401階 魔法の言葉
私の母は騎士だった
父は魔法部隊に所属する魔法士で母は女王直属の騎士団の副団長
母は私を産んで手がかからなくなった頃に復帰し再び女王直属の騎士団に
団員はほとんど変わっておらず団員達に慕われていた母は副団長への復帰を望まれたがそれを拒否した
なぜ母に副団長として復帰しなかったか聞いた事がある
その時母はこう答えた
『戻ったのは地位や名誉に固執した訳じゃないからね。ただ陛下のお傍で同じ景色を見ていたかっただけ・・・陛下の言葉ひとつで人々が笑顔になる・・・そんな魔法を近くで見ていたかっただけなのよ』
女王の言葉にはそんな力があるのか・・・幼い私は母の言葉に感銘を受けその景色を見たいと思った
それから母にせがみ木剣を買ってもらうと毎日のようにそれを振る・・・雨の日も風の日も・・・凍てつく吹雪の日にも・・・
母の見ている景色を見る為に
月日は流れ母は引退し入れ替わるように私が騎士への道を歩み始めた
その頃私は母の言葉を自分なりに解釈し剣を捨て盾を握る
剣よりも盾の方がより女王を護るのに役立つと思ったからだ
剣を持たない騎士・・・当時は他の騎士の嘲笑の的だった
剣の腕を買われて騎士になったのにその剣を捨てたのだ・・・当然と言えば当然かもしれない
しかし私は盾は相性が良かったみたいでめきめきと実力は上がり周りの評価は徐々に変わってくる
父譲りの魔法を駆使し始めると『氷盾騎士』などという過分な二つ名まで付けられた
そして歴代最年少で将軍となりこれから母が見ていた景色が見れると思った・・・が、見ることの出来た景色は母の言うような素晴らしい景色とはかけ離れたものだった
女王の一言一言で苦しむ人々、志同じく騎士の仕事に誇りを持っていた同僚達は辞めていき私を導いてくれた先輩騎士達も去って行く
私はそれでも見たかった・・・母が見た景色を・・・陛下の傍で・・・見たかった──────
「『飛盾乱舞』!」
両手に氷の盾を作り出し放り投げた
二つの盾は弧を描き一つは不思議な力で弾かれもう一つは彼の背中を打ち砕く
膝をつき一瞬私を見るとそのまま倒れた
・・・もう立つな・・・私が・・・終わらせるまで・・・もう立つな!
「・・・盾を投げるなって・・・教わらなかったか?」
「・・・」
やはり・・・立つか・・・だがいくら強がり立ち上がろうとも反撃する力などあるはずもない
終わりなき軍の波状攻撃に耐え、バウム殿の魔法を防ぎ、ケティナ殿の矢を食らいギリス殿と激しい戦闘を繰り広げたその体はもはや限界を迎えているはず
それでもきっと立ち上がって来ると心のどこかで思っていた
何故か立って欲しいと願っていた
彼がフーリシア王国の貴族であると分かった時、ある女性の顔が浮かんだ
気高く美しい女性・・・城で働きたいと言っていたのは陛下を護る為だったのだろう
その彼女を護る為に彼は立ち上がる
その姿もまた気高く・・・そして美しい
・・・いつから私の盾は護るものではなくなってしまったのだろうか
私はどうすれば良かったのだろうか
陛下を信じ民を傷付け続ければ良かったのか?諦めずに民の苦しみを訴え続ければ良かったのか?
もう民は限界を迎えている・・・きっかけさえあれば暴動が起きる寸前・・・その時は陛下を護る為に民に向けて盾を構えるのが正解だったとでも言うのか?
「・・・私は・・・どうすればいい・・・」
「・・・知らねえよ・・・自分で考えろ」
そうだな・・・自分で考え行動した結果が今だ。今更何を迷う・・・彼が自分の正義を貫くなら私も自分の正義を貫き通すのみ
「・・・ただ一つだけ言わせてくれ・・・」
「・・・なんだ?」
「女王は・・・幸せそうだったか?」
陛下が幸せそうだったか?
なぜそのような事を聞く・・・陛下は・・・
民に無理難題を押し付ける陛下
重税を課し食料の値段を釣り上げ持つ者からも持たざる者からも奪い取る・・・その表情は感情を押し殺したように無表情・・・無慈悲で冷酷な・・・冷酷?なぜ無表情なのに冷酷と?
