279階 ラル・ムジーナ
ラル・ムジーナ・・・元冒険者の父と魔蝕に掛かった母の生活を助ける為にリンゴを売っていた少女・・・そして僕の正体を知っていた数少ない人物・・・彼女が冒険者になって稼ぐ必要はないはず・・・未だにラルの父ハーキンには毎月十分なお金は渡しているはずだけど・・・
「えっと・・・どこかでお会いしましたか?」
名前を呼ばれて首を傾げるラル・・・そう言えば今は変身中だった・・・
「ごめんごめん・・・僕だよ」
「っ!お兄ちゃん!?」
「お兄ちゃん??」
仮面にマナを流すのを止めて外した僕の顔を見るとラルは驚き今度はサラが首を傾げる
そう言えばそう呼ばれていたよな・・・『お兄ちゃん』って
「ちょっと訳ありでね・・・変装していたんだけど・・・ラルはどうしてダンジョンに?もしかしてお金が足りなかったとか?」
「うううん・・・違くて・・・」
「私にも話が分かるように説明してくれないか?お兄ちゃん」
「あっ・・・えっと・・・前にこの村でダンジョンブレイクが起きたでしょ?その時に縁があって・・・」
なんだろう・・・ニヒルな微笑みを浮かべるオッサンから異様な圧力を感じる・・・まさかラルに嫉妬して?・・・いやいやそんな訳・・・ないよな?
「ああ・・・あの時か。そう言えばジェファーにお金を送るように頼んでいたな」
「そうそう、ダンジョンブレイクが再び起きないように組合を監視してもらって・・・まさか払われてない?」
今でもジェファーに頼んで送金しているはずだけど・・・まさか着服!?
「お金は十分・・・ほら、この鎧もお兄ちゃんから貰ったお金を貯めて買ったんだよ」
「そっか・・・じゃあなぜ冒険者に?他にも色々と仕事はあるだろうしお父さんのハーキンさんだってあまり快く思わないだろうし・・・」
ダンジョンで片足を失ったハーキンだ・・・娘を同じ目に合わせたくはないはず・・・
「あー、えっと・・・その・・・実はね・・・」
ラルは言いにくそうになぜ冒険者になろうと思ったか話してくれた
要は・・・
「僕のせい・・・か・・・」
単純な話だ
働かずに金が入り、しかも報告に来る組合員を相手にしていて勘違いしてしまった訳だ・・・自分が偉くなった、と
そんな父と母を見ているのがイヤで元の2人に戻って欲しくて僕からのお金を受け取らないようにするにはどうすれば良いか考えた時に浮かんだのが冒険者だった
「お兄ちゃんのせいじゃない!・・・段々と組合の人に偉そうな態度を取るお父さんを見てたらこのままじゃダメだと思って・・・でもお父さんは働くの難しいしお母さんはこれまで働いたことないって言ってたから・・・でも村で私が稼げる仕事なんてないし・・・冒険者ならと思って家にあるお金で村で売っている一番いい防具と武器を買って・・・でもなかなか上手くいかなくて・・・」
「バデット達に協力は仰がなかったのか?」
「・・・嫌われているから・・・」
そっか・・・ハーキンが嫌われているから手伝ってとは言いにくいか・・・
働き口がないから冒険者に・・・そういう話は辺境ならではだな。店も少ないし作物を余るほど作っても二束三文で買い叩かれる・・・まあ商人としては利益と運搬費を出す為にはそうぜざるを得ないのだろうけど・・・
そんな辺境の地でも冒険者は一定以上稼げる可能性がある。ただし命懸けにはなるけど
「ハーキンさんはラルが冒険者になるのを止めなかった?」
「・・・止められたけど・・・最後は勝手にしろって・・・」
「そっか・・・」
もし僕がお金を渡してなければ・・・いや、ギリギリ生活出来るレベルのお金を渡していればこうはならなかったかも・・・裕福になり心に余裕が出来て隙が生まれる・・・僕も気を付けないとな
