342階 特色
昼飯を食べにサラと共に宿屋を出るとお昼時というのもあり呼び込みが盛んに行われていた
その中で気になったのが・・・
「紐食ってるけど・・・」
「あれはパスタよ。エモーンズにもお店あるけど行ったことない?・・・ただちょっと違うのは麺の色と私が食べたパスタはソースがかかってたものだけどあれはソースにつけて食べてる?」
灰色の細長い紐・・・麺を器用に箸で持ち上げ小さな器に入れてズルズルと吸い込む・・・そんな食べ方があるか!って思ったけどみんな同じように食べているから正式な食べ方なのだろう
「試しに食べてみる?」
「そうね・・・ちょっと怖い気もするけど・・・」
〘私はちょっとそこら辺見てくるにゃ・・・あれは食べれそうににゃいから〙
〘迷子になるなよ?〙
〘迷ったら宿屋にゲートで戻っとくにゃ〙
そう言うと肩の上から飛び降りたサキはスタスタとどこかへ行ってしまった
僕達は店に入るとメニューを広げて見てみた
聞いた事ないメニューがズラリと並び名前も見ても何が出て来るか全く想像がつかない・・・出来ればあの紐を食べてみたいが・・・
「すまない・・・そこのテーブルで食べているものと同じものをひとつ」
「じゃあ私もそれで」
「ざるそばですね。少々お待ち下さい」
あれはざるそばと言うのか・・・確かにメニューの端に書いてあるから看板メニューなのだろう
しばらく待つこと数分で灰色の紐と黒いコーヒーのような液体が入った器が運ばれてきた
見てると紐を適量取り器に突っ込み食べるのが主流らしい
「よろしかったらどうぞ」
そう言ってテーブルに置かれたのはフォークだった
みんな箸で食べているが実際はフォークで食べるものなのか?
「良かった・・・私箸って少し苦手なのよね」
そう言ってサラはフォークを手に取り紐をぶっ刺しクルクルとフォークを回し始めた
あまり上手くいかないのか時折眉をひそめながら回し紐の塊を作ると器に入れてから口に運ぶ
「・・・どう?」
「・・・・・・うん・・・まあ」
よく分からないといった感じで曖昧な返事が返ってきた
僕は他の人の真似をして箸で紐を掴み持ち上げ器に入れる。そしてよくかき混ぜてから口に入れるとサラの感想が頭に浮かぶ
「うん・・・まあ」
器の中のコーヒーは少ししょっぱい味・・・紐の方は特に弾力もなく口の中で解けて胃の中にすんなり入る感じ・・・何て言うんだろう・・・食った感じがあまりしないというか歯応えがないというか・・・
「お前さん達そばは初めてかい?」
頭の中で?を浮かべながら食べていると見かねた隣の男性が僕達に話し掛けてきた
「ええ・・・食べ方おかしいですか?」
「まあな。まっ初めてそばを食ったのなら仕方ねえさ・・・かなり特殊な食い方だからな」
「へえ・・・でも見てると同じ感じで食べてますけど・・・」
「そう思うなら俺の言う通りに食べてみな」
そう言って男はニヤリと笑うとそばの食べ方をレクチャーしてくれた
「いいか?適量を箸で掴み持ち上げる・・・そしてそばつゆにつけて・・・おっと!この店は少々辛口だからあまりつけなさんなよ?それで口に運んだら一気にすする!途中で止めんじゃないよ?掴んだそばは全部すするんだ。そして2、3回噛んだら喉に通す・・・どうだい?うめえだろ?」
うん・・・なんか・・・美味い
「そばはモグモグ噛んじゃいけないよ。喉越しを楽しむもんだ。すすってそばの風味とつゆを一気にかっこんでその風味を残したまま飲み込む・・・それが粋ってもんだぜ?」
いき・・・息?
「好みでネギやわさびを一摘み・・・まあ昔は臭味を取るためのわさびだったが臭味のない今のそばつゆには必要ないかもな・・・まっ、そこは好みが分かれるところだ」
ネギは分かるけどわさび・・・この緑のやつか
試しに箸で摘んで口に運ぶと・・・っこれは!
