461階 猛毒
「・・・ハァァァ・・・」
バカでかいため息が出たのは決して風呂に入っているからではない。まさかカレンがあんな事を言うなんて・・・しかもサラの目の前で・・・
エーラが僕と結婚したい理由は分かっている・・・だけどカレンにはエーラのような理由はないはず・・・だから約束さえ反故に出来ればカレンも喜んで婚約を解消すると思ったのに・・・
「脱衣室まで聞こえてくるような大きなため息ついて何を考えているの?」
「サ・・・ブッ!」
サラの声が聞こえた振り返ると目の前にタオルが・・・急いでタオルを顔から外したが既にサラは湯船の中に・・・動き速すぎだろ!
「それで?何を考えてのため息だったの?王女の事?それとも侯爵令嬢?」
「・・・全部だ」
あの時サラが『この後ご主人様はご予定がございますのでそろそろお帰りいただけますか?』と言って追い返してくれなければえらいことになっていたかもしれない
それにしてもカレンの奴・・・なんであんな事を・・・
「このままだと本当に私は第三夫人になりそうね」
「そんな事は・・・ない」
「どうだか・・・あなたにはどんな武器も通じないと思ってたけど効く武器があったようね」
「・・・武器?こう言っちゃなんだけど魔力さえ使えば誰にも負ける気は・・・」
「女の涙」
「・・・それは反則だ」
「でしょ?魔王を倒し10万の軍をたった1人で追い返す人が『反則』と言わしめる・・・それが唯一あなたに効く武器みたいね」
「・・・どうすればいいと思う?」
「ダメよ・・・自分で決めなさい。これは誰かに言われたからと安易に決めてはいけない問題・・・責任転嫁せず自分の言葉で責任を持って応えないとダメ」
「・・・厳しいな・・・」
カレンは・・・僕と結婚したいと思っている
それは何故かもう分かっている・・・自惚れじゃなくカレンは・・・少なからず僕に恋心を抱いているからだ
出会ってそんな時間は経っていない・・・助けた事によっての一時的な感情かもしれない・・・けど現段階では・・・
王女は100%政治的理由だろう・・・だから扱いやすいが感情的に来られると・・・ハア・・・
サラと共に歩きたいと思った時にセシーヌとペギーにその旨を伝えた。その時も胸が苦しくなったがまた・・・
結論は出ている
サラ以外を妻にする気は毛頭ない
けど・・・感情的な話だけならまだしも今回は戦場の口約束とやらも付いてくる
気軽に破れない約束・・・カレンの後押しがあれば破りやすかったがまさか反対されるとは・・・
「困った」
「何が?」
「モテる男はつらいなって・・・イテテテテ」
両頬をつねられた・・・もう少しで湯船からお乳が見えそうだったから眼福だったけど・・・痛い・・・
「で?どうするの?」
ようやく手を離してくれたサラを軽く睨みつけながら考える
ケインの事を考えれば王女とカレンの事を考えればカレンと・・・普通の人が聞いたならなんて贅沢な悩みだと思うかもしれないな
でも・・・誰かの為に誰かを犠牲にするつもりはない
それがサラなら考えるまでもない
じゃあどうやって・・・・・・・・・ああ、そうか
「何か浮かんだの?その怪しげな顔は」
「怪しげって・・・2人をどうにかするのではなく僕が変わればいいかなって」
「??どういう事?」
「それは・・・内緒・・・ってちょっと待った!本当に痛いんだって!」
またつねろうとするとサラから逃げながら明日の予定を考えた
明日は・・・城に行く──────
次の日、城に赴くとすぐに謁見の間に案内された
今回は護衛と思わしき兵士達がズラリと並び王様の横にも護衛騎士と思わしき強そうな男が立っていた。だが・・・宰相の姿が見当たらない
「おおローグ卿!よく来てくれた!今日はエーラに会いに?」
「いえ・・・陛下に折り入ってお話ししたいことがございまして・・・」
頭を下げ挨拶が終わった後でチラリと護衛している騎士達を見ながら言うと王様は察したのか人払いをしてくれた
これで謁見の間には王様と僕だけ・・・信用されているのか分からないが随分な対応だこと
「貴公から折り入って話とはな・・・して、それはどのような話だ?」
「その前に・・・宰相殿は何処に?」
「クルスは少し厄介な案件に携わっておってな・・・」
「そうですか。差し支えなければお聞かせ頂いても?」
「ふむ・・・まあローグ卿も関係あると言えば関係あるか・・・実は各国との連絡が取れず困っておってな。リガルデル王国が侵略を開始した時からこれまでずっとだ・・・それを調べるのにクルスを筆頭に調査しているのだが・・・」
ああ、あれか
「それならば国境付近に不自然に刺さった杭があると思いますのでそれを抜けば解決するかと」
「なんと!・・・何故それを・・・」
「偶然見かけましたので・・・最初は何か分かりませんでしたが調べているとマナを妨害するという事が今朝方分かりまして・・・」
「マナを妨害・・・それで・・・さすがローグ卿!これで余もぐっすりと寝られるというもの・・・貴公には助けられてばかりだな。早速クルスに伝えて探させるとしよう・・・もしかして話とはその事であったか?」
「いえ、その話もありましたが本題は他にあります」
「・・・ほう・・・申してみよ」
今回の件は宰相がいた方が話が早そうだったのだけどな・・・まあ仕方ない
「はっ・・・私に公爵の爵位を頂けませんか?」
「っ!・・・それはエーラと・・・」
「いえ王女様との結婚関係なく、です」
「しかし・・・公爵は代々王族との繋がりを持つ者へ与える爵位・・・それ以外の最高位は侯爵と決まっておる・・・いくらローグ卿の頼みとはいえ・・・」
「確かに決まり事は大事でしょう。ですが国と決まり事・・・どちらが大事と思われますか?」
「・・・それはどういう意味だ?」
「ご想像にお任せします」
ぶっちゃけ今のフーリシア王国は窮地を脱したとはいえ不安定だ。唯一地続きになっているリガルデル王国と戦争状態と言ってもいい状態で各国とも連絡が取れない・・・取れたとしても各国が動くかは微妙なところだ
その状態で僕が抜けたら?・・・いや、裏切ったら?
