312階 ダン襲来
「・・・ここか・・・」
確か屋敷の門番が寝泊まりする掘っ建て小屋があった場所は屋敷よりは小さいが数十人が寝泊まりするには十分な程の建物へと生まれ変わっていた
元々この宿舎は建築予定だったらしいけどそれをロウが王都に行っている間に建てたのだとか
兵士が生活する宿舎
ここだけではなく街の中にもムルタナやケセナにも彼の兵士が存在する事になる。そうなればファーネ達国から派遣された衛兵や兵士はお役御免となり王都に帰って行く
そしていずれは完全に辺境伯であるロウが領地を治める事に・・・改めて考えると身分の違いを思い知らされるな・・・彼を守る兵士がいて、彼の一言で動く兵士がいる・・・まるで一国の王様だ
ただでさえ魅力的な彼に権力までも備わってしまえば鬼に金棒・・・そりゃあ先輩メイド達も必死になる訳だ
彼を射止めれば一生安泰・・・いや、それ以上か
貴族の正妻ともならば主人と同等と聞くし子を産めば自分の子が爵位を継ぐことになる。第二夫人だったり妾でもそれ相応の待遇が得られるとなれば主人に気に入られたいと思うのは必然だろう
マーノ達は貴族とか関係なく彼に・・・でもここにいる先輩メイド達は彼の権力を狙っている
彼の事を何も知らないくせに・・・そう思うと怒りがふつふつと湧いてくる
彼に惚れる人は同志・・・けど爵位に惚れる奴は敵
この戦い・・・力ではなくメイドスキルで勝つ
宿舎の前で気合いを入れるとドアを開けた
「・・・あ」
「ん?お前達は・・・」
彼の家を占拠していた5人組・・・いやもう4人組か
「ヒィ!な、何もしてないですよ!?昨日屋敷を訪れたらここに来るように言われて・・・」
「そう怯えるな。取って食ったりせん」
まあ怯えるのも無理はないか・・・仲間を目の前で殺されたのだからな・・・あんなにもあっさりと
彼らも私と同じで初めてなのかもしれないな・・・戦いの中ではなく人がただ殺される光景を見るのは
圧倒的な力の差
それに加えて彼らは既に戦意は喪失していた
殺す理由はなかった・・・いや、なくはないが殺す理由にしては乏しかった
未遂で終わり余罪もないと分かった時点で私は許すものだと思っていた
ただ放っておけばまた同じ過ちを繰り返す可能性があるから野放しには出来ない・・・そう考えて脅しはしたが・・・
ローグの時は仮面を被っていたから表情は見えなかった。仮面の下は憤怒の表情だったかもしれないし、悲しげな表情だったかもしれない。その場面場面で想像するしかなかったが昨日のロウはもちろん仮面をしておらず表情ははっきりと見えた
無表情・・・まるで目の前の人間に全く興味がないような冷めた目・・・彼にあんな目で見られたら私は生きていく自信がない・・・それほどに突き放すような目だった
「あの・・・俺達は一体どうなるのでしょう?・・・」
「まだ分からないが恐らくご主人様の兵士になるだろうな。護衛か門番か見回りか・・・給金も出るだろうしそれほど悪くはない待遇だと思うぞ?あれだけの事をやった割にはな」
「そ、そうですか・・・」
だいぶ萎縮してしまっているな。無理もない・・・ここは内助の功とやらを発揮してみるか
「昨日のご主人様はお前達が私に手を出そうとしたから大変ご立腹だったのだ。普段は誰よりも優しい・・・分かるか?」
「は、はい・・・じゃあやっぱりこれは・・・」
「これ?」
そう言って1人が持っている紙を私に差し出した
その紙に書いてある内容は・・・
『明日より宿舎に1人のメイドが来ます。そのメイドは貴方達の世話をする者です。当然下の世話もです。ただしご主人様にはこの事はご内密にお願い致します』
「・・・」
「き、昨日メイドが来てこの紙を・・・何かの罠かと思っていたんですがやっぱり罠だったんですね?」
「罠・・・そうだな。お前達を・・・と言うより私を・・・だがな」
「え?」
やってくれる・・・この4人だったから良かったものの私を知らない者がこれを見て本気にしたらどうなっていたか・・・
「・・・ハア・・・この事は誰にも言わないように」
「は、はい!」
ここまでするか・・・もし私がこの4人に抵抗する事が出来ないほど弱ければ・・・私は彼らに弄ばれていたかもしれない
嫌がらせだけならまだしもこれは一線を超えている・・・どうするべきか・・・
