45階 イジメ
門番の仕事は忍耐力が必要だ
商人や冒険者、旅人などがひっきりなしに来るならともかく、誰も来ずひたすら立っているだけの時の方が圧倒的に多いからだ
ダンジョンオープン直後は比較的忙しくてあっという間に日が沈みその日の仕事時間を終えていたのに今ではまだ昼前かって驚く事が多くなった
まあ僕の場合は適度にヘクト爺さんとお喋りしたり、ぼーっとダンジョンを眺めたりして時間を潰せるから問題ないけど・・・
「ロウニール!」
・・・また来やがった・・・
ケインの部下・・・元第三騎士団の連中は見回りの際に度々僕の元に嫌がらせをしにやって来る
この前は立ち方が悪いとか言って何度も木の棒で突っつかれたし、その前は声が小さいと大声を出させられた
ヘクト爺さんに何もしないのはいいけど・・・
「はっ!」
「返事が遅い!槍を地面に突き立てるな!視線を落とすな!」
あのバカケインの一言で門番の装備が変わった
制服ではなくハーフプレートの鎧を身に着け、剣ではなく槍を持つように・・・体への負担は倍増し腰痛で夜も寝れない日が続いた
ヘクト爺さんが文句を言わずに着続けてるから僕も黙ってるけど・・・こんな装備いるか?
「申し訳ありません!」
「少したるんでるな・・・その場でスクワット100!」
「はっ!」
僕は歯向かうことなく槍を壁に立て掛けるとスクワットを開始する
しごきという名のイジメ
特にこの2人・・・デクトとファムズは僕を必要にイジメた
僕がよろめきながら必死にスクワットを繰り返すのをニヤニヤと壁にもたれ掛かりながら見てやがる
こうしたイジメはクビを撤回した次の日から続き、結局元々街の兵士だった先輩方は辞めてしまった。残ったのはドカート元隊長とヘクト爺さんと僕だけ・・・多分このイジメは僕が辞めるまで続くのだろう
数時間門番として立った後でのスクワットはかなりキツい・・・しかもハーフプレートとはいえ鎧を着けてのスクワットだ・・・回数を重ねる毎にフラフラとなりその様子が見回りの2人の笑いを誘う
「おいどうした?まだ半分もいってないぞ?」
「そんなへっぴり腰で門番が務まるのか?辞めて別の職に就いた方が良いんじゃないのか?」
くっ・・・言いたい放題言いやがって・・・
「ロ・・・」
ヘクト爺さんが助け舟を出そうとしてくれたけど、僕はそれに気付いて首を振る。前にも助けてくれようとしたけどその時は連帯責任だとか言ってヘクト爺さんにも被害が行きそうになったからだ
高齢のヘクト爺さんにこんな事させたらそれこそ・・・僕が我慢すれば収まるなら我慢するしかない
「・・・んぎ・・・100・・・」
何とか100回やり遂げた・・・もう・・・無理・・・
終わった瞬間その場にへたり込むと2人は僕に近付いて来て目の前に立つ
「なんだ?もうお終いか?だらしない・・・これだから村出身の奴は・・・まあいい。これでも飲めよ」
そう言って持っていた筒を傾ける
ドボボボと音を立てて水が筒から零れ僕の髪を濡らし地面を湿らせる。ヘクト爺さんが止めようとしてくれたけど、僕はそれを手で制す
「・・・どうした?水を分け与えてやったのに礼もしないのか?」
「・・・ありがとうございました・・・」
「ふん!・・・ちゃんと濡れた服は拭いておけよ!門番は街の顔だからな!」
そう捨て台詞を残して見回りに戻って行ったケインの部下2人・・・結局奴らは僕が自ら辞めるように仕向けたいだけなんだろう・・・くだらない
「・・・ロウ坊・・・」
「・・・いやぁ、暑かったのでちょうど良かったです。さっ、張り切って門番続けましょう!」
日に日にエスカレートするイジメ・・・それでも僕は門番を続ける
いつかきっと・・・仲間と呼んでくれる事を信じて・・・
《バッカじゃないの!?あんなの今のアナタなら・・・》
「ダンコ・・・そういう事は言わないの」
仕事も終わり、領主館に向かっている最中にダンコの怒りが爆発していた
「そもそも僕が急に強くなったらおかしいでしょ?だから・・・」
《それでも、よ!まだ運動させられるのは我慢出来るわ!その後よ!頭から水を掛けられて・・・私まで濡れたじゃない!》
「僕の為に怒ってたんじゃないんかい!」
《・・・いい?ロウは私、私はロウよ?一心同体でしょ?アナタがやられた事は私がやられたも同然・・・とりあえず今度あんな事やられたら我慢する必要ないわ・・・人気のない場所に呼び出してスパッと・・・》
「無理無理!大問題になるわ!・・・僕が耐えてるのだからダンコもしばらく我慢してくれ・・・いずれ奴らとも仲良く・・・」
《はあ?仲良く??真っ平御免だわ!》
だいぶ鬱憤が溜まってるなあ
まあこの半年やられ放題だったし仕方ないか・・・すれ違い様に腹にパンチされたり、後ろから石を投げられたり・・・くっ、思い出すだけで腹立ってきた
けど耐えないと・・・せっかく復帰出来たのにもしかしたらまたヘクト爺さんとドカート隊長もまた辞めさせられちゃうかもしれない
そうこうしている内に領主館に到着
いつものようにジェファーさんに紙を渡してさっさと帰ろうとしたが、今日は様子が違った
建物の中に入っても人気がない・・・しばらく待っていても誰も通らないので大きな声で叫んでやろうとしたらちょうど誰かが2階から降りて来た
2階から左右に展開する階段の右側からはサラさんと・・・冒険者ギルドのギルド長。左側からは見たことない・・・恐らく冒険者の人達
領主館に何の用があったんだろう・・・疑問に思いながら見ていると少し不機嫌そうな顔したサラさんが僕に気付き向こうも同じ事を思ったのか首を傾げた
「ロウニール?なぜ君がここに?」
「どうも・・・本日の来訪者の集計表を持って来たのですが誰も居なくて・・・サラさんは?」
「私は・・・」
サラさんが反対側の冒険者に視線を送り言いかけると立ち止まっていたサラさんより早く降りて来たその冒険者の1人が僕の肩に手を乗せて代わりに答える
「明るい未来への話し合いだよ・・・少年A君」
明るい未来?・・・てか誰が少年Aだ!?
