドは持ち運べないからせめて布団だけでもと思って。お前は気にせずいつも通り寝てくれ・・・あっ、勝手に入って来んなよ?一緒の布団に寝ている時にベルフェゴールが入って来たら変な噂を流されかねないし」
ぐぬぬ!こやつは本当に・・・
家の半分を占める布団を突然どこからともなく取り出しおって・・・
「ん?羨ましいか?なら」
そう言ってロウニール・ローグ・ハーベスと名乗った男は手をワシに向けて出した
「なんじゃ?」
「お金・・・100ゴールドでいいぞ?」
こやつ!
ワシから金をむしり取ろうとしておるのか!どうやったらこんな性格に育つのやら・・・こやつの親に会うたらコンコンと説教をしてやろう
「フン!要らぬわ!そっちこそワシが寝入った隙を見て襲うでないぞ!」
「襲うか!・・・今なら特別にベルフェゴールから逃げなかった理由を言えばお前の分の布団も用意してやるけど・・・」
「床で寝るのは慣れておる・・・気にせず寝よ」
「どんだけ語りたくないのか・・・床擦れしても知らないぞ?」
「・・・」
この硬さには慣れておる・・・この冷たさも・・・1人で寝る事も・・・
2人でいる時はそんな事はなかった
しかしある程度の姿をし1人でいると心が休まる日も喉が渇く日もなかった
殺したい訳でもましてや飲みたいと思ったからでもない・・・ただ身を守る為に害しても人間はワシを白い目で見おった
お前が居なければ
お前が誘ったから
お前が・・・
老婆の姿がマシだと思ったが違う意味で襲われる事も少なくなかった
老婆が1人きりで少しでも物を持っている素振りを見せるとそれを奪いにやって来る・・・もちろん返り討ちにしてやるのだがまた懲りずに別の者が・・・
老いにより体の節々が痛む中、盗っ人との日々に嫌気がさしたワシが次に選んだのが今の幼女の姿だった
襲われる事もあるが若い時よりも頻度は少なく、日々暮らしていても痛みはない。物乞いをすれば金は僅かながら手に入り周りに住む者も無関心ながは優しく接してくれる
この姿がダメなら山奥で1人ひっそりと過ごすしかないと思っていたが案外上手くいきしばらくこの姿で生活する事になった
そう言えば母と別れた時もこのくらいの姿だったか・・・
もうかれこれ200年前の事なのであまり記憶にないが気位の高い女性だったと記憶しておる。ワシのせいで家を追われてもその品位は変わらず・・・しかし家を追い出された後すぐに病に倒れ死の間際・・・
『気高く生きなさい・・・貴女は貴族の子なのだから・・・そして責務を全うするのです・・・貴族としての』
貴族どころか平均以下の小屋のような家のベッドの上でそう言って息を引き取った母・・・当時は何を言っているのか理解出来なかったし悲しみと同時に怒りが込み上げてきたのを覚えている
けど今は・・・
「・・・気高く生きる為じゃ・・・ワシが逃げぬ理由は」
「・・・」
「べ、別に布団が欲しいから言った訳じゃないから勘違いするんじゃないぞ?ワシはただ・・・」
「・・・」
暗がりの中反応のないロウニールを見ると・・・
「こやつだけは・・・」
寝ておった・・・ぐっすりと
あまりの怒りに頭をこずいてやろうかと思ったがやめて毛布に包まりそのまま目を閉じた
『気高く生きる為』か・・・どうやら嘘が癖になっておるみたいだのう・・・
夢を見た気がする・・・だが目が覚めるとどんな夢だったか思い出せない。幸せな夢だったのか怖い夢だったのか・・・ただもう少し続きを見たいと思ったので幸せな夢だったのだろう
もう少し寝れば続きが見れるかも知れん
外は明るくなって来たが布団を被って目を瞑れば・・・ん?布団?
「・・・これは・・・」
起きて見るとふかふかの布団が被せられていた。しかも気付いたら敷布団まで・・・おぉ、これはなかなか良い羽毛を・・・ではなくて!
「ロウニール!お主・・・何をしておるのじゃ?」
「・・・見て分からないのか?モッツデリバリーだ」
「いや分からんわ」
「お前の分も頼んだから食え・・・気高いお嬢さん」
くっ!聞かれておったか!
こやつさては狸寝入りをして・・・
「・・・トマトジュースは用意しておるだろうな?」
「あるかそんなもん・・・とにかく食え・・・軽すぎだぞ?お前」
「くっ!そう言って抱き抱えた時に色々イタズラしたんじゃ・・・ま、待て・・・食べ物を粗末にするでない!」
危なく湯気の出ているスープを掛けられそうになった・・・こやつは本気でやる・・・そう目が語っておる
「いいから早く食え。食べないのも粗末にしてるのと同じだ・・・ちなみに残すとモッツさんが激怒するからそのつもりで」
だから誰だそのモッツとは!
あばら家に似合わぬ二組の布団・・・ロウニールが使っていた方の布団を畳み出来たスペースにこれでもかというくらい並ぶ朝食・・・今にも崩れそうな壁を見なければここがスラム街という事を忘れてしまいそうだ
とりあえず食べ物を粗末にするのとモッツという輩を怒らせるのは危険だと判断しここに来て初めての朝食を食らう
全ての料理が温かいのはこやつの『ゲート』の能力で運んで来たからだろう。あの森から一瞬で戻って来れた時は驚いたもんだ
「・・・ほう・・・これは・・・」
美味い!
