39階 騎士団到着
「ハア・・・」
司令室にある椅子にもたれながらため息をひとつ・・・改良に改良を重ねた椅子は恐らく王族クラスが座るくらいフカフカなのだけど今は心地良さがイマイチだ。体が沈み込むと同時に心まで沈んでしまう・・・そんな気分
《あっさり10階が攻略された事を落ち込んでるの?》
「まさか・・・サラさん達なら余裕だと思ってたしそっちじゃなくて・・・」
《騎士団が来ること?》
「そう・・・それ」
騎士団が来る・・・予定では明日にも
誰がどれくらい来るかは分からないが、兵舎は占拠されるのは確実・・・今日は先輩方が大掃除していたし、僕はすぐに部屋から出られるように荷物をまとめておけと言われた
《辞めちゃえば?》
「うーん・・・それも考えたけど・・・」
ローグとなって冒険者をやってて気付いたことがある。僕はやっぱり門番を続けるべきだ、と。というのもなんか・・・心が荒むというか・・・ずっとダンジョンに居ると自分がダンジョンの一部なんじゃないかと思うようになってしまって・・・
別に門番を無理に続ける必要はないのだけど、門番をしていると自分が人間であると再認識出来る・・・そんな気がする
《別に兵士に拘る必要ないんじゃない?》
「他に何があると・・・仕事中に抜けられるなんて門番くらいだよ?」
《いや本当は門番もダメでしょ》
「そうだけど・・・そうひっきりなしに来る訳じゃないから・・・ヘクト爺さんにはもう『お腹の緩い奴』扱いされてるから言いやすいし・・・」
他の職場に移ったら何言われるか・・・ヘクト爺さんには悪いけど門番が抜けやすい仕事って分かったからな・・・それにラックと出会えたのも門番だったからこそだし・・・ハア・・・
「スラミ・・・ちょっと訓練付き合ってくれる?体でも動かさないと寝れそうにないや」
「はい・・・マスター」
悩んだところでどうする事も出来ないし、とりあえず騎士団が到着してから考え・・・ん?
「スラミ・・・今なんて?」
「『はいマスター』と」
「・・・」
『はい』と『いいえ』しか言えなかったスラミが・・・僕を『マスター』と・・・しかも会話になってるし・・・もしかして10階の影響?
そのあと興奮してどこまで話せるか色々試してみたけどまだ会話が出来るとまでは言えない状態・・・でも最初に比べたら凄い進歩だ
ダンジョンを拡げる度に成長するスラミ・・・その姿を見て思う・・・僕も成長しないとな、と
翌朝、いつ来るか分からない騎士団を兵士全員でお出迎えする為にドカート隊長らは近くで待機していた
そして遠くの方で騎士団らしき集団が見えると背筋を伸ばし直立不動でお出迎え・・・心の底から歓迎出来る相手ならまだしも相手は騎士団・・・なんだか余計に疲れる
「ロウニール!背筋を伸ばせ!」
「はい!」
とまあ元気に返事を返し背筋を伸ばしたけど、心の中では『来るな来るな』と念を飛ばす
ディーン様なら大歓迎だけど騎士団にはあまりいい印象はないからなぁ
残念ながら僕の念は通じず順調に距離を縮める騎士団一行・・・先頭の馬に乗った奴を見て更に念を強くしたのは内緒だ
だって先頭の奴が・・・アイツだったから
目の前で手綱を引き、馬から降りずに僕達を見下ろすと先頭の騎士・・・名前は確か・・・
「責任者は誰だ?」
「はっ!兵士長を務めておりますドカート・ガッサムと申します!遠路はるばる・・・」
「挨拶はいい。もしかしてこれが村の兵士全員か?」
「はっ!今朝来られると聞きましたので全員で・・・」
「呑気なものだな。兵士が全員村の端に来ているとは・・・何か起きたらどう対応するつもりだ?」
「あ・・・申し訳御座いません!」
偉そうに・・・思い出した。名前はケイン・・・ディーン様と共に来た騎士団の奴・・・てか村じゃなくて街なのに・・・
「ふん・・・揃いも揃って・・・まあいい。兵舎に案内しろ」
「はっ!」
偉そうに・・・ダンジョンが出来たばかりの時は騎士団の迫力にビクビクしてた僕だけど今の僕は一味違うぞ?
「ダンコ・・・僕とあの騎士の差は?」
ドカート隊長が騎士団を連れて去った後に小声で聞いてみた。すると・・・
《そうね・・・下級最強と中級最強って感じかしら》
なるほど・・・最強同士・・・って!
