26階 訓練所
「ここが新たに出来た・・・訓練所か!」
丁寧にも『左ゲート右1階真ん中訓練所』という文字が刻まれてあった。確かにこれは調査が必要だな・・・丁寧にも程がある
フリップが調査するように言ってきたのはこの新たに出来た施設?の調査だ。字面通りに受け止めて良いのかどうか・・・そもそも何の為にダンジョンが訓練所など作ったのか・・・聞くことなど出来るはずもないのでせめて危険かどうかの判断をしてくれって事みたいだ
三又に分かれている道を真っ直ぐに進むと円形の広場・・・そして壁には9つの扉があった
「何・・・これ・・・」
「それを調べる為の調査だ・・・風よ・・・」
手をかざすと緩やかな風が手から溢れそれぞれの扉に向かって行く
扉の隙間から中へと進入し、扉の中を隈無く調べると1つの部屋を除いて何も無い空間だけの部屋である事が分かった
「スカットも頼む」
「お、おう!・・・『先行透視』」
スカウトの基本的な魔技『先行透視』
私が風を使って感じるのに対して『先行透視』は実際に見る探査方法だ
「ん・・・んん?・・・うーん・・・ん?」
「ちょっと・・・黙って出来ないの?」
「うるさいなぁ・・・何か真ん中の部屋に宝箱があるだけで他は何もない・・・っすよね?」
「そうだな。罠もないし・・・とりあえず宝箱の扉に入ってみるか?」
調査は私だけで行くと言ったのだがケン達はついて行くと言ってダンジョンには行かずに私と共にここに来てしまった。宝箱の中身は分からないが貴重なものであればいいのだが・・・
警戒しながら扉を押し開ける
すると感じた通り宝箱があるだけで他には何もないただの部屋
訓練所?と首を傾げたくなるがとりあえず目の前の宝箱に集中する
罠は・・・ない。けど前みたいに・・・
「サラ姐さん?」
「・・・何でもない。宝箱に罠はないが、あくまでも開閉時の罠だけだ。他に中身を取り出した時に発動する罠もあるかも知れないから開けるなら気を付けて開けた方がいいぞ?」
宝箱を開けるのはタンカーが望ましいとされている
何かあった時の耐久力、魔物が出た時の対処、それにタンカーは総じて自分より他の仲間が死んでしまうのを嫌う傾向にある。守るという意識が強すぎてそうなってしまうのか教訓がそうさせてるのか・・・
とにかくこのパーティーで宝箱を開けるのはアタッカー兼タンカーのケンになる
「うっす!じゃあ・・・開けます!」
勢い良く開けるケン・・・私は何があってもいいように身構えるが・・・
「なんだこれ?・・・石?」
ケンが箱の中から取り出したのは菱形の石・・・青く光っているが宝石の光と言うより・・・
「え!?ちょっと待って・・・何か紙が入ってるんだけど・・・はあ?使い方!?」
ケンは石の下に置いてあった紙を拾い上げると読み上げた
この石は割ると当ダンジョンの1階へのゲートが開きます(1回のみ)
「・・・え?」
「何それ・・・説明書付き??」
「随分と優しい方がいらっしゃるのですね」
「いやいや、方って・・・これってダンジョンの宝箱・・・だよな?」
誰かが先回りしてイタズラをした?・・・いや、有り得ない。この訓練所に足を踏み入れるのは私達が初めてのはず・・・ならダンジョンが?・・・説明書付きのアイテムを・・・置いた?
