420階 八つ当たり
モッツさんが作ってくれたお粥を食べるケン・・・『肉が食べたかった』と言うがお粥で正解だろう・・・数日食事も水も取ってないのにいきなり肉は体に悪そうだ
最初の頃よりは普通に話すようになってきてはいるが未だに視線は少し上・・・床に転がるマホの杖を必死に視界に入れないようにしていた
認めたくない・・・認めてしまえば現実となってしまう・・・そんな思いが垣間見え私は何も言えずにいた
でもこのままではいけない・・・彼が前に進むには・・・このままでは・・・
「・・・ケン・・・」
「どうしたッスか?」
「・・・下を見ろ」
「何ッスかそれ・・・もしかして下を見た瞬間『はい騙された』みたいなイタズラッスか?」
「ケン・・・いいから・・・」
「そんな事より飯食べに行きません?早く体力つけてダンジョンに行かないと・・・」
「ケン!」
「・・・何ッスか・・・大声出して・・・姐さんらしくねえッスよ?」
私らしくない・・・か・・・そうだな・・・私らしくないかもしれない・・・気を使って遠回りして・・・一時とはいえパーティーを組んだり先輩ぶっていた私らしくないな・・・
「・・・この杖を見ろ」
床に転がっていた杖を拾いケンに見せる
だがケンは見ているようで見ていない・・・虚ろ目をして私を見た
「杖が何ッスか?どこにでもある普通の杖でしょ?」
「これは・・・マホの杖だ。ロウニールがくれた・・・マホの杖なんだ・・・」
「・・・そうッスか?俺にはそうは見えないッスけど・・・」
「よく見ろ!そして考えろ!ここにマホの杖がある・・・その意味を!」
「だから違うって言ってるじゃないッスか・・・何なんッスか・・・」
「・・・お前はある扉の前で倒れていたらしい・・・そしてその扉が開き中を見るとこの杖だけが残っていた・・・それが意味するものは・・・」
「・・・黙れよ・・・」
「現実逃避したい気持ちは分かる・・・だが生き残ったお前がそんなんじゃマホは・・・」
「黙れって言ってんだよ!アンタに何が分かる!!あの時マホは俺に・・・俺に何か言おうとして・・・俺を押して・・・蟲に足を傷付けられて走れなくて・・・俺がおんぶして・・・2人で部屋を出て落ちた2人を探そうと・・・そうだ・・・早く2人と合流してあの部屋に行かないと・・・マホを・・・助けに行かないと・・・」
「ケン!!・・・マホは・・・死んだんだ」
「てめえ!!」
ケンは飛び上がり私の胸倉を掴んだ
そして拳を振り上げた状態で・・・動きを止めた
「マホは・・・死んだんだよ・・・ケン・・・」
視界が歪む
私の目から出た雫が頬を伝い床に落ちる頃、ケンは嗚咽し床に膝を落とした──────
「・・・落ち着いたか?」
「・・・はい・・・すみません・・・俺・・・」
「気にするな・・・だがロウニールには内緒だぞ?私の胸倉を掴み殴り掛かろうとしたなんて聞いたらどうなる事やら・・・私に一個借りが出来たな」
「うっ・・・バラすとしても俺が魔王より強くなってからにして下さいね」
「そうしよう」
落ち着きを取り戻したケンは当時のことを語ってくれた
二重のトラップ・・・宝箱付近の者を落とし、残った者を閉じ込め蟲の・・・そんなトラップ聞いたことがない・・・やはりダンジョンに何かが起きているとしか・・・
「強くなったと勘違いしてたッス・・・そりゃあ姐さんやロウニールには遠く及ばないッスけど・・・それなりの冒険者になったつもりで・・・」
「どんな熟練者でも罠にはかかる・・・そう自分を責めるな」
「責めてるのはスカットッス・・・アイツがトラップに引っ掛からなきゃ・・・戻って来たら一発ぶん殴ってやる」
「程々にしておけよ」
唯一の望みはスカットとヒーラが簡易ゲートを持っていた事だ・・・2人で下手に行動しないで簡易ゲートを使ってエモーンズに戻っていれば・・・
部屋の外が騒がしい・・・何かあったのだろうか・・・そう言えばロウはどこに?どこかに行くと言ってからまだ戻って来てないようだけど・・・
『確かめに行く』と言っていた。何をとは言わずに
・・・気になるが今はケンの事に集中しよう・・・今はせっかく落ち着いたのだから・・・
そう思った矢先にドアがノックされ彼が姿を現した
ホッと安堵するもその手に持つ物を見て思わず顔をしかめる
「おうロウニール!お前どこに行って・・・」
「すまない・・・ケン。僕が殺した・・・」
「はぁ?いきなり入って来て何言って・・・お前それって・・・」
「スカットのナイフとヒーラの指輪だ。ナイフは10階のボス部屋に落ちていたらしい。指輪は・・・ヒーラが使っていた倉庫に・・・」
「は・・・はぁ?お前ちょっと・・・いやマジで何言ってんだか・・・」
「ダンジョンは僕の為に冒険者に牙を剥いた・・・そして3人を死に至らしめた」
「ロウ!あなた何を言って・・・」
「ロウニール!!」
ケンはよろめきながら彼の元へ
私は止めようと間に入ろうとするが彼はそれを手で制す
「寝たきりだった割には動けるじゃないか。その足でダンジョンに行った方がいいんじゃないか?服の端くらいなら残っているかもよ?」
「このっ!」
ケンが拳を振り上げそのまま突き出すとロウは顔面に食らい部屋の入口まで吹き飛ばされる
その勢いで彼が持っていたナイフと指輪が手から零れ地面に転がってしまう
「ケン!」
「出て行け・・・みんな出て行け!!」
「・・・」
今はかける声が見当たらない・・・私がロウの方を見ると彼は黙って言う通りに部屋を出て私はその後に続いた
部屋を出ると顔面蒼白なグラントが立っており何故かロウを険しい目で見つめていた
「なんて事を・・・なんて事をしてくれたんですか!!」
「すまない」
「すまないって・・・一体貴方が何をしたか理解しているのですか!?あのダンジョンは国が管理するもの・・・つまり国の所有物です!それを・・・。しかもここは貴方の領地ではない!グルニアス侯爵の領地です!なのに・・・」
「・・・国には先ほど私が言ったように報告してくれ」
「ええ・・・そうさせてもらいます。ローグ辺境伯がアジートのダンジョンを破壊した・・・そう報告させてもらいます!」
え?・・・ダンジョンを・・・破壊した?
