447階 薄氷の道
「これか・・・なるほどね」
目立たないように木の陰で隠すように地面に突き刺さる杭を見て呟く。何の変哲もない鉄で出来た杭のように見えるが・・・
〘この杭に魔力を込めてその魔力が届く範囲にまた杭を打つ・・・それで囲めば結界の完成よ。マナを遮断する結界のね〙
「結界を張ることで外部との通信を絶ったか・・・単純だけど効果は絶大・・・フーリシア王国は本来抑止力となるはずの他の国との連携が絶たれていた。他の国が気付いた時にはもうフーリシア王国は陥落している・・・予定だった」
〘シュルガット・・・なかなか手の込んだ事をするわね。人間と協力して何を目論んでいたのやら・・・〙
「マナを遮断し連絡を取らないようにして魔物を操り王都を襲わせる・・・その辺はおそらく『タートル』の支援が目的だろう。それに乗じて本人はキースの家に・・・サキが気付いたから良かったけどラディルさんとソニアさんの2人だけだったら危なかったかもしれない。2人のどちらかと何かあったのかな?それともキースを訪ねたとか・・・」
〘魔族が人間個人に興味を持つ事なんてあまりないけどね〙
あまり起きない事が起きた・・・嫌な予感しかしないな
「そのシュルガットって強いのか?」
〘うーん、強さはともかく人間・・・特に変化を主に使う人間にとっては脅威かもね〙
「と言うと?」
〘シュルガットの能力は『閉鎖』・・・まあ言ってみれば結界みたいなものね。この杭に施されているようにシュルガット自身も結界を張ることが出来るの。で、杭は魔力が届くギリギリまで離しているようだから微弱な・・・それこそ通信で使うようなマナくらいしか遮断出来ないわ。でも近ければ近いほどその結界は強くなる・・・シュルガット自身が結界を張ったとしたらほとんどのマナは遮断してしまうでしょうね〙
「そっか・・・杭から発する魔力を両手から発すれば近距離になるしそれだけ結界も強力に・・・でもそれなら変化・・・魔法使い以外にも強いんじゃ?」
〘シュルガットの結界は物理攻撃には効かないのよ。手で殴れば普通に届く・・・コツがいるけど例えば剣で攻撃して結界内に入ってからマナを纏えばシュルガットを傷付ける事も可能よ〙
ああ、そうか・・・マナは弾くけど肉体や武器は弾かない・・・知ってれば攻略は難しくはなさそうだな
〘それにマナは遮断するけど魔力は遮断出来ないわ。だからサキ相手に逃げたってわけ〙
「それって魔族の中でも最弱の部類なんじゃ・・・」
〘そうでもないわよ?元々魔族同士で争うなんて想定してないし対人間なら充分強いわ。それでどうするの?この杭を1本1本抜いて行く気?〙
「まさか・・・しばらく放っておく。王様達も多分各国に連絡を取ろうとしていると思うけど今の状態で下手に連絡してしまうと戦争が起こる」
〘・・・本当人間ってどうしようもないわね。魔族が何かしなくても勝手に滅ぶんじゃないかしら〙
「人間がどうしようもないのは同意だけどそれって逆じゃない?」
〘逆?〙
「魔族が何か『しなくても』じゃなくて魔族が何も『しなかったら』滅びてしまうかもね」
〘・・・そうね・・・そうかもね・・・〙
人間と魔族は相互依存の関係・・・どちらか一方が存在しなくなれば魔族は存在自体が難しくなり人間は・・・人間を攻撃し始める
今回の件でハッキリした・・・今の僕じゃ出来る事は少ない。起きてからなら対処出来るかもしれないけど起きる前は無力に等しい
そして起きてから・・・つまり後手に回ると犠牲が出る・・・今回たまたま生き残った人達も死んでしまっていたかも・・・今回はたまたま運が良かっただけだ
運に頼らず大事な人を守る・・・全員とずっと一緒にいられる訳でもないしそれならいっその事・・・
〘ロウ・・・その考えは危険よ?戻れなくなる〙
「・・・だよな。どうかしてた・・・他の手を考えよう・・・もう行こう」
