416階 王都周辺
「水を持って来た?これだから子猫ちゃんは・・・言えば俺が魔法でチョチョイのチョイって出してやるよ」
子猫ちゃん!?
朝早く冒険者ギルドに集合して昨日決めたエリアに向かっている最中に持って来た物を聞かれたから答えたらワーズに子猫ちゃん呼ばわりされた・・・
「・・・魔法で飲み水を出すのはマナの無駄使いでは?」
「チッチッチッ飲む量くらいの水を出したところで戦いに影響あるようなヤワなマナ量じゃねえよ俺はな」
なんだろう・・・無性に殴りたい
「ワーズ、彼女達は冒険者になったばかりだ。私達の常識を押し付けるのはやめたまえ」
「はいはい・・・ってな訳で俺みたいな有能な魔法使いと組めば重たい物を持たずに済むってこと・・・分かるかい?子猫ちゃん」
背筋がゾワッとする・・・何のアピールだ何の
「そうですか・・・ですが私はファーネとパーティーを組もうと思っているので。さすがに一パーティーに2人の魔法使いは・・・」
「そんな事ねえよ。俺達だって剣士が2人いるだろ?パーティーメンバーに被った奴がいても問題ない・・・これ豆知識な」
別に問題があるとは言ってないけどね
貴方達と組みたくないだけ・・・遠回しに言わずにはっきり言った方がいいかしら?
それと全然豆知識ではないと言ってやりたいが・・・ふぅ・・・新人のフリも楽ではないな
くだらない雑音に耐える事半日、ようやく魔物の目撃情報があった場所に到着する
地面を見ると確かに魔物らしき足跡がちらほら・・・数はそこまで多くなさそうだがシャリファ王国であった出来事を考えると油断は出来ないな
「目撃情報があったのはゴブリン・・・足跡から見ると間違いはなさそうだ。数は問題ないだろう・・・増えてなければな」
「ダンジョン内じゃポコポコ出て来るけど外じゃ増えないんだっけ?もし増えるとしたら・・・」
そう言ってワーズは私とファーネを見た
言わんとしている事は分かる。リザードマンは自ら繁殖していたがゴブリンなどの魔物は人間を使い繁殖するのは有名な話だ
ダンジョン内ではワーズの言う通りダンジョンコアが創り出しているから繁殖する必要が無い。けど外に出たらロウ曰く進化して増やす方法を得るみたいだ
だから女冒険者は魔物に生かされる可能性がある・・・繁殖する為の道具として
「・・・ゴブリンだけに限らず外に出た魔物はそうである可能性があるだろうな。一説によればそれで人間の知識を得て更に厄介な魔物になるとか・・・本で見たような街の外に出れば魔物が闊歩する世の中に近付いているのかもな」
「根本を絶たないとそうなるであろうな。そうなるとダンジョンを破壊するしか・・・」
「それって何度も議論されてた話だろ?ダンジョンを壊しまくったら魔物は根絶出来る・・・けど原始的な生活が待ってるぜ?みたいな」
そう・・・今の生活は魔物の魔核に頼る部分が大きい。部屋の明かりは光る魔核を使用したり、火を起こしたり水を得たりするのも魔核頼りなところがある。さっきのワーズみたいに魔法で出せれば問題ないのだが誰もが魔法使いの適性を持っている訳ではない
魔核に頼る部分が大きい為に魔物が出なくなると困る事が多い・・・それがダンジョンを全て破壊出来ない理由だ
唯一魔物を介さず魔核を手に入れられる人物はいることにはいる・・・ロウニール・ローグ・ハーベス・・・私の彼ならそれが可能だ
でももしダンジョンを全て破壊し魔物を根絶させ彼だけが魔核を創り出せるとしたらどうなるだろうか・・・人々は彼に依存するしかなくなるだろう
それはもはや人間を支配するのと同義なのかもしれない
彼が支配する世界・・・考えただけでもゾッとする
