468階 謁見
ちん・・・聞きなれない一人称・・・いや、そもそも一人称か?
でも『ちんが』って言った後に名乗ってたから一人称だよな?ちん・・・か・・・『余』とか『妾』とか『我』とかは聞いた事があるけど・・・『ちん』か・・・
「本題に入る前に確認したい。朕は貴公が辺境伯だったと記憶している。貴公と同じ名の者が庶民からダンジョンブレイクの原因を突き止め辺境伯になったという知らせは記憶に新しい・・・もしやフーリシア王国には貴公と同姓同名の辺境伯が」
「いません」
いるわけないだろ・・・いや、もしかしたらロウニール・ハーベスという名は探せばいるかもしれないけどそいつが辺境伯って事はないだろうな
「貴様!無礼だぞ!!陛下の言葉を遮るなど・・・」
「よいザラス・・・では貴公がその辺境伯であったローグ卿で間違いないと?」
「はい。つい運良く功績が転がり込んで来まして公爵となりました」
王様の右隣・・・ザラスと呼ばれた騎士は僕の言葉の意味を理解し歯軋りしながら睨みつけてきた
さすがに王様は表情を変えないか・・・それとも理解出来なかったとか?僕の皮肉に
「異例の出世よな・・・それで何用でここまで来た?」
「魔物の調査です。最近巷ではダンジョンブレイクが起きていないのに魔物が外を出るという事象がありまして各国ではどのような状況かを調べる為に来ました」
「ふむ・・・それについてはメバス」
王様が名前を呼ぶと部屋の隅にいた文官らしき格好の男がスっと立ち上がる
「はっ、各地の魔物に関しましては多数報告が上がっております。いずれもダンジョン近くで魔物を発見し冒険者の手により対処していますが報告は増える一方となっており被害が出る可能性も踏まえ冒険者ギルドと協力し対応している段階であります」
「との事だ」
「そうですか・・・」
一番最後に訪問したからもっと被害が出てると思いきやそうでもなさそうだな
「それにしても妙な話だ」
「?何がでしょうか?」
「貴公の定説は朕も聞いた。ダンジョンブレイクはマナ不足により起こるものだと・・・なので対策はされていたはずだが各地でダンジョンブレイクは起きているではないか」
「今回の魔物が外に出ている件とダンジョンブレイクは異なります。今回の件はダンジョンブレイクが原因ではなく魔物が外に出ているのが問題であって・・・」
「待て・・・言っている意味が分からぬ。ダンジョンから魔物が外に出るのをダンジョンブレイクと言うのではないのか?」
「いえ・・・ダンジョンブレイクはダンジョンの意図しないものを言い今回のはダンジョンが意図的に・・・」
「待て」
このっ・・・いちいち話を止めるなジジイ!
「なんでしょうか」
「ダンジョンの意図とは?まるでそれではダンジョンに意思があるように聞こえるが・・・」
「はい。ダンジョンには意思があります」
僕がそう答えた瞬間に嘲笑が至る所から漏れる
隅にいる文官達から壁際にいる騎士達まで・・・笑っていないのは正面の4人だけだ
「・・・メバス」
「は、はい!」
「ダンジョンに意思があると思うか?」
「え・・・い、いえ・・・私は思いません。確たる証拠はありませんがそのような記述を見た覚えがありませんので」
「という事だ。メバスはこの国随一と言われるほどダンジョンに対して造詣が深い・・・そのメバスがこのように申しておるが?」
リガルデル王国のゴーンみたいなもんか・・・知識の量も同じくらいなんだろうな
「信じていただけないのならそれでも構いません。私も証拠を提示する事は出来ませんので」
「陛下発言をお許し下さい・・・失礼ですがローグ公爵閣下・・・よろしければなぜそうお思いになられたのか聞いても?」
「ダンジョンの声を聞きました」
「声?その声はどのような・・・いえ、何と言っていたのですか?」
「『マナが足りない』と」
今度は嘲笑ではなく普通に笑われた・・・しかも王様まで笑ってやがる
「くっ・・・なるほど・・・お腹の空いたダンジョンがマナをもっと寄越せと駄々をこね魔物をお使いに出す・・・そういう事ですかな?」
「ニュアンスは若干違いますが・・・まあそのようなものです」
「そ、そうですか・・・ではダンジョンブレイクがそうだとしたら今回は?」
「ダンジョンがマナを溜める必要がなくなったので魔物を放出しているのです。なのでダンジョンに置いてある宝箱・・・その中身が再び入っているような事は起きなくなると思います」
「?・・・それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味です。ダンジョンは宝箱などで人間がダンジョンに入って来るよう仕向けていました。これまでは中身が無くなれば補充していたのですがもうその必要もありませんし中身は空っぽのまま放置されるでしょう」
「何故ですか?」
「・・・ですから、ダンジョンがマナを溜める必要がなくなったからです」
こいつ人の話を聞いてんのか?次同じ事を聞いてきたら殴り飛ばしてやろうか
「ではダンジョンは何の為にマナを?」
「それは・・・そこまでは分かりません」
「ならばなぜ今回の件がダンジョンブレイクではないと?また声をお聞きになったのですか?『もう満腹』と」
んにゃろ・・・完全に僕をバカにしているな?