「グッ!サラ!毒だ!・・・くぅ・・・ツーンと・・・っ!」
「ガッハッハッ!毒って大袈裟だな!まっ、溶かすのは粋じゃねえけどそばつゆに溶かしてもいいしそばに乗せてもいい・・・最初はそばつゆに溶かした方がいいかもな」
溶かす?これを?・・・あっ、涙出てきた・・・鼻が・・・痛い・・・
「てか嬢ちゃん・・・そりゃあさすがに粋じゃねえ・・・」
「え?巻いちゃダメですか?」
「いやまあ・・・好きに食べるのもいいがそれだとそば本来の味が全く・・・だからそばつゆに突っ込むなっての!ああ~丸めて口に・・・嬢ちゃん俺が親だったら勘当ものだぜ?」
「そこまで!?」
「せめて丸めないで食ってくれよ・・・それと噛み過ぎだ・・・いいか?そばってのはな──────」
長い講釈からようやく解放されて店を出た
特にサラはダメ出しをされまくっていたな・・・僕は食べ方をマスターしてわさびの味も覚えてしまった・・・わさび・・・あれは癖になる
「・・・パスタが食べたくなってきた・・・」
どうやら最後まで『粋』とやらが理解出来なかったらしい。教えてくれていたおっちゃんも最後は匙を投げていたからな・・・サラには合わなかったみたいだ
その後は適当に街をブラついて見たが面白いものをいくつか発見した
まずは武器屋・・・盾や杖は売っておらず男達が腰にぶら下げていた剣・・・刀と言うらしいものがズラリと並んでいた
鞘から抜いてみると片刃になっていて剣より細く薄い・・・店主曰く剣より斬れ味は良いがその分折れやすいらしい・・・中には鉄すら簡単に斬れる刀もあるみたいだが刀の扱いに長けた者が扱えばどんな刀でも鉄が斬れのも刀の特徴なんだとか
つまり鉄が斬れる刀を熟練者が持つと何でも斬れる・・・って事か
サラに欲しいか聞いたら要らないと言われたので僕だけ購入・・・ベルトの間に差してみるとちょっとラズン王国の国民になった気分になった
他の店にも行ってみると目を引くものばかりだった
ほとんどの人が着ている服は着物と言い、履いているのは草履と言うらしい。着物を売っている店では試しに着させてくれて着方も教えてくれたので僕とサラの分を購入しついでに草履も買ってみた
普通の靴より断然風通しが良くて履きやすい・・・蹴りとかには向いてないけど普段歩くなら使ってもいいかも
2人して着物を着て草履を履いて街を歩くと幾分街に溶け込めたような気になる。となると後は髪型だ
探したけど髪をセットしてくれそうな店はなかったけどみんな誰にやってもらっているのだろう・・・まさか自分で?
「あら素敵な髪ね・・・どう?この簪付けてみない?」
通り過ぎざま小物を売っている店の人から声を掛けられた
その人が声を掛けたのは僕ではなくサラだ
「かんざし・・・ですか?」
「ええ。せっかく着物を着ているのに髪をひとつに束ねただけじゃ勿体ないわよ?ついてらっしゃい・・・髪を結てあげるわ・・・それで気に入ったら簪も買ってよね?」
その女性はサラを店の奥に案内すると髪を結い始める
前髪、後ろ髪、左右を器用に束ねて折り畳み留めていくとあら不思議・・・街にいる女性と同じような髪型に大変身した
「これでほら・・・ここに簪を刺すと出来上がり・・・もう少し化粧を落としてもいいかもね・・・素顔が素敵なのに勿体ないわよ?」
女性は売り物の簪の中から青色の鳥の模様が描かれた簪を頭に刺して僕に見せる。うん、やっぱりサラは青が似合う・・・店の人分かってるな
「なんか頭が重いような・・・」
「長い髪を上に全部上げているからね。普段は上げないの?」
「ええ・・・最近は・・・前はよく頭の上に二つのお団子にしてましたけど・・・」
「ああ・・・左右にお団子ね・・・あれはバランス取れてるし重みもそんなに感じないかもね。今のは全体的に上げて更に空気も入れているから重く感じるのかも・・・辛いなら戻すけど?」
「いえ・・・大丈夫です。ありがとうございます」
「ふふ・・・それで彼氏はどうする?彼女に買ってあげる?」
「ハハッ・・・もちろんです」
ここまでやってもらって買わない訳にはいかない・・・商売上手だな・・・デュランが欲しがるかも
「毎度。簪は髪を留めるのにも装飾としてでも使えるわ。髪を結わない時は着物に刺してもいいしね。また欲しくなったら来てちょうだい・・・種類も色々あるから見てて飽きないわよ?」
「ええ・・・その時は是非」
お礼を言いつつ店を出ると既に辺りは暗くなり始めていた
あまり昼間のそばが合わなかったサラだから夜は少しガッツリめがいいかな?
