354階 拉致
「・・・なんでここで待つのですか?ご主人様」
「だって僕達がここに目をつけたのはアキード王国の船乗りがケッペリに寄ったからだろ?船乗りと言えばやっぱり・・・港だろ」
「・・・」
サラは不満げにそっぽを向く
魚は好きだけどこの匂いとベタつく風は嫌いって言ってたもんな・・・ダンジョンだって結構ジトジトしているのにどこが違うんだろ?
「・・・嫌なら帰るにゃ。別にサラが居なくても私とロウだけで十分にゃ」
「なっ・・・私はご主人様の専属メイド!如何なる時もご主人様と共に居るわ!猫は猫らしく『ニャーニャー』鳴いてなさい!」
「ニャーニャー」
「その顔っ!人を馬鹿にして・・・」
この2人って仲が良いのか悪いのかよく分からんな
それにしても・・・また釣りしてるよあの釣り人
暇なのかあれで生計を立てているのか・・・ここでただ待つのもあれだしあの釣り人に釣りでも教わろうかな?そうすれば魚も食べれるし待つのも苦じゃなくなるし・・・うん?
桟橋でまた釣りをしている釣り人を見ながら考え事をしていると僕より先に釣り人に近寄る人がいた。あれは確かこの前海に落とされた奴の1人・・・まさかまた性懲りもなく絡みに行ってるのか?
でもこの前は10人で今回は1人だ・・・あれだけ一方的にやられてて増やすならともかく減らすなんて考えられない。となると何しに?もしかして謝罪でも入れに来たのか?
離れていて声は聞こえないが男は釣り人に何度も頭を下げていた。どうやらやはり謝罪のようだ。そして男は懐から瓶を取り出し釣り人に渡そうとしている
「ロウ!」
「何にゃ」
「真似するにゃ!・・・アレからイヤなニオイがするにゃ・・・」
「アレ?」
「あの男が持っている瓶にゃ!」
「イヤなニオイって・・・臭いって事?」
「アホ!今私達は何をしているにゃ!」
何って・・・港でぼーっと・・・じゃない!パズズを探しているんだった!
「もしかしてあの瓶がパズズ?」
「んなわけにゃいにゃ!あの瓶から『種』のニオイがするって言っているにゃ!」
言ってないだろ・・・てか『種』!?
あの瓶に『種』が入ってる?ここからじゃ見えないけど飲み物が入ってそうな瓶だけど・・・『種』って飲み物だった?
ってそんな事を気にしている場合じゃないぞ・・・アレが『種』なら釣り人が危ない!
「2人はここで待機してくれ!僕は釣り人を助けてくる」
「ちょっと!ロウ待つにゃ!」
「ロウ!」
2人には悪いが時間がない!僕は釣り人達がいる所をイメージしてゲートを開くとすぐにその中へと飛び込んだ
「な、なんだぁ?」
「・・・」
瓶はまだ男が持っている。この男は・・・どう見ても魔族じゃないな・・・となるとこの男に瓶を渡した奴がパズズか
「その瓶を寄越せ・・・それと教えろ・・・その瓶をお前に渡したのは誰だ?」
「なっ!?・・・チッ!」
男は瓶を差し出すどころか振り返り一目散に逃げ始める
逃がすものかと追おうとしたその時、一陣の風が横を通り過ぎた
通り過ぎたのは・・・釣り人?
