335階 不穏
最近とても情緒不安定だ
昨日だってあんな事をするつもりは一切なかった・・・適当に王様に会って挨拶して帰ろうと思ってたくらい・・・なのに・・・
体を起こして隣を見るとまだ彼女は眠っていた
彼女を献上しろみたいな流れになった時・・・人間だった彼らはただの喋るモノに変わった。殺しても・・・罪悪感なんて感じないモノに
王様の持っている『鑑定の眼』が僕にもあったとしたら彼らの価値は0ゴールドと映っただろう。存在価値などありはしないただのモノだから
けどそれはあくまで『僕にとって』だ。彼らには彼らの帰りを待つ愛しい人がいるかもしれない・・・小さな子供がいるかもしれない・・・僕にとっては無価値でもその人達にとってはかけがいのない存在なんだ
そういう事を冷静に考えられるようにしないと・・・後から後悔しないように・・・常に冷静に・・・
「朝だぞ!いつまで寝てやがんだ!」
突然ドアが開け放たれ朝から鬱陶しい顔を見させられる
僕は瞬時にベッドから飛び出すとその鬱陶しい顔面に蹴りを食らわせた
「てめえいきなり何しやがるんだ!痛えじゃねえか!」
「黙れ・・・僕の決意を一瞬で無にした罪は重い・・・死して償え」
「朝から物騒なこと言ってんじゃねえよ!意味が分かんねえし!」
「・・・ん?・・・ロウ?」
エイマールが朝から騒ぐもんだから寝ていたサラが起きてしまった。振り返るとサラが起き上がりその際にかけてあったシーツが・・・
「ふん!」
「ぐぁっ!目がぁ!目がぁぁぁ!」
危なくエイマールに見られるところだった・・・危ない危ない
「て、てめえいきなり目突きしやがって・・・」
「とか言ってサラの裸体を見ようとしただろ?」
「裸体・・・んなもんまだ見てねえよ!」
「・・・まだ?・・・やはり見るつもりか!」
「意味分かんねえことほざくな!陛下がお呼びだ!さっさと準備して来い!」
「先にそれを言え・・・って訳でお前は部屋の外で待ってろ!」
「てめえ・・・ギャン!」
まだ部屋の中にいたエイマールを蹴り飛ばしドアを閉めた
部屋の外で何か喚いているが気にしない・・・次入って来たら喚き散らせぬよう舌を引っこ抜いてやろうか
「ロウ・・・昨日の講義は無駄だったようね」
「違っ・・・これはエイマールの奴が部屋に勝手に入って・・・ほら、サラの裸を見られそうになったし・・・」
「・・・私が裸なのはあなたが眠いと言いつつ服を剥ぎ取ったからでしょ?そのせいで・・・とにかく私の服を取って!国王陛下を待たせちゃダメでしょ!」
「はい!」
剥ぎ取ったなんてそんな・・・けどメイド服ってなんであんなに脱がせにくいのだろう・・・脱がせやすいメイド服を考案する必要があるな
「早く!」
「はい!」
サラに怒られて放り投げた服を急いでかき集める。途中下着を拾って伸ばして遊んでいたら本気で蹴られて首がもげそうだった・・・
痛めた首を押さえながら王様の待つ食堂へ
僕が痛そうにしていると王様が何かあったか聞いてきたので『名誉の負傷です』とだけ答えておいた
「貴公は船を見た事は?」
「いえ、ありません」
出された朝食を食べている最中に突然質問されたので素直に答えた
エモーンズの南には海が広がっているけど何も無いと聞いていたので実際に行ったことはなかった。もし海に行っていたら通り過ぎる船を見掛けられたかもしれないけど・・・
「ならば今日は港に行ってみるといい。馬車と案内役はこちらで用意しよう」
「え?別にいいです」
「・・・エモーンズは港がないのだろう?船を貰うのに港がなければ停泊する場所がない・・・港がどういう作りか見ておいた方がいいのではないか?」
うーん・・・それはそうなんだけど見に行くだけならゲートの方が断然早い。さっさと用事を済ませて次の国に行きたいところだが・・・あっ、そうだ
「陛下」
「デュランでいい」
「じゃあデュラン」
「てめえ!」「ロウ!」
エイマールとサラに同時に怒られた。だってデュランがいいって・・・
「・・・デュラン陛下」
「・・・まあいい・・・なんだ?」
「フーリシア王国でダンジョンブレイクしてないにも関わらず魔物がダンジョンの外に出て来るという事象が起きています。アーキド王国ではどうですか?」
「我の耳には数件ばかし入って来ているな。すぐに討伐し被害は出ていないようだが・・・」
「デュラン陛下はどのように思われます?魔物の外出について」
「『魔物の外出』か・・・随分とほのぼのとした言い方だが事は深刻に受け止めている。ちょうどフーリシア王国で魔王復活騒動があったばかりだ・・・当然意識はする」
「・・・魔王復活は近い・・・と?」
「ふむ・・・どの場所にどのようにして出現するか分からぬから警戒のしようも無いが手は打って損は無いだろう・・・が、打てる手も少ない」
「兵士の増強に勇者の捜索・・・ですか?」
「まあな。それと・・・いや、食事中に気軽に話す内容でもないか」
「そうでもありませんよ?私と陛下は友達でしたよね?」
「早速悪用するのか?」
「正しい使い方かと」
「・・・敵わぬな。魔王がこの地に復活した際は一時的に海に逃げる。それと逃げ切れなかった者達は陸路を使いリガルデル王国に・・・もうその話はつけてある」
海に?それとリガルデル王国に?・・・そこまで考えているのか・・・