それはそうとこの件は早急に片付けないとラルが危ない・・・かと言ってどうすれば・・・
「ラル・・・と言ったな。学校では何を選考していた?」
「えっと・・・途中まで生産職を・・・冒険者になるつもりはなかったので」
「途中まで?」
「お父さんが怪我をして働けなくなったので・・・」
「学校を辞めたか・・・その学校も戦闘職ではなく生産職・・・さすがに冒険者を舐め過ぎだ」
「サラ・・・ート!」
「事実を述べたまでだ。パーティーを組む事が出来ずソロとして活動するにはかなりの実力がいる。私はたまたま魔道具を手にして出来ただけ・・・もしなければとっくにダンジョンのシミになっていただろう・・・それほどソロ冒険者の現実は厳しい・・・ロウもしっているだろう?」
そう言われてラックの顔が浮かんだ
ソロ冒険者として無理をして・・・死んでしまったラック・・・もしパーティーを組めてたら・・・
「かと言ってこの村ではなく他の村や街でパーティーを組めるかと言ったら無理だろう・・・ゴブリンで手間取っているようでは足でまといだ」
「・・・」
「・・・少女の働き口が冒険者しかない・・・これは由々しき事態だな・・・そうだろう?辺境伯様」
「辺境伯・・・様?」
確かに言われてみればそうだ・・・これはラルの問題ではなく村の問題・・・で、ひいては僕の問題だ
働き口がないなら作ればいい・・・けどどうやって・・・
「そう言えばグレア様が人手が足りないと嘆いていたな・・・必ずしもこの村で、って事もないのでは?」
「グレア・・・そうか・・・ラル」
「うん?」
「僕の元で働いてみないか?」
「お兄ちゃんの?」
「ああ・・・僕の・・・ロウニール・ローグ・ハーベスのメイドとしてね──────」
「なあ・・・ロウニールは『馬車を抜け出すから』って言ってたけどよ・・・実際はサラさんと中でよろしくやってんじゃねえか?」
「・・・そうだとしても別にいいでしょ?2人は付き合っているんだから」
「でもよ・・・同期が馬車に乗ってイチャついてるのに俺達は外でその護衛って・・・何か腹立たねえ?」
「だったら直接文句言いなさいよ・・・てかこの依頼を受けたのアンタでしょ?」
「だって金もいいしロウニールだから気楽だし・・・ハア・・・どうしてこうなった・・・」
「何が?」
「同期が・・・しかもいつもドベだったロウニールが遊んで暮らせる辺境伯様だよ・・・嫉妬も憧れも出来ねえ・・・虚しい・・・なぜかとても虚しうおっ!」
「ドベで悪かったな」
ゲートを使って馬車に戻ってみると外からジケットの声が聞こえた。遊んで暮らせるか・・・本当にそうなら楽なんだけどね
「急に開けるなよ!・・・てかやっぱりお前サラさんと・・・」
「ちゃんと外に行ってたわ!・・・てか今のどの辺?」
「あん?・・・もうすぐムルタナだな・・・ムカつくデベットって奴が仕切ってる冒険者ギルドがある、な」
「そっか・・・タイミングバッチリだな」
「何のタイミングだよ・・・まさか村に寄るのか?」
「寄る・・・それにそのムカつくバデットに会いに行く」
「げっ・・・何の用事だよ・・・」
「ちょっとね──────」
本来なら村に寄らずに通り過ぎるはずだった
野営の準備は十分してるしエモーンズから出てまだ一日も経ってないから補給などする必要もないしね
でも急遽予定を変更してもらいムルタナに寄ることにした・・・理由はラルの件を片付ける為だ
「今日はムルタナに泊まりますか?それでしたら着いてすぐ宿を手配しますが」
「うーん・・・そうだな。手配出来たら頼む」
