366階 走って来た
「槍はまだかよ!」
暴れ続けるワットの動きが精錬さを増していく
振り回すだけだった拳に魔力が宿り、覚束なかった足が大地を揺らす
ギリスとリュウダの2人がかりでも次第に押され始めていた
「・・・ねえ・・・そろそろふざけんのもいい加減にしない?」
「・・・ふざけてねえよ・・・」
「そう?なら『龍槍』が届いたら僕が殺っちゃっていいの?」
「・・・チッ・・・」
押されている2人は実際実力の半分も出してはいない。リュウダは刃の短い短刀しか所持しておらず得意の武器である槍を持っていない為。そしてギリスは・・・
「ハア・・・仕方ねえ・・・迷惑ばっかかけやがって・・・」
覚悟を決めたギリスは拳を強く握り暴れるワットを見据えた
ちょうどその時、リュウダの元に彼の武器『龍槍』が届く
「・・・どうする?」
「任せた・・・と言いてえところだが・・・」
両の拳を打ち合い気合を入れるとギリスはワットに向かい歩き始める
「いつもケツ拭きは俺様の役目だったなそういやぁ・・・これで最後にしろよ・・・ワット!!!」
ギリスはワットとの距離がまだ離れている位置で頭の上で手を組み振り下ろした
「『金剛鉄槌』!!」
ギリスが叫ぶと同時にワットの頭上にマナで象った巨大な手が現れ振り下ろされる
それまで防御らしい防御をしてこなかったワットだったが危険を察知したのか両腕をクロスさせ『金剛鉄槌』を受け止めた
「・・・まったく・・・あれほど言っただろ?俺様の攻撃は躱すか死ぬかだってな」
受けている腕がミシミシと音を立て足が地面に沈む
暴れてから初めて見せる苦悶の表情・・・このままいけばワットが潰されるのは時間の問題だった・・・が
「『龍槍・龍葬送』」
背後から声が聞こえ振り向こうとした瞬間槍が横を通過する
その槍は轟音を奏で真っ直ぐにワットへと飛来し両腕を防御に使い隙だらけとなった胸を穿いた
「ワット!!・・・リュウダァ・・・てめえ・・・」
放った槍を繋いでいたマナで手繰り寄せながらリュウダはギリスを見てため息をつく
「恨むなら恨めばいいさ・・・けど先にやる事があるんじゃない?・・・ワットを鬼化させた奴が近くに居るはず・・・」
「・・・」
「それにアンタら仲良かったからさ・・・見てらんなくてね・・・」
「・・・リュウダ・・・」
ギリスはリュウダが殺さなければワットをそのまま押し潰すつもりだった
何度かギリスも人が鬼となる姿を見てきたが明らかにワットにはその兆候が見えていた
それでも今まで見てきた者達はすぐに鬼と呼ばれるに相応しい姿に変貌し暴虐の限りを尽くしていた・・・だがワットは多少色黒くなってはいたがワットだった
どこかでその姿である事に縋っていたのかもしれない・・・その思いを断ち切ろうと放った『金剛鉄槌』だったが・・・
「ガキのクセに・・・生意気なんだよ」
「ガキで悪かったね・・・釣りをしているとさ・・・色々と嫌な事も忘れられるんだ・・・」
「はあ?どうした急に・・・」
「今度一緒に釣りしない?教えてやるからさ」
「・・・柄じゃねえ・・・けど1回くらいなら付き合ってやるよ」
そう返事した後でギリスは胸を穿かれて倒れたワットに近付く
リュウダの技で胸の部分にポッカリと穴が空いたワット・・・もうピクリとも動かない友に別れを告げる為に重い足を進めていると1人の女性がどこからともなく現れギリスより先に仰向けに倒れたワットに手を添えた
「・・・なんだぁ?てめえは・・・」
「これから楽しくなるよ・・・『種』はいっぱい仕込んだからね」
「あ?種だ?」
女性は聞き返されると微笑み応える
次の瞬間──────ワットの体がブルブルと震え出した
「ああん?ワットお前生きて・・・」
「あれくらいで死ぬ訳ないでしょ?私の最高傑作が。お兄さんもあっちのお子様も加えてあげる・・・これだけ魔力が濃くなったんだもん・・・もっともーっと増やせるよ・・・ねえ強くなりたい?なりたいならいつでも言ってね・・・このお兄さんみたいに凄く凄ーく強くしてあげる」
