313階 聖女の企み
目の前に鬼の形相をしたケインが座っている
腕を組みイラつきを発散させるように膝を揺する
どうしてこうなった・・・理由は数日前に遡る──────
ムルタナとケセナを視察に行ったナージは屋敷に戻るなり現状の厳しさを僕に伝えた
「エモーンズはともかくふたつの村は早急に手を打たなくてはなりません。しかも不足しているものが多くどこから手を付けて良いのやら・・・」
「そんなに?」
「はい。一度戦が始まれば為す術なく住民達は皆殺しにされるでしょう。もちろん魔物が来ても冒険者頼みの状況でもあります」
「常駐している兵士は役に立たないと?」
「緊張感がまるでありませんのでいざ実戦となれば殺されるまで時間稼ぎが出来る程度でしょう。それに村を取り囲んでいる柵は子供ですら越えられそうなものでした。あれでは何の意味もありません」
「私もそれは思ったが・・・村の規模からあまり高い外壁を作ると住んでいる人達が狭く感じてしまうかも・・・」
「外壁は村と離れた場所に作るのもひとつの手です。将来的に街にするご予定でしたらその広さで外壁を作るのも良いかと」
「それもそうか・・・なるべく閉塞感がないようにしたい・・・村長と話して外壁の位置を決めてすぐに対応するべきだな。それと人か・・・今いる兵士は国から派遣されて来ているからいずれは王都に戻るのだろう?」
「家庭を持っている兵士もいるので一概には言えません。恐らくは半数ほどはこちらの準備が整い次第帰る事になるかと・・・ただその準備が整う目処が全く立たない状況です。私兵を募集しても集まるかどうか」
まあそりゃあそうだろうな
無職の人は限りなくゼロに近く、今やっている仕事を辞めてまで私兵に志願する人がどれほどいるか・・・
「となるとやはり侯爵の領地から人を・・・」
「それでもさほど集まらないと思われます。良い条件を出したとしても私兵となれば移住は必須です。余程の事がないと来る事はないでしょう」
「余程の事?」
「その領地に居られなくなった理由がある・・・例えば犯罪者であるとか・・・」
冗談じゃないぞ・・・犯罪者ばかり私兵にしてたら秩序もあったもんじゃない
かと言って私兵が集まらないままだと街や村を守る事も出来ない・・・一体どうしたら・・・
「人が増えれば私兵志願者も自ずと増えるでしょう。しかしそれは将来的な話です。なので手っ取り早く私兵を増やす方法を取る事にしたいと思います」
「何だ・・・案があるならあると言ってくれれば・・・」
「しかしそれには国の許可が必要です。それと本人達の意思確認も・・・強引に推し進める事も可能ですが今後の事を考えると穏便に話を進めたいのでお願い出来ますか?」
「・・・何を?」
「説得です」
「誰を?」
「この街の衛兵を務めている方達を・・・です──────」
要はあれだ・・・国に帰るはずの衛兵をそのまま私兵として雇っちゃえって事
国の許可は得ている・・・後は衛兵達を説得すればいいのだが・・・
「ふざけているのか?ロウニール」
「至って真面目ですケイン隊長」
「お前はもう隊員ではないはずだが?」
「僕もただのロウニールではないはずですが?」
「・・・」
「・・・」
ケインにしてみればやっと王都に帰れるって時に辺境の地に骨を埋めろって言われたんだ、怒るのも無理はない
決して強制するつもりはなかったけどどうやら国からお達しが来てらしい
『そのまま辺境伯の兵士となれ』と
ありがたいことだが非常に困った事になった
何とか衛兵の中で残ってくれる人がいればと思っていたのに全員強制的に私兵になるとは・・・そりゃあ怒りもするさ
「ハア・・・で?辺境伯様は何様のつもりで俺達をこの辺境の地に閉じ込めようとしているんだ?」
「・・・辺境伯様のつもり?」
「そういう事じゃない!・・・とにかくすぐに撤回しろ!俺はこんな辺境の地で一生を終えるつもりはない!」
このっ・・・辺境の地辺境の地って・・・これだけ住んでまだエモーンズの魅力が分からないのかよ!
