389階 卵
テリーを先頭に警戒しながら森を進む
逃げたリザードマンがどう出るか・・・あれだけ圧倒されたんだ普通なら逃げると思うけど・・・
実は主力を温存しているとかさっき襲って来た数の十倍いるとかじゃない限り拠点を捨ててでも逃げるのが得策だろう・・・ダンジョンにいる魔物と違い外に出た魔物は考えて行動するようだから闇雲に襲って来る事はなさそうだ
「・・・居たぞ・・・」
テリーが足を止め腰を落とすと僕達にも腰を落とすよう合図する
逃げなかったか・・・となるとそこまで賢くない?サラには敵わないって分からない程の知能なのか?それとも・・・
「・・・あれが全てならまだ大した事はなさそうだ。かと言って俺達じゃどうしようもないけどな」
少し開けた場所にリザードマン達が集まっていた。その数は60体くらいか・・・大した事ないって数でもないと思うけど・・・
「どうせ今のギルドにいる冒険者じゃ太刀打ち出来ない。軍を派遣しての掃討作戦になるだろうな。これで俺達は御役御免・・・アドランさん達の敵が討てねえのは癪だがこればっかりは仕方ねえ」
あー、なるほど・・・確かに軍を派遣するならこの数は大した事ないって数だな。種族と数が分かっていればそれに対応出来る数を投入すればいいだけ
「気付かれる前に戻るぞ・・・依頼は達成だ」
サラが行けば簡単に殲滅する事が出来るとガシャも分かっているだろうに・・・まっ、僕達は彼の言葉に従うだけ・・・ん?
立ち上がろうとしたその時、サラが僕の服の裾を掴み引っ張る。見るとサラはまだリザードマンの群れを見つめていた・・・それも険しい顔で
「サラ?」
「ご主人様・・・アレは私の見間違えでしょうか?」
?見間違え?何を言って・・・っ!
ありえない・・・サラの言う通り見間違えであるべきものがそこにある・・・よく見るとリザードマン達の中心に背の低いリザードマンが見え隠れしていた・・・つまり確定って訳か・・・嘘だろ・・・
「ガシャさん」
「・・・なんだ?」
街に戻ろうとするガシャに声をかけると彼は立ち止まり振り返った
「ギルドへの報告は少し変更した方がよろしいかと・・・推定60体・・・が、時間が経てば増える可能性あり、と」
「あ?どういう意味だ?」
「リザードマンが拠点を捨てず逃げなかった理由が奴らの中心にある・・・実際に見ても未だに信じられませんが・・・間違いなくアレです」
「は?何だよアレって・・・もったいぶらずにさっさと言えよ」
「リザードマンがあの場所に残っているのは卵を守っているからです。アレらが孵化すればリザードマンは更に増える・・・成長速度などは不明ですがあまり悠長な事は言ってられないと思います」
「・・・は?卵?魔物が?・・・何言って・・・」
・・・僕も実際に見ても信じられなかった。てか、魔物を実際に創ってた僕が信じられないのだから信じられないのも無理はない。魔物を増やす手段は新たに魔物を創造するだけだ・・・この件については後でダンコに問い質すとして今は目の前の現実に目を向けよう
「奴らの中心に卵があるのを見つけました。他の動物の卵の可能性もありましたがリザードマンの卵で間違いないようです」
「なんでだよ」
「奴らの中心に卵と・・・リザードマンの子供らしき存在が確認出来ました。魔物の姿形はほぼ一緒です・・・なので通常の半分以下の大きさしかないのでリザードマンの子とみて間違いないでしょう。子供がいるって事は卵はリザードマンのものである可能性が高い・・・加えてリザードマンがあの場所から逃げない理由を考えると・・・ほぼ間違いないでしょう」
魔物に個体差は無い。まあダンジョンコアが個体差をつけようと思えばつけれると思うけど大量生産するのにいちいち個体差をつける奴も少ないだろう
にしてもリザードマンが卵を産むなんて・・・ダンジョンの外に出て進化した?けどそれにしては進化が早すぎる・・・実は気付かない内にダンジョンでも産み落としていたりして・・・それはないか
「・・・どこだ?」
ガシャが戻りリザードマンの拠点を覗き見る・・・しばらく覗いた後で歯軋りをすると振り返り王都に向けて歩き出す
「何してんださっさと行くぞ!これ以上増えたらまずい事になるのは目に見えてる・・・その前に叩き潰すしかねえ」
だな
今なら軍を投入すれば簡単に片がつくだろう・・・けどこのまま増え続ければどうなるか分からない
てかよりにもよってなんでリザードマンなんだよ・・・サラに敵わないと知りながら子供や卵を守る為にその場に残る・・・か・・・何だかモヤモヤするな・・・また苦手意識が強くなった・・・そんな気がする──────
王都に戻ったガシャ達はすぐに冒険者ギルドへと向かった
僕達は街の入口で別れて食事をし宿へと戻る・・・その間ずっとダンコと会話していたから何を食べたかすら覚えてなかった
「ご主人様」
「・・・あ、悪い・・・ずっとダンコと会話していたから・・・」
「そうでしたか・・・リザードマンの事で?」
「ああ・・・本来魔物は子供を産まない・・・アットホームなダンジョンなんて見た事ないだろ?」
「ない・・・ですね」
「なのにリザードマンは卵を産んでいたっぽいし子供もいた・・・その理由はほぼ分かったけど・・・ハア」
「?・・・どうされたのですか?」
「・・・リザードマンは僕が唯一苦手としている魔物だ・・・苦手というかなんと言えばいいのか・・・うーん・・・」
「全て話して下さい・・・いえ・・・全て話して・・・ロウ」
「そうだね・・・溜め込んでても仕方ない・・・まず苦手な理由を話すよ・・・」