全ての行いが民を悪い方向へと導いていた・・・だから無表情でも冷酷に感じた・・・だが陛下は民から巻き上げ贅沢の限りを尽くしていたか?常にお独りで誰からの忠言も聞かずただ民を苦しめ・・・
暴君・・・それが民の印象だ
だが傍にいる私は本当にそう思っていたか?
・・・正直な感想は『何を考えているか分からない』だ
民を苦しめ一体何をしたいのか・・・周りに味方はおらずただ敵を増やすだけ・・・味方だった人達はもう既に亡くなっていて・・・っ!
陛下が孤独になればなるほど・・・あの病で倒れる人が少なくなった・・・最近はまるで聞かなくなりすっかり忘れていたが・・・流行病であったと言う者もいる・・・だが本当にそうなのか?
もしかして私達は・・・護られていたのか?
本来私達が護るべき方に・・・
陛下の言葉ひとつで人々が笑顔になる・・・そんな魔法の言葉は存在しないと思うようになった
だが・・・もし・・・もし仮に陛下の言葉が私達を・・・病から護る魔法の言葉だったとしたら?
「・・・何呆けてるんだ?」
「・・・なかなか貫けないものだな・・・偽りの正義というのは」
「偽り?・・・おい」
周囲を囲う盾を解くと景色が広がる
背後には万の軍勢、正面には城
なぜ私はこちら側を向いているのか・・・
「む?まだトドメを刺してないのか!・・・使えぬヤツめ・・・もういい!全軍・・・」
「ラドリック様!」
「・・・なんだ」
「これより私は女王の騎士としての務めを果たします」
「なに?女王の・・・騎士だと?血迷ったかシャス!!」
これでいい・・・まだ疑念は晴れぬが一度仕えると決めたからには運命を共にするのが道理。民の不平不満を全て陛下のせいにして何が正義だ
「素晴らしい景色が見たい・・・ただそれだけの為に私は木剣を振った。今は・・・それだけの為に盾を構えよう・・・女王陛下をお護りする為に──────」
火に弱い・・・のか?
アネッサの放った魔法は私の放った魔法と同等・・・いや、それ以下だった
それでも効果があったのは有効性・・・有り体に言えばベルゼブブの弱点が火であるということなのだろう
私の魔法は全て肉体を傷付ける前に弾かれてしまっている・・・そうなると取るべき手は・・・
「フレシア!」
「ええ!」
サラも同じ事を考えていたのか私の思った通りの魔法を使う
私は壁を作りサラは風を起こす
それはベルゼブブにダメージを与える為のものでは無い・・・道を作る為のもの
アネッサの魔法をベルゼブブに届ける為の道を
「『ファイヤストーム』!!」
私の氷の壁がベルゼブブの動きを封じ、サラの風が逃げ道を無くすと同時にアネッサの炎に勢いを与える
空中で行き場を失ったベルゼブブは強力な炎の嵐に包まれ断末魔の悲鳴を上げる
終わった・・・私を含め3人がそう確信し気を緩め顔を見合せた瞬間、断末魔の悲鳴は怒りの産声に変わる
見上げるとそこにベルゼブブの姿はない・・・溶けかけた羽を不快な音を立てながら動かし私に向かって飛んで来ていた
魔法を展開している時間はない・・・サラが私を守ろうとこちらに向かって来ているが間に合わないだろう・・・
私はここで死ぬのか?・・・せめて・・・せめてこの・・・っ!?
真っ直ぐ私に向かっていたベルゼブブは私もサラを嘲笑うかのように突然軌道を変えた
怒りに満ちたハエの化け物は私ではなくサラでもなく・・・アネッサの元へ
「お義母様!!」
咄嗟にアネッサに向かって叫ぶ
するとアネッサは向かい来るベルゼブブではなく私を見て・・・微笑んだ
満足そうに・・・微笑んだんだ
ダメ・・・もう誰も死なないで・・・もう私は・・・耐えられない!
「アネッサさん!!」
サラが踵を返し向かうが到底間に合わない
初めからベルゼブブはアネッサを狙っていたんだ・・・唯一対抗出来るアネッサを!
誰か助けて・・・お願い・・・誰でもいいから助けてよ!!
『大丈夫・・・母さんは死なないよ』
「え?」
突然聞こえた声はひどく懐かしく優しい声だった
すると人影が突然現れアネッサに覆い被さる・・・まさか・・・そんな・・・
「大丈夫か!!・・・って婆さん!?」
「・・・ウォ、ウォーレンかい?なんでお前さんがここに・・・」
・・・誰?
