425階 ラディルの過去
ラディルがまだ血気盛んな若者と呼ばれる年齢の頃、冒険者としてその名を馳せていた
将来Sランク間違いなしと言われるパーティーの1人・・・それが魔法使いラディル・ホテルスだった
パーティー全員がAランクとなり目指すはSランク・・・ともなればやるべき事は一つ・・・魔族討伐だ
この国でAランクからSランクに上がる条件・・・それが魔族の討伐
パーティーであろうと個人であろうと討伐出来ればSランクに昇格する。Aランク冒険者なら当然の選択だった
だが彼らは・・・その命と引き換えに身の程を知る事になる
「・・・正直何も出来なかったさね・・・1人また1人と死んで行き残ったあたしゃ仲間の仇を取ることではなくどうやって生き残るか必死で考えたもんだよ・・・けど希望なんてどこにもない・・・絶望し震えるだけしか出来なかったさね」
ラディルが語るのをソニアは眉間に皺を寄せシュルガットは懐かしそうに目を細めて聞いていた
「そしてあたしだけが残り殺されると思った時に提案してきたんだよ・・・『ワタシの子を産めば助けてやる』と・・・その言葉を聞いてようやく理解した・・・あたしが残されたのは後衛で1番後ろにいたからじゃない・・・パーティーの中で唯一女だったからだってね・・・で、もちろん全力で断ったさ・・・生きたいと思っても生き恥は晒したくなかったから・・・けど・・・」
ラディルが言葉を詰まらせシュルガットを睨みつけるとそれを受けて彼は得意気に笑う
《最後の方は随分と気持ち良さそうにしていただろう?まあ反応などどうでも良かったがな》
「くっ・・・ふざけんじゃないよ!あたしは・・・」
「それで?」
「・・・あ、ああ・・・あたしは解放された・・・確信があったんだろうね・・・孕んでいると。あたしも何となく感じていた・・・お腹の中に・・・みんなを殺した憎き魔族の子が宿っていると・・・。それからは葛藤の連続さね・・・腹が膨らんで来た時に何度も死のうと考えた・・・そしてソニア・・・アンタが産まれた後も・・・この子を殺して自分も・・・と何度も何度も・・・」
「私は・・・人間と魔族の・・・子・・・か」
「そう・・・で、生きようと思った時に思い出したのさ・・・この男が『産まれたら連れて来い・・・力を受け継げば眷族として迎えよう』と言ってた事をね。そしてあたしは決心したのさ・・・この子を守る為に強くなろうと・・・もしかしたら来るかもしれない・・・魔族シュルガットから守れるくらい強くなろうと・・・そしたらいつの間にか宮廷魔術師になんかなってね・・・身の丈に合ってないっていうか性に合わないっていうか・・・ずっとイヤでイヤで仕方なかったさね・・・けど爵位を与えられお金も貰えて安全な王都に居られる・・・そして何より強くなる為の環境が揃ってる・・・あたしゃその立場を利用して強くなろうとし続けた・・・あの子が産まれるまではね」
「・・・シシリア・・・」
「そう・・・シシリアが産まれた時に遠い記憶が掘り起こされた・・・強くなろう?バカを言っちゃいけない・・・全力で逃げるんだよ・・・魔の手から・・・魔族の力を受け継いだシシリアを守る為にね」
「シシリアが・・・魔族の力を・・・」
「タイミングよく引退も考えてたからね・・・いつ来てもいいように身軽になっておきたかったしね・・・けど日に日に危機感は薄れ話すタイミングも失い・・・そんな時にあのエモーンズでの戦いがあり魔王が死にこれで安心出来ると思ったのに・・・」
《魔王など仮初の地位に過ぎない。まあ奴の場合は能力が向いていた・・・その程度だ。忠誠を誓った者も何人かいるがほとんどが奴の因果に引きづられていただけ・・・だがもうそれも終わり新たな時代が幕を開けた。我々は各々がやりたいようにやる混沌と呼ばれる時代に突入したのだ。その先は絶望か希望か・・・はたまた新たな因果が生まれるか・・・》
「ハッ、高尚な話にゃついていけないね・・・輪廻、理ときて次は因果か・・・それで・・・ウチの子をどうするつもりだい?」
《ふむ・・・静かに暮らそうと思ったが騒がしくなってきてな・・・魔族同士の諍いに必要なのは眷族の数だ。ワタシの力を受け継いでいれば半端な存在でも盾くらいにはなるであろう?こんな事ならもう少し仕込んでおくべきだったか・・・》
「・・・聞いた?シシリアを盾にするつもりだって・・・端っから奪われるつもりなんてサラサラないけど・・・空を聞いたらたとえ死んだとしても渡せないね。それに・・・ずっとコイツに怯えて逃げ続けるなんて生活も真っ平御免だよ・・・ここで始末して終わりにする・・・手を貸しな!」
「・・・実の母に向かって『手を貸しな』か・・・まああたしもアンタほど若けりゃそうしてたかもしれないね・・・・・・・・・あたし1人じゃなくアンタとなら・・・もしかしたら万が一ってのがあるかも・・・いいさね・・・あたしの人生ここで終わっても悔いはない!シュルガットを仕留められればね!」
《ふむ・・・人間は歳を取ると記憶を失うというのは本当だったようだな。ならば再び刻んでやろう・・・あの時感じた恐怖をな──────》
「・・・これで良かったのか・・・」
「なに?今更センチになっちゃって・・・もう遅いわよ」
コロッセオ最上階にある展望台から眺める景色は徐々に血に染まりつつあった
