339階 モッツ
「断る」
牢屋の中の樽体型の髭オヤジは一言で話を終わらせた
モッツ・・・『上官殺し』の罪を犯し処刑される事も解放される事もない状態の彼に差し伸べられた手は彼には届かなかった
「何言ってんだい!今の話を聞いてたかい?外に出られるんだよ?確かに国を出るのはイヤかも知れないけど・・・」
「ハナタレ娘が言うようになったな。今は海将だっけか?別に国を出るのがイヤとかじゃねえよ・・・犯した罪はワシが一番よく分かっとる・・・処刑にせぬのならここから出る気はない」
「あの時は皆の気持ちを汲んで・・・皆を守る為にやった事だろう?」
「それが許されちまったら船の秩序が保てない事くらいは分かってんだろ?船長の命令は絶対・・・それが崩れりゃ船は沈む。だからこその掟だ」
「・・・このわからず屋が・・・」
ネターナが何を言おうと聞く耳持たないモッツ
王都に帰り船の事は諦めるからモッツをくれと言った時のデュランの顔が思い出される
『無理だ』と言いたげなその顔で送り出されて牢屋の馬車までネターナと共に来たけど確かに取り付く島もない
モッツは全て覚悟の上で『上官殺し』を行った。許されない事が分かってて・・・そしてこうも考えている『許されるべきではない』と
許される前例を作ってしまえば秩序は乱れる・・・たった一度の前例も作ってはならないと起こした本人が考えているんだ
「・・・一生牢の中から出ないつもりかい?」
「意外と快適じゃぞ?何もせずとも飯は出てくるし・・・まあ味はマシになった方だが美味くはないがな」
「このっ・・・」
何故か監視役の兵士がモッツの言葉に照れ笑いしていた。もしかしてこのオッサン・・・出された料理に文句をつけ指導でもしたのか?
「ネターナ船長・・・私が話しても?」
「・・・ああ・・・」
「初めて見る顔じゃな・・・船乗りって訳でもなさそうじゃが・・・」
「初めまして・・・フーリシア王国辺境伯ロウニール・ローグ・ハーベスと申します」
僕が頭を下げて挨拶するとモッツは明らかに嫌そうな顔をした。あまりフーリシア王国に良い印象は持っていないようだ
「ワシを連れて行こうって物好きか・・・聞いていたじゃろう?ここを出てまで働く気はない・・・分かったらさっさと去れ」
「それは残念ですね・・・モッツさんの作る料理を食べてみたかったのですが・・・」
「そんな日は永久に来んよ」
「・・・本当にそうでしょうか?」
「なに?」
ここまで頑なにされると逆に是か非でも食べたくなるな・・・モッツの料理
だけど彼は全く出る気はない・・・となれば・・・
「強引に連れ出しても無駄でしょうし諦めようかと思ったのですがひとつ疑問が・・・話を聞いた限りだと当時の船長に『毒を盛った後に殺した』と聞きましたがどうして毒でそのまま殺さなかったのですか?」
「ふん!そんな事か・・・ただ致死量に至る毒を持っていなかっただけだ。毒は釣った魚の毒を使った・・・本来なら取り除く部分を取り除かずに出したのだがそれだけでは致死量には至らないからな」
「なるほど・・・では確実に船長だけを狙えたのですか?他の人が口にしてしまったら?」
「船長は他の乗組員と食う時間が違う。それに奴はグルメを気取り他の乗組員とは差をつけろと言っていたからな・・・奴だけ別皿にして珍しい料理を出しても疑いもせず食べよったわ」
「そうですか・・・それで毒で動けない船長を?」
「そうだ」
「どうやって?まさか包丁で料理するように?」
「・・・なぜそこまで言わないといけないんじゃ?殺したのはワシ・・・それで済む話じゃろう?」
「そうですね。ですが全て1人でやったと言うのはいささか疑問が残るところでして・・・もしかしたら誰かと共謀して船長を殺したのでは?」
「ハッ!何を言うかと思ったら・・・別に難しい事ではな・・・」
「相当恨まれていた船長が毒を盛られて身動きが取れない。。絶好の復讐の機会だ・・・さあみんなで殺してしまおう・・・なーに突然死した事にして海に放り投げてしまえば証拠など残らない・・・なんて事が起きたかも・・・」
「バカなことを・・・それならワシが正直に言わずともいいではないか」
「他の乗組員と違い良心の呵責に耐え切れず自首した・・・だけど他の乗組員の事は一切喋らずに」
「とんだ妄想家だな。紛れもなく奴を殺ったのはワシじゃ。他の者は誰も手を出してはおらん!」
「ならなぜ貴方を庇うのですか?大罪を犯した貴方を庇えば立場が悪くなる事を知っているにも関わらず・・・それは自分達も手を出した後ろめたさからでは?」
「違う!奴らは・・・」
ネターナの話だと船長を殺害する計画を立てていた乗組員の話を聞いて乗組員達が実行する前にモッツが実行したって話だ。それが本当か嘘かは分からない・・・けどその話は公にはなっていないらしい・・・公になれば計画した者達も罰せられるからだ。それ故にモッツはなぜ乗組員が彼を庇うのかは言えないはず・・・そして言えないのなら共謀したという僕の作り話も強くは否定出来ない
「・・・何が狙いじゃ?」
「このまま頑なに牢に残るならデュラン陛下に進言して再調査をしてもらいます。10年前ということで記憶も曖昧でしょうけど事が事です・・・証言に食い違いがあれば疑惑が深まり捕まる者も出てくるでしょうね」
「・・・おのれ・・・この悪魔が・・・」
「なぜ?私が悪魔?悪魔は貴方でしょう?」
「なんだと?」