スカした感じのその冒険者はそれだけを言い残すと仲間を連れて領主館から出て行ってしまった
「えっと・・・意味が分からないのですが・・・」
「気にするな・・・交渉決裂したまでだ」
「へ?」
「野郎・・・こっちの言葉に耳を貸すつもりはねえみてえだな。ダンジョンは破壊するの一点張りたぁ・・・」
「へ!?・・・ダンジョンを・・・壊す?」
「ギルド長!・・・ロウニール、気にするな。今聞いた事は忘れろ」
忘れろと言われましても・・・
結局サラさん達はそれ以上は口を閉ざし、厳しい表情で領主館をあとにした
残された僕は・・・ようやく出て来たジェファーさんに集計表を渡すとすぐにダンジョンに戻り頭の中を整理する
サラさんとギルド長の言葉・・・それにあのスカした冒険者の言葉を総合すると・・・
《どうやらあの人間はダンジョンが嫌いなようね》
「って事だよね・・・冒険者なのに・・・」
あの冒険者の『明るい未来』ってのが『ダンジョンのない街』って事なんだろうな。それでそれを止めようとサラさんとギルド長・・・それに恐らく領主が話し合いの場を設けるが交渉決裂って訳か
国が管理しているならいざ知らずこのダンジョンは街の所有物・・・街のルールとして『ダンジョンを破壊するな』とは言えても法的効果はない・・・壊したところで罰則がある訳でもない
《もし街がダンジョン破壊を厳罰化するとしたらダンジョン内部まで管理する必要が出てくるからね》
「それは無理だよね・・・だからダンジョン内部は自己責任ってなってる訳だし・・・」
ダンジョンコアの破壊を厳罰化するとしよう。そうしたら誰が壊したか正確に知る必要がある・・・それにただ野ざらしになっているダンジョンコアを破壊するなっていうのも格好つかないから保護策を考えないといけなくなる。例えば番人を付けたり、常に監視してたり・・・だが、ダンジョンコアはほとんどの場合がダンジョン最奥にある為に番人を常に置く事も無理だし、監視も無理・・・となると冒険者の良心に訴えるしか手がないのが現状だ
《ダンジョンコアが破壊された瞬間にダンジョンの内部にいる冒険者が全員罰を受けるっていうのなら話は別だけどね》
「そんな事したらうかうかダンジョンに潜ってられなくなるって・・・かと言って誰が破壊したかなんて分かるはずもないし・・・正直に名乗り出る人もいないだろうし・・・」
《結局犯人探しなんて無理・・・だから厳罰化は難しい・・・》
「まっ、あくまでもダンジョンコアが破壊出来ればの話だけどね」
《そういう事・・・私達のダンジョンには無関係な話だけど・・・》
領主にとってはそうも言ってられない
今はダンジョンコアは見当たらないけど、いつ出現するかも分からないのだから・・・
いっそうの事『このダンジョンにはダンジョンコアはありません』とでも看板掲げてみるか?そうすりゃ少しは領主も安心するかも
《変な事しないでよ?何もしなければ諦めていずれ消えるわ》
「そりゃあそうだけど・・・領主は気が気じゃないかなって・・・」
《そんなの知らないわよ。勝手に所有物扱いしているのだからそれくらい自分で何とかしなさいと言いたいわね》
ド正論・・・確かにそうだよな
まあでもこっちはこっちで勝手に街の土地でダンジョン作ってるのだから少しは・・・って気持ちもあるけど・・・
《それよりもここまでのペースなら階層は十分だけど色が足りないわね》
「・・・色?」
《特色よ。最初に言ったでしょ?どんなダンジョンにするかコンセプトが必要って。今まではシンプルなダンジョンで良かったけどそろそろこのダンジョン特有の色があってもいいと思うの》
そう言えば最初の時にコンセプトとか何とか言ってたな・・・後から決めようって先延ばしにしてたんだっけ
「このままシンプルで良いんじゃ・・・」
《イヤよ!私はこのまま平凡なダンジョンという烙印を押されるのなんてイヤ・・・何か私達のダンジョンしかない色が欲しいの!》
「イヤイヤって・・・そんな事言っても僕は他のダンジョンを知らないし特色を出せと言われても・・・」
《見に行けばいいじゃない》
「え?いやいや、そんな簡単に言うけど・・・門番の仕事もあるし・・・」
《どうせ嫌がらせも受けてるし辞めちゃえばいいのよ。門番の仕事を続けるより他のダンジョンを見に行く方がロウにとって有意義なはずよ?》
「いやいやいや・・・まじ?」
《マジよ》
そりゃあ他のダンジョンを見てみたいって気持ちはあるけども・・・うーん・・・1回ドカート隊長に相談してみるか──────




