466階 生き物として
「・・・頭が痛い・・・」
今度は頭を使い過ぎじゃなくて酒の飲み過ぎで
あの後ミルリンちゃんの凄さをコンコンと語られ続け気付いたら朝だった・・・そして酒代と店の備品を壊した修理代まで請求されてかなりの出費・・・お金は別にいいがなぜ修理代まで・・・僕が壊した訳じゃないのに・・・
〘それで?最強のロウニールはどこに向かってるの?〙
〘・・・本でも読んでろ〙
〘もう穴が空くほど読み返したわよ・・・で?〙
〘ちょっと寄り道〙
誤魔化す為とはいえなんであんな事を口走ってしまったのか
思い出して顔を赤らめながら森の中を駆けていた
「やっぱり・・・そりゃあそうか」
ちょうど良さそげな木を見つけて上に登ると遠くを見つめる
すると目当てのものを見つけてどうしたもんかと考える
〘・・・そういう事ね〙
〘ああ・・・てっきりもうとっくに戻ってると思ってたけど・・・〙
木の上から見えているのは道を埋め尽くす程の大軍だ
フーリシア王国との国境付近まで来ていたリガルデル王国軍・・・そいつらはまだ移動を続けていた
〘別にあの人間達より先に行っても問題ないんじゃないの?〙
〘問題はないけどほら・・・実際に減っているのを見た後と話で聞いただけだと印象ってだいぶ違うだろ?せっかくだから存分に恐れて欲しいわけよ・・・僕としては〙
〘そりゃあまあ話を聞いただけと実際見たのとでは印象は違いと思うけどそれで何を要求するつもり?〙
〘要求なんてしないさ・・・僕が依頼されたのはあくまで各国の魔物の調査と忘れてたけど勇者が出現していたとしたらどこにいるかだからね。リガルデル王国に何か要求するのは立場上難しい〙
公爵になったとはいえ勝手な事は出来ない・・・本当なら不可侵条約でも結びたいところだけど
〘ならどうして・・・〙
〘リガルデル王国が今後どう出ようとするのか見てみたい。5万の兵を削られ敗走した状況を何とも思ってないのか深刻に受け止めているのか・・・正確な反応を見て判断したいんだ・・・もう少し脅すべきかどうかを〙
〘・・・脅すのは立場上いいんだ?〙
〘立場は関係なく僕個人としてやるから大丈夫だろ?もう二度とあんな事したくないし〙
〘あまり気にしてるようには見えなかったけど?〙
〘だからだよ。魔獣を放ち人間が次々に殺されるのを見ても平気だった・・・その時は『向こうが先に仕掛けた』とか『もしこの場で止めなければ関係のない人達が多く殺されてしまう』とか考えて罪悪感なんてこれっぽっちもなかった。けど時が経つにつれてやり過ぎだったと・・・〙
〘後悔した?〙
〘まあね・・・あの時は目の前にオルシアもいたし必死だったってのもあるけどそれにしてもこうも多くの人を殺めて罪悪感とか良心が痛むとかないもんかと・・・〙
あの時・・・リガルデル王国の兵士達が逃げ惑う姿を見ても何とも思わなかった。その場をダンジョン化させて創り出した魔獣達・・・巨大で強力で見るからにおぞましいその魔獣達は嬉々として人間達を・・・喰らった
悪夢が現実となったような地獄絵図
おそらく対人間を想定し鍛えてきた兵士達は魔獣相手に為す術なく殺されていく
その場は魔力の濃度より先に血の臭いが充満し味方さえも顔を引き攣らせ呆然と立ち尽くしていた
そんな中で僕は人間を殺しているという罪悪感に苛まれる事無く平然としてその光景を横目で見ていた
オルシアと戦っていたというのは単なる言い訳に過ぎない・・・止めようと思えば止められる余裕があったから・・・
〘人間と魔族って考えるから悩む事になるのよ〙
〘え?〙
〘もしあの多くの人間が魔族だったらアナタは悩んだ?〙
〘・・・悩まなかったと思う〙
〘でしょ?やろうとしている事は同じなのに種族が違うだけで思い悩む・・・それはもちろんアナタが人間であり相手も人間だからなんだけど・・・それっておかしいと思わない?〙
〘・・・どこが?〙
〘人間と魔族・・・どごが違うの?〙
人間と魔族の違い?
