388階 森の中へ
森の中は視界が悪く木の上からでも全てが見えるとは言い難い・・・遠くを見るならいいが近くの・・・たとえば木の影に隠れた奴らなんて見えるはずもない
自分達が先に見つけられると勘違いしていたのか遠くばかりを見て無警戒に進む僕達をリザードマンはいち早く気付き僕達にバレないように・・・そして逃げないように取り囲んでいた
「クソッタレ・・・いつの間に・・・」
いつ間に、じゃないよ・・・彼らは準備をしお前達は準備を怠っただけ・・・多分根底には『所詮魔物だから』って思いがあったのだろう
格下の人間がやられたって言う話なら分からなくもないが同じBランクでしかもやられた連中の方が経験豊富なのになぜもっと警戒しなかったのか・・・そこら辺が経験不足ってところか
「ガシャ!」
「分かってんよ!・・・テリー!囲みの一番薄い所はどこだ?」
「リザードマンを発見した方角・・・そこが一番薄い」
「まさか・・・な」
「その考え改めた方がいいわよ?現に私達は囲まれた・・・これが誘い込まれたのだとしたら・・・」
「薄い所は罠って訳か・・・トカゲのクセに・・・」
テリーの索敵範囲はそんなに広くないらしい。だから囲まれているリザードマンは把握出来るけどその奥に潜む彼らは認識する事は出来ていなかった
フランが指摘しガシャが気付いたように薄い所は罠だ
囲いを突破した先には更に多くのリザードマンが待機している
もし考えなしに薄い所を突破していたら待機しているリザードマンに行く手を阻まれ背後にいるリザードマンと挟み撃ちされてしまっていただろう
「こうなりゃ強引に来た道を戻るしかねえか・・・」
「けどかなり多いぞ?少しでも手間取ると左右の奴らも迫って来るだろうし・・・」
「背後は一番厚いの?」
「ぶっちゃけ左右もそんな変わらない・・・だから薄い前が余計に目立つ」
「はっ、罠確定じゃねえか・・・相手が獲物って考え方は危険だな・・・人と同等・・・もしくはそれ以上と考えるべきか」
「・・・ならやられるの確定じゃない・・・人と同等ですら知恵比べで負けそうなのに」
「うるせぇ!・・・うっし!来た道戻るぞ!問題は・・・」
「・・・私達は足でまといになるつもりはない。気にせず置いて行くといい」
問題は役立たずの貴族とメイドだ
一瞬でも遅れれば命取りの状況下でガシャ達に僕達を守る余裕はない
「へぇ・・・こんな時に貴族なら『私を守れお前らは死ね』って言うもんだと思ってたがな・・・」
「じゃあ言い直そう・・・貴様ら平民と心中するつもりはない。とっとと消え失せろ」
「それいいな・・・置いて行きやすくなったわ」
「そうだろ?だからさっさと行け」
「・・・貴族さんよぉ・・・走れるか?」
「なに?」
「行くぞ!お前ら!俺が突破口を開く!殿はハンド!仕掛けて来ても気にせず突っ走れ!」
「お、おい・・・」
「貴族様は私がエスコートしますね」
「なら僕はサラちゃんを・・・なんで!?」
ガシャが叫ぶとフランが僕の腕を掴み走り出す
遅れてテリーがサラの手を握ろうとするがサラはそれを避けて僕の後を追って走り出した
「いいか?止まるな!死んでも止まるなよ!!」
死んだらさすがに止まるわ
ガシャは剣を抜き木を縫うよう避け走りながら叫ぶ
するとリザードマン達がようやく姿を現し近付くガシャに向けて槍を突いた
「くっ・・・ならっ!」
躱しながら剣を振るが如何せん間合いが違い過ぎる・・・剣は空を切り体勢を崩すとそのガシャに向けて他のリザードマンが槍を突いてきた
「なろっ!」
身体を捻り回転させるとその突きも見事に躱す。だが次から次へと姿を現すリザードマン・・・奴らは行く手を阻むように横並びになると槍を構え突きを放ち始めた
「む・・・」
む?