「国を捨てる・・・という事ですか?」
「そうなるな」
「意外ですね・・・デュラン陛下なら国に残りつつ魔王をどうにかする算段をギリギリまで考えるのかと・・・」
命を大事に思うのなら逃げるのは正解だと思う。抗っても結局魔王を倒せるのは勇者のみ・・・抵抗しても無駄死にになる可能性が高い。勇者がいつ来るか分かっていれば抵抗も意味あるかもしれないけど・・・
ただ早々に逃げてしまうと魔王はこの国をめちゃくちゃにしてしまうだろう・・・それこそ勇者が魔王を討伐したとしても取り返しのつかないくらいに
そうなると復興にはかなりの時間を要するしその分費用も掛かる・・・デュランならそう考えてギリギリまで粘ってから国を出ると思ったが・・・
「我らの力でどうにか出来るならそう考えたであろうな。だが史実が物語っているように魔王は勇者にしか倒せない・・・ならば無駄な時間と人員を割くよりも諦めて復興を目指した方が効率がいい。人がいれば何でも出来る・・・逆に他国にとっては少しでも時間稼ぎをしろと言われるだろうがな」
アーキド王国が終われば次は隣接する国に攻め入るだろうから他国としてはそう思うだろうな
確かに冷静に考えると無駄な努力をするより効率的かも・・・まあ勇者以外でも倒せちゃったんですけどね
「・・・我の考えを否定するか?人類の為に身を削り時間を稼げと・・・そう思うか?」
「いえ・・・無駄な時間かはさておき賢明な判断かと・・・」
「そう言ってくれると幾分救われる。他国の者は簡単に言ってくれるからな・・・『逃げるな戦え』と。さも人類の為のような大義を掲げてな。そこに大義はなくただ自らの命を脅かす外敵を少しでも長く食い止めて欲しいだけなのに・・・な」
「デュラン陛下も人目を気にするのですね」
「我をなんだと思っているのだ・・・他者の評価など気にはせぬが一応これでも人の子ぞ?あらぬ噂を立てられれば気にもする・・・いずれ我が正しかったと理解されようともな」
凄い自信だ・・・僕だったら魔王が出現するまで悩んで悩み抜いてようやく行動に移すだろう・・・彼のようにすぐに決断し何時でも行動に移れるよう準備していた方がいざという時に犠牲も少なく済むとは頭では分かっていてもなかなか・・・領主として学ぶべきところは多いかもね
その後は普通に会話をしながら朝食を済ませ今後の予定について話を聞いた
何でも港でも僕達を接待してくれるらしい・・・港で接待と言えば魚料理に間違いない・・・これは是が非でも受けねばと馬車に乗るのは面倒だったがデュランからの申し出を受けることにした
下に降りると既に王宮の中庭には僕達用に馬車が準備されていた。用意周到だがにしても・・・
「なんだよ?」
なぜエイマールの案内なんだ?綺麗どころに案内させろとは言わないけどもっと違う人選出来たろうに
「ケッ・・・なんでこんな奴・・・おっ!?なんだぁ?」
心の声がダダ漏れのエイマールを無視してその馬車に乗り込もうとすると足元に黒い影が飛び込んで来て僕達より先に馬車に乗り込んだ
その影は黒猫・・・しれっと馬車に乗り何食わぬ顔をして中でくつろいでいる
「こ、このクソ猫!ただでさえ気に食わねえ奴を乗せるのに猫まで・・・」
「気に食わない奴で悪かったな・・・そしてこの猫は私の猫だ」
「・・・は?」
さすがに王様に会うのに猫連れはまずいだろうと王宮の外で待たせておいたが・・・すっかり忘れてた
「ちょおま・・・私の猫だぁ?」
「そういう事だ。さっさと馬車を出せ日が暮れるぞ?・・・もしかして猫が苦手なのか?」
「苦手とかそういう問題じゃねぇー!!」
叫ぶエイマールを無視して馬車の奥に座り小窓を開けて外を眺めながら横目で対面に座るサキを見た
〘・・・怒ってる?〙
〘呆れているだけにゃ・・・1人猫の姿で知らない街に放置される寂しさをロウも経験するといいにゃ〙
〘悪かった悪かった・・・これから港に向かうからそこで美味しい魚料理でも食べて機嫌を直せ〙
〘・・・二匹にゃ〙
〘分かった〙
ゲートを使って帰れば良かったのでは?とも思ったが忘れていたのは紛れもない事実の為に言わないでおいた
ちょっと機嫌が直ったサキとメイド服を着て隣に座るサラ、そして納得がいかない表情のエイマールと共に一路港がある街レバネールを目指す
一方その頃・・・
「おい!もう少しだ!もう少しで港に着くからそれまで頑張れ!」
とある海域の船上で1人の船員が胸の痛みを訴え苦しみ出す
船医は居たが打つ手なしの匙を投げ、同僚の男はただ苦しむ船員を励ますしかなかった
「どうしてこんな・・・おい!まだ着かないのか!」
「もう全員マナは空っぽだ!後は風を祈るしか・・・」
「くそっ!だから引き返そうって言ったのに・・・っ!?どうした?」
腕を掴まれ視線を落とすと先程まで苦しんでいた船員は首を振り聞き取れない声で何かを呟く
男は何を訴えようとしているのか聞く為に屈んで耳を近付けた瞬間に掴まれていた腕に激痛が走った
「ぐっ!何すんだ!」
強引に腕を引き離すと掴まれ痛めた腕を押さえながら船員を睨みつける・・・が、怒りは恐怖に変わり足は自然と後退る
ヤツはゆっくりと起き上がると今度はたどたどしく・・・だが聞こえるように呟いた
「ニゲ・・・ロ・・・モウ・・・ダメ・・・ダ──────」