「簡易ゲートっていうらしいっすけど・・・サラ姐さん知ってます?」
「・・・いや、聞いた事がない。そもそもゲートを封じる石って・・・有り得るのか?」
「そうすか・・・なら試しに・・・」
「待て待て!もし本物ならかなり貴重な物だぞ!?」
「え?そうすか?」
「・・・例えば強い魔物と出会して太刀打ち出来ず全滅しそうになった時、魔物に囲まれた時、迷ってる間に食料が尽きた時・・・そのアイテム・・・簡易ゲートがあれば生還出来る。もしこのダンジョンがもっと深くなり、その最深部を目指すパーティーにとっては至極のアイテムとなるだろう・・・マナポーションよりずっと、な」
「た、確かに・・・そう考えるとやべぇ・・・どうする?」
「売る?売っちゃう?」
「でもまだそんなに高値にはならないのでは?今のこのダンジョンに必要とは思えませんし・・・」
「何より本当に使えるか・・・だよな?使えない物を売ってそのパーティーが全滅したら・・・きっとレイスになって俺ら呪い殺されるぜ?」
それぞれ意見を出し合うケン達
ケンは迷いみんなに相談し、マホはあまり考えず直感で意見し、ヒーラは冷静に判断し、スカットは・・・意外と考えてるな
「・・・スカットが言ったようにレイスになって・・・は言い過ぎだが、不確かな物を売り捌くと後々面倒になる可能性はあるな。安易にその説明書を信じて使ったらゲートは出たが奈落に繋がってた・・・なんて事になれば目も当てられん」
「じゃあ結局・・・試すしか・・・」
「・・・ケンが持っていて非常時に使う・・・と言うのはどうだ?」
「え?・・・でもさっきどこに繋がってるかって・・・」
「ああ、どこに繋がっているか分からない。でももし本当に1階に繋がっているのならかなり貴重・・・そこでだ、本当に窮地に陥った時に使い1階に繋がっていれば助かる、もし変な所に繋がっていたら・・・その時は諦めればいい」
「ええ!?」
「確かにそれは・・・いいかも知れませんね。持っても持ってなくても状況は変わらない・・・持っていて助かったとなるか、持っていても状況は変わらないとなるか・・・どちらにしてもマイナスにはなりませんし」
「あっ、そうか!ここで試せば無駄になるだけだし、ピンチで使った方が得になる可能性があるって事ね。・・・まあ外れだったらガッカリ感半端なさそうだけど・・・」
「そういう事だ。使う場面がないに越したことはないけどな」
ガッカリ程度では済まないだろうけど・・・まだそういう場面に遭遇した事がないだろうから想像するのは難しいか
宝箱に入っていた簡易ゲートの使い途は決まった。後はこの訓練所と呼ばれる部屋の調査だが・・・特に何もない
扉で仕切られているだけで9つの部屋があるだけ・・・訓練所と呼ぶには些か厳しいような気もするが・・・
「天井も高いし部屋も広いけどそれだけッスね。もしかして魔物の訓練所になる予定とか・・・」
「魔物が訓練?私達を倒す為に汗を流すっての?冗談でもやめてよね・・・笑えないわ」
「私達が訓練をする場所をダンジョンが提供してくれたって事でしょうか?わざわざ?」
「秘密の特訓でもするか?ほら・・・夜の特訓・・・みたいな」
「・・・スカット・・・それだ」
「え!?」
そうか・・・いや、そういう使い方があるというだけで断定は出来ないが・・・うん?