「ふっ、やめよメバス。だが朕も気にはなるな・・・なぜダンジョンブレイクと今回の件が違うと言い切れる?」
「ダンジョンブレイクではないからです」
「なに?」
「ダンジョンブレイクではないから違うと申し上げています」
「なるほど・・・あくまで貴公の定説は正しくその定説から外れるから今回の件はダンジョンブレイクではない、と・・・貴公はかなりの自信家とみえる」
まるで信じてないな・・・まあ信じてもらえるよう努力するつもりもないけど・・・少し腹が立つな・・・
「国王陛下・・・少しダンジョンに詳しいメバス殿とお話をしても宜しいでしょうか?」
「ふむ・・・構わぬがここでか?」
「はい。皆様にも聞いて頂いていた方が宜しいかと」
知識を与えるつもりはない・・・化けの皮をみんなの前で剥がしてやる・・・自称ダンジョン通め
「これはこれは・・・お手柔らかにお願い致します」
馬鹿にしたような笑みを浮かべながらメバスは文官達の列から1歩前に出た・・・さて・・・どこまで話してやろうか・・・
「では質問です。先程も話に出ましたがメバス殿はなぜダンジョンにある宝箱は再度中身が入っているとお思いですか?」
「過去の記述によればダンジョンには宝箱を生成する仕組みがあると・・・なので一定期間が経過すると再び宝箱の中身が復活すると言われています」
「それは『なぜ』ではありません。私は理由を尋ねているのですが?」
「・・・理由は・・・分かりません」
「分からないのは当然でしょう?私はどう思うか聞いているのですが?」
「根拠のない考察など無意味かと。妄想は勝手ですがそれが洩れて噂が広がりまことしやかに囁かれでもしたら真実が埋もれてしまいます。そういったものは確証を得てから口にするべきでしょう」
リガルデル王国のゴーンかと思ったがそうではなかったか・・・ゴーンは妄想とも言える考察を幾つも立ててそれを試していた。その中のひとつが悲劇を生んだけど・・・メバスはそうではなく地道に調べるタイプか
「では今のところ分かっている事は?」
「周知の事実のみです。ダンジョンは成長型の洞窟であり魔物の生息地。奥底にはダンジョンコアと呼ばれるものがありそれを破壊する事でダンジョンはその機能を失う。ダンジョンには種類があり難易度も様々・・・他にも色々ありますが長くなるので割愛させていただきます」
「今の周知の事実を踏まえてダンジョンが何かと似ていると思いませんか?」
「ダンジョンが?・・・特に類似するものは・・・」
「ダンジョンコアを破壊するとその機能を失うと言いましたがその特徴は何かと似ていると思いませんか?」
「ですから・・・特に似ているものは・・・」
「人間・・・いや、全ての生き物に共通すると思いませんか?」
察しの悪い奴だな・・・いや、それとも分かってて答えなかったのか?お得意の確証がないからってやつで
「なるほど・・・確かに生物ならば喋ってもおかしくはありませんね。しかし閣下以外誰も聞いた事のないその声からダンジョンが生物であると立証するのは不可能かと・・・フーリシア王国は信じたようですがさすがに・・・」
「では私だけ声が聞こえると立証すれば信じてもらえますか?」
「それを立証するのは不可能です」
「そうでもありません。私だけが出来ることをお見せすれば納得いただけるかと・・・まあリガルデル王国は身をもって経験した事なので今更お見せすることもないと思いますが」
そう言った瞬間に王様は玉座から立ち上がり何人かは顔を顰めた
なるほど・・・全員が全員知ってる訳ではないのか
「ローグ卿!・・・話は聞いている・・・が、それが声が聞こえるという証明にはならぬはずだ」
「『それ』が何を指しているか分からない方もいらっしゃるようなので言葉に出させてもらいます。私は魔物を喚び出し操る事が出来ます。聞いた話ではそれを『召喚』と呼びその『召喚』が出来る者を『召喚士』と呼ぶようなので私はその『召喚士』なのでしょう。過去にもそのような者がいたらしいのですがご存知ありませんか?」
本当は魔物ではなく魔獣を・・・喚び出したのではなく創り出したのだが、ここで魔獣と言うとまた一から説明しないといけないし魔物と言った方が話はスムーズに進むだろう・・・さて・・・反応は・・・王様と両脇の2人・・・それに玉座の後ろに控えている爺さんとメバス含めた数人の文官はどうやら知っていたみたいだな
逆に壁際に立つ騎士達は知らされてないのかキョトン顔・・・まあ知ってたら僕の話を嘲笑う気になれなかったかもな
ダンジョンの声を聞いたという話も冗談には聞こえなかったはずだ
「・・・残念ながらもし閣下がその『召喚士』だったとしてもダンジョンの声が聞こえる証明とはなり得ません」
頭ゴーレムかよ
「確かに確たる証拠にはなりませんが私の声に反応し喚び出されているのも事実・・・声に応えるものがこちらに声を掛けられないという道理もないのでは?」
「それは屁理屈というものですよ・・・閣下は『水が上から下に流れるから下からも上へと流れる』と言っているようなもの」
いや全然違うだろう・・・そう突っ込もうとした時、部屋の外がいやに騒がしく振り返ると突然閉められていた扉が荒々しく開け放たれる
「本当にいやがった・・・よくもぬけぬけと・・・」
やっぱり歩いて戻っている兵士達より先に戻っていたか・・・でもいいのか?謁見の間・・・しかも王様のいる前で斧なんて担いで乱入して来て
「再会の挨拶にしては少々騒々しいな・・・オルシア将軍──────」




