306階 妹
少し時は遡りサラ・セームンがSランク冒険者となった日──────
宮廷魔術師の主な仕事は魔法の研究だ
国の為に魔法を発展させ貢献する為に組織された研究機関のトップであり誰よりも魔法に詳しくなければならない
しかしアタシはそこまで詳しくない・・・いや、ぶっちゃけ研究員の誰よりも知識では劣る
それでもアタシが宮廷魔術師に選ばれたのはマナの量が人より多かったからだ
ラディル先生はなぜ知識ではなくマナ量でアタシを選んだのか・・・それは『可能性に賭けた』のだとか
既に完成された魔法使いがなれば皆から尊敬される立派な宮廷魔術師になるだろう。だけど完成さているが故にそれ以上は望めない・・・そうなると研究意欲も湧かなくなり結局は大した成果が得られないと考えたのだ
反対にまだ発展途上でありこれから伸びる可能性の魔法使いならば研究し成果が得られると・・・更に若ければ若いほど研究出来る時間も長くなる・・・だからこそアタシが選ばれた・・・ラディル先生はアタシの可能性に賭けたのだ
でもラディル先生の考えを理解している者は少なかった
自分達よりも知識が浅く実力もないアタシをすんなりと受け入れてくれるはずもなく・・・
「シーリス様、なぜ詠唱がダメで無詠唱が良いとされるのですか?」
簡単な質問
無詠唱であれば詠唱するより早く魔法を放てる・・・ただそれだけだ
でも彼らはそんな答えを望んでいない・・・更に上の・・・
「それは・・・」
無詠唱は詠唱がするより早く魔法を放てる以外の答えなどない。むしろ威力は下がり命中度も下がってしまう為にデメリットも多い。研究員達はもちろんその事を知っている・・・逆に詠唱の方が優れていると言う者達の方が多いくらいだ
だが国は無詠唱で詠唱並の威力や命中度を出す事を求めていた
なのでアタシは宮廷魔術師として無詠唱の方が優れていると立証する為に日々研究を重ねている
だから口が裂けても『詠唱する方が良い』などとは言えない・・・かと言って無詠唱が優れている部分を新たに発見した訳でもない
それが分かっていて質問してきているのだ・・・アタシを困らせようとして
「・・・やはりまだお答えが見つかってないようですね。魔族討伐などに精を出す前に肝心の研究をして頂かないと・・・せっかく選んで下さったラディル様に失礼ですよ?」
魔族討伐ね・・・本当は魔王討伐だし参加したのも国からの命令・・・それに失礼なのはお前達だろ!
でもそんな事は言えない・・・言って罰する事は出来ても意味はない
ただ反論出来ないことに腹を立て権力を使って罰を与えた者としてますます孤立するだけ・・・
「・・・そうですね・・・もっと研鑽します・・・」
「お願いしますよ・・・宮廷魔術師殿」
バカにしたような言い方をしてもアタシは何も言い返せない・・・それを見て周りもアタシを嘲笑する
そんな日々がずっと続いていた・・・ずっと・・・
その日の午後、中庭で魔法の練習をしていた
もちろん城の中庭で攻撃魔法なんか使ったら宮廷魔術師とは言え罰を受けてしまう。今使っているのは庭の整備をしつつ魔法のコントロールを上達させる練習だ
「さすが宮廷魔術師殿ですね・・・庭師も顔負けですよ?いっそうのこと庭師に転職されてはいかがですか?」
数名の研究員がアタシに近付きまたしても嘲笑う
こいつらはアタシをからかうのが日課なのか?
「・・・」
「無視しないで下さいよ・・・宮廷魔術師殿?いや、シーリス・ハーベス様?平民出は大変ですね・・・魔法を唱えるのに守ってもらえないから無詠唱に辿り着く・・・そう言えばラディル様も元平民でしたっけ?なるほど・・・そういう事ならば合点がいきますね」
「・・・どういう意味ですか?」
「無詠唱を推し進めるのも貴女を選んだのも・・・結局は同じ穴のムジナだから・・・って事ですよ」
このっ・・・アタシはともかくラディル先生までもバカにして・・・
「何ですかその目は・・・もしかして私殺されちゃう?怖~い」
そんな事出来るわけがない・・・もし手を出せば周りはこう証言するだろう・・・『シーリスが無抵抗の者に魔法を使って攻撃した』と
そうすればアタシは宮廷魔術師の地位を剥奪され下手をすれば死刑に・・・アタシを平民出とバカにするこの者達は腐っても貴族だから・・・
「あれ?君は・・・」
その時、私達の前にあの2人が現れた
ディーン様、そしてキースさん
中庭に居るアタシを見つけこちらに向かって来ていた
バツが悪そうに素知らぬ振りをする研究員達・・・その様子を見てキースさんは余計な事を口走る
「おいおい・・・まさかくだらねえ事やってたんじゃねえだろうな?」
「魔法について話していただけです・・・何もないのでお引取りを」
ダメ・・・これ以上関係を悪化させては・・・
「そうか?俺には嬢ちゃん1人を寄って集ってイジメていたように見えたがな・・・しかも俺が大っ嫌いな権力を笠に着てな」
アタシでも分かるくらいの殺気が研究員達にのしかかる
「嬢ちゃんも嬢ちゃんだ。こいつらごとき片手で捻るくらいしねえと一生舐められたままだぞ?こんな奴ら一発ぶちかましゃ言う事聞くんだからよ・・・やっちまいなって」
簡単に・・・
