42階 ダンジョンオープン1周年
ダンジョンオープンから1年が経過した
かと言って1周年記念とかやる訳でもなく、日々は粛々と過ぎていく
大きく変わったことと言えばダンジョンが20階を超えた事とエモーンズが街らしくなってきた事・・・それに冒険者ギルドに組合が出来た事かな?
僕はと言うと相変わらず門番とダンジョン作り・・・それに冒険者としての日々を過ごしていた
「ロウ坊、そろそろ上がるとするか。今日の来訪者数を領主館に届けておいてくれ」
「はい!」
村から街に変わってからその日に街に来た人の数を報告する事が義務化された。移住者と旅行者を管理する為だとかで統計を取っていらしい
冒険者はほとんどが宿に住んだり仮住まいが多く、商人は移住して街で店を構える人が多い。冒険者でも商人でもない人も移住してくる人はいるが、まだまだその数は少ないとか・・・まあ、手に職ないと移住して来ても生活出来ないから仕方ないか
僕はヘクト爺さんに言われた通り新たに建てられた領主館に今日の来訪者の資料を提出しに行くと玄関からメイド姿の女性が出て来て紙を渡すと目を通してため息をつく
「冒険者は8人・・・商人が・・・ハア・・・」
「少ない・・・ですか?」
「ええ。今月も未達になりそう・・・結構良い条件で誘致してるのだけどね・・・何がダメなのかしら?」
「ジェファーさんの色気が足りないとか?」
「・・・ロウニール君も言うようになったわね。絞め殺すわよ?」
「うっ・・・か、帰ります!」
元々村の時から雑貨屋を開いていたジェファーさんの家は街に変わるタイミングで閉店した。外部からの商人達は独自のルートで仕入れを行い、その価格はジェファーさんの店で売るよりも安くて品質も良かったからだ。その事が分かっていたジェファーさん一家は早目に自分の店では売れなくなるだろうと見切りをつけ就職先を探していた時に領主に拾われた。店の主人だったジェファーさんの両親は執事とメイド長となり、ジェファーさんはその下で働くメイドもなった
昔からガサツな感じだけど僕達年下には良くしてくれて姉御肌なところがあり僕は好きだけど・・・メイドってイメージとは掛け離れてるよな・・・
さっきも資料を見て頭を掻いている姿はとてもメイドには見えなかった・・・足もがに股だったし・・・喋り方は少しはまともになったかな?
《人の入りが思わしくないみたいね》
ダンジョンの司令室に戻り椅子に腰掛けるとダンコがジェファーさんのリアクションを見て感じたのかそう話し掛けてきた
「みたいだね。何でも他の村や街からの移住者には家と仕事をプレゼント!って宣伝してるらしいけど・・・まあそんなに簡単には移住なんて出来ないよね」
《そうなの?》
「だって住み慣れた所を離れて誰も知らない土地に住むんだよ?みんな二の足を踏んでも仕方ないよ。それでも領主達は頑張って少し前に近隣の村を吸収合併しようとしたけど結局頓挫したみたいだし・・・なかなか上手いようにはいかないね」
《ふーん・・・面倒なのね》
自分から聞いてきたクセにあまり興味無さそうだな・・・
「マスター。20階付近に人間が居なくなりました」
「はいよ。んじゃまあ冒険と行きますか」
水晶を覗いていたスラミの言葉に反応し立ち上がるとひと伸びしてからいつものセットに手を伸ばす
仮面とマント
これを付けたら僕は門番でもなくダンジョンマスターでもなく・・・冒険者ローグとなる
「お供はどう致しますか?」
「今日はいいや。ボス部屋直行するから」
「はい、ではお気を付けて」
「うん。パパッと倒して来るよ」
スラミは話せる言葉がだいぶ増えた・・・相変わらず感情はないけど・・・もう少し成長すれば感情がこもったりするのかな?