「なんで驚いているんだ?」
ケン達は口をあんぐりと開けて固まっている。何故そこまで驚いているのやら・・・
「あくまでもそう使えるって程度だが、考えようによってはここはうってつけの場所になる・・・他の冒険者に見られず、迷惑にならずパーティーの連携や魔法、魔技の修練に・・・私はあまり人に見られたくないし、人が居る場所では危険な場合もあるし・・・」
魔物相手に命懸けの訓練・・・それも強くなるには必要だが、新しい事に挑戦する場合はどうしても魔物相手だと緊張して上手くいかないかもしれない・・・だから事前に試すにはうってつけの場所になる。私も風牙扇を試す場所に苦労したし・・・
「な、なるほど!そっちッスか!・・・確かに安全に試せるかも・・・前に家の裏で試して怒られた事あるし・・・」
「そ、そうね!魔法なんて気軽に撃てないけどココなら・・・」
「連携の確認など思う存分する事が出来ますね。相手が居なくても出来ることはありますし・・・」
「・・・ビックリした・・・サラ姐さんがここでテクを磨くのかと・・・」
「スカット!」
テク?・・・よく分からないが・・・
「あれ?なんでサラ姐さん・・・扇子を取り出して・・・!!?」
風が鳴る
怪我をさせないように八割程開いた状態で扇子を振ると風が舞い4人に襲い掛かる
咄嗟に避けたまでは上出来・・・若干1名まともに喰らったけど・・・出来れば剣を抜くなり杖を構えるなりして欲しかったが・・・
「ちょ!?いきなりなんスか!?サラ姐さん!」
「ビックリした・・・風がうねって・・・あれが『風鳴り』・・・」
「スカット!?大丈夫です!?」
「・・・痛い・・・」
「どんな時でも油断は禁物・・・例え仲間しかいなくても。という訳で実際使ってみようじゃないか・・・この訓練所がどれだけ暴れても大丈夫なのか確かめる為にも、な」
「という訳って・・・まさか・・・」
「私を魔物とみなし攻撃して来い。少しばかり遊んでやろう」
「え・・・待って・・・サラ姐さん・・・ぬわああああ──────」
「ケンは剣と盾を上手く使っているがたまに動きに迷いがある。防ぐのか避けるのか攻撃するのか引くのか・・・その一瞬が命取りになる事を忘れるな。マホは魔法の精度にバラツキがある。ここぞという時は力を発揮するが初手などは集中力が散漫で外す事が多いから気を付けろ。ヒーラはメンバーが少しでも怪我をしたら過剰に反応し過ぎだ。少しくらい・・・動ける程度の怪我ならすぐに駆け付けるのではなく、相手の動きを見てからでも遅くはないぞ?スカットはもう少し魔技を身に付けた方がいいな。スカウトとしての働きも大事だがケンとマホだけでは手が足りない事がいずれ来る。その時の為にも腕を磨け」
「・・・はい・・・」
全員肩で息をしながら私の言葉に耳を傾けていた
長年パーティーを組んでいたからか連携は良いが、たまに我が出て乱れる場合がある・・・そこを魔物につかれたら一気に崩れる危険性が・・・安定するには・・・
「タンカー・・・やはりパーティーを守るタンカーが必要ではないか?ケンはよくやっているがアタッカーとタンカーをこなせるほど器用では・・・」
ケンはよくやっているが魔物が強くなったり複数相手となればやはり専門職は必要・・・しかしその話をした途端、ケン達・・・特にケンの表情に影が差す
「タンカー・・・か・・・」
「どうした?そんなに嫌か?」
「・・・サラさん・・・その・・・別に嫌って訳じゃないの・・・えっと・・・」
「マホ・・・俺から話す・・・」
何か事情がありそうだ
言いにくそうにしているマホを制してケンは語り出す・・・なぜこのパーティーにタンカーが居ないのかを
ケン達は学校の同期とパーティーを組んでいた
ケン、マホ、ヒーラ、スカット・・・そしてシル
タンカーの両盾使いであるシルは5人の中でも飛び抜けた実力を持ち、他のパーティーから引く手数多だったが同期という理由でケン達とパーティーを組むことに・・・だが実力差は開く一方でその差は埋まることなく・・・
「・・・またこの階止まりね・・・」