何せそれが意味する事は『私だけの彼ではなくなる』と同じ事だから・・・
「サニャ?何を考えているの?そんな難しい顔をして・・・」
「・・・いや、難しい問題だなと。魔物は脅威だけど必要ともしている・・・じゃあどうすればいいのかって思ってね」
「その為に冒険者がいるのだよ。魔物を狩り調整する者・・・それが本来の冒険者の姿だと私は思う」
ダンジョンに潜りお金を稼ぐ冒険者から魔物の数を調整する冒険者へ・・・確かに物語の冒険者はそうだったかも
今はまだ少ないけど冒険者ギルドの掲示板に貼られた紙には魔物に関する困り事を解決して欲しいという依頼書が書かれそれを受け解決する事により報酬を得られる職業・・・冒険者は物語の中ではそう描かれていた
そんな物語を読んで冒険者になった人達はガッカリしただろうな
「・・・皆止まりたまえ・・・いたぞ」
先頭を歩くフレイズが立ち止まり片手をスっと上げた
スカウトがいれば目に頼らなくてもいいのだがあいにくこのパーティーにはスカウトは私だけ・・・新人冒険者と思われているので彼らは私に頼ることなく気配と目で魔物を探っていた
そして目の前に魔物の集団が姿を現した
数は5体・・・魔物はゴブリン・・・ダンジョンの中でなら何の問題もない場面だが外では違う。周囲に他のゴブリンがいないか慎重に確かめる必要がある。それに近くにいなくても離れた場所にゴブリンがいれば合流する可能性もあるし向こうから来なくても今いるゴブリンがその離れた場所にいるゴブリンと合流する為に逃げる可能性も考えなくてはいけない
「・・・近くには・・・いないな。ドーズは気付かれないように背後に回れ。君達はワーズと共にここに残っていてくれ」
ガシャ達よりは手慣れているしよく考えているように思える・・・経験があるのかな?
大柄なドーズがゴブリン達に見つからないように音を立てず背後へと回り込むとフレイズと合図し合い同時にゴブリン達の前に躍り出た
「フン!」
一振で2体のゴブリンを真っ二つにするドーズと粛々とゴブリン達を処理するフレイズ・・・ゴブリン達を呻き声ひとつ上げる前に片付けてしまう
「どう見る?」
「はぐれた訳じゃなさそうだ。となると・・・」
「見張りか。だが少しの知恵は得ているが人間ほど賢くはないらしい。見張りを立てても知らせる術は思い付かないみたいだからな」
「ゴブリンが見張りですかー?そんなに頭のいい魔物とは思ってませんでしたー」
ゴブリンを倒した2人の会話を聞いたファーネが近付きながら首を傾げる。確かにファーネの言う通りゴブリンは賢くない・・・見張りを立てる頭などないと思うけど・・・
「・・・私達がこのエリアを選んだ理由はふたつある。ひとつは魔物の目撃情報があったから。もうひとつは・・・この付近で行方不明になった人がいるから・・・その中には女性もいる」
「行方不明・・・女性・・・まさか・・・」
さっきの会話を思い出す
ゴブリンは人間の女性は殺さない・・・殺すとしたら使えないと判断した時だ。使えるというのはつまり・・・
「早く助けないと!」
「無論そのつもりだ。その為にこのエリアを選んだのだからね。ただ焦りは禁物だ・・・この5体が見張りならダンジョンにいるゴブリンとは一味違うって事だからね」
「つってもゴブリンはゴブリンだろ?」
「それならいいが、な」
何が『それならいいが、な』よ・・・どんなゴブリンでもいいからとにかく早く助けないと・・・
「どうする?一気に行くか?」
「ああ。そこに私達が来た方向とは逆に足跡がある・・・恐らくゴブリン共の拠点に続いているだろう。見張りをここに立てるという事はここからそう離れてはいないはずだ・・・気付かれ逃げられる前に一網打尽にするべきだろう」