言葉以外にも成長している。以前はスライムが人間の形ってだけだったけど、肌の色や髪や目や鼻もしっかり人間に近くなった
20階のボス部屋の手前、結界の張った場所に到着すると体をほぐし戦う準備をする
20階のボスはスモークフロッグ
背中のブツブツから煙を出すカエルだ
強さのレベルで言うと中級中位と下位の間くらいになる
《スモークフロッグをボスに薦めた理由・・・覚えてる?》
「うん。道中で出ると厄介だから・・・だろ?」
《そう・・・他の魔物と組むとかなり厄介・・・スモークフロッグが出す煙に視界が奪われるとただでさえ厄介なのに他の魔物が現れたらもっと・・・。ボス部屋なら他の魔物が現れる事はないからスモークフロッグだけに注意すればいいだけになる》
「ふむふむ・・・で?」
《今のアナタなら楽勝だから出来れば無駄な消費はしないで倒して》
「はいはい・・・ところで何か他に言う事はないの?『気をつけて』とか『無茶しないで』とか・・・」
《ある訳ないでしょ?さっさと倒してしまいなさい。睡眠不足はお肌の天敵よ》
「誰の?」
《私の》
・・・肌?・・・艶の事か?
胸の中心にせり出している石・・・ダンジョンコアを見つめるがいつもと変わらない。この石が睡眠が足りていると光り輝くのか?・・・ちょっと見てみたい気もする
《・・・何見てんのよ》
「あー、何でもない。さーて、行くとするか」
このままだとまた何か言われそうなので慌てて目の前の扉を押し開ける。すると部屋の中央に巨大なカエルがふてぶてしく僕を待ち構えていた・・・まあ創ったのも配置したのも僕だけど
仮面とマントを付けている僕を敵と認識した瞬間、スモークフロッグはボツボツのある背中から煙を噴き出す。やがて煙は部屋中に1寸先も見えないほど充満した
煙を吸い込んでみたけど少しむせるくらいで意外にも体には害は無さそうだ。まあ毒とかあったら中級ではなくて上級の魔物になっていただろう
役に立たなくなった目を閉じ、ダンジョンマスターである能力を使用する。司令室にある水晶程ではないが目を閉じた時に浮かぶダンジョンの映像は僕が確かにダンジョンの一部であると改めて思わせるほど鮮明に映る
「舌!?」
煙の中、僕に向かって舌を伸ばそうとしているスモークフロッグ
僕は咄嗟に前に出ながらその舌を躱すと腰に差した剣に手を伸ばす
風魔法で煙を飛ばしたり、スカウトの持つ魔技で相手の位置を探査する方法がスタンダードなのだろうけど・・・見えてる僕にはそのひと手間を省略出来る
慌てて舌を引っ込めるスモークフロッグ
その舌に合わせるように間合いを詰めるとマナを流しながら剣を引き抜く
「『剣気抜剣』」
剣を抜くのと同時に対象を斬りつける『剣気抜剣』
通り過ぎ様に魔技を放つと手応えは十分あり僕は振り返らず剣を鞘に納めた
「ふっ、つまらぬものを・・・」
《ってバカロウ!なんで魔技を使うのよ!!ただでさえ中級の魔物を無駄に消費したってのにマナまで・・・無駄な消費はするなってあれほど・・・》
「無駄じゃないだろ!?中級の魔物に対してだったらかなり少ない方・・・」
《剣を抜く前に強化でマナを使ったでしょ?それで十分だったはず・・・あの魔物がそんなに硬く見える?》
「見えない・・・かな?」
《そうよね・・・剣で斬るだけでいけたわよね?それを何?『剣気抜剣』!とか言っちゃって・・・あーヤダヤダ》
「そっちが早く倒せって言ったんだろ!」
《・・・剣にマナを流すのは何の為?》
「・・・硬いものを斬る為・・・」
《もう一回聞くわ・・・スモークフロッグの皮膚は硬そうに見えた?》
「み、見えません」
くそっ・・・口ではダンコには勝てない・・・口ないけど
《強くなってもあくまでロウはダンジョンマスター・・・マナを溜める事を第一に考えてくれないと・・・そもそも強くなる必要なんて──────》