「無理無理!こりゃ無理だ!戻れ戻れ!」
さっきまでの威勢は何処へやら・・・最後の突きを転がりながら避けると追い付きそうになっていた僕達の方に走って逃げて来た
「ちょ・・・ハンド?」
「まだ後ろからは来ていない・・・一旦下がるぞ」
殿にいたハンドが盾を構えながら辺りを見回しまだリザードマンが迫って来ていない事を確認すると僕達は急いで元いた地点に戻った
結局何も変わらず・・・走って体力を使ったくらいか
「ハアハアハア・・・リザードマンってあんなに・・・強かったっけ?」
「そこそこ強いわよ!てか何が『死んでも止まるな』よ・・・止まらなかったら死んでたじゃない!」
「うっせえ!何とかなると思ってた・・・」
ガシャの目の前を何かが通り過ぎる
振り向き通り過ぎた物を見るとリザードマンが持っていた槍だった
「・・・投げたぞおい」
「投げたわね・・・ははっ・・・そんなに賢くないのかな?武器を投げたら手ぶらになっちゃうじゃない・・・」
「・・・そうだな・・・俺達がリザードマンの槍を全て躱すことが出来たら・・・な」
ジリジリと近寄って来るリザードマンの数は40・・・いや、50を超えるか?その数のリザードマンが槍を投げたら・・・ちょっと躱すのは難しいだろうな
「ど、どうするよ?そ、そうだ!ハンド!盾で全部防げるか?」
「全方位から同時に投げられたら無理だ。フラン、魔法で防御壁を作れるか?」
「作れない事もないけど・・・あの槍の勢いだと貫通されてしまうと思う・・・」
結構な威力っぽかったし普通の魔法の壁程度じゃ簡単に貫通されそうだな。魔力を込めた壁か何重にも壁を作れば何とかって感じだけど・・・さすがに一瞬で何重の壁を作るのは難しいだろうし魔力を込めることも出来なさそうだ
「・・・バラけるか?少なくても誰かは生き残れっだろ?」
「その誰かになれる自信はないわね・・・テリーなら木の上を移動すれば・・・」
「猿じゃあるまいし無理だって・・・それより囮で誰かに集中させれば・・・」
「タンカーとして囮になれと言われればやるが・・・この数を1人で引き付けるにも限度があるぞ?」
そんな話し合いをしている間にリザードマンは僕達を囲み槍を肩で担ぎ始める
もはややる事は分かっている・・・近付いてリスクを冒すより投擲で安全に確実に僕達を殺す気だ
「クソッ!屈め!」
ガシャは散らばって逃げるのも誰かを囮にするのも諦め屈んで当たる面積を小さくして何とか槍の雨を防ぐ方法を取った・・・けど確かに当たる面積は小さくなったがリザードマンとしてはその分距離を縮めればいいだけだ・・・良策とは言えないな
盾を持つハンドは何とか生き延びるかもしれないけど剣を構えるガシャ、短剣を2本取り出すテリー、震える手で杖を持つフランはとても・・・
ただ驚いたのは4人は僕とサラを囲むように陣取っていることだ
最後まで見捨てようとしない・・・マグスが大事に育てたいと思う気持ちも分かるな・・・若いだけじゃなく心も立派だ・・・口は悪いけど
「来るぞ!1回耐えれば向こうは素手だ!何としても耐えろ!」
経験不足からかその判断は致命的なミスだ・・・まあと言っても僕でも同じ事をしていたかも・・・この状況を切り抜ける事が出来る実力がなければね
「サラ」
「はい」
名前を呼んだだけで僕の意を汲んでくれたようでサラは1人立ち上がる
「・・・おい!屈め!」
「・・・」
「チッ!何をさせるつもりだ!?・・・まさか女を盾にする気かクソ貴族!!」
「盾?サラは盾じゃない・・・私の『剣』だ」
「あ?・・・っ!」
リザードマンの一部の槍先が少し上を向いた
そして立ち上がったサラと屈んでいる僕達を串刺しにする為にほとんどのリザードマンが僕達に向けて槍を放つ
ガシャとテリーがその瞬間にサラの手を引いて屈ませようとするがサラはピクリとも動かず無数の槍を睨みつけた
風が鳴る
いつの間にかサラの手には風牙龍扇が三つ開いた状態で握られていた
三式・千牙
無数の風の牙が荒れ狂いリザードマンが投げた槍をことごとく撃ち落とす
僕達の元へはただの一本も届かない
「・・・え?」
呆けるガシャ達が1人立っているサラを見上げていると彼女は突然飛び上がりリザードマン達の前に躍り出る
「安全に確実にトドメを刺す為に投げたのでしょうけど誤算でしたね。得物を手放し無手となったトカゲ如きがどれほどのものか・・・試してみましょう」
そう言うと彼女は風牙龍扇を一つだけ開き軽く横に振る
すると巨大な風の刃が木々を薙ぎ倒しながらリザードマンを真っ二つに切り裂いていた
今の一振で一気に五体のリザードマンがその生命活動を停止された。数にしてみれば10分の1かもしれない・・・けどそれ以上の恐怖を叩き込めたはずだ
明らかに動揺するリザードマン達・・・少しずつ後退りながら距離をとると一体また一体とその場を離れていく
気付けばほとんどのリザードマンがこの場を去り、最後に残ったリザードマンが僕達・・・特にサラを忌々しげな表情で睨みつけた後で立ち去って行った
「・・・助かった・・・のか?」
「最近のメイドの人って強さも必要なの?」
「・・・ふ、ふつくしい・・・」
「『う』だテリー」
絶体絶命の状況から抜け出しほっと一息ついたガシャ達はリザードマンの気配が消えた事を確認し終え風牙龍扇をしまい戻って来るサラを見て呟く
「さて、どうしますか?このまま撤退するかリザードマンの規模を見に行くか・・・それとも殲滅するか」
僕が立ち上がりマントに付いたホコリを叩きながら言うとガシャが振り返り僕を睨んだ
「・・・決まってんだろ?今回はあくまで調査だ・・・逃げたリザードマンのあとを追えば根城に辿り着くはず・・・今度こそ見つからずに奴らの規模を把握する・・・テリー!奴らが逃げた方向は分かるか?」
「あ、ああ・・・このままこの道を真っ直ぐ行った所だ・・・けど僕の範囲の外に出てしまってその先は・・・」
「その方向で間違いありません。しばらく進むと待機していたであろうリザードマンと合流してそこに留まっています・・・おそらくそこがリザードマンの拠点かと」
「余計なことすんな!・・・警戒しながら先に進むぞ」
サラは既に逃げた先まで把握しているようでそれをガシャに告げると彼は忌々しそうにサラに怒鳴りやがった・・・にゃろう・・・
「・・・助かった・・・あとは俺達がやる」
サラの横を通り過ぎた時に聞こえるか聞こえないかくらいの声でボソッと感謝の言葉を述べるとそのまま突き進むガシャ・・・なんだ素直じゃないだけか
「・・・ご主人様」
「何もしなくていい。彼らに従おう」
最終的に女王と謁見する為に僕達でリザードマンを討伐しようと考えていたけどやめた・・・ハア・・・別の手段を考えないとな・・・
貴族とはいえ一国の王にそうホイホイ会えるもんじゃない・・・しかも国も違うし・・・
どこかに落ちてないかな・・・女王と会える方法・・・
そんな事を考えながら僕達は更に森の奥へと突き進むのであった──────