「誰が殺したかなんて私にはどうでもいいのです。乗組員の反応から殺されるべくして殺されたのでしょう。貴方が誰と共謀しようが単独でやろうが・・・そんな事はどうでもいい。ただ他の乗組員の気持ちを無視して死にもせず牢屋の中でダラダラしてブクブク太りあまつさえ支給される食事にケチを付ける毎日を過ごす・・・そんな人が悪魔ではなくなんだと言うのですか?」
「乗組員の気持ちじゃと?」
「貴方の事をみんなが庇っている事をご存知ないと?処刑されないよう必死に訴えているらしいですよ?まあ知らなければ無理はありませんね・・・失言でした。もし知っていてここに居るのなら悪魔のような人だと思っただけです」
「・・・どうして知っていたら悪魔なんじゃ」
「え?分かりませんか?みんなが貴方を庇うのは貴方の行動が正しいと思っているから・・・国では大罪とされている『上官殺し』をです。だけど国は認められない・・・認めれば秩序が乱れてしまうから・・・貴方は英雄気取りで気は楽かも知れませんけど他の人達はどうでしょう?いつまでものうのうと生きている貴方を庇い続ける人達・・・国は彼らの意を汲んで貴方を生かし続けるが逆を言えば彼らが見捨てれば処刑される事になる。それなのに貴方は・・・」
「っ!だったら処刑しろ!今すぐに殺せ!!」
「10年ものうのうと生きて今更ですか?牢屋の中で偉そうにふんぞり返りやがって・・・生かされているだけなのに勘違いしてんじゃねえぞ」
「・・・貴様・・・」
「みんなに庇われて生きているからどんなに素晴らしい人物かと思いきや生かされている事も知らずにあぐらをかいてただ生きるだけの屍だったとは・・・期待外れもいいとこだ」
「貴様に何が分かる!最初は美味い美味いとたらふく食っていた連中が血反吐を吐き食事すらままならない毎日を過ごす・・・当の本人はそんな連中を見て1人美味そうに飯を食らう・・・ワシはそんな奴の為に飯を作ってんじゃねえ!疲れた体を癒し健康でいられるように心を込めて作ってるのじゃ!そんな奴に・・・そんな奴にワシの作る飯を食う資格は無い!」
「だからそんなのはどうでもいいって言ってんだ・・・私が言っているのは恩義を感じて庇っている連中がいる事を知らずにここでみっともなく生きている貴方の事だ」
「知っているさ!だからなんじゃ!死ねと言いたいのか!?」
「違うね・・・庇っている彼らの気持ちを汲めって言ってんだ。彼らが何を望むか考えた事はあるのか?処刑されなければ満足すると思っているのか?ちゃんと向き合い考えろよ・・・逃げて彼らの気持ちを無視するのではなく・・・受け止め真剣に考えろよ・・・それで処刑されたきゃ私に言え・・・そんなクソ野郎を殺すのに何の躊躇いもないからな。ただ少しでも彼らの事を思うなら・・・10年という長い呪縛から解き放ち私の元へ来い」
「・・・なぜ貴様の元に行く事が連中の呪縛を解き放つ事になると言うのじゃ・・・意味が分からん!」
「本当に意味が分からないのか?彼らは貴方に生きて欲しいと願っていると・・・ただこの国では難しい・・・『上官殺し』は大罪・・・許してしまえば事例として残ってしまう。だけど無罪放免ではなく国外追放という罰を与えれば国も体裁は保てるしデュラン陛下の友である私の元に行くと言うのなら彼らは安心して貴方を送り出せるのでは?」
「貴様が陛下の友・・・じゃと?」
モッツはネターナの方を見ると彼女は肯定の意味で頷いた
「アタイも驚いたけどね・・・本当の事さ。彼は陛下の友となった・・・王としてではなく個人的にだけどね」
「・・・陛下の友・・・」
「いい提案だと思いますけどね・・・国としても彼らとしても貴方から解放される・・・まあ国と彼らをもっと苦しめたいのならここに居続ければいいと思いますけど・・・」
「・・・どっちが悪魔だ・・・断れん提案をしてきおって・・・」
「沢山の人に慕われる貴方の料理を食べたいが一心です・・・その為なら悪魔にでもなりますよ」
「・・・ワシは連中を苦しめていたのか?・・・ただワシは・・・」
「苦しめているつもりもなければ彼らも苦しんでいるとは思ってはいないでしょう。貴方は当然の事をしたまでで、彼らも当たり前の事をしているだけです。ただ貴方も彼らも国も解決策が見つからないままダラダラと10年も経過してしまっただけ・・・だから取り戻せその10年を・・・私の元で美味い料理を作りこの国まで轟かせ彼らを安心させてみろ」
「・・・お前さんの所って具体的にはとこなんじゃ?」
「フーリシア王国のエモーンズという街だ」
「そう言えば辺境伯と言っておったな・・・エモーンズ・・・フーリシア王国の最南端の街か・・・そこからこの国に轟かせろって?まったく・・・夢物語もいいとこじゃ」
「けど出来るでしょ?貴方なら」
「死者に鞭打つが如くの言い草じゃな・・・それに連中を解放する為に来いか・・・お前さんの前からは悪党も裸足で逃げ出しそうじゃのう」
「その逃げた悪党すら戻って来るような料理を期待してますよ」
「ケッ・・・毒でも混ぜてやろうか?」
「私を悪と判断したら遠慮なく」
僕が格子の中に手を差し伸べると彼は渋々ながらその手を握った
こうして僕は魚料理が出来る料理人を迎える事に成功・・・アーキド王国にとってもモッツにとっても乗組員達にとってもいい結果になったと思う
後に料理人モッツはアーキド王国はおろか大陸全土にその名を馳せる事になるが・・・それはもっと先の話だ──────