釣り人はバケツをぶら下げる為の棒を片手に持ち一直線に男の元へ。そして男に狙いを定めその棒を突き出した
「グハッ!」
男は前のめりに倒れ持っていた瓶はコロコロと桟橋の上を転がっていく。割れなくて良かったけどどうなったら『種』が埋め込まれるか分からないけどとりあえずあの瓶は回収しないと・・・
釣り人も倒れた男を無視して瓶に向かう。まさかアレが何か知っているのか?なんて言って渡されようとしていたか分からないけど真っ先に取りに行く
釣り人より先に回収しようとゲートを開こうとしたその時・・・倒れていた男から突然魔力の波動を感じた
「おいおい・・・本当かよ・・・」
「・・・鬼となったか・・・」
僕はゲートを開くのをやめ釣り人は足を止めた
倒れていた男の身体が黒く染まり見る見る内に肥大化していく
魔人・・・ここでは鬼と呼ばれる存在へとその男は変貌したのだ
この男にも『種』が埋め込まれていた?・・・いや、今はそんな事を考えている暇はない・・・まずはこの鬼を倒すのが先決だ
僕はゲートを開き刀を取り出すと鞘から抜いて構える
この前は腰に差していて抜けなかったけど腰に差さずに抜けば簡単に・・・あ
刀を構えていざ鬼退治と構えた瞬間、勝負は決していた
釣り人が棒を突き出すと鬼の頭を粉砕してしまったのだ
鬼はゆっくりと仰向けに倒れピクリともしない・・・鬼が弱かったのかそれとも・・・
「・・・全て無駄になったか・・・」
釣り人はそう呟くと歩き出し瓶を拾い上げる。僕は咄嗟に釣り人に声を掛けようとすると釣り人は振り返り僕を睨みつけた
「・・・この報いは受けてもらう・・・いずれな・・・」
「報い?ちょっと待て!その瓶は・・・」
立ち去ろうとする釣り人を止めようとしたその時、頭の中に響く声に全ての思考が停止する
〘ロウ!サラが・・・サラが攫われたにゃ!!──────〙
結局釣り人は瓶を持ってどこかに行ってしまった・・・だけど今はそんな事はどうでもいい・・・サラの行方さえ分かれば・・・そんな事は・・・
「ロウ・・・また殺気がダダ漏れにゃ・・・」
「あ・・・悪い・・・で?誰がサラを攫ったか全く分からないのか?」
「だからさっきから言ってるにゃ・・・背後から蹴り飛ばされて気付いたらサラは居なくなっていたって・・・ロウ達の事に集中していたから気付くのが遅れたにゃ・・・サキ一生の不覚にゃ・・・」
「それを言うなら僕だ・・・前にゴブリンを単独で追いかけてしまった時も怒られたと言うのにまた・・・しかも瓶は持って行かれるし釣り人には文句言われるし・・・とにかく今はサラを見つけないと・・・一体どこの誰が・・・」
あの後港を探しても一向に見つからなかった。相手が用意周到だったにしてもそんな時間は経っていないはずなのに人一人を抱えて遠くまで行けるものなのか?
・・・くそっ・・・もしサラの身に何かあったら・・・
「ロ、ロウ!何度言えば分かるにゃ!下手したらこの宿の周りの人間が死んでしまうにゃ・・・そんな殺気を振り撒いたら」
「あ・・・ごめん・・・」
闇雲に探してもダメだと思い宿に戻りいったん落ち着いてからどうやって探すか考えようとしたけど・・・とても落ち着いてなんていられない。こうしている間にもサラに危険が迫っていると思うと・・・
「外から探しても見つからにゃいなら・・・内から探すしかにゃいわね」
「内?」
「創った本人が忘れてどうするにゃ・・・こんな時の為に創ったんじゃにゃいのかにゃ?」
創った?こんな時の為に?・・・あ・・・そうか・・・その手があったか──────
暗い室内・・・外部の光が入って来ないように遮断されているか・・・目が慣れてきて少しずつ室内の様子が見えてきたが部屋の中には特に何もないようだ
だだっ広い部屋の中で後ろ手に縄で拘束され、足には足枷が付けられている
縄か枷のどっちかがマナ封じの能力が付与されているのかマナは使えそうにない・・・これではどうする事も出来ない・・・か
脱出するには唯一の出入り口である鉄の扉を開けるしかない。だが手は縛られ足はほとんど動かせない・・・それに足枷は鎖で壁と繋がれておりそもそも扉まで届かない・・・マナが使えればこんな鎖を壊すのは造作もないがマナが封じられている状態ではさすがに難しい
「せめて手が自由であれば・・・ん?」
鉄の扉が開く
すると目だけを出した黒い装束を身にまとう明らかに怪しい人物が部屋の中に入って来た。その手には拷問道具・・・ではなく何かを乗せたお盆・・・湯気が立ち込めているし匂いからすると食事か?