剣奴達を解き放つと様々な感情が爆発し道具を手に取ると一目散に街へと繰り出した。元々が犯罪者である剣奴・・・その剣奴が殺し合いを強制されていたのだから無理もない
剣奴がアリならば街は落ちた果実
群がり食い尽くすまで止まりはしないだろう
そしてその中のほとんどが剣奴とは無関係の一般市民である
シルはこういう結果になると分かっていて剣奴達を解き放った・・・だが実際に目にすると疑問が湧く・・・果たしてここまでする必要があるのだろうかと
「綺麗な街だ・・・そりゃあまあ王都だから当然かもしれねえが見た目に反して中身は汚れきってやがる」
「・・・ハズン」
「そうだね。彼らはカメレオン・・・どんな汚れた環境でもその身を染めて生きている強かな生き物・・・じゃあ姿を変えられない者はどうすればいい?見た目が綺麗で中身は汚い世界に溶け込めない僕達の居場所は?探せばいい?作ればいい?・・・くだらない・・・なんで僕達が逃げないといけない?なぜ追い出されないといけない?それが法律だから?なら変えればいい・・・全てを無くして作り変えればいい・・・この地に生まれた僕達にはその権利がある・・・そうだろ?シル」
「・・・レギン」
「君はあの世界に染まりたいかい?聞いた話だとシル・・・君は貴族の性処理道具になりかけたとか・・・染まるというのはそういう事だよ」
「ジース様・・・」
「『様』は要らないよ・・・そういう世界を無くす為に頑張っているのだからね。それと君が思い悩む気持ちも分からなくは無い・・・無関係な人が殺されるのは見ていて気持ちのいいものでは無いしね。でも必要な事なんだ・・・彼らはまた同じ事を繰り返す・・・依存し依存され歴史を繰り返すだけ・・・その歴史が正義と言うのなら喜んで悪となろう・・・それが『タートル』だろ?」
「そう・・・ですね。行きましょう・・・悪として正義に鉄槌を下しに」
「何それちょっと寒いわよ?」
「てか二軍のリーダーは俺だろ?何仕切ってんだよ」
「え?・・・それはさすがにないと思うけど・・・」
「んだとレギン!」
「まあまあ落ち着いて・・・リーダーなんて誰でもいい・・・急ごう・・・狼煙が上がった今、競走は始まっているからね」
『タートル』の二軍のリーダーは誰か論争が始まりそうになるのを止めて急かすジース。しかし4人は首を傾げた
「リガルデル王国・・・けど国境からは距離もあるし・・・」
「兵の数は倍近く・・・それに軍を率いるのはかの有名な猛獅子オルシア・ブークド・ダナトルだ」
「っ!」
「嘘でしょ・・・競争相手があの猛獅子なんて・・・」
「あの・・・うん・・・奴か・・・」
「ハズンそれ絶対知らないやつ」
「うるせぇ!なんでみんな他国の将軍なんて知ってんだよ!戦争も起きてねえのに・・・知るわけねぇだろ!」
ハズンの言う通り戦争どころか各国の将軍が出るような小競り合いすら起きていないのが現状・・・普通なら他国の将軍なんて知る由もない。だが・・・
「聞いた事ないかい?猛獅子と呼ばれる所以を」
「・・・ない」
「なるほど・・・なら私達の相手がどんな人物か簡単に話そう・・・彼・・・猛獅子オルシア将軍はある模擬戦で有名になった。その模擬戦とは20年前に行われた当時のリガルデル王国の将軍テルガ将軍との一戦・・・しかもただの模擬戦ではなく賭けをしていたらしい。オルシアは勝てば将軍に・・・テルガは負ければ引退・・・で、勝ったのがオルシアだったって訳だ」
「・・・別に・・・ありふれた世代交代ってやつだろ?」
「そうだね。結果だけ見ればそうなんだけどね・・・ただ内容が酷かった・・・模擬戦なのにオルシアはテルガを殺してしまった・・・実の父であるテルガを、ね」
「・・・はあ?模擬戦で!?」
「彼曰く『老いを感じたのなら自ら退け。退けぬのなら俺が引導を渡してやろう』と言って往生際の悪いテルガを斬ったらしい。獅子は我が子を千尋の谷に落とすと言うけど彼は我が親を千尋の谷に落とし更に岩を投げつけたって感じかな?もちろん反発もあったらしいけどその場で全員斬り伏せたらしい・・・で、付いた二つ名が『猛獅子』・・・勇猛果敢の『猛』ではなく獰猛の『猛』を冠した獅子・・・猛獅子と呼ばれるようになったのさ」
「へ、へぇ・・・べ、別に普通じゃね?」
「そうだね。ちなみに5年前に今度は我が子に・・・」
「ストップ!・・・もう大体察したわ・・・で?それが相手だと負けるって?あのレオンが?」
「そうは言ってないさ・・・けど油断しない方がいいと思ってね。第三騎士団のディーンが不在とは言え王都にはまだ人材が残ってる・・・王国騎士団団長ジュネーズ・カルバニア・アメス・・・それにSランク冒険者キース・・・それにサラ・・・元宮廷魔術師のラディルや現宮廷魔術師のシーリスもいる・・・そして最も厄介な相手・・・ロウニール・ローグ・ハーベスも王都に居るらしい」
「・・・『ダンジョンナイト』・・・」
「うん。レオンが最も危惧していたのは彼の存在だ・・・まあ今は牢にいるらしいけどね」
「ロウニールが牢にいる・・・笑うとこか?」
「笑える話ならいいけどね・・・どうやら私達の作戦を彼の仕業だと勘違いしたらしい・・・これは天運かそれとも・・・」
「ハッ、別に牢に入れられてるなら何も出来ねえだろ?考え過ぎだってぇの」
「・・・彼が魔王を討伐する前・・・今回と同じように牢に入れられていたらしいよ?」
「た、単なる偶然だろ?」
「だと・・・いいけどね──────」




