417階 飲み
「お疲れ!!」
ワーズの乾杯の合図で食事会がスタートした
ここは王都の店・・・食事やお酒を飲めるやや大衆向けの店だ
行方不明となっていた人達を送り届ける為に一旦調査を切り上げ王都に戻ると夜はすっかり更けていた
それから冒険者ギルドに案内し行方不明者の引き継ぎを行い解散・・・となるはずだったのだが・・・
「いやー今日も断られたらどうしようかと思ったぜ」
「昨日は準備があったのでー。明日は何も準備するものもないのでー・・・ねっ?サニャ」
「・・・そうね・・・」
家に帰りゆっくりしたかったのに・・・まあ色々あって『タートル』の事を聞き出せなかったし仕方ないか・・・
しかしこの座る位置はどうなのだ・・・丸いテーブルを囲うように座っているのだが私とファーネは席を離され右隣にワーズ、左隣にドーズという居心地の悪い状態となっている
更にワーズはこれでもかというくらい席を私に近付ける始末・・・軽く蹴飛ばしたい・・・
「んだよ『そうね』って・・・もしかしなくてもサニャってクールビューティってやつ?」
「そうなんですよー顔はいいのに仏頂面で男の人も寄り付かなくてーね?サニャ」
仏頂面とはなんだ仏頂面とは・・・ただ単にワーズが煙たいからこういう顔をしているだけだ
「へぇ・・・じゃあサニャってフリーなんだ・・・」
「い・・・」「そうなんですよー!困ったもんですよねーワーズさん」
こらファーネ・・・一体何を企んでる?
ここで私がフリーである事にしてしまうとあまりよくない展開に・・・
「へぇ?そりゃまた・・・もったいないねえ・・・」
また少し椅子が近付く
何か意図があって嘘をついているのだろうけどあまり長くは耐えられそうにないぞ?ファーネ
それから我慢の時間が続いた
ファーネがフレイズと話している間、私はずっとワーズと攻防を繰り広げていた
手や足それに髪や肩に触れようとしたり私の事を根掘り葉掘り聞いてきたりとゆっくり食事を楽しむ暇なんてありはしない
しかもいつの間にかお酒を頼み飲み始めると更に行動は大胆になりとうとう私の太ももに手を乗っけてきた
頭の中でワーズの顎に掌底を放ち、喉に踵を叩き込む光景を想像したがやってしまったら『新人冒険者のフリしてタートルの事を聞き出す』作戦が水の泡に・・・そう思いグッと堪えた
「なあ・・・2人で飲み直そうぜ?まだ王都は慣れてないから案内してくれよ」
・・・とは言うものの我慢の限界というものがある。太ももの上にある手をカサカサ動かしながら誘うこの輩をどう始末してやろうか頭の中がいっぱいになった時、ようやく助け舟が入った
「ねえ!ワーズさんはどうなんですかー?」
「え?・・・どうって・・・」
「えー聞いてなかったんですかー?結構真面目な話をしてたのにー・・・いいですか?よくきいてくださいよー?魔物が外に出て来て結構経ちますけどこのまま何もしなくていいか何か対策するべきか・・・もし対策するなら何をしたらいいか・・・そんな話を今フレイズさんとしてたんですよー。で、ワーズさんはどう考えているのかと思ってー」
「・・・い、意外と真面目な話をしてんだな・・・酒の席で」
「不安になっちゃってー・・・魔物が想像より怖くてこのまま増え続けたらどうしようかと・・・」
ワーズは私の太ももからようやく手を離すと顎に手を当て考えるフリをした
「・・・そうだな・・・何もしなくていいんじゃね?てかぶっちゃけ何も出来なくないか?」
「えーそうなんですか?」
「ああ。そうだろ?フレイズ」
「・・・今国は対策を必死で練っているだろうが難しいだろうな。もし何か対策があるのなら先人が既に実行しているはずだ」
「先人ー?」
「これまで『ダンジョンブレイク』以外で魔物が外に出る事はなかった。しかし過去に今と同じように『ダンジョンブレイク』以外で魔物が外を出歩き人々を襲う時代があった・・・もはやその時代に生きていた人はいないくらい昔になるがな」
過去に魔王が復活した時代・・・その時も今と同じように魔物がダンジョンの外に出て来ていた
その時代の冒険者は今のようにダンジョンに行き稼ぐ者達ではなく、国や街もしくは人からの依頼を受けて遂行する者達の事を冒険者と呼んだ。今はダンジョン攻略の為に助け合う組織である組合もその時代は別の意味を持っていたらしい。組合単位で魔物の大群や強力な魔物を討伐する為に組合を作ったと聞いた事がある
「つまりそういうこった。過去に対策があればそれが残ってるはずだが特に何も残ってねえのはその対策がねえって事になるだろ?」
「なるほどー・・・でもなんで突然・・・周期的に起こるものなんですかー?」
「周期的・・・ある意味そうかもな。実際のところは分からないがまことしやかに流れている噂がひとつある」
「・・・どんな噂ですかー?」
「・・・魔王の復活が近い・・・という噂だ」
「えー怖い・・・魔王なんて復活したらこの世界はどうなっちゃうんですかー?」
「さてな。物語の王道パターンとしては魔王が復活した後に必ず人間側にもそれに対抗する術を持った者が現れる」
「・・・勇者・・・」
「そうだ。勇者が現れ魔王を倒す・・・ただそれまでの間は様々な困難が待ち受けているだろうけどな」
「えぇー・・・勇者が現れてちゃっちゃと魔王を倒してくれるんじゃないんですかー?」
「それなら語り継がれる事もないだろうな。絶望の中で希望となったからこそ後世まで語り継がれている・・・人々が心の底から魔王討伐を望むほど絶望に包まれた世界だからこそ救う事により救世主などと言われる。ありがたられるにはそれなりの理由があるって事だ」
・・・そう・・・それよね・・・ロウが魔王を倒したのに世間はそれを知らない・・・知っているのはほんのひと握りの人達だけ・・・別に不満って訳じゃないけどもうちょっと・・・あれ?
