365階 ケッペリの危機
何よこれ
怒るサキを宥め何とかゲートを開いてもらいケッペリの様子を眺めていると街の大通りで騒ぎが起きていた
その騒ぎの中心人物は3人・・・バカ息子ギリスと憎きリュウダ・・・それと城下町からケッペリに向かっている際に出会った風魔法使い・・・2人は彼をワットと呼び何故か攻撃を仕掛けていた
その戦いに巻き込まれないよう逃げ惑う人達・・・混乱が混乱を呼び街全体が大パニックに陥っていた
それもそのはず戦いに巻き込まれれば死・・・ワットは容赦なく破壊を繰り返す・・・目の前の2人に押され気味であるにも関わらずまるで2人を無視するかのように老若男女関係なく近くにいるものを手当り次第・・・
見るとワットの肌が徐々に黒ずんでいくのが分かった。つまりアレは・・・魔人化
これまで魔人を見たのは3回・・・王都の貴族の屋敷地下、闘技場、そして最近では船の上・・・いずれも肌が黒ずんでいた。しかしその3人・・・3体の魔人にはもうひとつ共通点があった。それは人間よりも一回り体が大きいというもの
でもワットは前に見かけた時と大きさは変わらない・・・魔人によって大きくなる者もいればそのままの者もいるって事?それとももしかしてまだ・・・
ある考えが頭をよぎりゾッとする
もし仮に・・・まだ完全に魔人化していないのだとしたら・・・あの魔人は完全に魔人と化した時、どれほどの強さを得るのだろう
これまで見てきた魔人は既に魔人と化した者・・・人間だった頃の強さは知らない。だけどこれだけは分かる・・・人間だった時よりも魔人になればかなり強くなる
ワットがもしまだ完全に魔人となっておらずにギリスとリュウダと渡り合える強さなら・・・もし完全に魔人と化した時どれほど強大な力を得るか想像もつかない
今がピークなら私でも何とかなる・・・けどそうでないのなら・・・
街は・・・滅んでしまうかもしれない・・・
今でも建物は破壊され一般の人達も何人か犠牲になってしまっている。それに最初はただ突っ込むだけだったが徐々にワットは戦い方に慣れてきたのか魔法を駆使し始めていた
黒き風の魔法・・・魔力の風は狂風となり触れるもの全てを破壊していく
住民はほとんど逃げているが残っている者もいる・・・命懸けの野次馬なのか一般人になりすました兵士なのか・・・ん?なんだあの女性は・・・なぜ彼女は・・・
「何か面白いものでも見てるの?」
「面白くはないな・・・その逆・・・ってロウ!?」
ゲートから目を離し振り向くとそこにはロウが立っていた
しかし1人で立てないのか何故かセシーヌに支えられて・・・出そうになった涙も秒で引っ込んだ
「凄いわねロウ・・・聖女様に肩を借りる事が出来るなんてこの世であなたくらいよ?」
「あらサラ様は気にせず出歯亀をお続けになっていいのですよ?私がロウニール様を支えますので」
「あの・・・とりあえずこの顔面に張り付いているバカ猫をどけてもらえます?」
私とセシーヌ様がバチバチと牽制している間にサキがいつの間にか彼の顔に張り付いていた
「ちょっとサキ・・・何しているの?」
「・・・たまたま動きたくなったから登ってみたにゃ・・・別に他意はないにゃ・・・」
「登ってみたってお前・・・直接顔面に飛びかかって来たじゃないか・・・」
「間違えたにゃ・・・飛びたかったにゃ」
どんな心境よ・・・飛びたい気分って
「はいはい、離れましょうね・・・2人とも」
「サキとサラ様?」
「サキとセシーヌ様です!」
サキの首根っこを掴まえて引き離すと再びセシーヌ様を見る
何とか顔は取り繕うが自分でも分かるくらい引きつっている・・・私だってサキみたいに飛びつきたいのを我慢しているのに・・・彼を支えるのは私でありたいと思ってるのに・・・
「まあまあ・・・それで何を見ていたの?」
こんの鈍感彼氏!
