403階 未来の王
魔族ベルゼブブから解放されたあの日、ロウは激しい戦闘の末倒れ数日経った今も静養している
その間私は・・・何故かフレシアの付き添いをしていた
今は執務室で書類を眺めるフレシアをただ待つだけ・・・暇すぎる・・・
「・・・なんで私が・・・」
「ん?まだ言っておるのか?」
「いつまででも言うわよ!私はロウニール様のメイドなの!なんで貴女に付き従わないといけないのよ!」
「そう言うな。一時的とは言え王に返り咲いた妾を疎ましく思っている者もいるかもしれぬ。シャスや他の騎士達もおるが着替えや風呂に入っている時などは頼れぬしな」
「それはそうだけど・・・って自分の身くらい守れるでしょ?あれだけ強いんだし」
「身重の妾に戦えと?」
くっ・・・これ見よがしにお腹を擦って・・・羨ましい!
「彼が回復するまでだからね!」
「感謝する」
今までの無表情が何だったのかってくらいの満面の笑み・・・ハア・・・
お腹をさすり愛おしそうにそのお腹を眺めるフレシア・・・その気持ちは分かる・・・でも・・・
「ねえフレシア」
「なんだ?」
「どうして凍らせたの?」
疑問だった
今となってはそれが功を奏した事になっている。もし凍らせずにそのまま産んでいたら確実にベルゼブブに殺されていただろうから
彼女に同調した人はベルゼブブの魔力によって攻撃される・・・きっと産まれた子もそうなっていたはずだった
けどお腹の子を凍らせた時、フレシアはその事を知らなかったはずだ。となると彼女は・・・
「勘違いするな。妾は自らの子を手にかけるような真似はせぬ」
「だったらどうして?」
「・・・妊娠していると確信していた。だがその後で彼が病に倒れた・・・言おうか言うまいか迷って・・・結局言えなかった・・・もし彼の最期の言葉が『愛している』だったら妾は迷わず言ったであろうな」
「けど彼の最期の言葉は『大嫌い』だった・・・でもそれならどうして・・・」
「一言で言えば『怖かった』・・・もし彼の子をこのまま産んでしまったら・・・愛せるか不安だったのだ」
確かに・・・嫌いと言われた人の子を産んでその子を愛せるかと言われたら・・・私も自信を持って愛せるとは言い難いかも・・・産んでみたら愛せるのだろうけど・・・でも・・・
「なので凍らし時を待つ事にした・・・上手くいくかは分からなかったが不安を抱えたまま産むよりは良いと思ってな。このわだかまりは時が解決してくれる・・・そう思っていたら10年の歳月が流れた・・・というわけだ」
「嘘・・・本当は彼の気持ちに途中から気付いてたんでしょ?不安は消えたけど今度は自分に同調する人が死んでしまう事に気付いて守る為に産まなかった・・・違う?」
「・・・どうだろうな・・・もう忘れた」
そうじゃなきゃ10年もの間凍らし続けるなんて出来やしない・・・多分相当苦しんだはずだ・・・何せ自分のお腹の中を凍らせるのだし
「嘘が嫌いな割には嘘つきよね・・・フレシアって」
「ふむ・・・そう思うか?」
「・・・なんで少し嬉しそうなのよ・・・」
「嘘つきが好きになったのでな・・・優しい嘘をつく者に限るが・・・な」
彼女は微笑む・・・再びお腹を擦りながら──────
結局1週間ほどのんびりとした日を過ごした
フレシアが変わっただけで全てのものが噛み合ったように上手く行き始める
城の中の雰囲気は明るくなり人々は笑顔を取り戻した
ロウはとっくに回復していたが不安もあったし少しでも長くこの雰囲気を味わいたかったのかもしれない・・・次の国へと急がずシャリファ王国が変わって行く様を見届けていた
その間私はフレシアと共に行動し、その時にベルゼブブであったエバの話を侍女達に聞く事が出来た
いつの間にか侍女としていたエバ・・・特に詮索する気もなかったが彼女の言動で詮索どころか一切の関わりを持つ事をやめたらしい