今のロウに相談したらきっと・・・
「・・・お願いがある」
「はい!」
「食事の配膳や宿舎の外でやる事は私がする。でも宿舎の中・・・掃除などは全て任せたい」
「?・・・はい!やらせて頂きます!」
メイドの仕事もしつつ自らを鍛えよう・・・正直今の私はAランクに毛が生えた程度の実力しかない。Sランクになれたのはロウのお陰だ・・・風牙龍扇もそうだし魔王を討伐したのもたまたま居合わせただけ・・・Sランク昇級を辞退すれば良かったのだろうけどSランクになってから強くなればいいと甘えてしまった
強くなろう・・・どんな敵をも一蹴出来るように
それと同時にスキルを磨く・・・先輩メイド達を黙らせられる程に
「さあ始めるぞ!今日は共に掃除をするが明日からはお前達でやるように!」
「はい!」
目にものを見せてやる・・・マウロ・・・それにグレアメイド長!──────
朝起きるとタイミングを見計らったかのようにメイド達が雪崩込み着替えと髪のセットをしてくれる
こんな生活を続けていたら何も出来ない人間になってしまいそうな気もするがアダム曰く『当然の事』なのだとか
風呂に入るのも本来ならメイドと入り背中を流してもらったりするのが普通と言っていたがさすがにそれは断った・・・メイドは裸か服か選べるとか言ってたけどそういう問題でもないだろう・・・
「ご主人様、お客様が来られております」
「こんな朝早くに?」
「何でも急用だとか・・・お断りしますか?」
「・・・いや、構わない。ところでその客とは誰なんだ?」
「冒険者のダン様です」
「あー・・・なるほど」
ダンがここに来る理由はひとつしかない
僕はダンを待たせていると言う1階の広間に行くと苛立った様子のダンがソファーにふんぞり返っていた
「お待たせ」
「『お待たせ』じゃねえぞロウニール!」
ふんぞり返りながら僕が来た途端に足をテーブルに乗せた
その足・・・切っていいかな?
「・・・それで?何の用だ?」
「とぼけるな・・・理由なら分かってんだろ?」
「ジェファーさんの事か」
「そうだ・・・貴族だか辺境伯だか知らねえが人様の組合員を許可もなく引き抜きやがって・・・さっさとジェファーを連れて来い!」
「『代わりはいくらでもいる』ってジェファーさんに言ってたんじゃないのか?」
「それとこれとは別だ」
「別じゃないだろ・・・とにかくジェファーさんはうちで働いてもらう・・・分かったら帰れ」
「いやだね・・・ジェファーは連れて帰る」
「・・・ダメだと言ったら?」
「力づくでも」
んにゃろ・・・
「・・・ダン・・・ジェファーさんは1人で大変そうだったんだぞ?抜けたら慌てて来るって事はそれだけジェファーさんが居ないと困るって事だろ?もっと大事にしておけばジェファーさんもいきなり抜けたりはしなかったんじゃないのか?」
「・・・かもしれねえな。けど勝手は許さねえ・・・それだけは譲れねえな」
頑固だな・・・ん?
「もしかしてお前・・・そうか・・・そういう事か・・・」
横柄な態度と言動に気を取られて気付かなかったけどダンは辞めさせないとは言ってない・・・恐らくダンが怒っている理由は・・・
「アダム、ジェファーさんを呼んで来てくれ」
「畏まりました」
アダムに頼むと僕はダンの正面に座りじっと見つめる
「せめて足くらい下ろしたらどうだ?」
「足の置き場にゃちょうど良くてな・・・目障りか?」
「そのままだと飲み物を足の上に置く事になるぞ?誰か!飲み物を3つ持って来てくれ」
「はーい!じゃなくて、はい、畏まりました!」
ラルの元気な声が聞こえたと思ったらすぐに飲み物をお盆に乗せたラルが現れた
恐らく出すタイミングを見計らっていたのだろう・・・お盆の上には2つのカップが乗せられていた
「後ほどもうひとつ持って参ります」
そう言ってラルは2つのカップに紅茶を注ぐと頭を下げ奥へと下がった
「・・・お前の趣味か?」
「メイドをそういう目で見るのは良くないぞ?」
やっぱり一般的にはメイドってそんな扱いなんだな
しばらくするとジェファーさんが降りて来て僕の隣に座り、そのタイミングでラルが再び現れてジェファーさんの前にカップを置くと紅茶を注いだ
「・・・それで・・・今更何の用かな?ダン」
「勝手な事をしておいてご挨拶だな」