誰が敵か分からないなら僕が・・・僕が敵になればいい・・・魔族を根絶やしにして人間の敵として立ちはだかる・・・そうすれば人間はまとまり人間同士の争いはなくなるだろう。僕ならば・・・調整が出来るしゼロにはならないだろうけど魔物による被害は今より格段に抑えられる
人間の敵・・・魔物を統べるもの・・・人はそれを魔王と呼ぶ・・・
柄じゃないよな・・・サラや知り合いの為ならともかく見知らぬ誰かの為に犠牲になるなんて、な──────
白い空間の中
少女は異物の侵入に顔を歪めて読んでいた本を閉じため息をついた
「・・・ここを自ら出て行ったのに今更何の用?」
「そうつれないこと言わないで欲しいにゃ。たまたま聞こえてきた会話で納得出来なかった部分があったから訪ねてきた姉を邪険にするのは良くないにゃ」
「ツッコミ所が満載ね。誰が『姉』ですって?」
少女・・・ダンコが呆れながら尋ねると訪問者であるサキは肩を竦める
「見た目からして私の方が上にゃ。現実を受け止めるにゃ」
「『にゃーにゃー』うるさいこと・・・まあいいわ。それで?盗み聞きした結果何が納得出来なかったの?アネコ」
「なんにゃそのアネコって・・・」
「姉と猫を足したのよ。で?」
「・・・なぜご主人様が決心をされたのに止めたにゃ」
「なに?アネコは私に魔王になってもらいたいの?」
「アネコじゃなくてサキにゃ!それとアナタにじゃなくてご主人様ににゃ!」
「同じことでしょ?ロウが魔王になったら私も魔王よ。で、どうなの?なって欲しかったの?」
「当然にゃ。魔物と魔獣を率いて戦うご主人様の姿を想像するだけでもう・・・」
「ヨダレを拭きなさいヨダレを・・・ハア・・・サキ・・・その姿を想像するのは勝手だけどそうなればもう元には戻れない・・・それが分かってて言ってるの?」
「・・・」
「ロウニールは人間の敵となり魔物と魔獣の頂点に君臨する・・・未来永劫・・・それは決して終わる事の無い戦いに身を投じるのと同じ・・・輪廻という牢獄に今度は私とロウを閉じ込めるつもり?」
「牢獄?そう思うかどうかは本人次第にゃ・・・ご主人様ならきっと・・・」
「大切に思っている者を看取り続ける事が出来ると思う?あの魔王ですら解放されて喜んでいた・・・大切に思っている者などいなかったあの魔王ですら・・・それでもアナタは耐えられると?」
「・・・」
「よく考えなさい・・・それとも分かれた時に『思考』を置いてきたの?それなら納得だけど」
「そうみたいにゃ・・・でも悪かったにゃ・・・『美貌』は私が持ってちゃったみたいにゃ。だからそんなチンチクリンな姿に・・・に゛ゃ!?」
「あまり怒らせるな・・・この姿は気に入っている」
少女の姿をしているダンコの体から魔力がこの空間を埋め尽くすほど溢れ出す。サキは人間の姿から猫の姿に変身しダンコから素早く離れた
「わ、分かったにゃ!だから魔力を引っ込めるにゃ!」
「・・・ここは私の世界・・・出て行ったアナタを消滅させるのなんて容易い事を忘れるな」
「・・・酷い妹にゃ・・・そんな事はすっかり忘れてたけどでも忘れてない事もあるにゃ・・・ヤツはどうするにゃ?」
「・・・」
「ヤツはきっと出てくるにゃ・・・このままいけば魔力は高まりヤツが出て来て・・・」
「・・・そうね。いつもの終わりを迎える・・・魔王が必ず負けていたように彼も・・・」
「だから!」
「だから私とロウで魔力が高まるのを抑える・・・魔王になるより彼はその道を選んだ・・・たとえその道がイバラの道となろうとも・・・私は彼の歩む道を支持する」
「もし失敗すれば全て失うにゃ・・・それでも?」
「それでも、よ。覚悟を決めて・・・私達の道はアナタの道でもあるのだから・・・」
「ハア・・・イバラの道と言うより薄氷の道にゃ・・・歩く度にヒビが入るような薄い薄い氷の上・・・今回の件が火種にならない事を祈るばかりにゃ」
「それは無理な話ね。人間の欲望に際限などないから・・・歴史は嘘をつかない・・・始まるわよ・・・人間と魔族・・・人間と人間・・・魔族と魔族の争いが」
