433階 御結婚
地獄の時間は一旦の終わりを告げた
それもフーリシア王国にとって希望の芽が摘まれた直後に
猛獅子オルシア・ブークド・ダナトルに挑んだロウニール・ローグ・ハーベス辺境伯私兵隊隊長ケイン・アジステア・フルーが敗れ、そのケインを助ける形で現れたのはフーリシア王国『至高の騎士』第三騎士団団長ディーン・クジャタ・アンキネス
フーリシア王国の兵士達全ての希望であり精神的な支柱でもあったディーン・・・勝てば士気は上がり倍近いリガルデル王国の軍を押し返せる望みもあった
が、猛獅子オルシアの前にディーンは敗北を喫す
その衝撃的な光景を目の当たりにしフーリシア王国の兵士達は絶望する・・・もはや勝ち目などなく敗北は確実と思われた
しかしオルシアはディーンとの一騎打ちを制した後、意気消沈するフーリシア軍に追い討ちをかけることなく一旦軍を引かせる
まるで焦らずとも何時でも勝てるとでも言うかのように・・・
事実今回のフーリシア軍の総司令官である第一騎士団団長バデス・アジート・アルファスは勝つ事などとうに諦め自らが生き残る事だけを模索する
総司令官であるバデスの思惑は言わずとも軍全体に広がりフーリシア軍は生きる屍と化した・・・一部以外は
「隊長!!くっ!もっとヒーラーを連れて来い!もっと・・・もっとだ!!」
陣地に運び込まれたケインのそばでジェイズが叫びヒーラーを集める
一命を取り留めたものの瀕死の状態は変わらず傷を治したとしてと戦線復帰は難しいだろう
それでもジェイズは叫び続ける
彼にとってのケインは他の者達にとっての希望・・・ディーンと同等であったからだ
「・・・その傷では回復したとしても厳しいでしょう・・・失った血は戻りません。他に手当が必要な兵はごまんといます・・・ケイン殿1人にかまけてられません」
「ナージっ!・・・お前に何が分かる!ケイン隊長さえ復帰すれば・・・」
「また獅子に喰われる・・・ですか?」
「貴様っ!!」
ケインが運び込まれた天幕の中、ジェイズは振り返り剣の柄に手をかける
緊迫する天幕の中・・・辺境伯私兵隊の参謀として参加している軍略家ナージ・カベインはその姿を見てため息をつく、
「その剣は身内に向ける為のものではないでしょうに・・・今こそ冷静になるべきでは?ジェイズ殿」
「冷静に、だと?これが冷静でいられるか!ケイン隊長は疎かディーン団長まで・・・我が軍は減り続けリガルデル軍はほとんど減っていない・・・この状況で・・・冷静でいられる訳がないだろう!」
「・・・意外と冷静に分析されてますね。ですが一つ訂正が・・・」
「なんだ!」
「リガルデル王国は『軍』ですがフーリシア王国は『軍』ではありません。言うなれば『群』です」
「・・・『ぐん』ではなく『ぐん』?おかしくなったか?ナージ・カベイン!」
「同じ発音でも意味は全く違います。リガルデル王国は猛獅子オルシア将軍によって軍隊として機能し我が国フーリシア王国は単なる寄せ集めの群れです。指揮系統もバラバラで個々に迎え撃つだけ・・・烏合の衆と変わりません」
「それは・・・」
「あまつさえ本来指揮系統をまとめる第一騎士団団長のバデスは逃亡を企てているという噂が立つ始末・・・もはや『群』でもないかもしれませんね」
「・・・だからなんだ」
「元々10万の軍の牽制の為に集められていたので実際に攻め込まれたらこうなるのは目に見えていました。軌道修正出来ればある程度抑え込めたでしょうが総司令官が無能な為に今に至ります・・・最前線で戦う第三騎士団と我らのような貴族私兵隊・・・その奥で何もしない第一騎士団と第二騎士団・・・リガルデル軍はまるで訓練でもするかのように余裕を持ってフーリシア王国の兵士達を削り続ける・・・」
