315階 女心は秋の空
「それにしても凄い事するわね聖女様・・・で?貴女はどっちにムカついたの?彼氏を危険に晒した聖女様?それとも何の相談もなく他の女を助けに行った彼氏?」
「・・・両方よ」
休みの日のお決まりになりつつあるファーネとのランチ・・・そこで私はこの前の出来事を話した
『汚れ仕事』は全て私が・・・そう覚悟を決めた矢先の出来事・・・一言相談してくれれば私が行ったのに・・・
「でも緊急を要するって感じだったんでしょ?聖女様が攫われてダンジョンに居るって分かればすぐに駆けつけようとするのは普通じゃない?」
「それでも、よ。確かに彼に勝てる人は少ない・・・けど万が一って事もあるでしょ?セシーヌ様を人質に取られたら?罠が仕掛けてあったら?」
「まあそりゃあそうだけど・・・でも貴女が行っても同じじゃない?心配する方がされる方になるだけよ?」
「それでも!・・・それでも私は彼に行って欲しくなかった・・・ワガママなのは分かってるけど・・・」
「で、振ったわけね」
「振ってない!」
とんでもない事を突然言うから思わずテーブルを叩きながら立ち上がり大声を出してしまい注目を浴びる
慌てて口を噤んで座るとファーネを睨みつけた
「・・・ちょっと距離を置いているだけだ・・・また同じ事をされてもイヤだし・・・」
「モテモテの辺境伯様と距離を・・・ね・・・私もそっちの宿舎に泊まろうかしら」
「ファ~ネ~」
「なに?恋愛は自由よ・・・時に貴族相手だと向こうの意思が重要だからね。ロウニール様が抱きたいと言えば貴女がどんなに喚こうが無駄よ?逆に邪魔と感じたら捨てられちゃうかも・・・」
うっ・・・
「男が権力を握る一番の理由はそこなのよね・・・血を引く者を残すのに権力者が女性だと同時に何人も・・・って訳にはいかない。1人産めば安泰なら良いけど病死したら?敵対する勢力に暗殺されたら?また産めばいいってなるかもしれないけど子を作るにはタイムリミットがある・・・それを考えるとどうしても・・・ね・・・」
「・・・イヤな世の中だな・・・世襲制でなければ気にする事もないのに・・・」
「まあね。権力が強大であればあるほど継ぐ資格を持つ者は多いに越したことはないらしいわ・・・今の国王陛下は公的には王子お2人に王女がお2人の計4名・・・それに加えて隠し子は何人いるのやら・・・国王陛下に比べると権力はもちろん下がるけど辺境伯様も最低で4~5人は必要ね・・・果たして貴女がその人数産めるかしら?」
「・・・そういう目的では産みたくない・・・」
「そっ・・・なら他の女性がロウニール様の子を産む事に寛容にならないとね」
「・・・」
「無理ならやめておけば?街の門番だった彼はもういない・・・今の彼は広大な領地を治める辺境伯ロウニール・ローグ・ハーベス様なのよ?貴女が独占欲で縛り付けて子孫を絶やす事なんてあってはならないの」
「・・・ファーネはどっちの味方なんだ?」
「心情的なところでは貴女の味方。でも辺境伯様の私兵となり従う身としてはどうしても、ね」
世襲制である以上今の状態はあまり良くないのは頭では理解している
辺境伯という地位を継ぐ者がいなければその地位は失われてしまうからだ。それだけなら彼は構わないと言いそうだけど残された領地の民はどうなる?彼が善政を行えば行うほど領地の民は彼の統治が続く事を願うだろう・・・けど途切れてしまえば領主は代わり、その領主がもし悪政を敷くものだったら?・・・なぜ彼に世継ぎがいなかったのか・・・その理由を辿り私を恨むかもしれない・・・
「・・・せ、政治的な意味で子供を産みたくないと言っただけで何人も産みたくないって訳じゃ・・・」
「ハイハイ・・・まっ、そうは言っても今は喧嘩している状態何でしょ?その間に誰かが辺境伯様の心を奪うかもよ?そうなったら貴女は第二・・・いや、第三夫人もありえるかもね」
「・・・随分と楽しそうだな・・・」
「そりゃあそうよ。はっきり言うけどサラは辺境伯っていう地位を舐めているわ。地位で言えば不釣り合いの相手など居ない・・・国内の王女様はもちろん他国の王女様だって嫁に来てもおかしくない地位なのよ?爵位のない人から見れば喉から手が出るほど欲してもおかしくないわ・・・私のは冗談半分だけど貴女と辺境伯様の関係を知っている人が今の状態を知ったとしたら・・・これ幸いと貴女の悪口を辺境伯様に吹き込み奪おうとする可能性はかなり高いわ・・・辺境伯様はそれでも貴女一筋でいてくれるかしらね?」
冗談半分って半分は本気って事!?・・・て言うかファーネの言う通りだ・・・ケンカ状態の時に私の悪口を誰から聞いて彼がそれを鵜呑みにしてしまったら・・・彼の心は私から離れてしまうかも・・・いやもう既に・・・
「ど、どうしよう・・・」
「今更理解したの?ったく・・・まあケンカもいいけど程々にしないと取り返しのつかない事になるって分かっただけでも少しは進歩したってことかな?・・・早目に仲直りしなさい。もう怒ってないんでしょ?」
「う、うん・・・元々怒ると言うより彼が心配だったからだし・・・」
「なら尚更ね。早くしないと本当に・・・」
「ファ、ファーネ!」
「・・・何よ?」
「あ、あれ・・・」
店の窓の外に信じられない光景が・・・
彼と聖女セシーヌ様の侍女長であるエミリが仲良さげに街中を歩いているではないか
セシーヌ様の姿は見えない・・・つまり2人っきりで・・・
「・・・ご愁傷さま・・・」
「やめてよ!・・・ねえなんだと思う?まさか浮気・・・」
「・・・ノーコメントで」
そんな・・・で、でも何か理由があって・・・エミリと?理由?・・・・・・・・・ある?