「そっ!・・・そんなに?」
危うく大声を上げそうになり慌てて声を潜める
下級の最強と中級の最強って・・・どんだけ差があるんだよ!
《まさか・・・少しでも勝てる可能性があると思ってたの?呆れた・・・はっきり言って勝てる見込みはゼロよ。全くこれっぽっちもないわ》
そこまで差があるのか・・・ちょっとは善戦・・・とまではいかないけど手こずらせるくらいは出来ると思ったのに・・・
絶望する中、仕事を終えて兵舎に帰るとまとめていた荷物が表に出されていた。まるでゴミでも捨てたかのように・・・
「ん?それは貴様の荷物か?そうなら拾ってさっさとどこかに行け!目障りだ!・・・それとケイン様が明日朝一番にここに来るよう仰っていた。遅れるなよ?」
荷物を見て呆然としている僕に騎士の1人がそう言うとさっさと兵舎に戻って行く・・・今日の朝まで我が家のように親しんできた兵舎は全くの別物と化し佇いた
「・・・仕方ない・・・ダンジョンに行くか・・・」
色々と言いたいこともあったけどグッと我慢してダンジョンに向かう事にした
それにしても他の先輩達も追い出されたのだろうか?まあ追い出されたとしても家に帰ればいいだけだし平気なのかな?・・・僕にも帰る家はあるにはあるけど・・・
家には兵舎に移り住んでから1回も帰っていない
帰ってもやる事ないし煙たがられるだけだし・・・
人気がない場所でゲートを開きダンジョンへ
結局はダンジョンが一番落ち着く・・・僕にはもうダンジョンしかないのかもしれない・・・
翌朝言われた通り兵舎に向かうとヘクト爺さんを含む全員が兵舎に揃っていた
門番は騎士団の人が代わりにやってくれてるみたいだ
ケインは僕達を一列に並べると全員の顔を一瞥・・・そして一度息を吐くと衝撃的な言葉を口にする
「全員揃ったか?・・・単刀直入に言う・・・全員クビだ」
耳を疑うような発言
全員クビ
みんなも驚いているようで隣同士互いに顔を見合せていた
「ケイン様!それはあまりに・・・」
「何か問題が?」
ドカート隊長!頑張れ!
「・・・理由をお聞かせ下さい・・・」
「ダンジョンのある村という環境・・・それが何を意味するか分かっているか?ダンジョンブレイクの可能性はもちろんこれから冒険者も増えて来る・・・今は冒険者に毛の生えた程度の者達だと聞いてるがダンジョンが大きくなればそこそこの冒険者も来るようになるだろう。その環境の中、訓練も受けてないような冒険者にもなれない兵士風情が何の役に立つと?」
「そ、それは・・・」
「毎日の訓練時間は?鍛錬は欠かさずやっているか?魔物を退治した経験は?魔法や魔技はどれくらい使える?・・・死ぬ覚悟はあるか?」
「・・・」
怒涛の詰問にドカート隊長は何も答えられなかった
それもそのはず訓練なんて一切せず、見回りという名の散歩をして時間になったら帰るだけの毎日・・・門番もただ許可証やギルドカードを確認するだけでほぼほぼ立っているだけ・・・もし冒険者が酔って暴れても先輩達では止めることなど出来ないだろう・・・ドカート隊長以外は
「平和な村でのほほんと過ごしてきた兵士もどきと国を守る為に自らを極限まで鍛えてきた俺達が・・・同列に見られるなど耐えられん。昨日一日だけでも俺達と同僚であったことを誇りに思い今後生きていくがいい。口外せず心の中でな」
まるで一日でも同僚であったことが恥ずかしいみたいに言うケイン・・・それにはさすがにドカート隊長も頭にきているみたいだけど・・・拳を握るだけで何も言い返せなかった
結局僕達は・・・ヘクト爺さんも含めてクビになってしまった・・・
《良かったじゃない》
「・・・何が?」
《アナタは無理し過ぎなのよ。昼も夜も・・・門番、ダンジョン作り、冒険者・・・普通の人間なら過労死してるレベルよ?》
「誰かさんのお陰で睡眠時間が少ないのには慣れてるからね・・・でもまあ・・・そうなのかな」
5歳の時からダンコに話しかけられ続けてたからな・・・最初の頃は子守唄代わりに聞いていてすぐに寝ちゃってたっけ・・・
《その割には全然覚えてないわよね?》
「そう?・・・・・・そうかも・・・」
《出来の悪い生徒を持つと苦労するわ・・・まあ別に私がいるから全て覚える必要はないけどね。そういうつもりでざっと話しただけだし》
良かった・・・僕の記憶力が悪いわけじゃないみたいだ。そう言えばまくし立てるダンコの話しを聞き流してる程度だったし・・・覚えてないのも当然だな、うん
《それよりどうするの?昼間はここで寝て夜はダンジョンっていうのもいいけどあまり日に当たらないと良くないわよ?魔物じゃあるまいし》
「なに?僕の体を気にしてくれてるの?」
《私の体でもあるからね》
ごもっとも
それにダンコが言うように日に当たらないと体に良くないって誰かに聞いた事があるし・・・
「やっぱり門番が最適だったなぁ・・・突然来て突然クビにするなんて・・・ディーン様だったら絶対やらなそうなのに・・・・・・」
《ロウ?ダメよ?》
「な、何が?」
《変に問題起こしてあの人間の怒りを買えばあっという間に殺されるわよ?》
騎士団がそんな事・・・ケインならするかも・・・
僕達の事を完全に見下してるし、もしかしたら同じ人間であるとすら思ってないかも・・・
『なに?クビが納得出来ないだと?死ね!』
って斬られる姿が容易に想像出来る
でも・・・僕はどうにでもなるにしてもドカート隊長やヘクト爺さんはやっぱり無念だろうな・・・ヘクト爺さんなんてずっと門番してきたし・・・それこそ僕が産まれる前から・・・
どうにかして考え直させる事は出来ないかな・・・波風立てることなく・・・どうにか・・・!
