41階 ローグとサラ
冒険者ギルドの裏手で僕はある人に頭を下げた
「ありがとうございました!」
頭を下げた後、少し視線を上げるとプリっと音がしそうな張りのあるお尻が見える
更に視線を上げるとスラリとした背中、髪を束ねているので丸見えなうなじ、頭頂部の左右には髪を束ねる団子が二つ・・・そう、僕がお礼を言っている相手はあのサラさんだ
にしてもいつも同じ服を着ているな。体にピッチリと張り付いてて動きにくそう・・・あ、だから足の方にはスリットが入ってるのか・・・足の可動域を確保する為に。なるほどなるほど・・・
「そんなにジロジロ見ないでくれるか?」
「あ!すみません!」
背中を向けたまま顔を横に向けてため息をつく
背中を向けてるから気付かれてないと思ったけど、どうやら僕の視線に気付いていたらしい。でも仕方ないじゃないか・・・前から見てもスゴいが後ろから見ても・・・こう・・・体のラインがキレイで・・・
「・・・それで?理由も聞かずに預かったが、何故私に?」
「その・・・サラさんなら邪魔されても無事に届けてくれるかと思って・・・」
ケインの所業を書いた手紙を誰かに預かってもらう必要があった。手紙を奪われてしまえば口封じで殺されてしまうかもしれない・・・そこまでしないまでも僕の手紙はディーン様に届いて初めて効果を発揮する・・・届かない手紙では交渉の材料にはならないんだ
だから自分で持たずに誰かに持っていてもらう必要があった。そして僕に何かあればディーン様に手紙を出してくれる人・・・初めはヘクト爺さんに頼もうと思ったけど、中身を見られて止められそうだったし次に思い付いたのがペギーちゃんだったけど危険な目に合いそうなのに頼むのも気が引けて・・・
で、思い付いたのがサラさんだ
Bランク冒険者でケインの妨害を受けても平気そうだと思ったし、ダンジョンで見る限り面倒見がいいと思ったから・・・まあ、ダンジョンで見てた事は言えないけど
「知り合いでもない私に頼むとは大胆だな。突然金と手紙を渡して『僕に何かあったら王都の第3騎士団に届けてくれ』か・・・持ち逃げされるとは思わなかったのか?」
「持ち逃げするような方ではないと思いましたので・・・受けて下さったら確実に実行して頂ける方かと。なので受けて下さって大変感謝しています」
「そ、そうか・・・その評価がどこから来るのかよく分からないが・・・まあいい。それで無事であるところを見ると上手くいったのか?」
「概ねは」
「ふむ・・・ならば金と手紙は・・・」
「そのまま持っていて頂いてもよろしいでしょうか?まだ予断を許さない状況でして」
「・・・第3騎士団団長ディーン様宛の手紙だ。詮索するつもりはないが街に来た騎士団関連ということは分かる。あまり騎士団相手に無理するのもどうかと思うが?」
「重々承知しております。ですので切り札はまだ隠しておいた方がいいかと思いまして」
「・・・そうか。私は構わないがあまり無茶をするなよ?知り合いでもないと言ったがもう私達は知り合いだ・・・君に何かあれば気になるしな」
「あ、ありがとうございます」
Bランクのサラさんから知り合いだって言われた・・・すごく嬉しい。けど、なんか様子が変だぞ?モジモジして・・・そもそもずっと背中を向けてるのは何でだろう?
「それで・・・その・・・」
「追加のお金ですか?もちろん・・・」
「いや、金はいい。その・・・なんだ・・・ロウニールは門番・・・だったよな?」
「はい。お陰でまた門番に復帰出来そうで・・・それが何か?」
「復帰?・・・ああ、そういう事か。まあ、それはいい・・・その・・・手紙を預かっている代わりに少し聞きたいことがあるのだが・・・」
「何でしょう?僕の知ることなら何でも・・・」
「・・・・・・・・・仮面をした者かもしくは明らかに経験豊富な冒険者がここ最近・・・いや、ダンジョンが出来てから街に来たとかは・・・ないか?」
「仮面・・・ですか?」
「あ、ああ・・・その・・・命の恩人なのだ。それも2回も・・・他の冒険者も助けられていると聞くがまだお名前しか分からなくて・・・門番をしていたロウニールならもしかしたらと思ってな」
ペギーちゃんに続きサラさんまでローグ・・・つまり僕を探してる?理由は全然違うけど・・・
「すみません・・・そのような人は見てないです」
「そ、そうか・・・気にするな。もし見かけたら教えて欲しい」
「・・・はい」
少し見えたサラさんの顔は真っ赤に染まっていた
ペギーちゃんもサラさんも僕ではなくローグを探している
理由はそれぞれだけど・・・僕ではなくローグを
サラさんにお礼をもう一度言った後、ダンジョンに行き1人考える
ローグは必要とされているのに僕は?