「こ、今度は!今度はほら・・・マナポーションも用意して・・・」
「いくらすると思ってるの?入場料に携帯食料・・・それにマナポーションなんて買ってたら入る度にマイナスになる・・・私は借金する気はないわ」
初めは仲が良かった5人・・・しかし1人が突出した実力を持っていると進まない攻略にもどかしさが募る。私ならもっと行ける・・・そう考えるようになったシルはメンバーに段々と辛く当たるようになった
低階層で退く事を繰り返す内にメンバーの心は離れ衝突を繰り返し・・・そして・・・
「ごめん・・・私抜けるわ・・・」
「シル!・・・そりゃあ俺達はまだ弱いけど・・・いずれ・・・」
「いずれ?それはいつ?もう1年・・・ずっとそんな言葉に騙されてきた・・・もう我慢の限界・・・・・・じゃあね」
「・・・シル・・・強くなるから!強くなるから・・・そしたらまた・・・」
「・・・」
立ち去ろうとしていたシルが立ち止まり、振り返った時の目はもう既に仲間を見る目ではなかった・・・それでも・・・
「俺達のタンカーは・・・シルだけッス・・・きっと俺達が強くなれば・・・」
そっか・・・ケン達も私と同じように・・・
気持ちは痛いほど分かる・・・私も同じように強くなってまた同じパーティーに入れてもらおうと努力した・・・そのパーティーはどんどん先に行ってるのに・・・私はその場で立ち止まり・・・結果、離されていった
今なら私を追い出したパーティーは喜んで迎えてくれるかも知れない・・・けど・・・
「ねえ・・・悔しくないの?」
「・・・当然悔しい・・・けど僕達は強くない・・・シルが抜けたくなるのも仕方ないし・・・だから努力していつかシルに戻って来てもらおうと・・・」
「違う・・・戻って来てもらうなんて言ってて悔しくないのかって聞いてるの」
「え?」
「どうせならそのシルって子に『どうぞまたパーティーに入れさせて下さい』って言われるくらい強くなれば?」
「シルに・・・でも!」
「私も不要と言われてパーティーを脱退させられてた。弱い私を必要な時だけ仲間と言って、必要なくなったらポイッよ?・・・確かに私は弱かった・・・でも・・・」
扇子を握り締める
『風牙扇』・・・コレのお陰で私は強くなった。経験を積み、今では『風牙扇』がなくてもサイクロプスを単身で倒せる程に・・・
「今なら私を脱退させた奴らはハンカチを噛んで悔しがってるでしょうね。『あの時脱退させてなければ』なんてね。頼まれても戻る気はないけど・・・いい気持ちよ?後悔させてやるのは」
「・・・サラ姐さん・・・」
「悔しかったらシルって子に後悔させてやりなさい・・・パーティーを抜けなければ良かったと心の底から思うほどに・・・ね?」
「・・・はい!」
「それじゃあ気を取り直してもう一戦やるか」
「・・・え?」
「え?じゃないえ?じゃ・・・そんなんではシルとやらを見返すことは出来ないぞ?さあ、構えろ!」
ケン達はダンジョンの入場料が無駄になるけど・・・これもいい経験だろう。ダンジョンで強くなるのではなく、強くなってからダンジョンに挑む・・・昔は当たり前だったらしいけど今はダンジョンで鍛えてダンジョンを攻略するのが普通になった・・・あえて昔の方法を試すのもいいかもしれないな
「あーもう!こうなったらサラ姐さんに一泡吹かせてやるぜ!」
「・・・ちょうど試したい魔法があったのよね・・・サラさんなら・・・受け止めてくれるかな?」
「怪我は心配せず思いっきりやって下さい!」
「魔技・・・いっちょやってみっか!」
みんなやる気になったようで良かった。私も負けてられないな!
「外壁は立派だが中身は発展途上か・・・いい環境じゃねえか。色々と捗りそうだ」
「飯屋が少ないのが難点ですね・・・後は女・・・」
「その辺も仕切るか・・・何にせよ邪魔者は排除しねえとな」
「『風鳴り』・・・噂によるといい女らしいっすけど・・・」
「なーに、殺しはしねえから縁があればまた会えるだろ・・・あくまでも自分からこの村から去ってもらう・・・俺達がこの村を仕切るまで、な」