えっと人間は・・・人間は・・・
〘一番の違いは食事よ・・・生きる為の糧・・・人間は口から摂取し生きる為に必要なエネルギーを賄う。魔族は魔力を得て生き永らえる・・・そして魔力の供給源は主に・・・人間〙
魔力は負の感情から生まれる・・・なので感情豊かな人間からが最も手に入りやすい・・・魔族が必要としているエネルギーが
〘生きる為に必要・・・それって人間が家畜を殺すのと何が違うの?生きる為に他者を殺す・・・弱肉強食とはよく言ったものね。弱き者は肉となり強き者はその肉を食らう・・・要は人間より強い者が魔族・・・自分達が家畜の立場になっておかしいと唱えるのはどうなのかしら?〙
そう言われると何も言い返せないな・・・けど・・・
〘僕は人間だ〙
〘分かっているわ。ただ少し特殊な人間・・・アナタは人間かもしれないけど私は魔族よ?アナタと私・・・つまり人間であり魔族でもある私達ならもっと公平に見れるのでは?人間だから魔族だからではなく相手の出方により行動を起こせる・・・そう思わない?〙
公平に・・・そっか・・・だからか・・・
〘細かい違いは他にもあるけど人間も魔族も同じ・・・生きる為に戦う・・・生きる為に殺す・・・ただ大きな違いがあるの〙
〘大きな違い?〙
〘魔族は人間に依存する・・・けど人間は魔族に依存しない〙
〘魔族が人間に依存している?いや、動物だって魔力を出してるだろ?だったら人間に依存とまでは・・・〙
〘動物が出す魔力なんて微々たるものよ?もし人間が絶滅したらほとんどの魔族が魔力が少なくて弱体しいずれ死に至るでしょう・・・だから魔王が勇者に勝っても人間は絶滅しないの・・・させられないのよ。けど人間は魔族を絶滅させても困る事はない・・・もし人間が鳥を絶滅させても死に絶えないでしょ?他に牛や豚、魚があるし他にも食べ物はいくらでもある。けど魔族は違うのよ・・・9割・・・いえほぼ10割に近いくらい人間に依存している弱い生き物なのよ〙
〘えっと・・・話が脱線してない?〙
〘してないわ・・・アナタが無意識に魔族は強く人間は弱いと思っている・・・だから人間がやられたら可哀想と思い魔族がやられたら当然と思ってしまう・・・けど単純な強さで言ったらそうかもしれないけど立場で言ったら魔族は弱いの・・・人間よりも。アナタは人間と魔族の強さ持ってるわ・・・そして魔族の弱み持たずにね。当然人間として魔族が絶滅しても生きていけるしたとえ人間が絶滅してもアナタは生きていける・・・その立場から考えたらどうかって話。人間よりも・・・魔族よりも広い視野で見れるはずよ?人間だから魔族だからではなく生き物として・・・ね〙
生き物として・・・か
人間であり魔族であるから考えられる・・・僕だけの特権みたいなもの
立場に囚われず判断出来る・・・なるほど
〘なんだか楽になった・・・簡単に言えば『大量の人間を人間が虐殺した』ではなく『大事な人を傷付けようとしている生き物達をそうなる前に処分した』くらいに考えるって感じか〙
〘そういう事・・・少しは気が楽になったようで良かったわ〙
〘・・・どういう風の吹き回しだ?慰めてくれるなんて〙
〘慰め?違うわ・・・事実を述べただけよ?くだらない事でウジウジ悩んでいるから〙
〘そりゃあすみませんね・・・人間は悩むんだよ・・・くだらない事で〙
〘そう人間はね。だからアナタは悩む必要ないの・・・人間でもあり魔族でもあるのだから〙
〘逆に人間でもなく魔族でもないってわけか・・・なら僕は何なんだ?〙
〘言ったでしょ?生き物よ〙
〘そりゃまた幅広いこって〙
僕が人間の括りになるか魔族の括りになるかはたまたダンコの言う通り生き物という括りなのかはともかく済んだことを悩んでいても仕方ないのは事実だな・・・必要ないかどうかはともかくとして
後悔したかと聞かれてしたように答えたけど本当はそうでもない・・・有象無象の人間が攻めて来たので始末した・・・ただそれだけだ
多分人間でありたいから悩んでいるフリをする・・・それが今の僕なのだろう
あの日ダンコを飲み込んで半分魔族になった事は受け入れた
けど・・・感情までとなると受け入れ難い・・・いや、半分人間だから無くなる事は無いのだろうか・・・
結局どうするか考えがまとまらず歩く兵士達をボーッと眺めていた
実際に減ったのを見た方が力は示せる・・・がじっと待つのも退屈だし他にやる事があると言ったら大都市計画を進める事だけど急かすような事でもないしサラとあんな感じで別れたから舌の根も乾かぬうちに戻るのはちょっと・・・
リガルデル王国軍もなぜ歩きなんだ?