「・・・それでどうやって魔力の高まりを抑えろっていうにゃ・・・ハア・・・もっと分かりやすく・・・力をつけて挑んだ方がどんなに楽か・・・本当世話のかかるご主人様にゃ」
「・・・それで?とっとと出て行ってくれないかしら?獣臭くて仕方ないのだけど」
「私は無臭にゃ!・・・もう二度と来ないから安心するにゃ・・・」
「ええ・・・そう願うわ」
かつては一つだった2人は未来永劫の別れを願い再び離れ離れに
だが彼女達は再び出会う事になる
それはまだ少し後の話──────
同時刻リガルデル王国王城内
1人の騎士が謁見の間に入り玉座に座る者へ頭を下げた
「お呼びでしょうか?」
「・・・朝方呼んだはずだが?」
「申し訳ありません。少々手違いがございまして・・・」
「嘘をつけ・・・どうせ修練に夢中だったのだろう?」
「嘘ではありません。部下に誰も居れるなと言っておいたところ陛下からの呼び出しも遮断する始末・・・今後は『陛下からの用事以外』と付け加えておきます」
「・・・朕にそのような態度を取れるのはお主くらいのものよのう・・・」
「・・・して、どのようなご用件でしょうか?」
「不器用な男だ。が、それが朕を安心させる・・・殊更このような事態の時はな」
「このようなとは?」
「オルシアがフーリシア王国より撤退した」
「っ!・・・オルシア将軍が?・・・まさか通信の妨害が上手くいかず・・・」
「それはない。今朝方ファミリシア王国と通信を行ったがいつものように眠たい話を延々と続けておったわ・・・フーリシア王国の事など話題にすら上げずにな」
「ではなぜ・・・」
「詳細は分からぬ。帰還してから自ら聞け・・・朕は結果以外興味は無い・・・だが、一つだけ気になる事を言っておった。敵は『魔物を操る』と」
「魔物を?あの者も魔族と手を組んだと申しておりましたが・・・まさかあの者が裏切った・・・そういう事でしょうか?」
「いや、どうやら違うらしい。魔物を操ったのはフーリシア王国の貴族・・・ロウニール・ローグ・ハーベス辺境伯という男らしい」
「・・・ロウニール・・・聞かない名ですね」
「朕は知っておったがな・・・各国を周遊しておる道楽貴族・・・目的は各国の調査と聞いておる・・・魔物がどれだけ大陸に蔓延っておるかな」
「その魔物の調査をしている貴族が魔物を操りオルシア将軍を・・・もしかして召喚士・・・」
「ぐらいであろうな。・・・だが・・・」
「まだ何か?」
「現実的ではない」
「あのオルシア将軍が撤退するくらいの魔物の数・・・確かに非現実的ですね」
「それもあるが・・・被害が甚大なのだ」
「オルシア将軍がいてですか?・・・そういえば陛下は『撤退させた』ではなく『撤退した』と仰いましたがまさかあのオルシア将軍が自ら撤退を決意されるほど・・・」
「詳細は本人に自ら聞けと言うたであろう。朕が知っておるのは結果のみ・・・誰が何をしてどんな損害を受けたかだけだ」
「ではそのロウニールという貴族が魔物を操り・・・どのような損害を受けたのでしょうか?」
「5万だ」
「・・・は?」
「5万だ・・・10万の半数がやられたのだ。お主に出来るか?同じ事が。出来るなら今すぐにでもロウニールとやらの首を取って来い!」
「・・・陛下・・・御命令とあらば・・・ですが本当に宜しいのですか?」
「・・・すまぬ、聞き流せ。だが・・・お主は命令れたら行くと言うたな?それは出来ると言う事か?」
「5万の兵士を・・・と言われれば無理と答えます。が、そのロウニールと申します貴族をと言われれば・・・『出来る』と答えるでしょう。その者がたとえ魔族であっても所詮は1人・・・御命令あらば心の臓を貫いてご覧に入れましょう」
「・・・さすが『伏龍』・・・取り乱したのは謝ろう。失念しておったわ・・・たとえオルシアがやられたとしても我が国には『伏龍』アルオン・マダスト・エシリスがいることを、な──────」




