421階 驚天動地
フーリシア王国王都フーリシア王城内の執務室
「各方面への召集令は完了致しました。焼け石に水程度かも知れませんがないよりはないよりは・・・」
フーリシア王国宰相クルス・アード・ノシャスは大陸が描かれた地図を前に座る国王ウォーグ・フォーレンス・フリーシアに告げ地図上に小さな木の人形を国境付近に置いた
「・・・焼け石に水・・・か。物見からの続報は?」
「ありません。状況は分かりませんが恐らくする必要がないのでしょう」
「そうか・・・つまり状況は変わらぬ・・・そういう事か」
「はい。我が国に10万もの兵が進軍中・・・そこから変わりないという事になります」
「・・・ふぅ・・・それに対して我が軍は5万・・・かき集めて6万といったところか・・・各国の反応は?」
「宣戦布告なしの進軍・・・その状態では救援は出せないとの返事は変わりません」
「くっ・・・日和見か・・・リガルデルへの抗議に対する反応は?」
「ありません。返答は一切なく未だ理由は不明・・・せめて目的さえ分かれば・・・」
「目的など決まっておろう!大軍を率いて我が国に向かって来ておるのだぞ?戦争を仕掛け我が国を滅ぼすつもりだ!」
激高するヴォーグが机を叩くと地図上に置かれていた木の人形が一斉に倒れる。それを見てクルスは目を細めた
「しかし大義がありません。大義がなければリガルデルは各国に包囲されているも同然・・・無事では済まないのは分かっているはずです」
「無事では済まないだろうな・・・だが、それは我が国が滅んだ後の話だ。今はそんな悠長な事は言っておられん」
リガルデル王国は大陸の中央に座し覇王国と呼ばれる大国・・・それを囲むように存在する5つの国は自国で対抗する術はなかった
攻められれば圧倒的な戦力差で蹂躙されて滅ぶだけ・・・だがそうさせない為に5つの国は裏で手を組んでいた
五国同盟・・・ただ大国リガルデル王国への抑止力としての利害の一致で組まれた同盟は表立ってこそないものの公然の事実として存在していた
だが正式に組まれた同盟でもなく細かい決まりがある訳でもない。五ヶ国の内の一ヶ国がリガルデル王国に攻められたら残りの四ヶ国がリガルデル王国を攻める・・・ただそれだけの口約束に過ぎない
当然攻められている側のフーリシア王国としてはその口約束が発動するべきだと判断するが他国にとっては宣戦布告もないし目的も分からないので動きづらい状況となっていた
フーリシア王国とリガルデル王国の国境を越えれば侵略とみなし各国は動き出すだろう。だがリガルデル王国国内で兵を移動させたところで侵略の意思があるかは分からない。たとえフーリシア王国との国境付近に来ようとも『軍事演習の一環』と言われてしまえばそれまでとなる
フーリシア王国としては進軍の意図を探り探り近付けば抗議しそれでも止まらなければ防衛の準備をするしか手段はない
「何が目的だ・・・他の国が裏切ったか・・・いや、有り得ぬ・・・この国が滅ぼされれば明日は我が身となるのは・・・大陸が絶妙なバランスで成り立っているのは重々承知のはず・・・それなのに・・・」
「落ち着いて下さい陛下」
「これが落ち着いていられるか!まだ到着まで時間があると言えど10万だぞ!?こうなればいっその事こちらから・・・」
「このような状況だからこそ落ち着き判断を見誤らないようにしなくてはなりません。焦りこちらから手を出したらどうなりますか?かの国に大義名分を与えるだけです」
「ならば滅びよと言うのか!」
怒鳴り再び机を叩くヴォーグ。それを見てクルスは無言で地図を眺めながら主であるヴォーグが落ち着くのを冷静に待つ
「・・・・・・クルス」
「はっ」
「余は・・・やり過ぎたのか?」
「そのような事は・・・」
「ならばなぜ攻めて来ているのだ」
「・・・真意は分かりかねます。が、あくまで可能性という話なら・・・」
「・・・申してみよ」
「はっ。五国同盟は正式なものではないとはいえ周知の事実・・・リガルデル王国がそれを無視するとは思えません。となると動いた事に理由があるとすればひとつは裏切り・・・我が国以外が結託した最悪のパターンです」
「・・・しかしリガルデル王国を中心にある意味包囲網のような形となっていたものが歪となる・・・そうなれば後々不利となるのは目に見えているのではないか?」
「仰る通りです。紙一重で拮抗を保っていたものが僅かな歪みで崩れ去る事は百も承知のはず・・・なのでそれはないと思われます。それにもしそうだとしたら我が国に対抗する術はないでしょう。なので逆を言えば考える必要のない場合と言えます」
「ふっ・・・なるほどな・・・そうであってはどう足掻いても滅びの道しかないか・・・他には?」
「この進軍自体が偽りの場合です」
「偽りか・・・10万もの兵を移動させるのに一体どれだけの金がかかる?もし偽りであるのならそれに見合った対価があるはずであろう?そのようなもの・・・」
「この国が手に入るとすれば?」
「なに?」