「訓練だと?・・・バカな・・・奴らとて必死に・・・」
「ならば猛獅子オルシア将軍はよっぽどの間抜けかと・・・ディーン殿が倒れた時、10万の兵をもって一気に攻め上がれば決着は着いたでしょう・・・その機を逃し一旦兵を引かせたのですから」
「・・・猛獅子が間抜けではなかったら?」
「休憩です」
「休憩?」
「攻め続けて疲れるのは何も前線で戦っている者だけではなく戦場全体が疲弊しています。その中で攻め続ければ思わぬ被害が出るやも知れません。それを避ける為に一旦下がらせ体力を回復させ冷静さを取り戻させているのです。士気が上がれば実力以上の力を発揮するものですがオルシア将軍はそれを望んでいない・・・命を懸ける価値はないですからね・・・訓練に」
「・・・」
「好機と思い疲弊した兵士を突っ込ませるほどの・・・価値がないのですよ我々は」
「我が軍・・・フーリシア王国の兵で自国の軍を鍛えている・・・実戦経験を積ませて・・・だから無理をする必要はない・・・か」
「あくまでも仮定の話ですがね。ただ話を聞く印象では猛獅子オルシア将軍は自ら先頭に立ち瞬く間に相手を蹂躙すると思ってましたので・・・それが自らは兵士の後ろにまるで見守るように立っているだけ・・・そしてケイン殿やディーン殿のような兵士では歯が立たないような傑物には自らが当たる・・・私ならリスクを負いたくないので兵数が上ならば厄介な相手には兵を集中させ体力を削ってからとどめを刺すよう進言します。ディーン殿が倒れた後のフーリシア王国の兵士達を見れば分かるように精神的支柱が敗れたショックは何ものにも変え難いものですからね」
「・・・それで?冷静な貴様はこれからどうすればいいと思うのだ?まさか抜けるか?」
「いえ、『群』を『軍』に変えます。そしてその後戦う為にもケイン殿だけではなく傷付いた兵士達の回復が必要なのです」
「・・・群を軍に・・・まさか第一のバデス団長に直訴でもする気か?」
「無駄な事に費やす時間はありません。まあただ・・・これまで何もしなかった彼らにも一役買って出てもらいますが──────」
リガルデル王国陣営
「なぜ引いたんだ?あのまま攻めてりゃ終わってただろ?」
天幕内で椅子に座るオルシアに傷付いた兵士達の治療を終えた『不死者』ダンテが入って来て疑問を投げかける
「・・・俺が望んでいるのは実戦経験だ・・・死体蹴りではない」
「経験の前に勝利だろ?」
「既に勝敗は決した。『至高の騎士』ディーン・・・噂に違わぬ実力・・・久しぶりに肝を冷やしたわい」
「『肝を冷やした』ねえ・・・『肝が傷付いた』の間違いだろ?」
オルシアとダンテ以外誰もいない天幕の中、ダンテはオルシアに近寄ると彼に手をかざす
「・・・どれくらいやられた?」
「骨が折れいくつかの内臓に突き刺さった程度だ」
「重症じゃねえか!よく歩けたな」
「問題ない・・・いいから早く治せ」
「はいはい・・・もしかして引いた本当の理由はこの怪我か?」
「ディーンさえ始末すれば後は俺の出番はないだろう・・・勝敗も決しこれより掃討作戦に入る・・・その前の休憩だ」
「ああ、そうかい。それで・・・なんで生かした?」
「生きている方が枷になる時もある。あのまま殺したら仇討ちなんて甘っちょろい事を考える奴らが暴れて訓練にならない・・・生かして絶望を味合わせた状態で戦ってくれりゃあいい実戦経験を積ませてくれるはずだ・・・倒れた奴の奇跡ってやつを信じ僅かな希望に縋った奴らがな」
「・・・オッサンが敵じゃなくて良かったぜ」
「そっくりそのまま返すとしよう・・・貴様のような戦場で兵を何度も甦らせる奴が敵にいたらさすがの俺も萎える」