「食べろ」
一言そう言い放つとお盆を置いて立ち去ろうとする
声もそうだしスタイルからすると女性であるのは間違いない。私を捕らえた理由は未だ不明だが食事を出すところを見ると恨みとかそういう類では無い・・・のか?
「手が後ろで拘束されていて食べれないのですが・・・」
あまり刺激するのは得策ではないがこのまま黙って捕まっているのは面白くない・・・何とか自力で脱出する方法を考えなくては・・・その為にも手が自由にならないと話にならない
拘束を解いてくれる可能性は低いが試しに言ってみると黒装束は立ち止まり振り返らずに答える
「そのまま犬のように食らうがいい。それとも流し込んでやろうか?」
「なんとまあ高待遇ですこと・・・私はいつまでここに?」
「終わるまでだ」
「何がですか?」
「全てが、だ」
そう言うと結局振り返らずに黒装束は部屋を出て行ってしまった
全てが終わるまで・・・拘束の理由はいまいち分からないな
さて・・・どうしたもんか・・・このままだと下手をすればこの街・・・いや国が滅ぶかも・・・自力で出て宥めれば何とか穏便に済むだろうけど・・・むっ!
「あん」
思わず声が洩れる
これまで指示しなければ勝手に動く事はなかったジャナが服の中を這いずり胸元から顔を出してきた
〘サラ!無事か?〙
この声は・・・ロウ!?なんでジャナから彼の声が!?
「ってロウ!声が大きい・・・もっと小さくして」
〘え?ああごめん・・・それで・・・酷いことされてない?〙
「大丈夫・・・今食事を運んでもらったところよ。拷問どころか尋問すらないわ・・・だからわたしを攫った理由も不明なの。それと情けない事に気絶している状態で運ばれたから場所は分からないわ」
〘そうか・・・なら良かった・・・危なく街をひっくり返して探すところだった〙
「・・・やめなさい・・・とにかく私は大丈夫・・・それよりもどうやってジャナから声を?」
〘緊急時の為にジャナを使って念話出来るようにしといた。それと視覚の共有と操作もね〙
「へぇ・・・・・・待って・・・視覚の共有?」
〘・・・あー、ちょっと待てて〙
そう言うとジャナは辺りを見回す・・・するとすぐに視線の先にゲートが現れそこからロウが姿を現す
「お待たせ・・・いやーサラが攫われたと聞いた時はどうしようかと思ったよ」
自分がこれからどうなってしまうのか正直不安だった・・・それでも何故か余裕があったのは彼が来てくれると信じていたから
こんなにあっさりと助けに来てくれるとは思わなかったけど・・・反則よね・・・付き合ってからもこうして私をドキドキさせるなんて・・・まあそれはともかく・・・
「それで?視覚の共有についてお聞かせ願いますか?ご主人様」
「え?・・・いやほら・・・緊急時に・・・」
「それならなぜ教えてくれなかったのかしらねえ・・・聞いてたら服の中に入れなかったのに・・・それに確かセシーヌとペギーにもペットを渡したのよね?そのペットを使って何を見ているやら・・・」
「み、見てないから!てか渡したペットの事もすっかり忘れてたくらいだし!」
「渡した直後は覚えているわよね?2人もきっと何も警戒せず着替えたりしているはず・・・ペットの前であられもない姿になっているのをジッと・・・」
「だから見てないって!」
この慌てっぷりは怪しい・・・私はともかく2人には言っておいた方が良さそうね
「とりあえずここから出よう。本当だったら思い知らせてやりたいところだけど・・・」
「・・・待って」
「え?」
私の後ろに回り拘束を解こうとする彼を私は止めた
「ちょっといい考えがあるの・・・しばらく別行動しない?──────」