「ハッ!・・・サラと同部屋で?なんならファーネも・・・」
「ゲッセン!」
「気を使っただけですよ・・・辺境伯様」
くそっ・・・からかいやがって・・・まあでもサラは同部屋でも・・・僕のメイドだし・・・
「私はファーネと・・・ですよね?ご主人様」
「・・・はい」
ですよね・・・付き合っている事を知っているのはファーネとジケット達だけ・・・これで僕とサラが同部屋になったら要らぬ噂が流れるに決まっている
まあ付き合っていると言うよりメイドを弄ぶ変態貴族って噂になりそうだけど・・・
どうやらムルタナに到着したようで馬車は一旦止まった
外から何か話し声が聞こえる・・・どうやらゲッセンが僕の来訪を告げたらしい・・・小窓を開けて見てみると慌てて門番の1人が村の中を走って行く後ろ姿が見えた
「まだ入らないのかな?確か辺境伯である証明書があるからどこでも入れるはずだけど・・・」
「どこでも入れるけどすぐには無理よ」
「なんで?」
「・・・貴方ももう少し自覚した方がいいわ。貴方がどんな存在かをね」
元のメイド服姿のサラが呆れたように言い放つ
僕の存在?それが入れないのと何の関係が?
しばらくして走って行った門番と共に村長・・・それと10人程の兵士がこちらに向かって来ていた
どうやら門番は村長の所に行ったみたいだ・・・別に村長に用事なんてないのに・・・
「ムルタナ村長のダジニ・フロスです!この度は出迎えが遅れ大変申し訳ありません!」
突然来たのに出迎えなんて無理だろうに・・・それとも逆に嫌味か?来るなら来るって言えよっていう・・・
「ほら、ちゃんと外に出て『出迎え御苦労』って言わなきゃ」
「えぇ?・・・何か偉そうじゃないそれ」
「偉そうじゃなくて偉いのよ・・・ご主人様」
あんまりそういうの好きじゃないのだけど・・・でも小窓から見ると村長は頭を下げたまま僕が馬車から出て来るのを待っている・・・これで『やあ』なんて言ったら軽すぎるよな・・・
村長の対応に応えるには・・・やっぱり偉そうにするしかないか・・・
「出迎え御苦労・・・急に訪問して悪かったな」
「とんでも御座いません。この村は辺境伯様の領地・・・いつでもお越しくださって何の問題も・・・それで今回のご訪問はどのようなご用件でしょうか?滞在されるなら見窄らしいかと思いますが当村の宿を・・・」
「王都に行く途中で寄っただけだが一日泊まらせてもらえるか?空いてなければ別に構わないが・・・」
「早急に手配致します」
「そうか・・・よろしく頼む。それと冒険者ギルドに少し用事があるので行きたいのだが構わないか?」
「もちろんでございます。すぐに伝えておきます」
全て即答・・・もし『裸で踊れ』とか言ってもやりそうな気がする・・・
偉くなると相手が気を使う・・・それが続くと偉くなった気になる・・・で、それが続くと・・・ハーキンの出来上がりって訳か
「それで・・・申し訳ありません。村の中で馬車は・・・」
「うん。ゲッセン、御者と数名の護衛を置いて村の近くで待機してくれ」
「はっ!馬車の護衛は我々衛兵隊が・・・冒険者の君達は村の中で辺境伯様を護衛してくれ」
「了解です」
村の中には馬車・・・特に僕の乗って来たような大きな馬車は通れない。道幅も狭いしでこぼこしているし・・・大口の商人が来ないってのもあるし必要ないからだけど道の整備は今後の課題だな
という訳でゲッセン達衛兵が馬車と共に村の外で野営をし、僕とサラ、それにジケット達4人が村の中へ
冒険者ロウハーとしてさっきやって来た時は気付かなかったけど、村の中央にそびえ立つ石柱がやけに目立つ
それも今日で・・・見納めだな──────




