367階 ただ力を求めて
シークスは・・・何とか大丈夫そうね。てかなんで戦ってるのよ・・・止まるだけでいいって言ったのに
始めセシーヌ様からシークスの名前が挙がった時は耳を疑ったけど確かに適任だったかも・・・
AランクのシークスにとってはSランクに上がれる条件である魔族がいるってだけで拒む理由はなかった。最初は私達の依頼って事で少し渋っていたけど何故かラズン王国と聞いてヤットが行きたがると何とも呆気なくこの地に来る事を了承してくれた
こちらとしてもロウに無理させたくなかったし大助かりだ・・・何より強いしね
今の私とシークスが本気でやり合ったらどうなるんだろう・・・少しだけ興味があるな
「グハッ!」
シークス達の様子を見ていると魔人に吹き飛ばされたギリスが転がって来たので足で止める。少なくともコイツとの戦いには興味が湧かないな・・・強さよりも気持ち悪さが際立っているし
「おぉ・・・もう少しで見えブッ」
「早く倒してくれない?こっちはやる事沢山あって時間がないんだけど」
下から覗き込もうとしていたので顔面を踏みつける。すると足首を顔から離すと気持ち悪い顔を近付け不気味に笑った
「そうだな・・・やる事が沢山残ってるな」
そう言い残して振り返りまた魔人へと突っ込んでいく
背中に風牙でもぶち込んでやろうかしら?真っ二つになるのを見れればこのイライラも少しは治まるのに・・・
ギリスにはああ言ったけど実のところ計画通りだ
あまりにも簡単に魔人を倒してしまうと計画が狂ってしまう。やらずやられず時間稼ぎ・・・その為に私はあえて手を出さなかった
ギリスと魔人では僅かだが魔人の方が上を行く
その僅かな差はどこかと言うと魔人特有の回復力だろう
力自体は拮抗し一方的に攻められることは無い。けどギリスがダメージを蓄積している一方で魔人は攻撃を食らってもしばらくしたら回復していた
魔人の原動力は魔力だ・・・その魔力が尽きるまで延々と戦い続けることが出来るらしい。加えて魔人出現によりこの付近の魔力は濃くなっている・・・消耗戦だとまず勝ち目はないだろう
魔人は元の人間の力が強ければ当然その魔人も強くなる。ギリスと戦っているワットはかなりの実力者はず・・・船や屋敷の地下で見た魔人とは比べ物にならないくらい強い
ただ殴るだけでなく魔法も使う・・・知能は少し足りてないように思えるがそれを補って余りあるくらいの力がある
消耗戦は厳しいとなると短期決戦をせざるを得ない・・・けど実力が拮抗していたらそれは難しい・・・やるなら命懸け・・・
「クソッタレ!さっさと死にやがれワット!!」
ああ叫んでいるが覚悟が足りないのかそれとも・・・
とにかく決め手にかける・・・ギリスではあの魔人は倒せないだろう
だがそれでいい・・・勝てないからこそ時間を稼ぐ事が・・・え?
大きな地鳴りと共に土煙が舞う
予想だにしなかったその男の出現が計画を大きく狂わせる・・・そんな予感がした
天の守ワグナ・ザジ
なんで一国の王がここに!?
