369階 魔人ギリス
ギリスの魔人化・・・予期せぬ事態は想定していた最悪の事態の更に上を行っていた
そもそもワグナの登場自体が想定外だし・・・
それにしてもギリス・・・正味2回ほど相対する機会はあったけどどれも実力を推し量る事が出来るレベルの戦いではなかった
魔人となったワットとの戦いも見るには見たがあれも本来の実力ではないだろう・・・恐らく彼は手加減していた・・・いや、躊躇していたと言うべきか・・・今のワグナのように
「どうしたんだい?さっきの魔人の上半身を吹き飛ばしたみたいに思いっきりやりなよ悪王」
「黙れ小童!」
シークスの言うようにワグナにさっき程のキレはない
逆にギリスはワットと違いすぐに魔人の力に馴染んでいるように見えた。やはり元々魔人の血が流れているから?まああの話が本当か嘘か分からないが・・・
「サラ!」
「くっ!」
シークスの声で我に返り見ると頭上には真っ黒で巨大な拳が今まさに振り下ろされようとしていた
何とか飛び退き躱すが離れていても油断は出来ない
ギリスは一歩も動かず魔力で作り出した拳で攻撃してくるだけ
状況は3対1・・・こちらが有利なはずなのに近付くことすら出来ないでいる
私とシークスは万全とは言い難いが戦えている・・・問題はワグナ・・・今の彼はワットに対するギリスと同じ・・・躊躇し実力の半分も出せていない
せめてワグナが本気を出せれば苦戦はするだろうけどこれ程一方的にはならないはず
「グオオオオオ!!」
まるで猛獣のような雄叫びをあげると魔人ギリスは魔力を周囲に放つ
魔力の波動・・・それは毒を含んだ風のよう・・・浴びると体が重くなり倒れそうなくらいの目眩がする
そして繰り出される魔力の拳・・・躱すのが精一杯で近付くどころか離される一方だ
あまりにも遠い・・・すぐ手の届く距離なのに
「ちょ・・・見つからないから一旦戻って来たら・・・どうなってんのこれ!?その鬼・・・ギリスだよね?」
リュウダ!しめた・・・彼がいればこの状況を打破出来るかも・・・ロウを刺した彼を宛にするのは癪だが今はそんな事を言ってられないし・・・
「なんだ・・・ママの元に帰ったんじゃなかったのかい?クソガキ」
「・・・まだ居たの?細目・・・国に帰れよ邪魔だから」
シークス・・・その全方位に喧嘩売るのヤメテ・・・
なぜセシーヌ様はあんな男を薦めたの?ぶっちゃけ今のところロウの代わりには程遠く足手まといのような・・・
「サラ・セームン!君もサボってないで動きなよ!ボクがSランクになる為に!」
ああ・・・ワグナとリュウダの視線が痛い・・・
「と、とりあえずアレを倒さないと街の被害は広がる一方よ!こんな事言いたくないけど・・・リュウダ!手伝って!」
「はあ?誰お前・・・ってサラ?・・・化粧?」
「変装してたのよ!化粧でこんな若々しくなる訳ないでしょ!」
「・・・いや、見た目は変わったけど歳はそんなに・・・」
こんのガキ・・・全然全く違うのに!変装していたのは40代から50代・・・今はピチピチの20代!
何なのよあのクソガキは・・・ロウの件もあるし終わったら本気で・・・え?
「・・・もうよい!・・・俺が何とかする!」
大声を張り上げワグナがギリスに向かって歩き出す
すると魔人ギリスは近付くワグナを標的とし魔力の拳を放った
「殿!!」
躱そうにも近付き過ぎてる!ある程度離れていないとあの魔力の拳を躱すのは難しい・・・それだけ攻撃の速度は・・・速い
それが魔人に近付けないひとつの理由になっていた・・・なのにワグナは無警戒に近付き・・・そして躱そうともせず・・・食らった
あれだけの魔力の塊・・・食らえば無事では済まな・・・
「・・・どうしたギリス?この程度か?お前の得た力とは・・・」
一瞬片膝を地面に着きそうになるも耐え、ワグナは再び歩き出す
「ちょっ・・・」
「手を出すな!俺がやるって言ってんだろ?」
無茶だ・・・ワグナはあの魔力の拳を躱さず受けながら進む気!?
普通なら一撃でも食らえば命を落としかねい攻撃をいったい何度受けるつもりなのよ!
また・・・
「どうした?本当に本気か?蝿が止まったかと思ったぜ?」
また・・・
「・・・まあ今の一撃はなかなか良かった・・・けどそれだけだ・・・まだ温い!」
また・・・
「おい・・・おい・・・もう少しで届いちまうぜ?ギリスよ・・・」
また・・・
「・・・ハッ・・・痛えな・・・バカヤロウ・・・」
また・・・
「・・・」
そして・・・
「届い・・・たぜ・・・ギリス・・・」
間合いを詰めていきとうとうワグナの拳がギリスに届いた
力なき拳がトンと当たるとワグナは自分より大きくなった息子を見上げ笑みを浮かべる・・・その瞬間
「グハッ!」
「殿!!!」
ギリスの鋭く長い爪がワグナを貫いた
それでも動こうとするリュウダを手で制しワグナは再び微笑み両手を広げた
「・・・大丈夫だ・・・ギリス・・・」
抱擁でも求めてると言うの?・・・何が大丈夫よ・・・それはもうあなたの息子じゃない・・・もっと早くに手を広げ迎えていれば・・・
「・・・」
「あ、おい!勝手に動くな!殿の命令だぞ!」
「知らないわよ・・・私の主はロウニールだけ・・・シークス!」
「はいはい・・・良く見れば今がチャンスだね・・・ナイスタンカー・・・悪王」
私とシークスは一気に間合いを詰める
ギリスもワグナに集中していて魔力の拳を出すのが遅れている・・・このチャンスを逃さない・・・魔人とはいえ親殺しなんて・・・させない!