長い説教が始まったので心の耳を閉じてボスの魔核を処理する
あまり能力を使わせなかったから溜めたマナがそこそこある・・・これを売ればかなりの金になるだろうけど・・・僕には必要ないから粉々に砕いた
マナが溢れ出てダンジョンの壁がそのマナを吸収・・・直接マナが吸収出来れば効率もいいのに・・・勿体ない
あとは・・・
《聞いてるの?・・・宝箱はそのまま使うんでしょ?それとも考えてるのはそこに転がってる冒険者の装備をどうするか?》
ボス部屋の端に転がる冒険者の死体・・・スモークフロッグに挑み破れた冒険者の末路だ
「戦いを見てたけど普通のボスなら倒せる実力はあったのにな・・・相手が悪かった・・・」
《まっ、煙に包まれて何も出来ずにやられたのは単なる情報収集不足でしょ。挑んだのがこの人間達が初めてなら話は別だけどね》
そうなるよな・・・もう既に冒険者ギルドには情報として20階ボスはスモークフロッグと知れ渡っている。この冒険者達がその情報を聞き逃したかダンジョンを甘く見ていたかは知らないけどメンバー構成が仇となった
近接アタッカーにタンカー・・・それに遠距離アタッカーにヒーラー・・・4人構成のスタンダードな組み合わせだがスモークフロッグにはスカウトが必須に近い。なぜならスモークフロッグの出す煙が充満すればスカウトの魔技が唯一の目となるからだ
「風魔法で煙を吹き飛ばすって方法もあるけど、魔法使いが土魔法と水魔法しか使えないのであればスカウトを入れるしかなかったのにね」
《にしてもロウはよく耐えたわね。『ボス部屋に挑む冒険者は助けない』だっけ?》
「うん・・・もし僕がボス部屋でも助けちゃうと無謀な冒険者が増える気がするし・・・それに他のダンジョンではボス部屋って後からは入れないんでしょ?」
《そうね。入って戦闘が始まったら扉が閉まり倒すか倒されない限り開かない仕様にしているダンジョンがほとんどよ。じゃないとせっかくのボス部屋なのにあっさりと攻略されたらダンジョンの沽券に関わるわ》
沽券ねえ・・・言わんとしてる事は分かるけど、ほとんどの人がダンジョンが体裁を気にしてるなんて思ってないと思うけど・・・
まあそれはいいとして、冒険者の装備はどうしよう・・・死体はお掃除用スライムが溶かして綺麗にしてくれるけど装備は残る・・・遺品だからせめて装備だけでもギルドに届けてあげたい気持ちはあるんだけど・・・うーん・・・
「よし!放っておこう」
《ん?何を?》
「装備だよ装備。僕が届けるのは論外だし、『ローグ』もダンジョン側の人間って立ち位置だし・・・下手に届けて騒がれるのも良くないしね」
《・・・そうね。時間をかければスライムでも溶かせると思うけど?》
「いや、そこに装備がある事を他の冒険者が見れば否応なしに気付くでしょ?『ダンジョンは命懸け』・・・命を懸けているからこそ得られるものがあるって・・・」
《よく出来ました。『ダンジョンは常に平等』・・・得られるものが大きければ失うものも大きくなるのは当たり前・・・魔核や宝で財を成せる代わりに人間は命を懸ける・・・それがダンジョン》
「子供扱いするなよ。僕はもう16・・・結婚も出来る歳だよ?」
《相手がいればね》
「うるさい!・・・ん?スラミ?」
《どうしたの?》
「ここに来そうなパーティーがいるんだって」
《あらそうなの?ちょうど良かったじゃない・・・経験を積んだスモークフロッグも倒した事だし・・・》
「だね。来る前に配置しないと・・・夜中なのに頑張るなぁ」
《ダンジョンの中は夜も昼も関係ないし・・・私達としては大歓迎だけどね》
「確かに・・・さて、僕達は戻りますか」
《そうね。戻りましょ》
「本当は挨拶のひとつでもしたいところだけど・・・」
さすがに会って変な嫌疑をかけられても面倒だし・・・僕は来るであろう方向に微笑み門番の時に言う決めゼリフを呟いた
「ダンジョンへようこそ」