「情けねえ・・・情けねえぞギリス!!何をチマチマやってやがる!!」
「・・・お、親父・・・」
「鬼くらいさっさと片付けろ!天下を乱す不届き者から国を護るのがてめえの役目だろうが!!」
ズンズンと地響きを立てながらギリスと魔人に近付くワグナ
すると顔を青ざめさせたギリスが魔人に背を向けワグナの前に立ちはだかる
「待ってくれ親父!コイツはワットなんだ!多分何とかすれば・・・」
「ワット・・・鬼になっちまったか・・・」
「そ、そうなんだ。だけど・・・」
「だからどうした?」
「え?」
「鬼になったヤツは戻って来れねえ・・・過去に正気を保ちながら鬼になったヤツがいたらしいが一旦食われちまったらそれまでた・・・正気に戻る事はねえ」
「・・・だけど!」
「友が鬼になっちまったんならサクッと殺ってやるのがそいつへの手向けとなる・・・それくらいも分からねえのかバカヤロウが」
「・・・」
「・・・てめえに全権を預けたのは失敗だったようだ。この時点で全権は剥奪・・・てめえは守護天に降格だ。ここが片付いたら街の復興を手伝え・・・街が正常に機能するまで帰ってくんじゃねえぞ!・・・話は終わりだ・・・後は俺がやる」
「っ!親父!」
「殿と呼べ・・・てめえにはガッカリだ」
「あ・・・」
ワグナは横目でチラリとギリスを見てそのまま魔人に向かって歩いて行く
ワグナの目・・・それは息子を見る目ではなくゴミでも見るかのような目だった
それだけ期待が大きかったってこと?・・・それにしてもあんな目で見ることないのに・・・
「よおワット・・・しばらく見ねえ間に随分と大きくなったじゃねえか」
まるで散歩途中に偶然出会った知り合いの子に声をかけるような感じで軽く手をあげて軽快に喋るワグナ・・・けどワットはそれに応えることなく奇声を上げて魔力で風を作り出し自らの国の王様を切り刻もうと動いた
「生まれ変わったら強くあれ・・・そうすりゃ鬼なんかにゃ負けねえよ・・・『金・剛・拳』」
ギリスが使ってたのと同じ技・・・でも明らかに違う威力と大きさ!軽く拳を突き出しただけなのに拳から放たれたマナの塊は魔人に当たるとその部分を根こそぎ粉砕してしまった
上半身がほとんど無くなった魔人はゆっくりと倒れピクリともしない・・・まだ時間を稼がなくてはならなかったのにこれでは・・・
「おいギリス!ボーッとしてねえで状況を説明しろ!魔人は後何体いる?影達はどうした?街にいるはずの守護天は?・・・それに異国の服を着たその3人は何もんだ?」
「あ・・・魔人の数は分からねえ・・・影達に言って守護天達に処理させている・・・コイツらは・・・女はあの男のツレでそこの2人は分からねえ」
「あん?・・・確かにあの女・・・名前は・・・メイドか?メイドと似ているな・・・となるとそこの2人はローローの手下か。肝心のローローはどうした?」
「・・・リュウダが始末したって・・・」
「・・・てめえは本当に・・・もういい・・・リュウダよくやった!そいつらはどうする?俺がやるか?」
「問題・・・ないね!殿は魔族の女を・・・チッ執拗いなぁ本当!」
シークスとリュウダは互角っぽい・・・いや、もしかしたら時間稼ぎの為に?
「魔族の女?そいつぁどこにいる?メイドか?」
違うし!てかメイドって名前じゃないし!
ワグナに睨まれ思わず全力で首を振る
さすがに国王様とことを構えるのはまずいしちょっと・・・勝てる気がしない・・・かな?
「お・・・殿!あの女で・・・あれ?アイツどこ消えやがった・・・」
え!?
さっきまで居たのに・・・ラナーガいなくなっている!
おそらく魔人が倒され形勢不利と判断して逃げたのだろう・・・こうならないように調整していたのに全てが水の泡だ
いやラナーは逃げても構わない・・・けど・・・
「友を鬼にされ、その鬼にした魔族も取り逃しやがったか・・・てめえは暴れる魔人は無視して魔族に集中しろ!必ずその魔族を探し出せ!そして首根っこを掴まえて俺の元まで連れて来い!分かったか!分かったらさっさと行け!」
「あ、ああ!」
「リュウダ!お前も女の顔を知ってんだろ?お前も行って来い!そいつらは・・・俺が遊んでやる」
ワグナはラナーの顔を知らない・・・だから顔を知っているギリスとリュウダに探しに行かせた
シークスがどう出るか見守っていたけど案外あっさり身を引いてリュウダを行かせてしまった
「おいチビとノッポ・・・それにメイド・・・俺が遊んでやるからかかって来な・・・アイツらが魔族を連れて来るまでの暇潰しに使ってやる」