「あーもう!殿は命令無視にうるさいんだぞ?後でどうなっても知らないからな!」
遅れながらもリュウダも参戦
リュウダはシークスと渡り合っていたしこれなら何とかなる!
ギリスは爪を引き抜くとワグナを放り投げ私達に意識を向けた
そしてまた魔力の波動・・・くっ・・・体が沈む!
「っ!シークス!?」
私とリュウダが足を止める中、シークスだけが動き続けギリスの元へ
見るとシークスの体はギリスのように黒ずんでいた
黒蝕招来・・・いつの間にかシークスは体内にある魔力を暴走させていた
「今のボクにとっては心地いい風だ・・・よ!」
懐に入り込み初めてギリスにダメージを与える
ちょうど腰の辺りにシークスの拳はめり込み体を捩らせると隙が生まれた
「ナイス細目!これなら・・・『龍槍・龍葬送』!!」
リュウダは持っていた槍を投げると吸い込まれるようにギリスの頭部に・・・が、寸前で腕を上げ槍を受けると腕は貫通したが顔に当たる手前で槍は止まる
「なっ・・・あれを止めるかよ!」
確かに物凄い威力だった。まともに受ければギリスとて無事では済まなかっただろう
ギリスは腕に刺さった槍を引き抜くと放り投げ腕に空いた穴を眺める。するとその穴は徐々に狭まりしばらくすると完全に塞がってしまった
再生能力・・・ただでさえ頑丈な体を持つのに再生能力まで有しているとなるとますます厳しくなるぞ・・・力の元となる魔力は潤沢・・・少しずつダメージを与えても回復してしまうとなると残る手段はただ一つ・・・畳み掛けて一気に倒してしまうしかない
「アーハッハッ!だいぶお困りのようね」
「・・・ラナー・・・」
こんな時に!
影からずっと眺めていたのだろうか・・・ラナーは笑いながらスタスタと歩いてギリスの元まで行くと誇らしげにギリスを触り私達を見た
「無駄な足掻きはやめたらどう?それにしても偶然って怖いわね・・・まさか鬼の血が混じった人間が鬼化するとここまで強くなるなんて・・・これを量産出来ればいずれ私が・・・」
そうか・・・ギリスが他の魔人より強いのは元々強かったからだけじゃない・・・ワグナの話していたハクリの子孫だから・・・魔人の血を継いだ者が魔人になる・・・すると今のギリスのような魔人が生まれるって訳か
「無駄な足掻きかどうか・・・試してみようか」
ラナーの挑発に火がついたのか1人ギリスに挑むシークス
その様子を大して気にしていない様子で眺めるラナーに私は尋ねた
「・・・何を企んでいるの?」
「そんなの決まっているでしょ?魔王亡き今我らが求めているのは新たな王・・・その座につくものは魔族を従えるに相応しい力が要る・・・私は魔人軍団を作りその座につく!」
私は・・・ね。まだ大丈夫みたいだけど貴女がここに居るのはちょっとまずいのよね・・・それにしても新たな魔王か・・・ゾッとしないわね
「はあ?頭おかしいんじゃないの?魔王亡き今って復活もしてないじゃん・・・もしかして過去の魔王が討伐されてからずっと寝てたとか?」
・・・そう言えば魔王討伐って箝口令が敷かれてたんだっけ・・・
「・・・何も知らないなら口を噤んでいなさい坊や・・・」
やめてくれ・・・リュウダを刺激しないでくれ・・・
「リュウダ!その魔族は放っておいて今は魔人に集中しましょう!魔人を放置すれば街に甚大な被害が出るわ!」
「僕に命令するな!・・・でもまあ確かに・・・今倒しておかないとまずそうだね」
良かった・・・もしリュウダがラナーを狙ったら面倒な事に・・・
「・・・リュウダ!!その魔族を殺れ!!」
ほっとしたのも束の間、いつの間にか起き上がっていたワグナがリュウダに指示を飛ばす
命令無視はどうとか言ってたリュウダのこと・・・当然槍の矛先は・・・
「・・・だってよお婆さん!安らかに眠りな!」
ラナーに向く!
「あらー困ったわね・・・このままじゃ殺されちゃうー」
何をぬけぬけと・・・ギリスは・・・シークスと遊んでて気付いていない・・・このままじゃ・・・
リュウダが槍を構えラナーに向かって行く
この距離ではとても間に合わない・・・風牙龍扇でリュウダを?・・・でも必要以上にラナーを庇えば今度は私の方に牙を剥くかも・・・それでも・・・
あれこれ悩んでいる間にリュウダは槍を引きラナーに向けて放とうとしていた。もう私に止める術はない・・・諦めかけていたその時、人影が割って入りラナーに飛び込んだ
「・・・邪魔だよ・・・異国人」
「や、やめろよ・・・この女は・・・」
「ヤット!!」
飛び込んで来たのはヤット・・・ラナーに飛びつき槍の間合いから逃れると口を滑らせそうになったので私は叫び慌てて止めた
名前を呼ばれて気付いたヤットはすぐに口を閉ざすがリュウダはそのヤットに近付き槍の穂先を顔に向けて尋ねる
「この女は?」
「あっ・・・えっと・・・この女は俺んだ!俺の女だ!」
ヤット・・・その言い訳はちょっと──────




