406階 選択
アジートに到着したケン達は宿を取り次の日に向かう予定であるダンジョンの準備をした
食料や水の買い出しはもちろん装備の手入れ・・・エモーンズのダンジョンと違い各階にゲートがないのは承知の上で入念に準備し次の日を迎える
毎日のようにダンジョンに入り稼いでいた時と違いシルを探す旅は浪費する一方で蓄えはあっという間に亡くなった。しばらくここで稼げるだけ稼いでおこうと勇んで冒険者ギルドを訪れるケン達はその異様な雰囲気を感じ取る
「・・・なんか・・・暗いな」
「スカット!シッ」
「けどよぉ・・・」
拠点としている冒険者ギルドならともかく不用意な発言は冒険者同士のケンカに発展しかねない。マホがスカットを諌めるが実際は4人とも同じ事を考えていた
昨日の稼ぎがどうだったとかあの階の宝箱にいい物が入っていたとかあの店の店員が可愛いとかダンジョンに行かない冒険者達はダンジョンの話やくだらない話で盛り上がっているイメージがあった・・・現にエモーンズはそうだった
しかしアジートのギルドは冒険者はいる事にはいるが誰も口を開かずある者はテーブルにうつ伏し、ある者は椅子にもたれ天井を見上げ、ある者は地べたに座りブツブツと何かを呟く
そんな中でケン達はギルドカードを渡しダンジョン入場許可証を受け取ると冒険者ギルドを出ようとした・・・その時・・・
「・・・ダンジョンに行くのか?」
テーブルにうつ伏していた男が顔を上げダンジョンへ向かおうとするケン達に声をかける
「・・・冒険者なら当然だろ?」
「そうか・・・そうだな。だがひとつ忠告してやる・・・どれだけ経験あるか知らねえが普通のダンジョンと思って挑むと痛い目見るぞ?」
「どういう意味だ?」
「分からねえ」
「は?分からないって・・・」
「分からねえんだよ・・・俺達は『いつもと違う』と感じるが他所者にはそれが普通なのかもしれねえし・・・ただ『ダンジョンが変わった』・・・それも急にな。だから答えは『分からねえ』だ」
「ダンジョンが・・・変わった?」
「ああ・・・まるで別物だ。・・・まあ言ってみりゃ分かる・・・くれぐれも無茶はするなよ?」
「分かった。忠告感謝する」
ケンが礼を言うと男は手をヒラヒラさせた後またテーブルにうつ伏した
「・・・行こう」
ギルドを出て街を出る際にダンジョンの場所を門番に聞きその方角に向かって歩く
4人は冒険者ギルドの異様さと男の忠告に不安を感じていたのか無言で歩を進めた
「・・・脅し・・・だよな?」
「どうだろうな・・・俺達を脅す為にあんな手の込んだ事をするか?」
「だ、だったらやめねえか?ここじゃなくてもダンジョンはいくらでも・・・」
「食料に水・・・それに入場料を払った後の残金を知っているか?」
「うぐっ・・・母ちゃんに金渡さなきゃ良かった・・・」
「それは無駄使いじゃないからいいじゃない・・・これまでの無駄使いに比べればいいお金の使い方だと思うわ。悔やむなら歓楽街があれば行ってしまうそのクセを治す事ね」
「クセじゃない!・・・本能だ」
「はいはい本能に忠実だこと・・・それよりケン、いくらお金がなくても命あっての物種・・・スカットの言う通り別のダンジョンに行くのも手じゃない?私も少し嫌な予感するし・・・」
「・・・まあおかしいと思ったらすぐに引き返せばいいし・・・最悪俺達にはアレがある・・・だろ?」
ケンがヒーラを見て言うと彼女は頷き指輪を触る
「ビビる必要ねえ・・・と言っても無茶する必要もねえ・・・今日の宿代くらいは稼いでとっとと帰ろうぜ」
「そ、そうだな・・・飯代もな!」
「おう!今日は肉だ!分厚い肉をたらふく食ってやる!」
「よし!頑張れ!」
「お前も頑張るんだよ!」
調子を取り戻した単純な男2人は肩を組みズンズン進んで行く
取り残された形になった2人は顔を見合せため息をつくと先に行った2人を追って歩き始めた
「・・・いいのです?」
「まあ何とかなるでしょ・・・ダンジョンを怖がってたら冒険者なんてやってられないし」
「違います。このままシルを追っていいのですか?」
「・・・どういう意味?」
「そのままの意味ですよ。シルの去った理由はマホの言った通りだと思います。シルは昔から頑固でしたからね・・・恐らく私達が説得しても続けるでしょう・・・つまり私達のこの旅は無意味になる可能性が高いと思います」
「・・・それでもケンは・・・」
「ええ。例え説得しても・・・1人になったとしてもシルを探し続けるでしょう。私が言いたいのは『このまま』です」
「このまま?」
「シルに遠慮しているか知りませんがこの旅でケンを落とすべきでは?」