「・・・ケッペリの街よ。どうやら魔人が現れたみたいで街は大パニック・・・今はギリスと・・・リュウダが応戦しているけど手こずっているの」
「ギリスとリュウダか・・・魔人に手こずる奴に刺される僕って・・・」
「慰めにはならないかもしれないけどその魔人・・・相当強いわ。ほら城下町からケッペリに向かっている途中で野盗に絡まれたでしょ?その時に突然現れて風魔法を使ってた・・・」
「忍ばない忍者!」
「え・・・うん、そんな感じの人。その人ワットって名前らしいのだけどそのワットが魔人になりそうなの」
「なり・・・そう?魔人になっているのではなくて?」
「多分・・・ほら、今までの魔人ってかなり大きかったでしょ?人間の倍くらいありそうな・・・でもワットは体が黒ずんで魔人っぽいけど体は元のまま・・・だとするとこれから大きくなるんじゃないかなって・・・」
「・・・サキ、魔人って全員体が大きくなるの?」
「うーんそうとも言えないにゃ。体の中に溜まった魔力が溢れようとして内側から体を肥大化させるのであって体が魔力に順応したり抑え込めたりすれば肥大化する事はないにゃ・・・けど普段から魔力を扱ってる人間ならともかくいきなり魔力を扱うとなったら大体体が耐え切れないはずにゃ」
そうなると魔力を使ってたシークスやセンジュはもしかしたら肥大化せずにいられるのかも・・・あっ!そうだ!
「ロウ!少しおかしい人がいたの・・・逃げずに残っている群衆の中で1人だけ笑みを浮かべて魔人の戦いを見てる人が・・・」
「笑みを浮かべて?・・・催し物と勘違いしているとか?」
「ううん・・・だって人が亡くなっているのよ?子供ならまだしもさすがに危ないって事は分かっていると思うわ。魔人は戦いの最中でも建物を壊したり近くにいる人を傷付けたり・・・そんな中で笑みを浮かべているのが不思議で・・・」
しかも妖艶と言うか不気味と言うか・・・普通じゃないのをヒシヒシと感じる笑みだった・・・
「サキ、さっきサラが見ていた場所にゲートを開いてくれ」
「了解にゃ」
サキが拳大くらいのゲートを開くとロウはセシーヌ様に支えられながらゲートに近付き覗き込むとケッペリの街を上空から眺める
まだあの人がいるかどうか分からない・・・けどまだいる・・・そんな気がする
するとロウは忙しなく動かしていた視線を止め一点を見つめ目を細めると一言呟いた
「・・・ラナー・・・」
「ラナー?」「ラナー?」
私とセシーヌ様がほぼ同時に名前に反応すると彼はゲートから目を離し額に汗を浮かべる
「あー・・・えっと・・・街が壊れて『大変だなー』って・・・」
「随分と小さい声で『大変』って言ったのね。全然まったく聞こえなかったわ」
「私には『だなー』ではなく『ラナー』と聞こえたのですが・・・もしかしたらまだ回復しておらず舌が回らないのでは?もし良かったら私が看てあげます・・・特に口の中を」
聖女ぉ!口の中と言いながら舌舐りするな!口の中をどうやって看るつもりだどうやって!