国にとっては大きな痛手と共に再び窮地に陥る事になるだろう。下手したら今回の事件よりも大事に至る・・・何せ僕の力は証明済みだしね
10万の軍勢に匹敵する、と
「・・・余に国の法を曲げよと?」
「ご判断は陛下にお任せします。私はどちらでも構いませんので」
「・・・余は今後も貴公と懇意にありたいと思っておる・・・昨日エーラが貴公の元に行ったと聞いたがもしやそこで何か?」
「いえ、そのような事は・・・ただ王女様にお会いしたのは数えること3回程度・・・恋に発展するには些か急かと・・・なので王女様の言葉がこう聞こえるのです『フーリシア王国の為に私と結婚しろ』と」
「それは!・・・そのような事は・・・」
「私は貴族となってまだ日も浅く貴族というものをあまり知りません。なのでもしかしたら貴族とはそのようなものかもしれませんが・・・でしたらそのような窮屈なものは要らない・・・と考えるようになりました」
「ロ、ローグ卿・・・」
「ですが私はフーリシア王国が好きなので・・・それに私を慕ってくれ付いて来てくれている者も少なからずいます。領地の民も期待してくれている事でしょう・・・陛下が私と王女様を結婚させたい意図も理解しているつもりです」
「・・・」
「ですので全て丸く収める為に公爵の爵位だけが必要なのです。授かれば私は身を粉にして王国に忠誠を誓うと約束します」
そっちが裏切らなければ、な
「全て、とは?」
「王女様の政略結婚をやめて頂きたい。自由に恋愛してもらい好きな人と結婚を」
「それは・・・各国との仲を保つのも・・・」
「私がいて必要ですか?」
「っ!・・・そうだな・・・充分に検討し返事は後日しよう」
「ありがとうございます・・・陛下──────」
フーリシア王国王城内執務室
「・・・そのような物が・・・畏まりました、すぐに探させ撤去させます」
「うむ・・・それでどうするか・・・」
「公爵ですか・・・与えてみてはどうですか?」
「しかし・・・いや、そうする他ない、か・・・」
「聞く限りでは亡命したい訳ではなさそうですし・・・しかし陛下に揺さぶりをかけるとは・・・余程王女様との御結婚が嫌だったのでしょうか?」
「・・・親の贔屓目を抜きにしてもエーラは充分すぎるほど美しいと思うが?」
「それはもちろんです・・・ですが人には好みというものが・・・」
「分かった分かった・・・しかしまさか『毒』と思いきや『猛毒』とはな・・・皿を用意したが見事に溶かしてしまった」
「向こうから所望したのです。地位も充分皿になるのでは?」
「確約が欲しかった・・・もしエーラと結婚していればエーラを女王にしても良いと思う程に」
「そこまで!・・・確かに王配とはいえそこまでの地位に上り詰めれば裏切る事はないでしょう。つまり猛毒は我が国に向かうことなく他国に侵食し蝕み・・・やがて大陸は・・・」
「うむ・・・どうにかしてあの力を我が物に・・・いや、多くは望むまい・・・」
「まだ返答はされていないのです・・・他に方法があるやも・・・」
「いや、ない。あの者はよく自分の力を知っておる・・・余に言いおった・・・『政略結婚なぞ必要ない』と」
「それは・・・もしや」
「そうだ・・・政略結婚は言わば贈り物だ・・・攻める気はないという意思表示と共に仲良くしたいと媚びへつらう贈り物・・・小国にとっては身を守る為の武器とも言える。だがあの者は・・・ローグ卿は必要ないと断じた・・・まるで媚びへつらい仲良くして欲しいと願うのは我が国ではなく他国だと言わんばかりにな」
「過信・・・ではありませんね。一番身に染みているのは我が国にとって最も脅威となるリガルデル王国ですから・・・」
「大国と言えど10万の軍は大軍・・・その半数を失い半数は敗走・・・しかもそれを率いていたのはあの『猛獅子』オルシア将軍だ・・・この時点で立場は逆転していると考えてもおかしくない」
「ですがそれでは・・・」
「うむ・・・最高の防衛手段にはなるが最高の武器にはならない可能性がある・・・しかし今は選択の余地がないのも事実・・・」
「それならば今は彼の言う通りにするしかないでしょう。ですがいずれは・・・彼は我が国の武器へと変わるでしょう──────」




