334階 乾杯
「ハッハッハッハ・・・無礼を通り越して痛快だったな・・・まさか我が国を相手に喧嘩を売るとは・・・しかもあのままやっていれば我が国の負けであったろうな」
上機嫌なアーキド王国の国王デュラン・カカルド・ソーネスーネ陛下・・・器が大きいのか分からないけどどうやら何とか収まったみたい
あれからすぐに謝罪すると逆に謝罪された・・・『我が国の近衛騎士と大臣が失礼な事を言った』と頭まで下げて
ロウは『ソウデスネ』とか言うからとりあえずもう一度頭を叩き強引に頭を下げさせたけど・・・本当見境ないんだから・・・まさか国王陛下にあんな態度取るとは思ってもみなかったわ
今は国王陛下が軽い宴の席を設けてくれたので座って食事をしながら歓談中・・・使用人である私も座って食べているけどいいのかしら?
「そう言えばフーリシア王国に最近貴族となった者がいたな・・・確かダンジョンブレイクの原因を突き止めいきなり平民から伯爵となり次に魔族を仕留め辺境伯となった・・・すっかり失念していたわ・・・それにしても話を聞いただけでは分からぬものだな・・・てっきり配下に魔族を討伐させた功績で位が上がったとばかり思っていたが当の本人が始末したとは・・・」
配下と言った時に国王陛下は私をチラリと見た
ええ、そうよ。しかも魔族ではなく本当は魔王だけどね。それに私のランクが上がったのも本当は実力ではなく彼のお陰だけど・・・魔王の件も含めてその辺が話せないのはなんだが歯痒い感じ
「真面目に貴公が欲しくなったよ・・・望みはなんだ?」
「何も望みません。国を変える気はありませんから」
「・・・そうか・・・貴公が望むなら幹部の全ての役職を空けても構わないと言っても?」
「陛下!」
「・・・それでもです。エモーンズが・・・生まれ育った場所が好きなので」
「・・・振られたか・・・」
「ケッ・・・陛下、三将の方々に比べたらこんな奴屁でもねえですよ!」
面白くなさそうにエイマールが呟く。あっさりと負けちゃったから面白くないのは分かるけどその態度はちょっと・・・
それにしても気になる事を言っていたわね・・・
「三将?」
「そうだ!人将陸将海将の三将軍に比べたら・・・」
「そいつらは強いのか?」
「当たり前だ!俺に勝ったくらいで調子に乗るなよ?俺なんて比べ物にならないくらい三将は・・・強い!」
「比較対象が小さ過ぎていまいち三将の強さが分からないな・・・お前何人分の強さだ?」
「チッ・・・100人分はくだらない!」
「なら弱いじゃないか」
「てめえっ!」
エイマール100人分か・・・彼も弱いって訳じゃないしそう言われると三将って人達はかなり強そうね・・・もしかしたらディーン様並かも・・・てか国王陛下が何も言わないからってロウも言い過ぎ・・・また喧嘩になったらどうするのよ
「ご主人様・・・発言にはお気を付け下さい・・・」
「いいのだサラ殿・・・今はこの粗雑なやり取りも何故か心地良い・・・振られはしたがそれで仲違いしなくてはならないという決まりはあるまい?まあ正直ローグ卿の心を射止めた貴殿が羨ましくもあるが・・・」
「そ、そのような・・・」
射止めただなんてそんな・・・まさか彼の事で国王陛下に嫉妬されるとは思わなかったわ・・・顔が熱い・・・
「そうだローグ卿・・・我と友にならぬか?」
「ん?・・・友?」
「そうだ。国と身分の垣根を越えて友となる・・・どうだ?」
「え・・・ヤダ」
ロウニーーール!!?
あろう事か国の王様が友になろうと言って下さっているのに『ヤダ』って!!
