460階 結婚狂想曲2
「・・・そうですか・・・そんな事が・・・」
「はい。配下を責めはしません・・・貴族達が手を組むには大義名分が必要・・・戦場においては誰もが疑心暗鬼になるかと・・・その状況下で同じ国の者同士とはいえ手を組むには必要な手段であり唯一の方法だったかと思われます」
特に僕・・・ハーベス家とカレンのトークス家は揉め事があったばかり・・・ナージの策に反対こそすれ賛成などするはずもなかった。婚約の件がなければ
「確か私も聞いた事があります。戦場での口約束は文書を交わすより固くなければならないと・・・」
「はい。もし後々破られる事があれば今後戦場での口約束は軽んじられる可能性が出て来てしまいます。そうならない為にも約束は守らなくてはならず・・・」
破りたいと思っている僕が言うセリフじゃないよな・・・
「そうですか・・・つまりカレン嬢はそれにつけ込んで・・・下賎な者の考えそうな事ですね」
「下・・・お待ち下さいエーラ王女様!わたくしは別につけ込んでなど・・・」
「お黙りなさい。誰が貴女に発言の許可をしましたか?」
「うっ!」
エーラはカレンに冷たい視線を浴びせ窘める
これがエーラの本性?それとも王女としての・・・まあそんな事はどうでもいいか
「王女様」
「エーラと呼んで下さいロウニール様」
「・・・王女様・・・ここは私の屋敷です。カレンさんには自由に発言する権利があります・・・それとも・・・私も王女様の許可を得てから発言した方がよろしいので?」
「あ、いえ・・・」
「それと!カレンさんは共に命を懸けて戦った仲間です。カレンさんを下賎の者と言うのであれば私も同類・・・なので価値観は違うと思いますので御自分の身分にあった場所へと戻られては?互いに居心地が悪くなるだけでしょう?」
「そんな・・・違っ・・・」
「違うと言うならカレンさんに謝って下さい。それとも下賎の者には頭を下げる事すら出来ませんか?」
ムカつく
確かにエーラは王族でありフーリシア王国の頂点だ。だから見上げる事などなく見下ろす事がほとんどだろう。けど見下ろすのと見下すのは違う・・・見下ろすのは見上げてくれる人々が国を良くしてくれると期待を込めているから・・・見下すのは他人と自分は違うと勘違いしているから
持ち上げられて勘違いしてる奴に僕の屋敷にいる資格は無い。たとえそれが王女だとしても
それにカレンは仲間だ・・・一緒にダンジョンに潜った仲間・・・その仲間を貶すのは許さない・・・誰であろうと
「あっ・・・も、申し訳ありません!ロウニール様!私は・・・」
「謝る相手が違うのでは?」
「っ!・・・申し訳ありません・・・つい思ってもないことを・・・」
嘘つけ!
「そんな・・・王女様が謝られる事は・・・」
これがあのカレンか・・・僕の想像するカレンなら王女だろうとなんだろうと『あっはー!』とか言ってぶん殴りそうだったが・・・貴族の格差っていうのは思ったよりもあるのだな・・・そういうのあまり気にしてなかったし貴族の知り合いも少ないから気付かなかった
王城は伏魔殿とはよく言ったものだ
王族と帰属という名の魑魅魍魎達が平然と服着て歩いている・・・僕は喰われることはないけど普通の人ならパクッと一呑みされてしまうだろう・・・嫌な場所だな
「・・・という事で王女様はお帰り願えますか?」
「え?そんな・・・謝って・・・」
「申し訳ありませんが謝罪というのは相手に通じて初めて成立するもの・・・今の状態ではカレンさんは王女様の前では口を噤むしかなくあまりいい環境とは言えません。ですのでその原因である王女様にご退席願いたいのです」
「でしたら!・・・いえ・・・今日のところはお暇させて頂きます。また日を改めて・・・」
来るな二度と来るな
意外にもすんなり立ち去るエーラを見てホッと一息・・・も束の間、気付かなかったけど屋敷の中に王女の護衛やら侍女やらが多く存在しそいつらの目が鋭く僕を射抜いていた
『王女様を貶しやがって』
そんな目か・・・意外と人望あるんだなあの王女様は
だが・・・
「文句のある者は申し出ろ。喧嘩ならいつでも買うぞ?だがやる時は入念に準備しておくんだな・・・10万よりも少なければ話にもならんぞ?」
誰に睨み利かせてるんだコラって意味を込めて言うと彼らはサッと顔を背けた
まあビビったと言うより僕の機嫌を損ねたら王女の為にならないと判断したのだろう・・・なかなか出来た人達だ
「ご主人様もお人が悪い」
エーラ達を見送った後でサーテンが僕に囁いた
「なんで?」
「サラ様に夢中と思いきや他にも意中の女性がいたなんて知りませんでした。仰って頂ければキチンとした対応を・・・」
「ちょい待て・・・意中の女性?」
「はい。誰かの為に王族に楯突くなど考えられません。もしあるとすれば・・・意中の相手が貶された時以外は有り得ないでしょう。過去に王都でそのような内容の演劇が催され人々の注目を集めていました・・・ですがすぐに陛下の耳に入り即刻上演禁止となってしまいましたが」
・・・ああ・・・なるほど
僕はただ単にエーラの態度がムカついたのと仲間が傷付けられた事に腹を立てただけ・・・しかし周りから見るとカレンの為に王族に楯突く男・・・に見えるって事か
まああながち間違っている訳でもないけど・・・ゲッ
彼女達の方を見ると下を向き顔を耳まで真っ赤にするカレンと椅子の耐久度を試すサラの姿があった
背もたれには気を付けよう・・・あれは少し衝撃を与えただけで崩れそうだ