トマトジュースがないのは残念だがこの赤いスープは確か・・・ミネストローネというやつか・・・喉を通り身体に沁み全身が温かくなる
スープ以外にもこんがり焼けたパンに様々な果実が乗ったデザートまで・・・それに食後に飲む用のコーヒー・・・はワシの分はないか・・・代わりに果実を絞ったジュースが置かれておった
「・・・お主騙されやすいと言われんか?」
「なんで?」
「何故頑なに子供扱いするのじゃ?ワシは200年生きていると言っておろう」
「・・・あー、コーヒーじゃなくてジュースだったから言ってんのか?そんなもん体に合わせてるに決まってるだろ?精神に合わせてどうするよ」
「ぬっ・・・言われてみれば確かに・・・」
考えてないようで考えておるのか?
そう言えばこやつ謎だらけな奴じゃな・・・サキュバスの魔核を飲み込んだ人間・・・冒険者共を一瞬で倒してしまう剣さばきにワシの一撃を受け止める防御力・・・このような朝食を準備出来る財力・・・格好から見ると平民のように思えるが実際はそうではないのだろうな
「それでどうするんだ?」
「ん?何がじゃ?」
「待ち合わせ・・・家で待つのか?」
「待ち合わせ言うな・・・働きながら待つとしよう・・・働かざる者食うべからずと言うじゃろ?」
「働くと言って何故その欠けた茶碗を持つんだ?」
「・・・これがワシの仕事だからじゃよ」
口に残ったパンをジュースで流し込むと茶碗を持って外に出た
そしていつものように茶碗を地面に置いて座る
「・・・まさかと思うけどそれが仕事?」
「それ以外に何と見える?」
「それ以外にも見えないけど仕事にも見えないぞ?」
「スラム街はこういう場所じゃ。全ての気力を失った者の溜まり場・・・働く気力もなければ生きる気力も死ぬ気力もない・・・ただ毎日を過ごすだけじゃ」
「それでその茶碗は?」
「酔狂な者がここに金を入れてくれる事がある。もちろん何も無い日の方が多いがのう」
「つってもここを通る奴らも同じスラム街の住人だろ?なら金なんて持ってないんじゃ・・・」
「酔狂な者と言うたろう?ワシを買ったのは誰じゃ?」
「シアを買った・・・冒険者か」
「そうじゃ。何もスラム街にはここの住人だけが通る訳ではない。あやつらのように安く人間を買いに来たり物珍しさで来たり・・・たまに貴族や商人も通るぞ?そやつらは大概優越感に浸りたいだけのようじゃがな・・・けどワシの茶碗はそういう時に溢れ返る・・・優越感を感じさせてくれた礼が茶碗を満たす事となるのじゃ」
「魔族の貴族・・・それでいいのか?」
「品位で飯が食えるか?」
「開き直るな。貴族が全て何もしないで飯を食っていると思ったら大間違いだぞ?ちゃんと働いて・・・」
「言うたであろう?働く気力などとうにない」
「どうして?」
「お主も永遠の時を生きれば分かる」
体は若くても精神は老いもするし疲れもする。永遠の時と言うにはまだ早いのかも知れないが200年で充分だ
もう・・・充分だ・・・
「ぬ?・・・何故お主も座るのじゃ?」
何も言わずに隣に座るロウニール
可憐で可哀想な少女に金をくれる者はいるがまだ働けそうで見た目普通の男に金をくれる奴がおると思っているのか?正直営業妨害なのじゃが・・・
無言のまま茶碗の前に座る2人
通りすがりの者から奇異な目で見られること一時間余りでロウニールは飽きて家に入ってしまった
て言うか当たり前のようにワシの家に入っていくが何様のつもりじゃろう
昼時、家の中からいい匂いがしてくると思ったらまた謎の『モッツデリバリー』とやらで頼んだらしく豪華な食事が並べられていた
お呼ばれしたので仕方なく全て完食するとまたワシは表に出てロウニールは家の中に残っていた
狭い部屋の中で何をしておるのか・・・まさかワシが昨日使った布団をクンカクンカしてよからぬ事を・・・
興味本位で突然玄関を開けたが面白い光景は見れなかった・・・そもそもあやつの姿すら見えない
ゲートでどこかに行ったのだろう・・・しかし居ないとなると急に脳裏にベルフェゴールの顔が浮かびあの時感じた恐怖心が蘇ってくる
まさかワシはロウニールが家に居る事で安心していたのか?勝てるかも分からぬのに?
頭を振り考えぬように雑念を払うとまたひたすら座りながら茶碗が音を立てるのを待つ
そして夜になり空の茶碗を持って家の中に入ると・・・畳んだ布団に寄りかかり暇そうにしているロウニールがいた
「終わったのか?」
「・・・もう人通りも少なくなったからのう・・・ところでお主は一日何をしていたのじゃ?人に働けと言うておいてお主は何かしているようには見えなかったが?」
「何もしていないようで水面下では必死に動いているんだよ・・・水面に浮かぶ鳥のようにな」
「ほう・・・水面下で何をしておったか興味がある・・・聞かせてくれるか?鳥ニール」
「だれが鳥ニールだ・・・見せてやるよ水面下の頑張りをな──────」