「本当にすまない・・・これで冒険者ギルドは閉鎖か?」
「・・・魔物が表に出ているのでダンジョンが無くなった今でも冒険者ギルドの需要はあるでしょう・・・ですが冒険者の数は確実に減ります・・・街は人が減り活気を失い収益は激減するでしょうね・・・恐らく黙っていませんよ?グルニアス侯爵は」
「だろうな」
「ちょ、ちょっとロウ・・・あなた・・・」
彼は振り向き寂しそうに笑った
国の所有物を破壊し大貴族を敵に回した彼は・・・寂しいそうに・・・笑っていたんだ──────
それからグラントは私にも話を聞いてきた
なぜ彼がダンジョンを破壊したのか、私もそれに関わっているのかなど矢継ぎ早に質問されその間に彼は冒険者ギルドから姿を消した
やっとグラントから解放されギルドを出た時には外は真っ暗になっておりシャリファ王国を彷彿とさせる寒さを感じる
彼はどこに行ったのか・・・当てもなく歩いていると街を見下ろせる小高い丘がありそこに人影が見えた
私は自然とそこに向かって歩き出し、街を無言で眺める彼の背中へと近付く
「・・・ダンジョンの恩恵がなくなったら・・・グラントの言う通り人が減るのかな?」
「減るでしょうね。表に出ている魔物が少なくなるのは目に見えている・・・となると冒険者は近くにダンジョンのある街に移動するわ。冒険者が減れば武器屋も道具屋も食事をするお店も減るでしょうね。宿屋も冒険者は上客よ?縮小や撤退を余儀なくされるはずだわ」
「・・・悪い事したな・・・」
「なぜダンジョンを?」
「八つ当たり」
「え?」
「ダンジョンをけしかけたのは僕なんだ・・・ダンジョンはそれに応えただけだった・・・結果ケン達は・・・何が原因なのか考えた・・・ダンジョンをけしかけた僕?ケン達を殺そうとしたダンジョン?ダンジョンに入ったケン達?・・・分からない・・・誰も悪くないのかもしれない・・・けど苛立ちだけが膨れ上がり・・・」
「ダンジョンを破壊した」
「そういうこと・・・後先考えずただ苛立ちを消す為に剣を振り下ろした・・・ダンジョンはダンジョンであっただけなのに・・・もしあの時僕が・・・ダンジョンを挑発しなかったら起こらなかったかもしれないのに・・・だから・・・」
「そっ・・・まあいいわ。泣き言は後でたっぷり聞くとしてこれからどうするかよね・・・とりあえずケンには謝りなさい」
「・・・何て?」
「決まってるでしょ?『さっきは変な事言ってごめんなさい』よ。あなたがダンジョンを挑発したから?そんなの関係ないわ。ダンジョンでは何があっても不思議ではない・・・突然魔物が降って湧く事もあるしその階層に見合わない魔物が出る時もある・・・あなたはダンジョンマスターでダンジョンの事はよく知っているかもしれないけど冒険者に関してはまだまだ素人ね・・・冒険者を舐めないでちょうだい・・・ねえ?ケン」
「え?」
冒険者ギルドを出た時から気配で知っていた・・・振り向くと物陰から現れ苦笑いを浮かべた
「姐さんには敵わないッスね・・・なるべく気配を消したつもりでしたッスけどね」
だいぶ険が取れたな・・・さっきは殺気まで放っていたのに・・・
「それで・・・どうなんだ?今の話を聞いてもロウニールを殴りたいか?」
「ズルいッスよ・・・今の話を聞いて殴ったらまるで俺が命を懸けない甘ちゃん冒険者みたいじゃないですか・・・まあでも俺は・・・甘ちゃんですけどね」
殺気ではない・・・怒り?悲しみ?・・・纏う空気は変わっているけど殺気に近い空気を纏いながらロウに近付く
するとロウはスっと目を閉じた
殴られる覚悟は出来ているって事か・・・逆に私は彼が殴られる覚悟は出来ていないようだ・・・だが
「・・・ふぅ・・・殴るのはお預けッス・・・俺がロウニール・・・お前をぶっ飛ばせるくらい強くなったら一発殴ってやる」
ケンは自ら立ち止まり拳を収めた
「なら殴るチャンスはないわね」
「それはひどいッス!まだまだ発展途上ッスよ?」
「どうだか・・・それであとをつけてきた本当の理由はなんだ?」
「・・・ロウニールに頼みたい事があったッス」
「僕に?」