気まずい雰囲気・・・ここは口を挟まない方がいいだろうと判断して紅茶を口に含むと・・・
「組合を辞めるわ」
「分かった」
「ブーッ・・・あ、ごめん」
思わず口に含んだ紅茶をダンにぶっかけてしまった
「・・・こらロウニール・・・」
「ごめんて・・・てかあんだけ鼻息荒くして来たのにそんなあっさりと・・・」
「・・・だから言ったろ?勝手は許さねえって・・・辞めた後なら別に何しようが構わねえさ」
出来たメイドのラルがすかさずタオルを渡し顔にかけられた紅茶を拭きながらそんな事を言うダン
なんだやっぱりそうなのか
『許可』とか『勝手は許さない』とか言ってたからそんなのかと思ったけど・・・要は段階を踏んでから出て行けって事みたいだ
「へっ、代わりなんていくらでもいらぁ・・・せいぜいロウニールにこき使われやがれ」
憎まれ口を叩く割には随分と寂しそうな顔をするじゃないか・・・素直じゃない奴だ
そんな事を思いながら僕が再び紅茶を口にするとダンがジロリと僕を睨みつけぶっ込んで来た
「んで・・・それはそうとロウニール・・・お前ペギーを振りやがったな?」
「ブーッ・・・あ・・・悪い・・・」
「・・・てめえわざとだろ?」
「お前が突拍子もないことを言うからだ。なんでいきなり・・・」
「俺の誘いを断りまくってたペギーが突然誘いを断らなくなってきた。仕事終わりに飯を食いに行っているだけだがこの前までは全く乗ってこなかったのに・・・これは何かあると思ったんだがやっぱり・・・」
「えっ!?ロウニールがペギーを?なになにどういう事?」
確かにペギーにごめんなさいしたけどそれを言いふらすのはどうなんだろう・・・僕なんかに振られたなんて言いふらされたら恥ずかしくて表を歩けないんじゃ・・・
「どうなんだ?振ったのか振ってないのか?」
「ひょっとしてサラさんがメイドなのってそういう事?ペギー振ってサラさんを選んだ的な?」
「そういう事かよ・・・なんでだ?ペギーのどこがいけなかったんだよ!」
ちょっ・・・なんで僕が責められているんだ?ダンの立場だったら『しめしめ』みたいになるはずじゃ・・・まるでその言い方だと僕とペギーを応援していたような感じじゃないか・・・
チラリと広間の隅を見るとアダムが立っている
ここでサラとの関係をバラすとせっかくメイド見習として頑張っているのに辞めなくてはならなくなるかも・・・辞めないで良かったとしても他のメイド達が気を使ったりしてサラの望む状態には戻れなくなる・・・ならば・・・
「サラとは付き合ってないよ。メイドとして働いてもらっているのには理由があってね・・・」
「どんな理由よ?」
「・・・実は彼女・・・戦えなくなったんだ・・・」
「え?」「マジかよ・・・」
強い事を知られてもメイド達に気を遣わせるし戦えないって事にしちゃえば他のメイドと立場は同じって事になる。さすがにSランク冒険者です・・・なんて言ったら他のメイドは萎縮しちゃうからな
「それで仕事を探していたサラがたまたまメイドの募集を見て応募したみたいで・・・」
「へぇ・・・それであのエロイ身体を自由に・・・」
「なんでだよ!」
「いや、ロウニールは少女趣味らしいぞ?さっきだって小さい子をメイドにして・・・」
「だから違うって!なんでみんなしてメイドをそういう目で見るかなあ・・・」
「だって・・・ねえ?」
「ああ・・・男の夢ってやつだ。毎晩違う女を取っかえ引っ変え・・・」
ダメだコイツら・・・てか女性のジェファーさんまで一緒になって・・・
「とにかく!僕はメイドに強制しないし誘われてもするつもりはない!」
「ヤダヤダいい子ぶっちゃって・・・どうせいずれ襲うクセに」
「俺なら速攻でヤリまくるのによぉ・・・この種無しが」
「お前ら・・・ジェファーさんはさっさと仕事に戻って!ダンは・・・帰れ!」
全くメイドを・・・そして僕を何だと思ってんだ・・・
・・・とりあえずラルはあまり人前には出さないでおこう・・・来る客来る客に心の中で『うわぁこの人・・・』みたいに思われるのも癪だ
見た目がもう少し大人になるまで・・・ラルの事を知っている人の前だけにしておかないといずれ本当に『変境伯』と陰口を叩かれる日が来てしまう
ラルには悪いがそうしようと心に決め、ダンを屋敷から追い出すのであった──────




