338階 ネターナ・フルテド・アージニス
「ハーハッ!陛下に船を一隻貰う約束をしたって!?港もなく経験もないのに?」
「港は作る予定でした・・・経験は・・・まあ何とかなると思ってましたが・・・」
「悪い事は言わないからやめときな。10年で半人前20年でやっと一人前の世界だ・・・貰っても動かせず宝の持ち腐れになるのが関の山さ」
「ですよね」
指導者がいれば何とかなるかもしれないけどそれでも新規で乗組員を雇って育てて・・・一体いつになったら自分達だけで魚が獲れるようになるって話だ
「そんなに魚が好きならここに住んじまいなよ。ここなら何時でも新鮮な魚が食い放題だよ?」
「そこまでするつもりは・・・」
「けどあんたのペットは随分と魚に執着しているみたいだけどね」
ペット・・・サキは色んな人から可愛がられ魚を貰って満足しているみたいだ。もう本気で身も心も猫だなありゃあ
しかしみんな明るいな・・・あんな事があったばかりと言うのに・・・そう言えばネターナは『歓迎の宴』と『弔いの宴』と言っていた。歓迎は僕達・・・弔いは・・・
「不思議かい?仲間が死んだってのに笑ってて」
「ええ・・・まあ・・・」
「泣いたって生き返りゃしないからさ・・・せめて笑顔で送ってやりたいってね。それに海の上で落ち込んでたら生きてる連中も危なくなる・・・ひとつのミスが命取りになる海の上じゃ悲しむ暇もないってね」
宴と言うのは名ばかりの催しになると思いきや豪華な料理が次々に出されて酒も入り船員達は肩を組んで歌っている。誰もが大きな口を開けて笑い時折海に向けて酒の入ったグラス を傾ける。海に酒を捨ててる人もいたがあれはもしかしたら死んでしまった彼に飲ませているのかもしれないな
「今回みたいな事は結構あるんですか?」
「魔人化かい?・・・ないね。長旅になるから出発前と航行中の健康チェックは欠かさない・・・魔蝕になってたら先ず船には乗せないしなったら近くの港に降ろす・・・海上でなっちまったら船は沈没し乗組員の命は絶望的だからね」
「という事は今回は突然?」
「そうなるね。確かあれって核が傷付き本来マナに変換されるはずの魔力が溢れて・・・ってやつだろ?って事は今回はいきなり大きな傷が出来たって事なんだろうね」
ラックの妹のネルちゃんやラルの母親のムルさんは核の傷から少しずつ魔力が出て体を蝕み苦しんでいた。ネルちゃんは体が耐え切れずムルさんは魔人化する前にセシーヌに治療してもらったけど2人共そんなすぐには死んだり魔人化したりしなかった。彼の場合は症状が出なかったのかそれともネターナの言う通り傷が大きかったのか・・・今となっては分かりようがないか・・・
〘ねえ・・・あの魔人がどこから帰って来たのか聞いて〙
ダンコ?
「ネターナ船長・・・彼はあの船でどこへ行ってたのですか?」
「ん?今朝出発したばかりだ。それで異変があって引き返そうとした時に・・・」
だそうですけど
〘ならここから出発する前はどこに行ってたか聞いて〙
「その前はどこに行って帰って来たか分かります?」
「それは・・・オーキン!グラムは一つ前はどこに行ってた?」
「確かケッペリっすね。ラズン王国の」
高台でネターナと揉めていた男オーキンがネターナの問い掛けに答える
それを聞いてどうすんだ?
〘この街かこの国・・・それかそのケッペリって街にいるかもしれないわね・・・魔族が〙
〘っ!魔族?〙
〘自然と核が大きな傷を負うことはそうそうないわ。かと言って人間同士で争って傷付いたのなら核だけじゃなくて他の場所も傷付いているはず・・・本人が気付かないなんてまずありえない。となると核だけを意図的に傷付けられたか『種』を埋め込まれたか・・・〙
〘種?〙
〘魔族の中にいるのよ・・・人間の体内に種を仕込むの・・・その種は魔力で育つから自然と核にくっ付いて魔力を吸収しやがて・・・破裂する〙
〘ゲッ・・・体内で破裂??〙
〘ええ・・・それほど威力が高いものでは無いけどね・・・ただ近くにある核は十分傷付けられる・・・そうなれば数時間で魔人化してもおかしくはないわね〙
〘なんでそんな事を・・・〙
〘決まっているでしょ?人間を恐怖のどん底に陥れて魔力を濃くする為よ〙
〘・・・〙
「ねえ?いきなり黙りこくってどうしたんだ?ケッペリに何か?」
「いえ・・・なんでもありません」
確証がないのに言う訳にはいかない。それこそ魔族の思うつぼだから・・・
「ふーん・・・もしグラムの魔人化の原因があってそれが分かったのなら真っ先にアタイに教えな・・・その原因を潰すのは・・・船長であるアタイの役目だ」
さすが海将と呼ばれるだけはある・・・ネターナは強い・・・
船を壊したくないからと言っていたけど本当なのだろう・・・もし魔人が船上ではなく陸地に現れていたら彼女は苦もなく倒していたはずだ
「・・・話は変わるけど陛下に気に入られたって事は当然勧誘されたんだろ?しかも破格の待遇で・・・なぜ断ったんだい?」
「ネターナ船長はここにいる仲間を置いてフーリシア王国に来いと言われて行きますか?」
「なるほど・・・行かないね」
「そういう事ですよ」
「この国に来るって言うなら今回の礼でアタイをあげても良かったけど」
コラコラ
「国に戻るって言うならそれも無理か・・・だが礼はしないと気が済まないから・・・何が欲しい?アタイを一晩って選択肢もあるけど・・・」
い、要らんわ!