「だから違いますって・・・あんまり執拗いと・・・」
「なんだ?俺をやるってか?貴族ごときにイジメられる嬢ちゃんが?やるならやれよ・・・そんな度胸なんて持ち合わせてねえだろうから無理だと思うがな」
キースさんは優しい・・・ここでアタシを怒らせてキースさんに歯向かえばSランク冒険者に立ち向かった恐れ知らずと研究員達もアタシに手を出して来なくなると考えての言葉だろう・・・けどアタシは・・・
「もういいです!失礼します!」
その優しさに乗る勇気もない
本当は本音でぶつかりたい・・・勇気を振り絞ってぶつかり合ってみんなと仲良くしたい・・・でもその一歩が・・・限りなく遠い・・・
「待てよ!このままだと嬢ちゃんは・・・」
立ち去ろうとするアタシの肩をキースさんが掴んだ瞬間・・・懐かしい声がどこからともなく聞こえて来た
「人の妹に・・・何してんだ!キース!」
一瞬影が通り過ぎたと思ったらキースさんの巨大な体が宙に舞っていた
なんでここに・・・エモーンズに居るはずなのに・・・
「ぐっ・・・この野郎・・・いきなり蹴るんじゃねえよロウニール!」
バカ兄貴・・・しかもその格好は・・・
「黙れキース!ソニアさんという人がいながらアンタって人は・・・しかもその相手が僕の妹なんて・・・」
「ちょ、ちょっと待て!お前何か勘違いしてねえか?俺はお前の妹がコイツらにイジ・・・ペッ!?」
突然キースさんが白目を向くと仰向けに倒れてしまう。そしてキースさんの背後から姿を現したのは剣を鞘に納めたまま手に持っていたディーン様だった
「これは辺境伯様・・・お久しぶりです」
「・・・ディーン・・・生きてるの?ソレ」
「キースさんはこれくらいで死ぬようなたまではないので大丈夫かと・・・」
「・・・てか一体何が?勢いで出て来ちゃったけどキースが妹に手を出すとは考えにくいし・・・」
考えにくいのにいきなり蹴ったんかい!
「・・・特に何もありませんよ。ただシーリスさんがいたので話し掛けただけです。本当に何も・・・キースさんの言いかけたような事は何もありませんでした」
何かあったと言わんばかりのディーン様の言い方にバカ兄貴は何か考える素振りをして・・・
「そうか・・・ではキースが目を覚ましたら伝えてくれ・・・『妹のシーリスに手を出したら・・・辺境伯であるこの私が全力で相手をしてやる』と」
その言葉は決してキースさんに向けられたものではない
この場にいる研究員達に向けられた言葉だ
貴族と言えどこの中に侯爵家の人間はいない。良くて伯爵家の者だったはず。つまりこの中でバカ兄貴が最も権力がある人物であり、その言葉は聞く者を震え上がらせるに十分なものだった
「・・・畏まりました。必ず伝えておきます」
そう言って頭を下げた後、ディーン様はキースさんを抱えて立ち去ってしまった
残されたのはアタシと研究員達とバカ兄貴・・・そのバカ兄貴はディーン様達を見送った後、振り返り笑顔を作る
「・・・君達はシーリスの?」
「は、はい!辺境伯様に御挨拶を申し上げます!私達はシーリス様の配下であります!」
「そうか・・・シーリスを・・・妹をよろしく頼む。ああ見えて意地っ張りでな・・・何かと苦労が耐えないと思うが・・・うん?そこのお前・・・」
何よいきなり兄貴ぶって!
って、バカ兄貴・・・研究員の中の男に近付いて一体何を・・・
「は、はい!何でしょうか!?」
「お前・・・顔が少し赤いがシーリスに惚れているのか?恋愛関係でとやかく言うつもりはなグゲッ!」
頭の悪い発見者には鉄槌を
アースハンマーで側頭部を叩くと数メートルくらい吹き飛ぶ兄貴・・・軽く小突いただけなのに大袈裟な・・・
「・・・コラッシーリス!痛いじゃないか!」
「訳の分からない事をベラベラと・・・これ以上痛い思いをしたくなければさっさとどこかに行って!そうじゃなければ・・・」
「わ、分かった!分かったから魔法を撃とうとするな!・・・なんて暴力的な妹なんだ・・・せっかく兄ちゃんが・・・」
「ブツブツ言わない!さっさと行く!」
「・・・はい・・・」
魔法を食らった部分を擦りながら中庭から立ち去る兄貴
確実に去るかどうかじっと見つめていると背後から視線を感じた
振り返ると怯えた目をした研究員達が・・・このままではまずい・・・
「えっと・・・無詠唱の良いところのひとつですね。危機に陥った仲間を即座に助けられるという・・・」
「そ、そうですね!素晴らしいです!」「なるほど!さすがシーリス様!」
所詮この人達は権力を使ってアタシを追い出そうとしただけの小心者・・・権力が物を言う世界ではこうやって生きていくしかないのだろう
実力もなく権力もない上司なんてそりゃあ疎ましく思っても仕方ない・・・か・・・
「それと・・・シーリス様と呼ばれるほど近しい存在ではないはずです。アタシの名はシーリス・ローグ・ハーベス・・・今後はローグと呼んでください。敬称はお任せします」
「は、はい!ローグ辺境伯閣下!」
これでいい・・・今は実力を付ける時・・・いずれはアタシだけの力でみんなを従わせてみせる!
だから今は・・・少しだけ名前を貸して・・・
お兄ちゃん──────