見知らぬ男がアネッサを押し倒しベルゼブブは目標を失い再び宙へ
「フレシア!!」
サラは再び私の名を叫ぶ
そしてベルゼブブに向かって走った
ベルゼブブは飛んでも届かない位置にいる・・・ならば私のすべきことは・・・
サラは飛ぶ・・・何もない空間に向けて
私は・・・
《ギィィィ!!どいつもこいつも邪魔しくさって!!どうしても死にたいのならお前から殺してやるよ!!サラ!!》
かなりの高さまで飛んだサラ・・・だがベルゼブブには届かない
落ちて行くサラは格好の的・・・ベルゼブブは地面に落ちるまで無防備になったサラに狙いを定めた
「サラ!私に任せよ!!」
《なに!?》
ベルゼブブは私の声に反応しこちらに振り向く
私は手のひらをベルゼブブに向けていた
そして私は魔法を警戒し空中で止まるベルゼブブに向けて微笑みこう告げる
「嘘よ」
《何が嘘・・・っ!?》
背後に気配を感じ振り向くベルゼブブ
そこにいたのは地面に向けて落ちていたサラだった
「悪いわね・・・フレシアの言葉・・・正確には『任せた』よ」
そう・・・任せよと言いベルゼブブの注意を引きつつ私は落ち行くサラに向けて足場を作った。サラはその足場を利用し更に高く飛び上がりベルゼブブの背後を取る
「地面を這いつくばりなさい・・・蛆虫・・・零式・風喰い」
《お、おのれぇ!!ギャアアアア!!!》
サラは扇子の先をベルゼブブに押し当て魔法を唱えた
耳を塞ぎたくなるような激しい叫びの後、ベルゼブブは地面へと真っ逆さまに落ちて行く
私は自然とその場に向かい息も絶え絶えに這いつくばるベルゼブブを見下ろした
《よ、よくも・・・よくも私を謀ったな・・・何が『嘘が嫌い』だ・・・この嘘つきめ・・・》
「嘘も内容によると最近知ったのでな・・・人を傷付けぬ嘘も・・・いや、守る為につく嘘もある・・・とな」
《そんなもの・・・ぐっ・・・そもそもなぜ貴様は・・・死ななかった?》
「死ななかった?」
《私が知る限り・・・人間は独りでは生きてはいけぬはず・・・これまでそうだった・・・私の術で周囲を滅ぼすまで依存したり・・・貴様のように気付き孤独となり耐え切れず自決した・・・なのに何故貴様は・・・》
「私は生まれてこの方・・・少なくともここ十数年は孤独になった事など一度もない」
《嘘をつけ・・・その証拠にサラが魔力に侵されるまでの・・・数年は孤独であった・・・はずだ・・・》
「ない。私はそこまで強くはない・・・まあ魔族のそなたに話しても信じぬだろうな。人間の起こす奇跡など」
《奇跡?・・・ま、まさか・・・いやそんなはずは・・・》
ベルゼブブは私の視線で気付く
私が孤独ではなかった理由を・・・人間の奇跡の力を
「しかと見よ・・・人間が起こす奇跡をな」
部屋が静まり返ると外の喧騒が聞こえて来る
まだ終わりではない・・・全てに決着をつけるべく私は踵を返した
《バカが!!せめて貴様だけでも道連れにぃ!!》
「ああ、すまぬ・・・しかと見よと言ったのは・・・嘘だ」
貴様に見せる未来はない・・・隙を見せたら予想通り動き出したので準備していた魔法を放つ
《・・・この・・・》
地面から出現した氷柱に串刺しにされたベルゼブブが忌々しげに私を睨み付けた
そして
最期にこう呟いた
《この・・・大嘘つきが──────》
シャスが迷いを捨て自らの信念によって行動するがラドリックにとってはその行動は裏切り以外の何物でもなかった
怒りはこれまでの比ではなくまともに軍を指揮していなかった者はここに来てその力を発揮した
大将軍・・・全ての軍を総べる者・・・その力がたった一人城に背を向け立つ男に注がれる
「厳しそうだな・・・手伝おうか?」
「休んでいて・・・下さい・・・もし抜かれたら・・・その時は・・・っ!」
シャスは振り返りこれまで彼の代わりにこの場を守っていた男、ロウニールに答えた時、彼はある人物を見かけた
城の扉が開き出て来る人物・・・女王フレシア・セレン・シャリファの姿を
そして・・・女王は高々に宣言する
「戦いをやめよ!!・・・妾の・・・負けだ!」
その言葉はこの反乱を終結に導くと共に最も気高く優しい敗北宣言であった──────