船を貰うつもりだったら熟練の乗組員を貸してくれとでも言ってただろうけど今は船はもう貰うつもりは無い。となると・・・
「料理人・・・魚料理が得意な料理人はいませんか?」
「そりゃあいるにはいるけど、はいどうぞって訳にはいかないよ?自ら国を出てあんたの所に行きたいって言うならまだしも強制は出来ないね」
そりゃあそうか・・・となると船もダメ料理人もダメ・・・魚が泳いで逃げて行く・・・
「・・・あっ・・・宛がないって訳でもないよ・・・でもまあアイツはやめといた方がいいかもな・・・」
「え?いるんですか?エモーンズに・・・フーリシア王国に来てくれそうな料理人が」
「まあね。ただ・・・フーリシア王国に行きたがるって言うよりこの国に居場所がないだけだけどね──────」
ネターナが話してくれた料理人の名前はモッツ
彼は船専属の料理人だった
それも10年も前の話だ
10年前から彼は船を降りある場所に幽閉されている・・・その場所は・・・
「牢屋に10年!?一体なぜ・・・」
「地上でも大罪だが海上では禁忌とまで言われている『上官殺し』をやっちまったのさ。料理に毒を盛り動けかなくしてね」
上官殺し・・・モッツは当時乗っていた船の船長に毒を盛って殺害。ネターナの言う通り地上でも極刑に値するが船の上ではあってはならない事なのだとか
海に出ると船は完全に孤立する。その中で秩序が乱れれば海の中で立ち往生してしまいやがて沈没してしまうのだとか
船に乗り込んだ全ての者が協力し動く船・・・確かにその中で『上官殺し』なんて事が起きれば秩序は乱れに乱れ孤立した船の中は一気に修羅場となりそうだ
「『上官殺し』を許してしまえば命令系統はズタズタになる。船長は全ての乗組員の命を預かっている・・・時には非情な決断も必要となるけどそれは乗組員との信頼関係があってこそ出来る決断・・・例えば感染力の強い病に倒れた乗組員を生きたまま海に放り投げる・・・なんて事も時には必要なのさ」
・・・感染が拡がれば全体に危険を及ぼすからか・・・逃げ場の無い船の中では仕方ない・・・のか?
「もちろん隔離などで済ます場合がほとんどだよ。けどかかった奴が船内を歩き回ったら?命令違反は重罪だ・・・特に乗組員の命を脅かす行為はね。アタイもそんな奴は海に放り投げる・・・まっ、そうならないよう普段から上下関係には厳しくしてはいるけどね。とまあそんな訳で普段から上下関係は厳しくしているから『上官殺し』は禁忌なんだ。それを許せば上下関係なんて築けない・・・上官は乗組員の顔色を伺い乗組員は上官に反抗する・・・その状態では関係に軋轢が生まれ船はまともに進む事が出来なくなるだろう・・・だからモッツの犯した罪は決して許されない・・・許してはいけないんだ」
「でもネターナ船長はそんな彼を助けようとしている?」
「助けるつもりはないさ・・・アタイもその事件が起きた時は一船乗だった。けどまあ当時同じ船に乗っていた者達はそんなモッツを庇うんだ・・・禁忌を犯した者を庇うだけでも重罪なのにも関わらずね。本来ならとっくの昔に処刑されていたはずのモッツ・・・だがあまりにも乗組員達の命乞いが激しくて国も処刑に踏み切れずダラダラと10年もの間牢屋に閉じ込めているって状態なんだよ。許してくれと願う乗組員達と絶対に許してはいけないとする国・・・二つの意見がぶつかり合いその結果が今に至るって訳さ」
「・・・なぜモッツは上官を殺したのですか?」
「見るに見かねて・・・って話だよ。当時のその船の船長は横暴で横柄・・・乗組員の事を奴隷か何かと勘違いしていたんじゃないかって言われるほど人使いが荒かったらしい。暴君と化した当事の船長・・・信頼関係などとっくに破綻していて乗組員達は我慢の限界を迎えていた・・・そんな時にある乗組員達が反旗を翻そうと計画を立てそれを偶然知ってしまったモッツは彼らが行動を起こす前に・・・」
「なるほど・・・ではその計画を立てていた人達が処刑の反対を?」
「いや・・・その乗組員はおろかモッツに関わった事のある者のほとんどが反対している・・・彼の行為は正しいと・・・国としては認める訳にはいかないけどその主張は理解している・・・だからややこしい事になっているのさ」
それでか・・・処刑は出来ない・・・けど無罪放免って訳にもいかないから・・・
「正直国外追放の話もなかったわけじゃない。だけどあまり人付き合いのうまい方じゃないからね・・・見知らぬ土地に放り出されたら生きていくのは難しいのは目に見えていた・・・それにモッツを匿う者も出てくるだろう・・・そうなれば国としてその者を処罰せざるを得ない。国としては幽閉しておくしかなかったけど・・・身元も分かっていて請われて行くと言うのなら皆も納得して送り出してくれると思う」
そういう事か・・・それなら・・・
「一度会わせてもらえませんか?そのモッツに」
「ああ・・・明日一番で王都に・・・もし望むならアタイが話をつけてやるよ。船の代わりにモッツをって話なら陛下も断りはしないだろうけど念の為にね──────」