もちろんその言動とはフレシアに寄り添おうとするもの・・・呪いの恐怖に怯えていた侍女達は巻き添えを食らうのを避ける為にエバを無視するようになった
それこそエバの・・・ベルゼブブの望んだ展開とは知らずに
結果エバは自らの計画を間近で見る事が出来た
当初は上手くいっているとほくそ笑んでいたのかもしれない。しかし時が経つにつれて焦ったはずだ・・・完全に孤立し孤独になったように見えたフレシアに変化が見られないから
同じ魔族であるサキュバスのダンコですらベルゼブブの能力ややろうとしていることは正確に分からない・・・だから憶測になるが多分ベルゼブブはフレシアの体を乗っ取ろうとしていたのではないだろうかと予想する
あたかも自滅させたり他人に殺害させたりしていたように見えたが実際に戦うとベルゼブブはフレシアに対してどこか殺さないよう手加減していたように見えた
私やアネッサには容赦なかったのにフレシアだけには
それにエバとしてフレシアの傍に居たのだ・・・フレシアを殺そうと思えば簡単に出来たはず
フレシアを生かし続けた理由・・・媒体にし周りの人間を殺害し続けた理由・・・乗っ取ろうとしていたと考えると辻褄が合う
乗っ取るには条件があったのだろう・・・恐らくだがそれは絶望
周りの人達が死に孤独となったフレシアが絶望するのをベルゼブブは今か今かと待っていた・・・ところがフレシアは絶望しなかった・・・お腹の中に希望があったから
ベルゼブブ的には今回の反乱がラストチャンスだったのかもしれない・・・守って来た人達に攻め入られて絶望する・・・その状態でフレシアを乗っ取ってやろうと・・・
まあ憶測に過ぎないが間違いないと思っている
そうなると世間では私とロウがフレシアを救ったと言われているらしいが本当に彼女を守ったのはお腹の子と・・・宰相ハゼンだ
ダカンと共に宮廷魔術師候補だったハゼン・・・彼はダカンの死後宮廷魔術師となり宰相の地位に就く
彼の心労は計り知れないな・・・宰相の地位に就いたばかりでフレシアの母である当時の女王の死去、そして新女王となったフレシアの周辺が謎の死を遂げるという事態・・・更には新女王の傍若無人な振る舞いは理由を知れば納得だが当時は頭を抱えていたはずだ
その中でハゼンは女王フレシアと民の間に起こる軋轢を緩和させていた
フレシアと民との間を上手く調整していたのだろう
だからこそ10年もの間暴動が起きなかった
フレシアの味方になれば病にかかり、民に寄り添えばフレシアの敵となっていただろう・・・けど絶妙な距離を保ち調整し続けていた・・・しかし民は限界に達しラドリックが動き出した事を知ると反目していたラドリックに追従するフリをした・・・もしラドリックを止めようとしたら軍同士の衝突は避けられなかったはずだ
ハゼンにとって苦渋の決断だったに違いない・・・軍同士の衝突かフレシアの死か・・・ハゼンが女王派となってラドリックと対立していたら犠牲者の数はかなりの数になっていたはずだ
彼はずっと味方だったのだろう・・・シャリファ王国という国の
「もう行くのか?」
「ええ。優秀な参謀もいるみたいだし貴女を護る盾もある・・・私達がやれる事はもうないし次の国へ行かないといけないしね」
「・・・今の妾にそなた達の恩に報いる術は無い・・・だがいずれは必ず報いると約束しよう」
「堅苦しい言い方ね・・・『借りはいずれ返す』程度でいいんじゃない?」
「・・・そうだな。借りはいずれ返す・・・必ずな」
決して返して欲しいと思った訳じゃない。貸したとも思ってないし
ただこのまま何もなく別れるより貸し借りという名目でも繋がりが欲しかった
フレシアとの繋がりが
私達は長い休暇を終え旅立つ
城を出る際に城へ訪れる人達とすれ違ったが誰もが皆笑顔だった
