340階 料理長
モッツを説き伏せる事が出来たら連れて行っていいと言っていたデュランだったが実際に説き伏せたと話したら驚きと困惑の表情を浮かべていた
デュランは無理だと思っていたのだろう・・・まあ反則みたいな手を使ったけど正攻法なら無理だったろうな
「しっかし乗組員を脅しのタネにした時はぶん殴ろうかと思ったよ・・・まっ、あんたはそんな事はしないだろうけどね」
「・・・」
「・・・まさかあんた・・・本気で脅そうと・・・」
「ま、まさか!ハハッ・・・」
本気じゃなければモッツは釣れなかっただろうな。少なくともあの時はやってやろうかと本気で言っていた・・・多分僕の予想だと・・・
「ふん!ようやく解放されたわい・・・陛下はともかく他の連中までくどくどと・・・うん?ネターナ来てたのか?」
王宮内の僕達が与えられている部屋にモッツが疲れた様子で入って来た
「そりゃあねえ・・・アタイ達こんな関係だから」
そう言って僕の腕に絡みつき胸を押し当てるネターナ・・・背後から殺気がヒシヒシと感じるから冗談でもやめて欲しいのですが
「ネターナ様・・・あまりご主人様を困らせないで頂きたいのですが?」
「困らせてるつもりはないけど?ほら下半身は正直に・・・」
「ネターナ様!!」
ネターナの手が僕の下半身に伸びた瞬間にサラが彼女を窘める・・・いや、反応してないよ?本当に
「・・・どうでもいいがいつ出発するんじゃ?認めたくないが10年間牢におって足腰が衰えておる・・・長旅となればいくらか鍛えておかねばならぬのじゃが・・・」
「この国は明日発ちます。別に鍛えずともそんなに歩かないので大丈夫ですよ」
「急じゃのう・・・まあいいわい。どうせ国外追放の身だ、長居は出来ぬじゃろうしのう」
少し寂しそうに笑うモッツ・・・僕の元に来る事に決まってからは覚悟を決めたのか牢屋の中に居た時と比べるとかなりしおらしくなった。そして時折今みたいに寂しそうな顔をする・・・やはり国を離れるっていうのは寂しいものなのだろう
その後デュランに明日発つ事を伝えると夜にはお別れの宴を開いてくれた
思えばアーキド王国の滞在中は宴三昧だった気が・・・それだけ歓迎されているって事かな?まあ一部の人には嫌われているけど・・・
そして次の日の朝、デュランとネターナ自ら見送りに来てくれてその中には港からわざわざ駆けつけてくれたであろう船乗りの姿も多く見えた
その中で妙に神妙な面持ちの3人が他の船乗りより前に出てモッツを見つめていた
「・・・あの3人ですか?」
「何の話じゃ?知らぬ連中じゃよ」
僕の問いにモッツは彼らを見向きもせず歩き出す
彼らは僕達が見えなくなるまでずっとその場に立ち尽くしモッツを見送っていた・・・
随分先の話だけどモッツが酔った時に話してくれた
『上官殺し』の真相を
酷い嵐の夜だった
当時の船長は食堂で1人豪華な飯を食らい酒を飲んでいて背後から忍び寄る気配に気付かなかった
激しい痛みを感じ振り返ると青年の顔が映る・・・憎しみが籠ったその目を見てその時初めて自分が刺された事に気付いた
船長が何とか立ち上がり抵抗しようとするが続けざまに別の2人の青年が持っていたナイフを突き立てる
船長が地面に倒れようやく事態に気付いたモッツが駆け付けた時には船長は虫の息・・・そしてそんな姿を見つめる3人が血塗れたナイフを持ち立ち尽くしていた
床に広がる血の海・・・助かる見込みはないと判断したモッツは厨房から取り除いていた魚の内蔵を息も絶え絶えの船長の口に放り込む
「何を・・・」
「これで共犯じゃな・・・さてどうする?ワシと共に自首するかワシだけが捕まるか・・・どっちにしろワシは助からん・・・意味は分かるな?」
「なんで!」
「・・・未来ある若者をここまで追い詰めたのは此奴じゃ・・・じゃがワシは此奴より長く乗っている・・・副船長が無理でもワシの意見なら聞いてくれたかもしれん・・・なのにワシは言わんかった・・・お前さん達が苦しみ飯も喉に通らない事を知っていたにも関わらず・・・忠告するせんかった・・・ならばワシも此奴と同罪じゃて・・・事が起きてから気付くとは・・・ワシも耄碌したものじゃ」
「そんな・・・モッツさんは悪くない!全てコイツが・・・」
「エージ・・・お前さんは確か許嫁がおったよな?ブナス・・・お前さんは父親を早くに亡くし女手一つで育ててくれた母親を今度はお前さんが支えなきゃならんのだろう?デジル・・・お前さんの目標は立派な船長になる・・・じゃったか?こんな事でその目標を失っても良いのか?」
「・・・」
「さっきも言うたようにワシはどっちにしろ処刑される・・・それが若い者を先導して毒を盛り上官を殺した極悪人か若い者の為に立ち上がり上官を殺した愚か者かの差じゃ。ワシを極悪人にさせるなよ?」
「・・・モッツさん・・・」
「分かったら行け・・・それとワシはこれから幽閉されるじゃろうから料理はエージ・・・お前さんに任せた。ワシの手伝いを何度かしてて勝手は分かるじゃろう?」
「・・・はい・・・」