「・・・てめえか・・・てめえがワットを・・・」
「御明答~・・・さあ起きる時間だよ・・・みんな」
「あ?みんなだと?」
女性は妖艶な笑みを浮かべ手を空へと向けた
一陣の風が吹きギリス達は身構えるがダメージは特にない
「・・・ハッ!何のつもりか知らねえがノコノコ出て来たのが運の尽き・・・てめえをぶっ殺してワットの墓に添えてやる!」
「ふふっ・・・やれるものならやってみな」
「っ!?」
震えていたワットが突如起き上がる
その体躯は先程までと比べて一回り大きく胸に空いた穴は完全に塞がっていた
「バ・・・バカな・・・」
「ギリス!あれ・・・」
「あん?」
振り向きリュウダが指す方向を見ると遠く離れた群衆の中から巨大な鬼が突如として現れ暴れ出す
それどころか他の場所からも悲鳴が上がり見ると至る所から鬼が出現しているようだった
「どうなってんだ一体・・・まさかさっきの・・・」
思い出すのは先程の女性から放たれた不可解な風
「もう少し種蒔をしたかったけどね・・・自然に芽吹くのを待つつもりだったけど・・・まあ少し早まっただけ。さあ収穫の時よ・・・獲って穫って獲りまくりなさい!」
もはや説明は不要だった
この街で起きていた鬼化多発事件の犯人は目の前の女性・・・ラナー
鬼化を誘発する液体を強くなれる酒と偽り飲ませ続けていた。何もせず鬼化する者もいれば飲んでも何事もなく生活を続けていた者もいた・・・が、先程の風・・・魔力の波動が鬼化を誘発し各地で酒を飲んだ者達を鬼に変えていったのだ
「・・・リュウダ・・・てめえはあの女をやれ・・・俺様はワットをもう一度眠らせる」
「・・・出来るの?」
「当ったり前だ・・・出来なきゃ街は崩壊だ・・・今度こそ俺様の手で・・・」
「分かったよ・・・あの女にはムカついてたし一瞬で粉々にしてやるよ」
「任せた・・・影共!街に残っている守護天に鬼共の対処をさせろ!」
「はっ!」
建物の上で見張っていた影達は返事をし命令通り守護天の元へ
ギリスとリュウダはそれぞれの相手に向けて構えると先にリュウダが動く
槍を握り締めラナーの元へ
だがラナーは慌てた様子もなく構えもせず目を細めリュウダを見つめるだけだった
警戒しながらも走りながら槍を引き、間合いに入った瞬間に足を踏み込み槍を放つ
「・・・っ!誰だ!」
槍の穂先はラナーに当たる寸前で弾かれた
弾いたのはラナーではない・・・リュウダは横から割り込みラナーを助けた者を睨みつける
「危ないだろ?子供がそんなものを振り回したら」
「子供だと?・・・お前だって子供じゃないか!」
「こ、子供・・・ヒッ・・・子供に子供って言われ・・・」
「黙れヤット・・・お前から殺すよ?」
「・・・」
子供と呼ばれた男は連れの男を睨みつけた後、細い目を更に細めてリュウダに向かい笑みを零す
「誰だと聞いたね?教えてあげるよ・・・ボクの名前はシークス・ヤグナー・・・今日ここでSランク冒険者になる男だ。残念ながらこの女は殺させない・・・ただそれを伝えに来ただけだったけど・・・少しばかり躾が必要みたいだね──────」
リュウダがラナーに向かって走って行った直後、ギリスはワットと対峙していた
もはや見た目は別人と成り果てたワット・・・その姿を見てギリスは深いため息をつく
「・・・あれは5歳の頃か?それまで負け無しの俺様に初めて土をつけやがったのがお前だったな・・・ガキの同士の喧嘩で風遁の術をぶっぱなしやがって・・・今でもその傷は消えやしねえ・・・いつかぶっ殺してやろうと思ってたからちょうどいい・・・あの時のお返しだ・・・遠慮なくぶっ殺してやるよ!」
叫び放った拳から放たれたマナが鬼と化したワットを襲う
しかしワットはそれを避けることなく平然と受け止めると受けた場所を手で掻いて首を傾げた
「てんめぇ・・・効かねえなら効くまで殴り続けてやらぁ!!」
それからギリス野怒涛の連打が始まった