「・・・理由を聞いても?」
「メリットが全然ない」
「友とは損得でなるものではないだろう?」
「そりゃあそうですけど損する事が多い未来しか想像出来ません。私の方から何か個人的に頼む事はないですけど陛下からは頼まれそうな予感がヒシヒシと感じられます」
「なぜそう思った?」
「思ったのではなく感じたのです。陛下は国王で在られる前に商人で在られる・・・何気ない一言にも打算的なものが含まれているような気がして・・・」
「てめえに陛下が何か頼むってか!?自惚れるのも大概に・・・」
「エイマール!・・・逆に貴公が私に頼みたい事はないのか?確かに友とは損得勘定ではないが、頼り頼られる関係の友というのもアリと思う・・・そういう関係でも構わないのだが・・・」
「ありません・・・と言いたいところですが実のところはあります」
「ほう?申してみよ」
「私の領地エモーンズには現在港がありません・・・ですがアーキド王国が交易をしてくれると言うのなら港を作ろうかと・・・」
「・・・それは無理だ。個人的には叶えてやりたいがフーリシア王国に払う税と売上を計算するとどうしても足が出る。無税だったとしても足が出ないだけで利益を出すのは難しいだろうな・・・」
国王陛下の言っている意味・・・何となく分かる気がする。船でアーキド王国からエモーンズまではそう大した距離じゃない・・・けど船で運んで積荷を降ろしたりするのにもコストがかかるし当然船を動かすにも・・・そうなるとそれだけ手間暇かけても十分なくらいの売上を出さないと意味が無い・・・エモーンズで果たしてそれだけの売上を出せるかと言うと・・・無理よねやっぱり
「今寄港している港とは利益が出る分まで買い取ってもらう契約を交わしている。おそらくその街で消費するのではなく他で売るルートが出来ているのだろう。もしくは国が買い取っているのやもしれん。友としては聞いてやりたい気持ちはあるが我も人を食わせている身でな・・・餓死しても働けとは言えんのだよ」
「寄るのも無理ですか?」
「船はそう簡単に港に寄れるものではない。気候も関係してくるし潮の流れもある・・・一日寄ろうと思ったら一週間は無駄にすると考えた方がいいだろう・・・その分負担と費用がかかる」
「・・・となるとやっぱりメリットないよな・・・」
「交易以外で何かないのか?我は国王だぞ?普通の者なら出来ない事も我ならば・・・」
「ありません」
そんなバッサリと・・・けど国王陛下もなんで急に彼と友になりたいと思ったのだろう・・・散々『価値が』とか言ってたのに・・・
「ふむ・・・どうすれば我と友になってくれる?」
「ですからなる理由もメリットも・・・・・・・・・ひとつありました」
「ほう?言ってみろ」
「船を一隻下さい──────」
それはとんでもない要望だった
船は高価な物なのは知っている。はいどうぞと渡す訳もない・・・が、なんとアーキド王国の国王陛下は悩んだ末に了承してしまう
ロウと友になるだけで船一隻・・・上に立つ者の価値観はよく分からないわ
それから上機嫌になった国王陛下は私達に今日は王宮で泊まるよう言って下さり2人してここに泊まることに・・・さすがに今日は屋敷には戻らないみたいで2人でゆっくりとした時間を過ごしている
「・・・それにしてもなんであんなにあなたと友達になりたかったのかしら・・・」
「・・・多分『目』のせいだと思うよ」
「目?・・・あの鑑定がどうとかって言ってた・・・」
「うん・・・僕が啖呵をきった時があったろ?ほら、兵士達を脅かすみたいな・・・その時のデュランの目は驚きと言うよりも興味が含まれていた・・・多分あの時に『コイツは使える』とでも思ったんじゃないかな?」
「あの時・・・けどそれまでにも鑑定はしてたんじゃないの?」
「だから見誤っていたんでしょ?もしかしたら魔力は見抜けないのかもしれない・・・魔力の事を抜いたら確かに僕は壁際の兵士とさほど変わらないしね」
「そんな事はないけど・・・けどじゃああの時から変わったって事はあなたを利用しようとして友になるとか言ってたの?」