そんな事を考えながらふと後ろを見るとサラの歩き方がぎこちない
何でか尋ねてみるとサラは視線を上に向けて困惑した表情を浮かべた
「ちょっとね・・・崩れそうな気がして・・・」
「崩れる?」
「うん・・・頭を下げるとバラバラっと髪型が・・・ここの女性は何だか姿勢がいいなって思ってたけどこういうことだったのね・・・」
ああ、髪形が崩れそうなのか。確かにここの女性は姿勢がいい・・・真っ直ぐピンと背筋を伸ばしながら歩いている感じだ。まさかそれって髪型が崩れないように?それなら普通に下ろした方がいいのでは?
「ま、まあ今日一日くらいなら大丈夫かも・・・でもちょっと慣れないと辛いような・・・」
「それなら今日は宿で夕飯にしようか?ちょうど試したい事もあったし」
「試したい事?」
僕は頷くとぎこちない歩き方をするサラと共に宿屋へと戻った
そして部屋に入るとゲートを開き顔だけ覗かせる
「モッツさん」
「なんじゃぁ!?・・・急に顔だけ出すんじゃない!ビックリするじゃろ!」
「すみません・・・夕飯二人前お願いします」
「あん?・・・帰って来るのか?」
「いえ、ここで食べます」
「・・・なんじゃそら・・・まあいい・・・残したらぶっ飛ばすから覚悟しておけ」
「はいはい・・・じゃあよろしくお願いします。出来た頃にまた」
「分かった分かった・・・さっさとその顔を引っ込めろ」
どこに居てもモッツの料理が食べられるデリバリーモッツ・・・今度食材を渡して作ってもらおう・・・港町に行けば新鮮な魚とか売っているだろうし
「モッツさんに頼んだの?じゃあもういっか」
そう言ってサラは髪をぐしゃぐしゃにして一息ついた。どうやら崩れないように相当気を使っていたらしい・・・床に座り込み安堵の表情を浮かべていた
そしてモッツデリバリーにて料理を受け取ると2人で食事をし宿屋にある風呂へと向かう
宿屋にいる人はみんな備え付けの着物を着ているみたいだったので僕達も丈の合う着物を持って行った
残念ながら男湯と女湯で分かれているようなので入口でサラと別れて1人寂しく風呂場へ
すると広い風呂場の中央に大きな釜のような湯船があり、その釜にハシゴが取り付けられており蓋がしてあった
僕はハシゴに登り蓋を取ると一気にグツグツと煮えたぎる釜の中へ
「ん?・・・んん?・・・いや熱いわ!!」
足が火傷するくらい熱い!そこの部分がかなりの熱を持っているようだ!
僕は慌てて釜の縁を掴み飛び出すと真っ赤になった足を近くにあった水で冷やす
・・・もしかして足をつけないで入るのか?縁に掴まりながら?・・・でも縁も結構熱かったぞ?それに掴まりながらじゃゆっくり出来ないし・・・
もう一度ハシゴを登り中を見るとどうやっても足はついてしまいそう・・・お湯の温度はまあ熱い程度だったけど釜の温度は半端なく熱い・・・どうやって入るんだこれ?
さすがにもう一度入る勇気はなかったので渋々風呂場を出て部屋でサラを待つ事に
どうせ僕の方が早いと思って鍵である木札を僕が持っていて正解だったな・・・いやでもサラも同じように入れてないかも・・・
しばらく部屋でサラの帰りを待つと部屋のドアがノックされ内側から木札を差すとドアが開き備え付けの着物を着たサラが現れた
「・・・お風呂・・・入れた?」
「ええ、とっても気持ち良かったわ」
「熱くなかった?ほら、釜の底・・・」
「ああ、あれね。ちょうど先客が居たから入り方を教えてもらったの。もしかしてあなた・・・浮いていた木の板を取り外した?」
「え?蓋?・・・だって蓋を取らないと・・・」
「うん、普通はそう思うわよね」
そう言ってサラは教えてもらった風呂の入り方を僕にも伝授してくれた
どうやらあの蓋はそのまま踏みつけて入るみたいだ
そうする事で釜の底に足が触れないので熱くないと・・・いやどう見てもあれは蓋だろ・・・なんだこの国は・・・僕を騙して楽しいか?
「変わった国よね・・・色々と・・・他にも教えてもらったのだけど着物の下は何も着けないらしいし」
「なに!?」
「何だかスースーするし・・・私もしかして騙された?」
「いや!多分それが正解だ!うん・・・着物に下着は似合わないよ・・・絶対!」
ここで下着を着けられたらたまったもんじゃない!それにしても下着を着けてないのか・・・いい感じではだけているし・・・
・・・何だこの国は・・・色々あったが益々好きになってきたぞ──────