「そうか・・・波風立てても手を出させない状況を作ればいいんだ・・・そうなると・・・」
《ちょ、ちょっと・・・本気?そこまで門番に拘らなくても・・・ね?》
「大丈夫・・・何とかなる・・・多分」
きっと大丈夫・・・僕はともかくヘクト爺さんを再び門番として立たせてあげる為にも・・・やってやる
領主の屋敷の執務室にドアのノック音が鳴り響く
部屋で書類に目を通していた領主ダナスは顔を上げ部屋をノックした者を招き入れる
「領主様・・・騎士団が着任の挨拶に来ました」
「来たか・・・入れてくれ」
補佐官であるヴェルトの言葉に顔を顰めつつダナスは騎士団を部屋に入れるよう伝えた。するとすぐさま騎士団は鎧姿で執務室に入って来てダナスの前に立つ
「エモーンズ領主殿に御挨拶を。王都から派遣された第三騎士団所属のケイン・アジステア・フルーです。これは・・・」
そう言ってケインが懐から紙を出すとすかさずヴェルトが間に入りその紙を受け取った
「・・・領主殿に渡すよう言われたのですが?」
「私は領主補佐官のヴェルト・テロイド・アンクル。国からの書簡は私が先に目を通してから領主様にお見せしています。何か問題でも?」
「・・・いえ、出来ればすぐにでもサインが欲しいのですが・・・」
「後日お持ちしますので預からせて下さい。それとも急ぐ理由がおありで?」
「いえ・・・でしたら明日にでも受け取りに参ります」
「いや、こちらから届けよう・・・こちらの都合で待たせるのだから当然です」
「そうですか・・・ではお待ちしております」
特に感情を出すことなく淡々と言うとケインは騎士団員を連れて部屋を出て行く
ヴェルトはケイン達が部屋を出て行った後で再びケインが持って来た書簡に目を通す
「ヴェルト殿・・・何が書かれているのですかな?」
「・・・着任の挨拶のようですね」
「それならすぐにサインをして渡してしまえば良かったのでは?」
「なりません!奴らは国直属の騎士団・・・何をしに来たのか御説明したはずですが?」
「・・・本当に国はこの街を手に入れようと?」
「正確には『ダンジョンを』です。その為に何をするやら・・・今回は単なる着任の挨拶でしたがいずれ何かを仕掛けてくるに違いありません」
「追い返す事は出来ないのか?」
「それは無理ですね。国が騎士団を派遣した名目が『国民の安全をはかる』ですので・・・」
「ダンジョンから街を守ると言いつつ街からダンジョンを奪おうとする・・・か。何が御挨拶を、だ。ぬけぬけと・・・」
「1年間・・・奴らの行動には気を付けて下さい。決して安易に返事はせず冷静に対処すれば問題は無いかと・・・まだ何を企んでいるかまでは分かっておりませんので・・・」
「・・・分かった。だがそれだけで防げるのか?もし何か企んでいるのならそれを阻止しなければ・・・」
「心配いりません。街と認められさえすれば国もそれを簡単には反故出来ませんので・・・ここ1年が正念場です」
「う、うむ・・・頼りにしてますぞ、ヴェルト殿」
「お任せ下さい・・・必ずや国から守ってみせます・・・エモーンズを・・・そしてダンジョンを──────」