「ラナーはいかがわしい店でロウを接待した女にゃ。そりゃあもう胸を押し当てられ太ももをさすりのやりたい放題だったにゃ」
「・・・胸を押し当てられ?」「太ももを・・・スリスリ?」
「だー!紛らわしい言い方するな!押し当てられたのではなくたまたま当たった程度だし太ももは触られたんだ・・・僕がね。ちなみにセシーヌ・・・スリスリなんて誰も言ってないし。てか、サキは誰に聞いたんだ?その事を」
「ダンコ」
「・・・普段本ばっか読んでるクセに・・・このムッツリが・・・」
ロウはそう呟くとそれから少しの間無言のままだった。おそらく心の中?で喧嘩している模様・・・ダンコとは口に出さずに心の中で話せるって前に話してたしね
「・・・と、とにかくラナーは調査している時に会った女性で・・・ってサラには話してるよね?」
ラナーラナー・・・ああ
「あなたが彼女彼女と言ってた・・・」
「彼女?」
「もうその流れはいいから!・・・とにかくかの・・・ラナーは魔族の疑いがある。だとするとあのワットって忍者はラナーによって魔人に変えられた可能性が高い」
「そう言えば魔族かもって言ってたわね・・・あの場にいてあの表情・・・魔族というなら頷ける」
「すぐに討伐しなきゃ・・・どうやって魔人化させているか分からないけどこれ以上魔人が増えたら大変な事になる」
うん・・・彼の言う通り・・・でも・・・
「許可出来ません」
「え?・・・セシーヌ?」
「私の治療は生きる為の治療です。死ぬ為に治療した訳ではありません。傷口が塞がり血は止まったとはいえ血を失い過ぎてます・・・最低でも1週間は安静にして下さい」
「1週間って・・・このままじゃケッペリは半日も保たないのに・・・」
「助けたいという気持ちは尊いものだと思います。ですがロウニール様が・・・支えられないと立てない程傷付いたロウニール様が行かなければならないのですか?」
「・・・」
「聞けばラズン王国の兵士の方に傷付けられたとか・・・でしたらそのラズン王国の兵士の方が魔人と相対すればよろしいのでは?」
「でも彼らは魔族が誰なのかを知らない・・・魔人を倒せたとしても次から次に魔人が増えれば彼らだけではなく街の人達も・・・」
「魔族が誰なのか教えて差し上げればいいのでは?」
「僕の言うことを信じてくれると思う?僕を刺したのはリュウダだけどそれは国からの指示だ・・・つまり僕はラズン王国に刺されたようなもの。刺したものが刺された者の意見を素直に聞くとは思えない」
普通は刺された者が恨んで刺した者に嘘を教えると思い込むだろうからそうだろうな。その言葉が刺された者の口から出るのも何だか不思議だが
「・・・ロウニール様・・・貴方がラズン王国をどう思っているかは存じません。ですが私はあの傷を見てどうしても許せないのです!あの傷・・・ヒールを妨げ血を流し続けさせる悪意の塊のような傷が・・・どうしても!」
「ああ、そうだね・・・正直ムカついてないと言ったら嘘になる。一歩間違えたら死んでたのも確かだしね。王様も王様の命令を受けた奴も自業自得だ・・・勝手に死ねばいい。けど街に住んでいる人達は違う・・・何も知らず突然現れた魔人に命を奪われる・・・魔族に家族を魔人へと変えられてしまう・・・んで解決出来るのが僕だけって来たもんだ・・・となると行かない訳にはいかないだろ?」
「ロウニール様だけではないはずです!他の誰かがきっと・・・」
「僕なら犠牲を最小限に抑える事が出来る。他の誰よりも・・・ね」
「そんな事分かりません・・・誰かが・・・」
私も正直ロウを行かせなくない。けどなんだろう・・・ロウの言葉が嬉しくもあり誇らしくもある
「セシーヌ様・・・無駄ですよ。やると決めたらやる人ですから・・・彼は」
「むぅ・・・だったら私もついて行きます!」
「いやそれはダメだ・・・危ないのもあるけど向こうには聖者がいる。フーリシア王国の聖女がケッペリに来たと分かったら何をするか分からない」
うん、やめた方がいい。向こうにはゼガーがいる・・・もしセシーヌの姿を見かけたら・・・何をするか分からない。悪い人には見えなかったが何と言うか・・・危うさを感じた・・・何がなんでもフーリシアに戻りたいという執念・・・それが悪い方向に向けばもしかしたらセシーヌの身が危ないかもしれない
「大丈夫です。私がついて行くから・・・そもそも私1人でも行こうとしてたし少しくらい荷物が増えても平気だから安心して下さい」
「・・・荷物って・・・僕の事?」
「サラ様なら多少のお荷物があっても大丈夫かもしれません・・・ですが・・・」
「お、お荷物・・・」
「信じて下さい・・・私を・・・お荷物を」
「お荷物を信じてくれってどういう意味だよ!」
「・・・分かりました」
「分かったのかよ!」
「ロウうるさい!」
「・・・」
シュンとなったロウをもう少し眺めていたいけどそんな時間はない・・・ロウと共に行くつもりではあったけど状態はかなり悪そうだし考え無しに行っても魔族を逃がしてしまうだけだ・・・一体どうすれば・・・
「私が行けなければ当然エミリも・・・でしたら代わりに連れて行って欲しい方がいるのですが・・・」
「・・・代わりに?誰を?」
「ロウニール様達もご存知の方です。きっとお役に立てるはずですよ──────」