「甦らせるってのは大袈裟だ・・・けど命を少しでも繋いでりゃあいくらでも戦場に再び戻してやらるが、な」
「・・・『不死者』・・・仕官する気はないか?」
「ないね・・・オッサンをオッサンと呼べなくなるのはちと寂しい」
「ぬかせ・・・まあいい。少ししたら出るぞ」
「はいはい・・・次で終わりそうか?」
「戦法を変えねばあるいは・・・撤退し攻城戦となった方がより実戦経験としては捗るのだが・・・まあどちらせよこの大陸で唯一実戦経験をした軍が誕生するのは間違いないな」
「覇王国の本領発揮か・・・平和になるなぁ」
「乱世を経て・・・な──────」
「指揮権を渡せだと!?」
「はい・・・第三騎士団副団長ジャンヌ殿は了承済みです。『リガルデル王国に一泡吹かせるなら何でもしよう』と」
「第三騎士団が・・・それでもなぜ私が貴様の指揮下にはらねばならない・・・私の下を離れ増長したかナージ・カベイン!」
ナージはジェイズを伴い第三騎士団を訪れた後、最も交渉が厄介になる相手・・・ファゼン・グルニアス・トークス侯爵の陣地に訪れていた
ナージの要望は一つ・・・第三騎士団と貴族私兵を一つにまとめその指揮をナージがするというもの。その受け入れ難い要望にファゼンは当然拒絶する
「増長など・・・ただこのまま指をくわえ死にゆくよりは何らかの作戦を立てる必要があるかと存じます。油断しているリガルデル王国に一矢報いればここから逆転も可能かもしれません・・・その為には一致団結し・・・」
「それならば侯爵の誰か・・・もしくは第三騎士団がやるべきであろう!なぜ一介の・・・しかも爵位もない貴様が!」
「では何か作戦がおありで?」
「・・・貴様の作戦とやらをその内の誰かにやらせればいい・・・下賎の者に従うよりは幾分マシだ」
「ご自分でやられるとは仰らないのですね」
「なに?」
「失敬・・・しかし作戦をお伝えしても良いのですが細かい指示を全て伝えるには時間が足りません・・・効率を考えると私が直接指示をした方が早いのでは?」
「だから貴様の指示を誰が聞くと言うのだ!」
「命より身分を気にされますか?」
「それが貴族というものだ。それにもしその作戦とやらが上手くいかなかったら誰が責任を取る?貴様の軽い首では到底賄えぬぞ?」
「失敗すればどちらにせよ全員死にます。それとも閣下は敵前逃亡されるおつもりで?」
「貴様っ!!──────」
「・・・お前・・・あれで交渉出来ると思ったのか?」
「交渉は不得意なので・・・」
「いやいや・・・不得意ってレベルじゃないぞ?相手の神経を逆撫でしてどうすんだ?しかも相手は侯爵様・・・名誉や身分を重んじるのは分かってたことだろ?」
「名誉や身分で何が出来ますか?理解し難いですね・・・まあこれで敗戦は確定的となりました・・・弱りましたね・・・」
ファゼンの私兵に囲まれ一触即発状態に陥るもジェイズが代わりに頭を下げ何とか窮地を脱した2人
しかし第三騎士団の協力は得られたもののファゼンとの交渉は決裂・・・そうなるとナージの『群』を『軍』にするという作戦は脆くも崩れ去った事になる
「他に方法はないのか?軍略家なんだろ?」
「そうです。読んで字のごとく『軍』略家です。『群』を用いた作戦などあるはずもありません」
「・・・なら逃げるか?今ならケイン隊長を抱えて・・・」
「敵前逃亡は極刑と相場が決まっています。一族郎党全て・・・そうしないと今後戦場から逃亡するものが増えてしまいますからね・・・いわゆる見せしめです。私は天涯孤独の身ですから問題はないのですが・・・」
「分かった分かった!今のはナシだ!・・・くそっ・・・ならここで果てるしかないじゃないか・・・」
「お待ちになって!」
項垂れるジェイズと考えるナージに声を掛ける人物