「だろうね。もしかしたら利用するとかしないとかじゃなく不安だったのかも・・・」
「不安?」
「少しでも・・・どんな形でも友好を築いておかないと危険だと判断した・・・現にあのまま向こうが戦いを挑んで来たら僕はあの場に居た全員を・・・殲滅していただろう」
ゾクッとするような冷たい目・・・ロウはまだ・・・
「あ・・・考えるようにはしているよ?なるべく人は殺さないように・・・だからあの剣を作った・・・結局使わずに献上しちゃったけど・・・でもサラに言われて前よりずっと考えるようになった・・・今回は例外も例外・・・僕はともかくサラにも危険が及ぶと思ったからね」
「・・・私がそんなに弱いと?」
「強いよ・・・けどもしサラに何かあったら歯止めが効かなくなる・・・そうなればどうなるか・・・」
世界の滅亡・・・そんな陳腐な言葉が頭に浮かんだ
彼は強いだけじゃない・・・魔物を生み出す事が出来て更に操る事が出来る。彼が本気になれば冗談ではなく本当に・・・
「私が思っている以上に私の命は重そうね」
「僕にとってはこの世の誰よりもね」
「・・・それは凄い嬉しいけど・・・もう少しあなたが我慢していればあんな事にはならなかったと思わない?」
「あんな事って?」
「国に喧嘩売るなんて・・・この国の国王陛下が話の分かる人だったからまだ良かったけど・・・下手すりゃ戦争の引き金になってたと思わない?」
「・・・その時はその時で・・・」
「ロウ・・・あなたにはもう少し常識ってものが必要みたいね・・・いいわ、私がみっちりと教えてあげる」
「え?いや・・・遠慮します・・・」
「逃げても無駄よ・・・私の彼氏なら常識くらい身に付けてもらわないと・・・私の精神がやられるのよ!今日は眠れないと思いなさい!」
「ちょ・・・いきなり何で火がついてんの!?」
私だって冒険者稼業で貴族とは無縁だったけどロウは明らかに酷い・・・せめて常識の範疇で行動してくれるようにならないと残り4ヶ国回る前に私の胃がやられてしまうわ
せめて相手を怒らせないようにしないと──────
「陛下・・・なぜあのような者に陛下自ら共になりたいと仰ったのですか?」
「スクート・・・この『鑑定の眼』は全てのモノを鑑定してきた・・・天文学的な数字を出すものもあればタダ同然のものまで・・・だがな・・・秤れなかったのは初めてなんだ」
「・・・あの男が?ですか?」
「初めは確かに凡庸だった・・・なのに彼が私達に敵意を向けた時・・・彼の価値は跳ね上がりとうとう秤る事すら出来なくなった・・・彼という人間を敵に回すのは愚の骨頂・・・船の一隻で彼との友好が得られるなら安いものだ」
「それほどまで・・・しかしそれなら交易を開いてもよろしかったのでは?」
「一時的にはそちらの方が安くついたかもな・・・だが長い目で見れば交易は続けば続くだけこちらを苦しめる事になるだろう。我の感情は変わらぬが国民の感情は悪い方に作用する・・・良いか悪いか商人気質の者が多いこの国で赤字を生み出す者が好かれる訳がなかろう?それに船を渡したところで動かすノウハウも知らないだろう・・・となれば我を頼るしかあるまい・・・頼られれば応えるがそれには向こうもそれなりの対応が必要になる」
「・・・彼を使い何をなさるおつもりで?」
「何もしないさ・・・当分はね・・・だがいずれ必要となるはずだ・・・彼の力はとうに個を超えている・・・下手に出てもお釣りがくるくらいの価値がある」
「畏まりました・・・では陛下の意向に添い対応を国賓級に上げておきます」
「そうしてくれ。我は友として接しよう・・・久方振りに良い商談が出来た気分だ・・・フーリシア国王よ・・・どういうつもりで彼を送ったか知らぬが我の元に送ったのは判断ミスと言わざるを得ないな・・・」
国王デュラン・カカルド・ソーネスーネはフーリシア王国の方角に向けて酒の入ったグラスを掲げ笑う
まるでそれはロウニールを送ってくれた事に対する感謝の意を表しているようだった──────