「はぁ!?ケ、ケンを落とすって・・・」
「どうした?何かあっ・・・」
「男共はさっさと行きなさい!てか戻って来んな!」
「えっ・・・あ、はい」
大声を出したマホに驚きケン達が戻って来ようとするのを怒鳴り散らして先に行かせる。そして突然の発言をしたヒーラの肩を掴みぎこちない笑みを見せる
「ロウニールとサラさんの次は私の番かな?ヒーラ」
「ええ。付かず離れずの甘酸っぱい雰囲気は何物にも代えがたいものです。ですがシルの話をした後のマホは一歩引いたように思えて・・・」
「あのねえ・・・私は別に・・・」
「つまらないです」
「ちょっとヒーラ・・・アンタ本気で怒・・・」
「私の知らないところで勝手に賭けに出ないでください。『ケンがシルを諦めたら』なんて考えてシルの事を伝えたのなら大間違いです。何せマホ自身も『ケンなら必ず追い続ける』と思っていたからです。つまり負け戦と最初から分かってて挑んでいたのです・・・それは見ててつまらくて・・・不快です」
「っ!・・・別にアンタを楽しませる為に・・・」
「楽しませてください・・・私が楽しいって事は多分・・・みんなが幸せになるって事ですから」
「・・・真面目な顔してこの子は本当・・・アンタはどうなのよ?スカットの気持ちに応えるつもりはあるの?ああ見えてもアイツ本気だよ?」
「知ってます」
「ちょ・・・だったら・・・」
「だって付き合ったらもう追われないじゃないですか・・・向こうが離れそうになったら私の方から近付きます。けど追われている内は・・・」
「スカット・・・同情するよ・・・厄介な女に惚れたもんだ」
「マホにも教えましょうか?追われ追う秘訣を」
「結構です!・・・ハア・・・ちょっとパーティー抜けるか本気で考えたくなってきた・・・」
嘆くマホをその嘆きの原因の1人であるヒーラが肩をポンポンと叩き慰める。その行為がまた更に虚しさを増幅させ考えるのも馬鹿らしくなるマホであった
歩き続けようやくダンジョンに到着し4人揃って中に入る
エモーンズ以外のダンジョンは久しぶり・・・それにギルドであった男の言葉もあり緊張していたケン達であったが・・・
「別に・・・普通じゃね?」
「だよな。まあ油断しないに越したことはない・・・一応慎重に進もう」
1階2階と順調に進む
これといった違和感はなくいつの間にか普段通りにダンジョン攻略に集中していた
「マホそっち!」
「ええ!ファイヤーボール!」
順調過ぎる訳でもなくて普通に攻略していくケン達
男の忠告など忘れ去った頃、余裕が出たのかヒーラが仕掛ける
「・・・あの子・・・」
「どうした?」
「・・・いえ何でもないわ。さっさと行きましょう」
ヒーラは突然ある提案をしてきた
『私とスカットが罠と魔物を警戒しながら前を進むので2人は後ろの警戒をお願いします』
普段はケンが状況に応じて隊列を考えるが珍しくヒーラが提案してきたのだ。隊列的には理にかなっている為にケンは素直にその提案を採用するがマホにはヒーラの魂胆が透けて見えていた
こうして魔物が出ていない時は前2人と後ろ2人で分かれて進み進んで行き5階に到着すると一旦休憩を取ることに
「この調子なら10階は行けそうだな」
「これまで変わった事はなかったし勘違い?それとも相当今まで温かったとか?」
「まあ変わったって言われてもその前を知らないと分からないしね」
「人間はそんなにすぐには変わらないみたいですけどダンジョンですからね・・・変わる事もあるかもしれませんね」
「ん?ま、まあそうだな」
「・・・」
「ハハッ・・・どういう事?」
なぜそこで人間が・・・と首を傾げるケンと無言でヒーラを睨むマホ・・・よく分からないスカットは乾いた笑いを浮かべヒーラに尋ねる
「別に深い意味はありませんよ。それよりケン」
「ん?」
「貴方はシルが好きなんですか?」
「なっ!?」
「ブッー!」
唐突な質問に聞かれたケンではなく水を飲んでいたマホが口に含んでいた水を噴き出し対面に座っていたスカットに直撃・・・スカットが無言で懐からハンカチを取り出し顔を拭いているとヒーラは更に続ける
「好き嫌いで言うのであれば好きでしょう。私の聞きたいのは仲間としてではなく1人の女性として好きかそうでないか・・・」
「ちょ、ちょっと待て!ダンジョンでするような話じゃないだろ!?」
「そうですか?極限状態とは言わなくともこういう緊張した場面の方が本音は出やすいと思うのですが・・・」
「本音って・・・別に俺は・・・」
「このまま進むか戻るか・・・ケンが決めてください。パーティーリーダーとして進むのかケンとして戻るのかを──────」