ペギーちゃんは無断でダンジョンに入ってる事に怒りを向け、サラさんは礼を言いたくて探してる・・・全然違うけど共通する点は『ローグに関心を持っている』ということ
じゃあ僕は?
門番としてエモーンズに迎え入れる・・・けどその人達は門を通過したら僕の事なんて覚えてない
誰も僕に・・・関心なんて向けてくれない
きっとこれからも・・・
《ロウ?どうしたの?ボーッとして》
「・・・僕って・・・何なんだろうなって・・・」
《・・・は?》
「ほら・・・今まで無我夢中でダンジョンの事をやったりしてたけど、誰も僕を認識してない・・・そりゃあバレちゃダメだって分かってるけど・・・なんかちょっと・・・」
《まさか承認欲求が芽生えちゃった?誰か僕を見てー、みたいな?》
「そ、そんなんじゃ!」
《もしバレたら今の生活は無理よ。ダンジョンにこもっているしか出来なくなる・・・恋愛なんてとんでもない・・・門番も・・・店に行く事も・・・普通の暮らしが出来なくなる・・・》
頭の中に響くダンコの声はいつもより冷たくて・・・まるで地の底から聞こえるような背筋が凍る・・・そんな声だった・・・
薄暗いダンジョンの中、1人の冒険者がまるで散歩するかのように1人歩いていた
彼女は不意に立ち止まると大きなため息をつく
「・・・もし隠れているつもりなら無駄だぞ?私はこう見えても元スカウトだ。今はアタッカー兼スカウトのレンジャーだが、な」
別に隠れるつもりはなかったけど・・・声をかけられずにズルズルと付いて来てしまっていた。覚悟はしたはずなのに・・・いざとなったら躊躇してしまう
「最近冒険者も増えてきた・・・なので中には悪巧みをする奴もいると思ったが・・・もしかしたら冒険者から装備やら獲得した魔核を奪うシーフか?それなら容赦はしな・・・!?」
彼女が振り向き僕と目が合う。すると彼女は目を大きくして驚いた
「あ・・・あ・・・貴方は・・・」
「初めまして・・・かな?それとも久しぶりと言った方が?」
「・・・ローグ・・・様・・・本当に・・・」
「私を探していると聞いた。なぜだ?」
「礼を!・・・お礼を言いたくて・・・それと・・・」
「礼?礼など要らない。私はただゴミから護っただけだ」
「いや・・・だからその・・・護ってくれたから礼を・・・」
「違う」
「え?何が・・・」
「ゴミから君を護ったのではない。ゴミからダンジョンを護ったのだ」
「・・・え?」
「下劣な輩にダンジョンを穢されない為に動いただけ・・・たまたま君が被害者だっただけで君を助けようと動いた訳じゃない」
「そんな!・・・じゃあ冒険者を助けているのは?魔物にやられそうになっている冒険者を幾度となく助けたのは何故ですか!?」
「ダンジョンを冒険者の死体で汚したくなかっただけだ。・・・7階の彼は間に合わなかったがな」
「7階の彼・・・まさか貴方が彼に回復魔法を?」
「そうだ。死してなお流れる血を止めるにはそれしかなかったからな」
「・・・そんな・・・嘘よ・・・ローグ様は・・・」
「幻想を抱くのは勝手だが押し付けないでもらえるか?」
「・・・」
これでいい・・・これでいいんだ
『ローグ』は僕が作り出した虚構の存在
その『ローグ』が関心を集め・・・僕は虚構の存在である『ローグ』に嫉妬した
もしこのまま『ローグ』が冒険者達の英雄みたいな扱いされ続けたら僕はきっと・・・
「・・・それでも私にとっては命の恩人・・・たとえついでに助けられたとしても・・・命の恩人なんです!」
「・・・そう思うならこれから来る冒険者がダンジョンを汚したり穢したりするのをやめるよう伝えてくれ」
「やめさせますし止めます!・・・その・・・ローグ様はダンジョンの・・・」
「私か?私はこのダンジョンの・・・・・・・・・守護者だ」
悩んだ挙句に『ダンジョンの守護者』って何だよ・・・押し殺してはいるけどダンコが大笑いしている姿が目に浮かぶ