その後3人で少し話し込み、方針が決まると私達を最後尾に置いて進み出した
「・・・ねえ、どうなの?」
ファーネが前を行く3人と少し離れたのを見計らって小声で私に尋ねる
「どうって何が?」
「2人の実力よ・・・亀さんの情報を持っているもしくは彼ら自身が亀さんの可能性もあるでしょ?だったら戦わなきゃいけないかもしれないし・・・」
「別に亀でも戦う気はないけど・・・まあそうね・・・負けはしない・・・かな?」
2人共実力の半分も出していないだろう・・・ゴブリン相手じゃそれも仕方ない
で、肝心の実力だが・・・フレイズはディーン様と同じ正統派剣術使いでドーズはキースさんのような力任せの剣・・・2人共高い水準には達しておりさすがAランク冒険者と言いたいところだけど・・・あの2人やこれまで私が出会って来た人達に比べると怖さがない
シークス、センジュやラズン王国国王ワグナにベルゼブブ・・・対峙すると足が竦み身体が震える・・・その場から逃げ出したい気持ちと戦いたい気持ちが沸き立ち心の中でぶつかり合う・・・それを乗り越えて前に進むと自分が少しだけ成長出来たような感覚を得られる
けど見る限りフレイズとドーズからは感じられない
実際対峙したら違うのだろうか・・・いや、それでも・・・
「2人はここで待機していてくれたまえ・・・あまりいい眺めではないのでね」
どうやらゴブリン達の拠点に近付いたようだ
前にいる3人は息を潜めゴブリン達の様子を伺いながら作戦を立て武器を構えると移動を開始した
「出る幕は・・・ないわよね?」
「ないと思うわ。さすがにゴブリン相手ではね」
「『いい眺めではない』・・・って事はやっぱり・・・」
「多分ね。・・・気が触れてなければいいけど・・・」
「逆じゃない?」
「逆?」
「気が触れた方が楽な場合もあるって事よ」
「・・・」
ゴブリンがダンジョンから出て学んだとしても何も持たずに見張りを立てる程度だろう。だがもっと他にゴブリンを賢くさせる方法がある・・・それは人間にゴブリンの子を産ませることだ
見た目はゴブリンだが頭脳は人間に近くなる・・・そしてマナの使い方も
しかも繁殖能力に長けているからなのか産まれるのが異様に早い。物語の中では1日か2日で産まれるとも言われている
下手をすれば上級魔物より野放しにしたら厄介かもしれないな・・・強く賢く・・・そして数も増え続けるゴブリンは
「どうやら終わったようね。貴女に向けて手を振ってるわよ?振り返してあげたら?」
「ファーネ・・・あなた知らないでしょ?」
「?・・・何を?」
「彼は嫉妬深いのよ」
「・・・いやいやいや・・・手を振り返したくらいで・・・え?殺したり・・・しないわよね?」
「どうだろう・・・試しに返してみる?その時は素直に報告するわ・・・『ファーネに唆された』って」
「ちょ待ち!・・・えぇ・・・嘘でしょ?・・・ちょっと引くわぁ・・・それってもう束縛じゃない」
「冗談よ冗談・・・多分」
手を振っただけで殺しはしないと思うけど・・・まっ、蹴飛ばすくらいはするかも・・・
「多分ってアンタ・・・まあいいわ。それより行方不明になってた子達を迎えに行きましょ。このまま街に帰ると思うし男より私達が傍にいてあげた方が気は楽だと思うから」
「そうね・・・彼女達が受けた苦痛は分かってあげられないけど寄り添うくらいなら出来るしね」
どれ程の期間この場で拘束されていたのか分からないけど・・・多分死ぬほど辛かっただろう
もし私が同じ立場なら・・・ファーネの言う通り気が触れた方が楽だと思うくらい苦痛を感じていたはずだ
慰める言葉は浮かばないけどせめて・・・傍に居てあげよう──────