澄み切った空気、溢れる自然、そして何より優しい人達・・・外部から人が来るまで犯罪なんて滅多に起きなかったエモーンズ・・・僕がダンジョンを作った事で色々あったけど根本は王都なんかよりよっぽど住みやすい街だ
それなのに・・・
「・・・気が変わった・・・王令に従い一生をここで過ごすんだな・・・ケイン」
「・・・貴様・・・」
「貴様ではなく辺境伯様だ。それともご主人様と呼ぶか?」
「・・・いずれ後悔する事になるぞ?」
「それは反旗を翻すと受け取っても?」
「勝手にしろ!」
そう言うとケインは立ち上がり屋敷から出て行ってしまった
『いずれ』という事はそれまでは従うって事でいいのかな?それまでの間に自ら残りたいと思わせてやるよ・・・エモーンズの魅力をタップリと分からせてやる──────
「交渉は決裂ですか?」
「・・・ああ、当分はこの辺鄙な場所で兵士ごっこだ」
「そうですか・・・それは残念です」
「嘘をつけジェイズ・・・お前は聖女が街にいるから良かったと思っているのだろう?」
「そんな事は・・・て言うか隊長こそあまり悔しそうに見えませんけど?」
「・・・お前の目は節穴か?」
「いえいえ・・・剣の腕ではなく目敏いので隊長の補佐役にまでなったのですよ?そんな私が節穴とはこれ如何に」
「・・・ニヤニヤするな気色悪い」
「ああ、これからは元配下の配下になるのですね・・・しかもこんな何も無い辺境の地で田舎臭い匂いを嗅ぎながらダサい服を着た人達に囲まれ朽ちていくのですね・・・」
「ジェイズ!」
「はい何でしょう?」
「・・・何でもない・・・とっとと帰るぞ!」
「はっ!」
「・・・だからニヤニヤするなと言っているだろ!」
「失礼致しました」
屋敷から衛兵所に戻る2人
後にこの2人が何百年と語り継がれる最強の騎士団を率いる事はこの時は誰も知る由もなかった──────
「つまりこの街に残る事になったのだな?」
「ええ。第三騎士団に戻りたいって気持ちも少しはあったけどこれで吹っ切れたわ。王令だし全員従うはずよ」
休みを合わせてファーネとお茶をしている時に驚くべき事を聞かされた
この街の衛兵は王都に帰るはずだった
もちろんロウに従う兵士が十分に揃ってからの話だが
でも一転して衛兵は全て彼の私兵となるよう王令が下ったのだ
私としてはファーネが残ってくれるのは嬉しいが・・・
「本当に吹っ切れたのだな?」
「本当だって・・・師匠の元でもっと修行したいって気持ちもあったけど・・・行きたい時はダーリンに頼めばすぐに行けるしね」
「ダーリン・・・誰の事かな?」
「決まってるじゃない・・・ロウニール様よ」
「誰のダーリンだ?」
「私のよ?せっかく残る事が決まったのだしアプローチしようかと思って」
「『思って』じゃない!」
「あら・・・独占欲?」
「違う!・・・ハア・・・とりあえず私達の事は引き続き内緒にしてくれ。それと『ゲート』の事もな」
「『ゲート』の事はともかくまだ内緒にしてるの?呆れた」
「仕方ないだろう?変に気を遣われたら覚えるものも覚えられん。それに今は都合がいいしな」
「どんな都合よ」
「離れの宿舎を任されていてな。そこにいる連中に掃除を頼んでいる間に訓練をしているんだ・・・屋敷では寝る前とかわずかな時間しかなかったが今は訓練にかなりの時間を割けている」
「・・・本末転倒って言葉知ってる?」
「・・・言うな・・・」
訓練をしたいのならメイドを辞めればいい・・・だが辞めてしまえば彼の傍に居られなくなる・・・いや、居られるかもしれないがそれはメイドとしてではなく・・・
「まっ、貴女がそれでいいなら何も言わないけど・・・相応しいとか相応しくないとか考えているなら意味ないわよ?」
「言わないって言ったくせに言ってるではないか・・・仕方ないだろ?ライバルが強過ぎてな・・・私もうかうかしてられないのだ」
「ライバル?だってあなた達って付き合っているんじゃ・・・」
「決着したと思っていたのはどうやら私だけのようだ・・・もう1人は知らないが1人は・・・ただでさえ強敵だったのに更に力をつけようとしている・・・油断したらやられるのは私だ」
「・・・一体何の話をしているの?」
「決まっているだろう?・・・恋バナだ──────」
エモーンズのとある一画
そこは昼夜逆転している不思議な区画だった
そこに似つかわしくない女性が2人。人目も気にせず奥へと歩を進める
道行く2人の前に飛び出そうとする者達は後を絶たない・・・が、2人の歩みを陰ながら支える者達によりその行為は未然に防がれていた
そして・・・
「騒がしいと思ったら・・・こんな場所に来て何をするつもりかな?聖女様」
「・・・貴方様を探しておりました・・・シークス様」
聖女セシーヌと冒険者シークス・・・異色の2人が歓楽街の道の真ん中で対峙する
「ボクを?へぇー・・・てっきり面接に来たかと思ったよ」
「面接・・・ですか?」
「そう・・・君なら寝ているだけで今の何倍も稼げる仕事のね」
「寝ているだけで・・・」
「セシーヌ様・・・こんな奴の言葉に耳を貸す必要はありません」
話を遮るように間に入ったエミリはキッとシークスを睨みつけた
「誰かと思えばあの時デュラハンと戦ってた奴じゃないか・・・まさか君も面接に?」
「言葉を慎みなさい!聖女であるセシーヌ様に対して・・・」
「エミリ・・・下がりなさい」
「セシーヌ様!」
「ここに来た理由は言ったはずですよ?」
「・・・しかし・・・」
「下がりなさい」
「・・・はい・・・」
セシーヌの言葉に従い渋々その場を離れるとセシーヌは再びシークスと向き合った
「私はセシーヌ・アン・メリアと申します。まずはお礼を・・・」
「・・・お礼?」
「エミリとお父様・・・それにランス達を助けてくれたそうですね。もし貴方様が来られなかったらエミリ達は窮地に追いやられていたと聞いております」
「なるほど・・・そりゃあ真面目なこって。けどどうせなら言葉じゃなくて違うもので感謝の意を示してもらいたかったけどね」
「もちろん言葉だけではありません」
「へぇ・・・そりゃあなんだ?金か物か?」
「きっとシークス様も満足して頂けると思います・・・お金でも品物でもないですけどね──────」