ロウがもう少し報われるべきだと思う気持ちは置いといて疑問に思った事がひとつ・・・魔王復活そして討伐の事を知っているのはエモーンズの住民と第三騎士団に王族の一部・・・そしてレオン達『タートル』
もし『スリーナイツ』が『タートル』と関わりがあるのなら魔王の事は当然耳に入っているのでは?それなのにまるで知らないといった素振り・・・私達を欺く為の演技かもしれないが・・・
ふとファーネを見ると彼女は私に向かってウインクした。その意味を私はこう理解する
彼らはシロだ、と
その後彼らとの食事を適当に済ませしつこく誘うワーズを振り切り家路へと着く
「いやー久しぶりに食べたけど美味しかった」
「そう言えばファーネは王都に・・・すっかりエモーンズの住民と化してたから忘れてた。行ったことがあるの?あの店」
「たまに団員とね」
「そっか・・・それで先程のウインクの意味は『彼らは亀ではない』という認識で間違いない?」
「ええ。伝わってて良かったわ。魔王の話をしている時、少しでも知っているような素振りを見せたら怪しいと思うけど彼らは本当に知らない感じだった・・・国が箝口令を敷いても亀さん達が言う事を聞くとは思えないし組合員には話しているはず・・・だから魔王復活と討伐を知らない時点で彼らは亀さんとは関係ないと思うわ」
「そうね・・・けど亀がAランク冒険者を勧誘しなかった理由は何かしら・・・エモーンズでは手当り次第って感じだったし・・・」
「ああ、それなら理由は何となく分かるわ」
「え?」
「亀さんの苦手なものって分かる?」
亀の苦手なもの・・・なんだろう・・・
「蛇?」
「本当の亀さんで考えてどうすんのよ・・・亀さんは闇組合でしょ?だったら苦手と言えば・・・」
「国?・・・いえ・・・騎士団とか兵士?」
「そういう事・・・亀さんは追われる立場・・・苦手なものは追うもの・・・でね、彼からほんのりと匂うのよ」
「匂うって何が?」
「行動とか話したりしているとヒシヒシと伝わってくるのよ・・・騎士団への憧れみたいな感じが。よく騎士団の新人が醸し出している匂いが彼から感じられるの」
「え・・・ワーズからも?」
「・・・多分、ね。ほとんど私はフレイズと話していたからワーズとドーズは分からないけど『スリーナイツ』とか言ってるし2人もそうだと思うわ」
騎士団にねぇ・・・でも確かに言われてみればフレイズはそんな感じはするかも・・・喋り方とか立ち振る舞いとか行動とか・・・冒険者って言うよりは騎士のような・・・ワーズからは全く感じないけど
「って事は亀はそれを感じて勧誘しなかった・・・ってこと?」
天敵とも言える騎士団・・・その騎士団に憧れる冒険者を誘ったりはしないだろう。でも勧誘する前にそれが分かるかどうか・・・
「亀さんの頭は変装の名人でしょ?彼らが所属するギルドに潜入して話を聞くくらいするんじゃない?で、そこで彼らの普段の行動を見たり周りに話を聞けば・・・」
うん、そう言えばそうだった
エモーンズでセシス・フェイと名乗り姿形を変えて・・・他の街でも同じ事をしていると考えるのが普通だ。となるとそこでフレイズ達が騎士に憧れていると知れば勧誘をする事はないだろう
「納得・・・まあ完全に信用出来る訳じゃないけど限りなくゼロに近いって訳ね」
「ええ。逆を言えば彼らから引き出せる情報は少ない・・・もしくはないかもね。明日も調査に同行するって話だけど他の冒険者に当たりをつけた方がいいかもよ?」
「そうね・・・それとも新人のフリはやめて本格的に魔物退治に乗り出すか・・・そうすればディーン様達も協力してくれるって話だし・・・」
「けど思ったより目撃情報多かったよね?冒険者も『スリーナイツ』以外大したことなさそうだったし・・・私達2人でやるとしたら一体どれだけかかる事やら・・・」
王都周辺の魔物を一掃して第三騎士団を頼るか自分達だけで『タートル』を探るか・・・第三騎士団の力を借りられれば情報収集も捗るだろうけど・・・うーん・・・
「・・・よし!こんな時はお風呂に入って考えよう!」
「ただ単にお風呂に入りたいだけでしょ?本当お風呂大好きなんだから・・・」
行方不明者の保護がなければ王都に帰ることなくそのまま調査を続行していたはず・・・明日からフレイズ達じゃなくても他の冒険者と同行すれば何日も入れない可能性が高い・・・どうするべきか考えもまとまらないし何を言われようともここはお風呂に入ってゆっくりしてから考えるべきだ、うん
という訳で話を一旦終わらせてロウの屋敷へと急いで帰る
いつ帰ってもお風呂が用意されている素敵な家・・・あまりいい思い出がない王都も屋敷のお陰でかなり印象は変わった
足早に屋敷へと向かいいざお風呂へと屋敷の玄関を開けると見知ったメイド達と執事が私達を出迎える・・・が、その表情はいつもと違って少し固いような・・・
「お帰りなさいませサラ様、ファーネ様・・・お伝えしなければいけない事があります」
ああ・・・どうやら表情を見る限りゆっくりとお風呂を満喫出来る状況ではなさそうだ──────