ケンは私から視線を外しロウに向き腰にぶら下げていた袋からスカットのナイフとヒーラの指輪を取り出した
「マホ達の装備・・・俺に譲ってくれないか?」
「え?・・・もちろんそれは構わないけど・・・」
「恩に着る!殴る時に少し手加減してやるよ」
「お、お手柔らかに・・・」
「結局殴るのね・・・頼みたいってそれだけ?」
「ええ・・・部屋にみんなの装備が揃ったらなんかみんな揃ったような気がして・・・そしたらやっぱり足りないような気がして・・・」
「どっちなのよ」
「違うッス・・・4人揃ったけど・・・俺らはやっぱり5人パーティーなんッス・・・だから・・・」
「行くのね?」
「ッス」
シール・・・『タートル』のメンバーになった幼なじみであり元パーティーメンバー・・・その子を探しに・・・
「『タートル』を探しているなら私達と一緒に来る?ちょうど私も『タートル』を探っていたところだし・・・」
「嬉しい誘いッスけど・・・大丈夫ッス!」
「・・・そうか・・・その様子だと今夜出るのか?」
「はい・・・腑抜けた体を叩き起しながら進むッス・・・遅れた分を取り戻さないと・・・いつ何があるか分からないッスから・・・」
「分かった・・・恐らく『タートル』が何か起こすなら王都だ。だから・・・王都で会おう」
「はい」
本当に・・・部屋で『出て行け』と怒鳴った人物とは別人だな・・・もしかしたら部屋で3人に叱られでもしたか?
揺るぎない眼差しを私とロウに向けると頭を下げケンは旅立った
3人の装備を手に──────
「・・・行っちゃったわね」
「・・・うん・・・」
「なに?まだウジウジしているの?ケンも別にあなたのこと恨んでなかったでしょ?」
「違うんだ」
「?・・・何が違うの?」
「今更ながらまずいことしちゃったなーって・・・」
「やっちゃったのは仕方ないでしょ?まあ爵位剥奪くらいは覚悟した方がいいかもね・・・まっ、爵位なんてあってもなくても・・・」
「いや、爵位なんて僕もどうでもいい・・・それよりもこの街がグルニアス侯爵の領地である事の方が問題かも」
「グルニアス侯爵・・・あっ!」
「以前に王都で揉めたからな・・・ここぞとばかりに攻めて来そうな気がする・・・攻めて来るならまだしも嫌がらせのようにチマチマ攻撃されたらたまったもんじゃない・・・エモーンズはともかくムルタナやケセナはかなり無防備だし・・・」
「!・・・そうね・・・考えてみればそうかも・・・私とロウが常にムルタナとケセナにいるようにする?・・・いやそれは現実的じゃないか・・・エモーンズだって万全じゃないからケインに言っても無理って言われるだけだろうし・・・」
「早まった・・・一時の感情でやるべきじゃなかった・・・こんな時はどうすればいいんだ?・・・いっその事グルニアス侯爵に先制攻撃を・・・」
「やめなさい・・・どこの無法者よ。利益を産むダンジョンを破壊して更に侯爵を討つなんて・・・」
「・・・だよね・・・でも・・・あっ、こういうのが得意そうな奴がいた」
「誰?」
「争い大好きの軍略家・・・アイツなら・・・ちょっと連絡してみる」
「争い大好き?軍略家?・・・・・・あー、ナージ」
「うん・・・・・・・・・ナージか?ちょっと相談したい事が・・・」
〘私もちょうど閣下に連絡しようと思っていました。いつ出兵致しますか?〙
「早っ!ちょっと展開早くないか?」
〘そんな事はありません。ここは辺境の地・・・他の方々に遅れないようにするにはむしろ遅い方かと〙
「??・・・他の方々?」
〘参陣する順番はかなり重要です。遅れれば臆病者のレッテルを貼られる可能性もありますし遅いほど前線に送られる可能性が高くなります。ここは素早く参陣しやる気を見せて活躍出来そうな位置を陣取るべきです〙
「ま、待て・・・お前は誰を相手に戦争するつもりなんだ?参陣って・・・」
〘無論リガルデル王国です〙
「・・・は?」
〘はて?その件での連絡では?〙
「ちょっと待て・・・一体何が・・・」
〘お聞きになっていないのですか?攻めて来ているのですよ・・・覇王国リガルデルがフーリシア王国に──────〙