見送りはない・・・だが上の方にある部屋の窓を見上げると窓際にフレシアが立って私達を見送っている・・・そんな気がした
城を出た後で当然のように隣接する王都に向かい冒険者ギルドへ
そこでガシャ達と別れの挨拶を交わした
私達を狙っていたギリスとウォーレンに立ち向かった4人・・・かなり重症だったらしいが今ではピンピンしている
『ありがとう』と伝えると照れ臭そうに『また必ず来いよ』とだけ言ってきた。そして『この国を救ってくれてありがとよ』と
実力者はほとんど王都から離れても彼らは決して王都から離れず冒険者として国を守って来た・・・口はアレだが実力もありまだ若い・・・いずれシャリファ王国を代表する冒険者となるだろう
ちなみにウォーレン達だが・・・どうやら王都の冒険者になるようだ
今度こそフレシアに顔を覚えてもらうと息巻いているが心配なのはその素行の悪さ・・・まああの2人が目を光らせている内は大丈夫だろう
アネッサとバウム・・・一方は息子を信じ息子の選んだ人を信じ続け、一方は息子の仇を取ろうとした・・・すれ違った2人は今同じ方向を向いている
『産まれてくる孫の為に』
その為に王都周辺に出る魔物を狩りまくっているらしいがガシャ曰く『そのせいで仕事がねえ』と嘆いていたから程々にして欲しいところだ
こうして私達のシャリファ王国での旅は終わった
ゲートを使えばまたすぐ来れる・・・産まれた頃にはまた来たいものだ
「・・・そう言えばロウ・・・あなたフレシアにこの名前を付けてくれって頼まれてなかった?」
「うん頼まれたよ」
「・・・怖いもの知らずね・・・フレシアも」
「どういう意味?」
「そのまんまよ。それでなんて名前を付けたの?」
「別に付けた訳じゃ・・・参考までにって言われたから付けただけだし・・・」
「教えなさい」
「・・・男なら・・・」
「男なら?」
「ダカン──────」
「ふふっ」
「何がおかしいのですか?」
「ああ、ハゼンか・・・来ていたのなら声をかけよ。・・・ある者の言葉を思い出していた」
「・・・何となく想像がつきます・・・お見送りはしなくて良かったのですか?」
「大層に見送れば気軽に来づらくなろう?ローグ卿の能力『ゲート』を使えばいつでも来れると言っていた・・・なので見送りは必要ない」
「・・・なかなか恐ろしい能力ですね・・・」
「もしかしたらフーリシア王国はそれを知らしめたかったのやも知れんな。いつでも寝首をかけるぞ?と」
「万の軍勢と渡り合いどこにでも現れる事の出来る人物・・・その人物がいれば各国は警戒せざるを得ない・・・交渉なども有利に出来ましょう」
「ただ・・・フーリシア王国は知らないのだろう・・・彼奴がどれほどお人好しなのかを」
「そうかもしれませんね・・・ネーミングセンスはあまり芳しくないようですが」
「そうか?妾は気に入っているぞ?」
「『ダカコ』・・・をですか?」
「・・・そ、それは避けたい。ま、まあ男の子に決まっている・・・多分・・・いや絶対・・・」
「・・・陛下」
「な、なんだ?」
「本当に・・・その・・・」
「みなまで言うな。妾の意思は変わらぬ・・・そなたがやると言うなら別だが?」
「いえ、私は・・・出来れば宰相の座も他に譲りたいくらいでして・・・今では宮廷魔術師となった事も悔いている程です。アネッサ殿とバウム殿が羨ましい・・・」
「ふっ・・・ならば決まりだ。受けてくれるかは定かではないが・・・せめて話をする前に国を平定しなければな」
「・・・このままという訳には参りませんでしょうか?」
「もう決めた事だ」
「そう・・・ですか・・・」
「そう気を落とすな。妾がこの地に住む者をより良い環境に導いてくれると思ったからの決心だ。それにシャリファ王国という名も捨て難いが・・・なかなかであろう?ハーベス王国という名も、な──────」