「・・・いきなり出て来て偉そうに・・・君は誰なんだい?」
「いきがるなチビ・・・ワグナ・ザジだ・・・それ以上でもそれ以下でもねえよ」
「いきがってるのはそっちだろ?たかだかあれしきの魔人を倒したくらいでいきがられたらたまったもんじゃないね・・・井の中の蛙って言葉知ってるか?」
「大海を知らねえのはてめえだろ?面倒だからまとめてかかって来い・・・メイド、てめえもだ」
シークスと私・・・おまけ程度だけどヤットを入れて3人と同時に戦うつもり?確かに強いけど・・・舐められたものね・・・
「ひとつお聞きしたいのですが」
「・・・なんだ?妻ならもう間に合ってるぞ?」
「私の主であるロウニール・ローグ・ハーベスを殺すよう言ったのはあなたですか?」
「・・・ローローか・・・」
「ロウニール様です」
「名前なんてどうでもいい・・・てか長ったらしいんだお前らの名前は。で?なんだっけ?・・・ああ、殺せと命じたかどうかか・・・だったらどうなんだ?」
ハア・・・一国の王だし私達の役目は時間稼ぎ・・・だから本来ならやる必要はない・・・けど・・・
「やる気にさせるのが上手いこと・・・仕方ないので暇潰しに戦って差し上げますよ・・・後で泣いても知りませんからね──────」
ワグナの命令を受けた2人は途中から二手に分かれて姿を消したラナーを追った
パニックに陥っていた街も次第に落ち着きを取り戻しつつあった。影達が守護天に伝え鬼が退治されたというのもあるが騒いでいた人達が鬼によって殺されたからでもある
ラナーを探している途中でものを言わなくなった人々を見てギリスは自分の力不足を痛感する
そもそもなぜこのような事態に陥ったのか
街を封鎖したから?
魔族が突然現れたから?
フーリシアからロウニール達が来たから?
頭の中で何かのせいにしようとするが全て行きつく先は『自分の力不足』になってしまう
街を封鎖したのも、魔族をすぐに倒せなかったのも、ロウニール達をすぐに処理出来なかったのも・・・全て自分の力不足
自分のせいでワットは鬼となり、大勢の人が死んだ・・・父であるワグナの目はそう語っていた
「俺様にもっと力があれば・・・もっと・・・」
「その願い・・・叶えてあげようか?」
「・・・鬼にはならねえよ・・・魔族!」
背後から声がしてギリスは振り向くことなく相手を言い当てる
すると言い当てられたラナーはクスクスと笑い始めた
「・・・何がおかしい?」
「この国に住んでいるのに伝承すら知らないの?このお酒はね・・・弱い者は鬼となるが強い者は天下無双の力を得る酒だよ?それをあたかも自分は飲んだら鬼になっちゃいますみたいに言うからさ・・・それがおかしくてね」
「へっ・・・矛盾してんな。俺様は弱いから強くなりたいと願ってる。って事は弱い俺様が飲んだら鬼になるって事じゃねえか」
「お兄さんは本当に物を知らないね。強さってのは色々あるのさ・・・腕力然り精神力然り・・・この酒で強くなれるのは何かを成し遂げたいと強く願っている者のみに力を授ける代物・・・強さとはその願いの強さを指しているの。『天下王道』・・見たことない?」
「・・・確か当時の天の守を殺し自ら天の守になった者の話・・・」
「まあ大まかにはそうね。当時は天の守ではなかったけど・・・当時の国王は魔族に生贄を捧げようとした・・・けどそれを阻んだのは何の力も持たない村の少年・・・魔族に願い自ら酒を飲み力を手にした・・・一国の王を倒すほどの力、ね」
「・・・」
「それが叶ったのは少年の精神力が強かったから・・・決してお兄さんのように強くはなかった・・・それでも手に入れたのよ?生贄を護る為に・・・どう?興味湧かない?」
「・・・フン、まるで見てきたような言い方だな。確か本にはそこまで書いてなかったはずだ!そうやって俺様を唆し・・・」
「何言ってるの?私がその魔族よ?」
「なに!?」
「ハクリはいい子だったわ・・・純粋で穢れのない・・・でもその血もかなり薄れたようね・・・その末裔なら難なくハクリと同じように出来ると思ったのに・・・」
「末裔?・・・ちょっと待て・・・あの話は作り話では・・・」
「そんな訳ないでしょ?まあかなり脚色されているみたいだけど・・・確かに実在していたわ・・・あの少年・・・鬼の力を得て天下無双となり一国の王に上り詰めた・・・ハクリ・ザジは存在していたのよ──────」