僕はサラにあの時の事を話した・・・初めてと言ってもいいかもしれない・・・僕を友と呼んでくれる人・・・ラックが命を落とした時の事を──────
「・・・そう言えば何となくだけど覚えているわ・・・確か兄妹が・・・」
「ああ・・・ダンジョンは常に平等・・・生きるも死ぬも自己責任だ。あの時のラックはとてもリザードマンを相手にするほどの実力はなかった・・・だから殺されただけ・・・けど・・・」
僕の創った魔物に僕の友が殺される・・・その事実に押し潰されそうになった。しかもラックは私利私欲でリザードマンを討伐して金を得ようとしていた訳ではない・・・妹を・・・ネルちゃんを助けたいが一心で・・・
それからリザードマンは苦手だ・・・自分で創っておいて嫌いになる事も出来ず『苦手』という感情を持つ事でバランスを保っていた
「・・・とまあそんな感じで苦手意識があってね。そんなリザードマンのあの姿を見たら更にグチャグチャになって・・・。森に潜み僕達を取り囲み、サラの一撃ですぐに撤退した・・・追いかけてくる事を想定して逃げる事も出来たのに逃げずにあの場に留まる・・・人を罠に嵌める知能があるのに逃げなかった理由を考えるとどうもね・・・人間ならそんな理由なんて考える必要も無いはずなのに・・・」
あの場面を見て普通の人間なら驚き恐怖を感じるだろう・・・魔物であるリザードマンが繁殖しているのだ・・・脅威以外の何物でもないはず。けど僕はあの場面を見て驚き・・・心を揺さぶられた
リザードマンを・・・敵として見れなかったんだ
「あの場でサラに頼んでリザードマンを討伐する事も出来た・・・そうすれば女王への謁見は叶っただろう・・・ガシャ達の手柄の事もあったけど・・・単純にリザードマンを討伐する気になれなかったのも事実だ・・・人間にとって脅威にしかならない魔物なのに・・・ね・・・っ!?」
目の前が突然真っ暗になり顔が柔らかいものに包まれる
顔を上げると隙間からサラの顔が・・・という事は僕の顔を包み込んでいるのは・・・
「ご主人様の大好きなものですよ?」
「あのねぇ・・・だから大きさは関係なく・・・じゃなくて今は・・・」
「ご主人様のお好きなようにすればよろしいのでは?」
「胸を?」
「違います!・・・魔物に感情移入し見過ごす・・・それをご主人様が望むなら私はそれを支持します。人間ならどうとか関係なくご主人様がどうしたいのかで行動するべきです」
「・・・なぜメイドモードに?」
「・・・何となく・・・メイドの方が説得力あるような気がしまして・・・」
サラは照れて顔を真っ赤にする。言われてみれば普段のサラに言われるよりメイドなサラに言われた方が何となくしっくりくるな
共に歩むのはサラで僕に従うのはメイドサラって感じか
「それで・・・どうされるのですか?」
「え?どうって・・・」
「リザードマンをお助けになられるのでは?」
「いやいや・・・自分で手を下すのが気が引けるだけで助けたいとまでは思わないよ・・・自然に任すというか・・・とにかく何もしないだけ・・・うん。今僕達が考えないといけないのはリザードマン云々じゃなくてどうやって女王に近付くかだ」
「そうですね・・・あ、そう言えば結局お聞きしていませんでしたが卵を産むようになった理由って何なのでしょうか?」
「あー、簡単に言えば進化だ。環境に適応する為に生物は進化する・・・ダンジョン内のリザードマンとダンジョンの外のリザードマンって同じに見えるけど種族的に違うものという認識らしい。ダンジョン内のリザードマンは冒険者に倒されてもダンジョンコアにまた創ってもらえるだろ?けどダンジョンの外に出たリザードマンはそうはいかない・・・倒されればそこで終わりだ。となると問題になってくるのが種の保存・・・」
「種の保存・・・ですか?」
「うん。人間もそうだし他の動物もそうだろ?永遠に生きられる訳じゃない。寿命があれば病気や怪我で死んでしまうこともある。だからこそ種族を残す為に子供を産む・・・それが種の保存だ。外に出たリザードマンは創られる事はないので自力で種の保存をする為に進化したってわけ」
「・・・そんなに簡単に進化するものなのですか?」
「普通は何百年とかかるらしいよ?でも手を加えた者がいる・・・ダンコはおそらくダンジョンコアが手を加えたのだろうと言っていた・・・外に出た魔物が自ら繁殖するようにね」
「そんな事まで・・・ダンジョンコアってまるで神様のような力を持つのですね」
「ダンジョン内だけならね・・・っとお客さんだ」
「え?」
サラの胸に埋もれていると宿屋の階段を駆け上がりこの部屋に向かって来る気配を感じた
そして部屋のドアはノックされることなく荒々しく開け放たれ一人の男が姿を現す
「ここか!?・・・・・・・・・」
「・・・ガシャさんノックくらいしたらどうですか?」
ガシャはドアを開けた格好のまま固まっていた・・・まあドアを開けたらベッドに腰掛ける貴族の顔を胸で挟むメイドの姿なんてものを見たらそりゃあ固まるわな
あわあわ言って固まるサラも可愛らしい
「こんの非常事態にノックごときでウダウダ言ってんじゃねえ変態貴族!」
「私は挟まれているだけなのでこの場合は『変態メイド』では?」
そんな事を言ったらサラに超睨まれた・・・いやだって事実だし・・・
「うるせえうるせえ!・・・それよりもメイド・・・サラだったな・・・手伝って欲しいことがある」
「・・・私にですか?」
「ああ・・・リザードマンの根城まで・・・案内してくれ──────」