「陛下の仰る通り10万の兵を動かせばそれ相応の費用が掛かります・・・となるとその費用に見合った対価があると普通は考えます。その対価は我が国と考えるのが普通でしょう。ですがもし戦争を仕掛けずただ国境付近まで進軍させるだけで国が手に入るとしたらどうでしょうか?」
「意味が分からぬ。どうやってそれで国を手に入れられると言うのだ・・・まさか10万の兵に恐れをなして余が下るとでも言うのか?」
「いえ、一国を手中に収められる兵力が・・・ただの陽動だとしたらどうでしょうか?」
「陽動?」
「はい。宣戦布告もなく抗議も無視して国境付近まで来られたら我が国はそれ相応の対応をせざるを得ません。現に王国騎士団以外全ての戦力を国境付近に集中させております」
「それは当然だ・・・まさか別働隊が?」
「なくはないでしょう。ですが王国騎士団でもかなりの兵力はあります。少数の別働隊では落とす事は叶わないのはリガルデル王国も承知のはず・・・逆に多くの別働隊を要すれば王都に着く前に発見される恐れがあります」
「ふむ・・・もし五国同盟が無効ではないのであればリガルデル王国の兵が国境を越えたと発覚した時点でかの国は火の海と化すだろう・・・今は静観している各国も動かざるを得まい」
「ええ・・・その別働隊がリガルデル王国の兵だとしたらですが」
「・・・まさか誰ぞが謀反を・・・」
「あくまで可能性です。リガルデル王国と内通し大国を動かす程の説得力があれば可能かと・・・ただし常人には不可能です。不穏な動きがあれば私の耳に入るでしょうしリガルデル王国もバカではないかと・・・可能性の薄い賭けには乗るはずもありません。ただそれが出来る人物に1人心当たりがあります」
「・・・誰だ」
「・・・ロウニール・ローグ・ハーベス辺境伯・・・」
「まさか!十二分に報奨を与えたはず!裏切るはずが・・・」
「あれから辺境伯が何ヶ国回ったかご存知ですか?この短い間に四ヶ国です。リガルデル王国以外全ての国を回り各国の王と謁見しております」
「・・・四ヶ国・・・」
「その早さはまさに驚異・・・そこに目をつけたのですが実際に聞くと信じられませんでした。そして間もなくリガルデル王国へと行く前にこのような事態に陥ったのです」
「ならばリガルデル王国と内通はしておらぬのでは?」
「逆です。私もずっと彼の動向を追えた訳ではありません。各国を訪れている時に彼がどこで何をしているのか・・・神出鬼没の為分からないのです」
「まさか公的ではく裏でリガルデル王国と?」
「その可能性は充分にあります。各国に行く為には必ずリガルデル王国を経由する必要があり、その時を上手く使えば・・・」
「しかしにわかに信じられぬ・・・彼奴に何が出来る・・・まさか余の暗殺でも企んでおるのか?」
「それも有り得ますが・・・例えば先程話しに出た別働隊・・・もしくはリガルデル王国の本部隊を『ゲート』を使い王都に送る事も可能かと・・・」
「それは我らが画策していた事・・・自ら気付きそれを餌に自らを高く売ったと言うことか?」
「分かりません・・・が、リガルデル王国にとってはこの国が労せず手に入るのです・・・10万の軍の出兵費などお釣りが来るかと」
「国境付近まで近付き我が軍を引き付け、表向きは国境を越えずに我が国を落とす・・・五国同盟の他の国がその事実に気付いた時には時すでに遅し・・・か・・・」
「もしくは四ヶ国を既に説得してるやもしれません・・・謁見しているのは分かっておりますが話の内容までは掴めておりませんので・・・」
「まさか・・・ほんの少し前まで平民だった男だぞ?そこまで・・・」
「辺境伯に疑いを向けているのには理由があります」
「理由?」
「昨日ある報告がありました。アジート近郊のダンジョンが破壊されたとの報告です」
「なに!?」
「ちなみにリガルデル王国に毒を使うのも無駄かもしれません・・・陛下は我が国の聖女が現在どこにいるかご存知ですか?」
「聖女が?王都ではないのか?」
「辺境伯が領地・・・エモーンズです」
「・・・聖女の身柄を確保しておったか・・・しかしダンジョン破壊は解せぬ・・・彼奴に得るものがあるとは思えんが・・・」
「それは私にも・・・なので召還し是非を問う必要があるかと・・・もしかしたらそんな余裕がないと高を括っているやもしれません。それにどちらだとしても辺境伯がカギになると思われます」
「確かにこの差し迫った状況下でどうにか出来るとしたら勇者ではない身で魔王を倒したロウニールのみ・・・裏切っていたら拘束し裏切っていないのなら力を利用する・・・」
「はい。それ以外にこの難を逃れる術はないかと・・・」
「しかしやはり解せぬ・・・あの者がこのような大それた事をしでかすとはとても・・・」
「辺境伯は各地で聖女聖者と会っていました。アーキド王国は不明ですがラズン王国、シャリファ王国、ファミリシア王国で会っていたと報告が上がっております」
「・・・各地の聖女聖者・・・まさか彼奴らの口車に乗せられて・・・」
「可能性は十分にあるかと・・・」
「くっ・・・急ぎロウニールを召還せよ!この存亡の危機・・・必ずや凌いでみせる・・・そしてリガルデル王国に目にものを見せてやる!──────」