振り返るとそこには豪華な鎧で身を包む兵士が立っていた
声からすると女性・・・しかし顔は鎧兜に覆われ見えない
「・・・何でしょうか?」
「先程の作戦をお聞かせくださいまし・・・もしかしたら力になれるやもしれません」
「力に?貴女は一体・・・」
「分かりました。お話します」
「ナージ!?」
「今は藁にもすがる思いです。それに鎧を見る限りどうにかする力を持つ方とお見受けします・・・溺れていて藁ではなく流木なら掴むのは当然でしょう?」
「しかし侯爵閣下にも話さなかった内容を見ず知らずの者に・・・」
「ここで作戦の事を話しても問題はありません。バレて困るような作戦でもありませんから。それと侯爵閣下に話さなかったのは話しても無意味だからです」
「無意味ってお前・・・」
「では、判断して下さい・・・私の作戦が貴女のお眼鏡にかなうかどうか・・・」
「・・・なるほど・・・それならば僅かながら可能性も・・・勝てると言うより引き分け狙い・・・そんな感じですわね」
「今の状況で引き分けは勝ちに等しいでしょう。何よりも優先すべき事は無駄死にを無くすことですから」
「確かに・・・分かりましたわ・・・わたくしが説得してみせますわ。ですがそれには一つ条件があります」
「何なりと」
「・・・わたくしとローグ辺境伯が婚姻を結ぶのですわ」
「・・・今何と仰いましたか?」
「ですから婚姻を結ぶ・・・結婚するのです!つまり政略結婚・・・父もそうなれば協力せざるを得ないはずですわ」
「父・・・貴女はもしや・・・」
「あっはー!わたくしの名はカレン・グルニアス・トークス・・・ファゼン・グルニアス・トークスの娘ですわ!政略結婚なぞ絶対に嫌ですが・・・ここで朽ち果てる気は毛頭ございません・・・ローグ辺境伯と父の確執は聞き及んでおります・・・もし手を組むとしたらこの手しか御座いません」
鎧兜を脱ぎ去り名乗るカレン・・・その表情は言葉の明るさとは裏腹に苦渋に満ちていた
「なるほど確かに・・・ローグ閣下とグルニアス侯爵閣下の御息女であるカレン様が婚姻を結べば・・・」
「お、おいおい本人に知らせずに勝手に結婚なんて・・・たとえロウニールでも怒り狂うぞ?」
「元々トークス家との確執を生んだのはローグ閣下です。それがなければ交渉はもっと円滑に・・・なので責任を取ってもらいましょう」
「いやいやそもそも交渉になってなかったし・・・」
「どう致しますか?わたくしの決心が揺らぐ前に決めて下さいまし」
「第三騎士団とグルニアス侯爵閣下が味方となって下されば・・・おそらく他の侯爵閣下との交渉もスムーズに・・・是非お願い致します」
「おい!」
「あっはー!分かりましたわ。ですが勘違いしないで下さいまし・・・わたくしがこの婚姻には望んでおりません事を・・・ちなみにローグ辺境伯のお顔は端正でいらっしゃる?」
「ちょっと待って・・・」
「あまり端正では・・・ですが慣れれば味があるお顔かと」
「ナー・・・」
「そうですか・・・まあいいですわ!今は生き残る事が先決・・・背に腹はかえられません!」
「だから・・・」
「では早速参りましょう・・・カレン奥様」
「奥・・・」
「ぐっ・・・あ、あっはー!ええ・・・参りましょう・・・父を説得しに!」
そう言って2人は引き返しファゼンの元へ
1人残されたジェイズはそんな2人の背中を見送り大きなため息をつき呟いた
「もうヤダあの2人・・・ケイン隊長・・・私はどうすれば・・・」
嘆くジェイズを尻目に2人はどんどん遠ざかる
それを見てジェイズは再びため息をつくと吹っ切り2人の後を追った
こうして戦場にて新たな夫婦が誕生し、その結果戦場に奇跡をもたらす事となる──────