それにしてもこの図式はマズイ
まるで照れる正妻と嫉妬する目かけみたいな・・・これを言ったら本気の蹴りが飛んできそうだな
彼女達の元に戻ると僕はさっきまでエーラが座っていた場所に座った
別にサラがいる所に戻るのが怖かった訳ではない・・・一応屋敷の主人として急ごしらえの椅子にいつまでも座っているのおかしいからだ・・・本当に
「すまなかったカレン・・・不快な思いをさせたな」
「い、いえ!そんな事は・・・」
ソファーに腰かけていつも通り話しかけたつもりだがカレンはまだ顔を伏せたままだった・・・ふむ
「とてもハンマーを振り回し魔物を追ってた人と同一人物には見えないな。私の勘違いで実は別のカレンだったか?」
「なっ!?・・・わたくしは別に淑女らしくしているだけで・・・」
「らしくないな・・・あの時オルシアに心を折られたか?牙と一緒に」
「~~~!元々牙なんて持ってませんわ!それに心もおられていません!あそこから逆転するところを邪魔しておいてよく言えますね!」
「それは余計な事をしたようだ。望むなら謝罪しよう」
「っ!・・・感謝してますわ・・・あの時と同様に・・・」
「あの時?・・・ああ、バフコーンに・・・」
「皆まで言わないで下さいまし・・・そうです・・・あの時も今回も貴方はわたくしを・・・へっ?」
あぁ・・・椅子が・・・
「申し訳ありません。どうやら脆くなっていたようです。サーテンこの椅子を片付けて下さい」
「・・・畏まりました」
メイド服のサラが執事であるサーテンを呼び捨てにして命令する
普通では起こらない出来事にカレンは目を丸くしていると更に驚きの表情を浮かべた
なんとメイドが主人の後ろに立つのではなくちょこんと隣に座ったからだ
「あ・・・えっと・・・」
「お初目にかかります。メイドのサラ・セームンと申します・・・どうかされましたか?」
「いえ主の横に座るメイドを初めて見ましたので・・・べ、別に悪いと言っている訳ではありませんわ!珍しかったのでつい・・・」
珍しいどころかいるはずもない・・・なんでサラは急に・・・Sランク冒険者と名乗れば不思議でもないのにわざわざメイドと名乗って・・・メイド服だからか?
「当家ではご主人様の意向によりこの屋敷で働く全ての者を平等に扱うようにしております。食事もお風呂も・・・勿論節度を持ってが最低条件ですが」
そうだっけ?・・・まあそうかなうん
「そ、そうでしたの。それでなぜサラさんは辺境伯閣下のお隣に?今わたくしは閣下とお話を・・・」
「何となくですカレンお嬢様」
なんだこの状況は!?
王女と侯爵令嬢の戦いが終わったと思ったらメイドと侯爵令嬢の戦いが始まったぞ!?
「そ、そうですか・・・少し辺境伯閣下とお話があるので席を外して頂いても?」
「私に構わずお話下さい」
「そういう訳には・・・」
「何か聞かれては不味いことでも?この屋敷では情報も共有しておりますのでどうせお2人で話されても全ての者に知られる事になります・・・ですので気にせずお話下さい」
共有してないから!プライバシー抜群だから!・・・たまに秘め事がバレるのはご愛嬌ってくらいで
「・・・で、では・・・コホン・・・辺境伯閣下」
「な、なんでしょう?」
「なぜわたくしの屋敷に来て下さらなかったのですか?使いの者を寄越せばいくら忙しくとも合間を縫って逢いにも来ましょう。お越しくだされば全てのやるべき事を差し置いてでもお相手致します。その準備は出来てましたのになぜ・・・」
???
なぜ僕がカレンに会いに行かないといけないんだ?
隣からピシッって音が聞こえたけど気のせいだろう・・・さてどうやって返したものか・・・
「えっと・・・申し訳ない・・・こちらも色々と立て込んでて・・・」
「ではいつ頃迎えに来て下さるのかしら?」
迎えに?
行く予定は更々無いですけど・・・何を言って・・・まさかカレンは・・・
「まさか結婚する気ですか?私と?」
「???」
いやそんな驚かれても!
待てよ・・・そりゃそうか・・・戦場で約束した時にカレンはいた・・・つまり後から聞いた僕よりも先にとっくに覚悟が出来てたんだ。で、覚悟が出来ているのにいつまで経っても迎えに来ない僕に痺れを切らして・・・
「カレン・・・王女の手前ああ言ったがあの約束は反故にするつもりだ。あの時は窮地に陥った為に仕方なく・・・っ!」
「わたくしが・・・嫌いなのですか?」
彼女は僕を真っ直ぐ見て・・・泣いていた
彼女にとっても望むものではなかったはず・・・あの時点で僕がロウニールと知らなかった・・・それでもナージの作戦を実現する為に自ら犠牲になった・・・見ず知らずの人に嫁に行く決断がどれほどのものか分からないけどそのお陰で貴族達と第三騎士団はひとつとなったのは確かだ
望んでたものではないのになぜ涙を流す?もしかしてプライドを傷付けられたとか?
そうか・・・僕が戦場の口約束という本来破る事は禁じれている約束を破ってまでこの約束を反故にしようとしている・・・それを世間一般から見れば『よっぽどカレンと結婚したくなかった』といぅ風に映る・・・それはプライドも傷付くわな
「申し訳ない・・・配慮が足りなかったようだ。カレンの名誉が傷付かないよう配慮しつつ解消されるように・・・」
「でしたら!約束を継続すると約束して下さい!」
「・・・え?」
「わたくしカレン・グルニアス・トークスを妻にする!この場でそう約束して下さいまし!」
え・・・えぇ──────