馬を使えばもっと早く移動出来るのに・・・うん?
木の上からゲートを使って先頭から最後尾まで見渡してみたがみんな徒歩だ・・・で、その中にはある人物がいない事に気付く
オルシア将軍・・・かなり背が高いし大きい斧を持っているからこれだけ人がいても目立つはず・・・なのにその姿は見当たらなかった
もしかしてオルシア将軍は馬に乗ってて先に?いやそもそも四肢を失った状態で歩けないはずだから生きてるとしたら運ぶしかないはずだ。あのまま死んだ?それとも・・・
「上役だけ馬や馬車を使って移動してた?この人数の馬は用意出来なくてもそれくらいなら用意出来た・・・で、兵士達は歩いて帰らせて上役だけ先に帰った・・・それならもしかしたらもう王都に着いているかも・・・」
10万が半減したインパクトは強烈だと思うが王様が帰って来た兵士達を見るかどうかは微妙なところだ・・・ただ城にいて報告を受けるのみの可能性が高い。通信道具を使って報告を受けるだけだと実感は湧かないだろうから兵士達が戻ってからと思ったけど一番衝撃を受けるのは実際に現地にいた人達が戻って来た時に受ける報告の時じゃないだろうか
通信道具では簡潔に内容だけ聞き、実際に会って現地の生々しい報告を聞く・・・実際に兵士達を見ないとしたらその時が一番衝撃を受ける時か
「このまま真っ直ぐ進めば王都か・・・馬や馬車を使えば倍以上の速度で進むだろうしもう既に王都に到着してるかも・・・なら歩く兵士達を待たずに王都へ行った方がいいか・・・」
この兵士達がリガルデル王国軍の何割を占めているか分からないけど少ない数ではないはず。となると戻っていない今が手薄になっているはずだし・・・
「脅すにはちょうどいいかも」
〘なかなか悪者っぽいセリフね〙
〘この世が平和になるのなら悪者にだってなるさ・・・いずれ現れる勇者の標的にならない程度にね〙
正直頭の中がぐちゃぐちゃだ
やらなきゃいけない事は沢山ある・・・けどそれをひとつひとつ正しいかどうかとか周りの人がどう思っているかとかを考えると何一つ進まない
その中でも一番の悩みは僕の周りの誰かが傷付かないうちに魔族を片っ端から始末するべきかそれは勇者の仕事だと何かあった時だけ対処するか・・・まるで出口のない迷路をずっと彷徨っているみたいだ
ここ最近魔族絡みの事件が多過ぎて悩みの種になっていたからな・・・正直邪魔くさくて仕方ない
「さっさと出て来て物語のようにサクサクと問題を解決してくれないかな・・・勇者・・・」
そんな事を呟き、僕は木の上から見える遠くを眺めてゲートを開き王都を目指して行動を開始した──────