「そ、そんなに落ち込まなくても・・・ほら、第二夫人の誕生か妾の誕生を目にしただけだし・・・」
慰めになってないし・・・そうなの?ちょっとケンカしたくらいで他の子に?・・・ちょっと節操無さ過ぎじゃない?
「どうする?つける?」
「・・・帰る」
「え?」
「知らないわよ・・・あんな奴・・・」
「ちょっとサラ!?貴女さっきまでと態度が変わり過ぎ・・・」
「フン・・・好きなだけ浮気すればいいのよ──────」
「・・・ハア・・・」
「・・・人を連れ出しておいてため息を連発するのはどうかと・・・」
「あ、悪い悪い・・・ちょっと色々あってね・・・」
エミリにセシーヌの事を聞こうと連れ出したけど・・・ハア・・・まさかサラがあんなに怒るとは・・・別にセシーヌだから行ったとかそういうのじゃないのに・・・嫉妬・・・かな?いや、でもそうじゃないような気も・・・
コッチに戻ってからコミュニケーションがあまり取れなくなってすれ違いが多くなってしまっているのも原因かな?自分は放っておいて別の女性の所に駆けつけていたらそりゃあ怒るよな・・・でもあの時は緊急事態だと思ったから仕方なく・・・それでも一声かけるべきだったか?
「・・・女性の前で他の女性の事を考えるのはあまり好ましくないかと思いますが?」
「え?声に出てた?」
「いえ・・・女の勘です」
怖いわ!女の勘!
ちょうど昼飯時って事もあって適当な店に入った
対面に座るエミリ・・・2人っきりになるのは『暗歩』を教わった時以来か?
「・・・何か?」
「いや・・・こうしているとデートみたいだな」
「・・・息の根を止めてもらいたいと?」
「どうしてそうなる・・・」
取り付くつもりはないけど取り付く島がないな。暗殺者ってみんなこんな感じなのだろうか
店員を呼んで適当に食べ物を注文し目の前に料理が出揃ったところで食べながら早速本題に入った
「んで・・・なぜセシーヌを1人で行かせた?」
「・・・私が居ては彼らに捕まっている事に違和感を覚えると思ったからです。一応これでもそれなりに名の通った暗殺者でした・・・それを知るロウニール様なら疑うかと」
「なるほどね・・・けどそれだけの理由で危険な橋を渡るとは思えないけどな。アイツらが僕を狙っている事を知っていたって事は結構なところまで調べたんだろ?って事は素行の悪さも知ってたはずだ。セシーヌの死因は老衰になるんじゃなかったっけ?」
「そうです。なので万が一もないよう徹底的にシークス・ヤグナーを調べ手を打っておきました」
「へえ・・・どんな手か聞いても?」
「簡単な話です。シークス・ヤグナーと一騎打ちをし勝ちました。『私が勝ったら絶対にセシーヌ様を無事に連れて帰る』という約束をした後で」
エミリがシークスに・・・勝った?
確かにシークスの性格上、そんな約束をして負けたら意地でも守りそうだけど・・・僕の見立てではエミリよりシークスの方が強いと思ってたのに・・・
「私の方がシークス・ヤグナーより強い訳ではありませんよ?」
「・・・人の考えを察するな・・・で、じゃあどうして勝ったんだ?」
「私とシークス・ヤグナーが行ったのは勝負です。決して力比べではありません」
「なに?どう違うんだ?」
「力比べは優劣を競うもの・・・勝負は勝ち負けをつけるもの・・・優劣を競うなら互いの力を出し切る必要がありますが勝ち負けをつけるだけなら出し切る必要はありません。むしろ出させないで勝つ事が理想な勝ち方と言えます」
「あっそうか・・・つまりエミリはシークスが本気を出す前に・・・」
「はい。本気を出すどころか何も出来ずじまいで相当腹を立てていましたね。私をただの多少戦える侍女と思っていたのでしょう・・・負けた時の悔しそうな顔と来たら・・・あれで約束を破ってセシーヌ様に傷一つでもつけたら一生笑いものとなるでしょうね」
僕がシークスの立場でも約束は必ず守るだろうな・・・もしや破ったとしたら格好が悪過ぎる
でも・・・シークスの奴叩いてたよな・・・セシーヌを
言ったら血の雨が降りそうだし・・・よし見なかったことにしよう!
「・・・そう言えば帰って来られたセシーヌ様の頬が少し赤みを帯びていたのですが・・・ロウニール様何か知りませんか?」
やだもうこのお姉さん・・・暗殺者じゃなくて暗察者なんじゃないか?
「・・・さあ?」
下手に話せばボロが出る・・・あくまで無表情で知らぬ存ぜぬを突き通すのみ!・・・ってなぜ僕がシークスを庇わないといけないんだよ!
「・・・そうですか・・・もしかしたら心配し過ぎて幻覚を見たかもしれませんね・・・」
「・・・そうですね・・・」
そう言いながら僕の一挙手一投足を見つめる
正に蛇に睨まれた蛙状態・・・息苦しさを感じながら早く別の話題に移ってくれと願うのであった──────