僕はこの場にいるのがいたたまれなくなり、サラさんに背を向けると逃げるようにして立ち去ろうとした・・・その背中にサラさんは切なそうな声で「また会えますか?」と投げかけた
僕はなんと言って返せばいいか迷った挙句・・・
「このダンジョンにいる限り・・・」
と言い残し足早に立ち去った
《ヒィヒィ・・・ダンジョンの守護者・・・このダンジョンにいる限り・・・もうダメ・・・笑い死ぬ・・・》
「うるさい!仕方ないだろ!?あんな事聞かれると思ってなかったんだし・・・」
《お、怒らないで・・・守護者さまぁ・・・》
「ぐっ・・・」
ここは我慢だ・・・どうせダンコには怒鳴る以外出来ないし無視した方がすぐに飽きると最近学んだ
《・・・はぁ~愉快だったわ・・・それにしても良かったの?》
「何が?」
《性・奴・隷》
「あ、あんなの真に受ける訳ないだろ!サラさんだってノリで言っただけだろうし、正体が僕と知ったら幻滅して・・・」
《ふーん・・・まあいいけど。でもあれね・・・あの人間に会いに行くって言った時はどうなるかと思ったけど・・・まさかロウがあんな事言うとはね》
「仕方ないだろ?ああやって宣言しとけばサラさんだって僕を探したりしないだろうし、周りも下手にローグを英雄視しなくなるだろうし・・・」
《それで考え付いたのがローグはあくまでダンジョンの味方・・・冒険者の味方じゃないって事ね・・・結局やる事は変わらないのでしょうけどね》
ダンコの言う通り僕はこれまで同様・・・冒険者がピンチになったら駆け付けるつもりだ。それが知ってる人でも知らない人でも・・・出来る限り・・・
《まったく・・・まあいいけど・・・冒険者が生きていればまたマナを落としてくれるし・・・でもバレないように程々にね》
「分かってるよ・・・分かってる・・・」
ダンジョンがオープンしてから色々・・・本当に色々あったけど・・・まだまだこれから続くんだ・・・僕のダンジョン生活は・・・これからもずっと・・・
「それで?フラれて落ち込んでるってか?」
「違います!・・・その・・・本音か避けられてるのか分からなくて・・・有り得ます?ダンジョンの守護者なんて・・・まるでそれじゃあ・・・」
「魔物みたい・・・てか?」
「・・・ええ。ギルド長・・・ギルドの任務として・・・彼を調査してもよろしいですか?」
「フラれたのにか?」
「うぐっ・・・からかわないで下さい!そういう事ではなく、冒険者の安全を守る為に・・・それにフラれた訳ではありませんし・・・」
「最後はブツブツ言ってて聞き取れなかったが・・・まあいいだろう。今のところは冒険者に危害を加えるつもりはないみたいだが、今後はどうか分からないしな・・・『ダンジョンナイト』が何者か・・・ギルド命令として調べて来い!」
「・・・ダンジョンナイト・・・」
「まさか命名したのが大当たりとはな・・・ダンジョンの守護者・・・守護者と言えば騎士だ・・・『ダンジョンナイト』・・・ピッタリだろ?」
「あの方には『ローグ様』という・・・いえ・・・このサラ・セームン!ダンジョンナイトの調査承知致しました!」
「・・・自分で言っといて承知致しましたはねえだろ・・・まあいっか。頼んだぞ」
「はっ!」
「ヘクト爺さん・・・今日はポカポカ陽気で気持ちいいですね・・・なんかこう眠たくなってきました・・・」
「ロウ~坊~」
「はいはい仕事中仕事中・・・ねえヘクト爺さん・・・ダンジョンも日の目を見る事ってあると思います?」
「地下に日が当たるもんか。注目されるって意味ならとっくにされておるしのう・・・そんな事よりほれお客さんじゃ」
「おおっと・・・許可証はありますか?ギルドカードで・・・はい、確認出来ました。ダンジョンの街エモーンズへようこそ──────」