途切れることなく拳を打ち出しその度に少しずつワットは後退する。が、見た目からはさほどダメージを受けている様子はなく焦りがギリスの隙を生む
大振りになり少し体勢を崩したその隙を見逃さずワットは手のひらをギリスに向けるとそこから風を螺旋状に放った
「チッ!」
避けられない
そう判断したギリスは体を丸めて両腕でガードする・・・が、ワットの放った風は音を立てて横を通り過ぎて行った
「あん?・・・なんで・・・」
軌道が逸れる様子はなかった
それなのに当たらなかった事を不思議に思い顔を上げると青く艶やかな服の女性が鉄扇を持ち立っていた
「護天ってそんなもの?やられている姿しか見てないけど」
髪型や服装は違えど顔と声・・・そして身体が記憶と一致する
「・・・やっと俺様の所に来たか・・・」
「どういう思考回路だとそうなるのよ・・・それに助けてもらったらまずお礼でしょ?」
「その乳と尻を触らせてくれたらいくらでも礼をしてやるぜ」
「・・・助けてここまで後悔したのは初めてよ。とりあえずもうやる気がないなら下がっていて。私があの魔人を始末するから」
「いや・・・俄然やる気が湧いてきた!お前はそこで俺様の活躍を見て濡らしておけ・・・終わったらすぐにぶち込んでやる!」
「・・・ハア・・・私が濡れる相手は1人だけ・・・いっそうのことあなたが魔人になってくれたら良かったのに・・・」
「お前を抱けるならそれもいいかもな・・・だが鬼にならずとも抱いてやる・・・必ずな」
話が全く噛み合わず大きくため息をつくサラ
再びワットが繰り出した風を風牙龍扇で作り出した風で軌道を変える
「どうでもいいからさっさと倒してくれない?そうじゃないと倒したとしても街が壊滅するわよ?」
軌道を逸らしただけなのでワットが繰り出した風は背後の建物を破壊していく
住民は既に避難し人の被害はないがサラの言う通り続けば街は廃墟となるだろう
「わーったわーった・・・瞬殺してくっから逃げんなよ・・・すぐに始めるからな」
「・・・何をよ・・・いいからさっさと行きなさいって」
呆れるサラを尻目にギリスは拳を鳴らすとワットと対峙する
「悪ぃなワット・・・そういう訳だから早目に死んでくれ。よく言うだろ?人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえってな──────」
混乱する街の中、影達は命令通り守護天を探していた
そして1人の影が守護天の1人を見つけ駆け寄る
「アツウ殿!ギリス殿より伝令!守護天は街に現れた鬼を処理せよとの事です!」
「・・・あー、殿より別件を命令されててな・・・お前達にも手伝ってもらいたいのだが・・・」
「殿より?しかし今はギリス殿が全権を・・・」
「それは分かっているがこっちは火急の用事だ。・・・いいか?この街にいるあるものを探し出せ・・・とりあえず4つ・・・この通信道具を渡すから仲間に配り必ず探し出して連絡しろ」
「ア、アツウ殿?」
「いいか?絶対に探し出せ・・・この街の・・・この国の未来が懸かってる・・・それと絶対に手を出すんじゃねえぞ?それでそいつの特徴は──────」
「一体どうなっているのよ・・・」
街の封鎖を担当しているシャシは街の門に殺到する住民達を見て動揺を隠せずにいた
今は何とか守護天と影達が住民を押さえ込み誰も外には出ていないが次々と押し寄せる人の波に封鎖は崩壊寸前になっていた
「このままじゃ・・・でもいきなりなぜ・・・」
住民達は半狂乱状態でまともに会話は出来そうにない。とにかく出せと騒ぐ住民達にどうすべきか手をこまねいていると突然シャシに影が差す
「一体何が起きてやがる」
「そんなの私が聞きたいわよ!・・・って・・・殿・・・」
「お前はなぜここに居る?あいつらは何を騒いでいやがる?・・・全て話せ・・・俺が解決してやる」
「・・・殿・・・え?だってまだ1日しか・・・どうやってこんなに早く・・・」
「あん?決まってるだろ?・・・走って来た──────」