「・・・最後にひとつ頼みを聞いてくれるか?・・・出された料理は残さず食べろ・・・料理人にとって残されるのが一番頭にくる・・・まあ不味けりゃ仕方ないかもしれんがワシの飯は不味かったか?」
「・・・世界で一番美味かったです!」
「世界だと?世間知らずの若僧がよう言うわい・・・なら残さず食え・・・それがワシへの手向けとなる──────」
その話を聞いたのは今から数年後だ・・・その頃には普段から仏頂面だったモッツもだいぶ笑うようになった
今の僕は真相を知らない・・・けど何となくだがモッツは誰かを庇っている・・・そんな気がしていた
そして現在──────
「もう疲れましたか?」
「ぬかせ・・・いや、そうじゃのう・・・少し疲れたかもしれんのう・・・」
見えなくなるまで見送っていた彼らに後ろ髪を引かれる思いなのか時折立ち止まるモッツ・・・もう二度と会えないとの思いから足が思うように前に進まない
「・・・また会えますよ・・・きっと」
「誰にだ?それに気休めを言うでない・・・この国の者とはもう会う事はない」
「どうでしょうね?私の領地であるエモーンズ・・・そこに港を作ります」
「だが交易はしないのだろう?陛下からそんな話を聞いたぞ?」
「今は、ね。でも利益が出ると分かれば交易はされるでしょう・・・そうすれば彼らの方からやって来ますよ・・・貴方に会いにね」
「ハッその嘯く癖は治した方が良いぞ?叶わぬと分かったら信を失う事になる」
「ただの門番だった私が20になって辺境伯となった・・・街に港を作りアーキド王国と交易を始めるのとどっちが奇跡と言えますかね?」
「・・・ならば早目に実現させるのじゃな・・・ワシはそんなに長生きせんぞ?」
「10年も牢屋暮らしでそこまで元気なら長生きしますよ・・・それにそんな遠い未来ではありませんから安心して下さい」
「よう回る口じゃ・・・期待せずに待っておくとする」
不機嫌そうな顔をしてそっぽを向くモッツ・・・その足は本当に限界が近いのか少し震えているように見えた
「んでどこまで歩くんじゃ?まさかフーリシア王国まで歩くとは言わんじゃろうな?」
「そのまさかですよ」
「・・・お前さん曲がりなりにも貴族なのじゃろ?」
「成り上がりのなんちゃって貴族です。さて、そろそろいいかな?」
「?」
人気がないのを確認すると目の前にゲートを開いた
「なんじゃこれは・・・」
「ささっ、怖がらずに入って下さい。新しい職場に案内しますよ」
「何を言って・・・おい!押すな・・・このっ・・・」
無理矢理モッツをゲートに押し込むと僕とサラも後に続く
ゲートの先でモッツは突然の事でキョロキョロと辺りを見回し驚きの表情を浮かべていた
「ここは・・・」
「フーリシア王国エモーンズの私の屋敷です。ここの調理場が貴方の職場に・・・」
「ちょっと待て!エモーンズじゃと!?何を訳分からん事を・・・」
「お帰りなさいませご主人様。このお方は・・・」
「アダムか・・・この人はモッツ・・・この屋敷の料理長を務める事になる。まあ今いる料理番の人の方が腕が上ならその人の下に付くようになるけど・・・何せ10年もの間料理してないみたいだから腕もだいぶ錆び付いている可能性もあるし・・・」
「ぬかせ!10年くらい包丁握らないくらいで錆び付くほどヤワではないわ!どうやって来たか分からんがどうでもいい!厨房に案内せい!」
僕の煽りを真に受けて憤慨するモッツはアダムの案内で厨房へ
この屋敷の料理番はそこまで経験がなさそうな若い人達だったからいきなり現れたモッツの言う事を聞いてくれそうだけど・・・まあ上手くやってくれる事を祈るしかないな
その日は出掛けずに屋敷に過ごす事にして夜はモッツが作ったという料理を口にした
偉そうな事を言っていて不味かったら文句を言ってやろうかと思ったが10年ぶりに作ったとは思えないほど美味だった・・・味付けはシンプルなものばかりでその理由を聞いたら『素材の味を活かせず何が料理人だ。適した調理と少々の味付けで十分・・・味付けを濃くするのはただ誤魔化しているだけだ』と言っていた
まあ料理人それぞれにこだわりがあるのだろう・・・僕は分からないので適当に頷き食事を楽しんだ
その後モッツは厨房に足りないものとか色々と注文をつけてきたのでアダムに要望通りにしてやれと言っておいた
元からいた料理番もモッツの料理の腕前を絶賛していたのでどうやらすんなりモッツが料理長の座に収まりそうだ・・・これで魚が手に入れば言う事ないんだけどな・・・暇な時に釣りでもしてみるか──────
──────モッツの真相告白から更に数年後・・・エモーンズの港には巨大な船が停まっていた
エモーンズとアーキド王国の交易の始まり・・・その最初の船がやって来たのだ
その船の船首には気難しい顔をした初老の男の像
船長の名はデジル、副船長にブナス、そして料理長はエージ
3人は領主の屋敷に招かれると食堂で山盛りの料理を無心で食べていたという
その後3人では到底食べきれないと思われた料理は全て食べ尽くされ苦しそうにしながらもどこか楽しげな3人の姿が目撃された──────




