267階 ゴーンからの提案
王都に到着した次の日、使者が来て王様に会う日を伝えに来た
明日・・・かなり急に思えるが王国騎士団がエモーンズに向かってからは2ヶ月近く経っているだろうから向こうとしてはかなり長い期間待っていた事になる
もう準備は出来ているから今日でも可能だったけど・・・さて、一日暇になったから何をしようか・・・
「ご主人様・・・昨日はよく眠れましたか?」
目覚めのコーヒーをテーブルに置きながらサーテンがチラリとこちらを伺う
よく眠れましたか?・・・寝れる訳ないだろ!
「どういう説明したらあんな行動に出るんだ!?僕言ったよね!?給与出すし普通に暮らす術も学べるし自由にしてくれて良いって・・・言ったよね!?」
「はい。確かに承り伝えておきました」
「だったらなんで・・・」
「不安・・・だからです」
不安?・・・いやいや待て待て・・・不安だからってうら若き乙女が下着姿で主人の帰りを待つか?まあゲートを使って帰って来たからビックリして悲鳴を上げて逃げて行ったけど・・・もし玄関から普通に帰って来ていたら・・・そもそも不安って何に対する不安なんだ?
「止めるよう言っても手を替え品を替え迫って来るでしょうね・・・捨てられないように」
「・・・どうして僕の話が捨てられるっていう解釈になるんだ?」
「彼女達は孤児院で過ごしておりました。そこでは当然奉公先の話を聞かされます。辛い事、悲しい事、酷い仕打ち、最悪の結果・・・全てを伝えておかないといざ奉公先に出向した時に簡単に音を上げてしまうからです」
「最悪を想定しておかないと保たないって事か・・・」
「そうです。なのでメイドは初めてのお勤めの時は酷く緊張するそうです。主人によっては死んだ方がマシな仕打ちも有り得るのですから・・・そんな話を聞いた2人がご主人様の元にやって来た・・・当然2人も最初はどんなご主人様か分からずにビクビクしていたでしょう・・・ですが蓋を開けてみれば殆ど屋敷には居られず、居られる時もメイドである自分達に何もしてこない。手を上げられなければ伽も強制しない・・・更に不在の時には自由にしていいと仰り給与も渡すと言われる・・・最悪を想定していた2人にとってこれ以上にない環境であった事でしょう」
ま、まあ最悪を想定していたらそうなるのかな?
「ですがそのご主人様から自立を促される・・・優しさからの言葉ですが2人にとっては恐怖でもあるのです・・・孤児院で一生メイドをすると言われていたにも関わらず自由を与えられる事になるかも知れない・・・嬉しさよりもやっていける自信がないのと、もし再び孤児院に戻る事になったら別の主人の所に出向する事になるかもしれない・・・ご主人様のような方に恵まれれば良いのですが・・・」
「そんなに酷いのか?その・・・他のメイド達の環境は」
「ここに比べればほぼ地獄のような日々でしょうね」
「そんなに?」
「孤児院がわざと伏せているかも知れませんが彼女達には良い環境の話はひとつも入って来ないでしょう。そうしなければ少しでも聞いていた話よりも辛いと逃げてしまったり耐え切れなくなってしまうからです。なので彼女達は追い出されないよう自らの奉仕により繋ぎ止めようとしたのです・・・ご主人様との関係を」
「・・・そう考えてしまうよう教育されているって事か・・・」
「はい。もし仮に彼女達が孤児院に戻りここの話をした場合・・・他のメイド候補達は決して信じないと思います。そんなの夢物語だと一笑に付すでしょう」
確かに居心地の良さを1回知ってしまうと少しでも悪くなったら不満が出る・・・そうならない為の教育は分からなくもないけど・・・
「もしかして辛い思いをするって言うのは・・・」
「ご主人様が彼女達をメイドではなく個人として見るのであれば彼女達との見方に相違が出ます。彼女達はあくまでもロウニール様ではなくご主人様として見るよう教育されていますので」
そういう事か
僕・・・ロウニールとチルとヒース・・・その関係だったら僕の提案をすんなり受け入れてくれたかもしれない。けど彼女達の頭の中ではあくまでも『ご主人様とメイド』の関係・・・必要とされるかされないか・・・されると思われればここに居られる・・・されないと思われたら居られなくなる・・・そんな関係なんだ
ん?待てよ・・・
「どうしてそれで『辛い思い』なんだ?」
「彼女達がどういう行動を取るか分かっておりましたので・・・ご主人様はそこで手を出さない事も・・・つまりそういう事です」
僕を聖人とでも思っているのか?
さすがに迫られたら僕だって・・・・・・・・・いや、手を出さないな・・・彼女達がなぜ迫って来ているか分かってしまった以上、ここで手を出すのは鬼畜だし顔向け出来なくなる・・・
「まずは関係性から改善しないといけないみたいだな。ご主人様とメイドではなくロウニールとチルとヒースに」
「そうですね・・・ですがそうなるまでにはかなりの時間が掛かるかと」
それだけキッチリ教育・・・いや、洗脳されている訳か
「分かった・・・彼女達には好きなだけここに居ていいと伝えてくれ。もちろん給与も出すし生活する術も教える・・・それと食事はみんなで食べる事にしよう」
「・・・よろしいのですか?」
「ああ・・・少しずつでも距離を縮めていかないとね──────」
その日は特にやる事もなかったので屋敷でゆっくり過ごした
早速みんなで食事をしてみたが彼女達は戸惑いがあったのかあまり食が進んではいなかったな
何度か続ければ普通に食べれるようになるのだろうか・・・一度孤児院でどんな教育をしているのか見てみたいもんだ
そして次の日の朝、サーテンが準備してくれた服に着替えるとチルとヒースに髪をセットしてもらい迎えに来るという使者を待つ
2階の自室から何気なく外を見ていると大きな馬車が屋敷の前に止まり迎えの人が屋敷の戸を叩いた
一度叙爵式で王様には会っている・・・けどあの時はローグとしてだし、仮面も着けていた・・・今回はロウニールとして仮面も着けることは出来ない・・・そう考えると今更ながら緊張してお腹が痛くなる
「ご主人様、使者の方が参られました」
「・・・ああ、今行く」
緊張している事を悟られないように返事をして1階に降りると使者が僕を見て頭を下げた
「お待たせ致しましたロウニール・ハーベス伯爵閣下」
「ご、ご苦労」
ヤバい・・・どう対応すればいいか分からない
使者の人に対してもこれだ・・・このまま王様の前に出たらどうなってしまうのか・・・
不安に思いながらと案内されるまま馬車に乗り込むと何故か先客が・・・視線を上げてその先客の顔を見るとまさか彼を見てホッとしてしまった
「ゴーン殿!」
「やあローグ殿・・・いや、ロウニール殿と呼んだ方がいいのかな?」
ダンジョン研究家ゴーン・へブラム・アクノス・・・彼がどうして城行きの馬車に?
そんな疑問の答えが出ぬまま馬車は僕とゴーンを乗せて走り出す
「話は触りだけディーンに聞いたのだが・・・なかなか波乱万丈な人生を歩んでおられますな」
「は、ははっ・・・」
皮肉なのかなんなのか・・・とにかく『触りだけじゃねえだろ!』ってツッコミたかったがグッと堪えて何とか愛想笑いを浮かべる
「・・・今回の話・・・聞いているかな?」
「と言うと?」
「魔王は復活は誤報だったと各国に伝達した事は・・・」
「ええ聞きました。まあアレが魔王だったと証明するものはありませんしね・・・それも致し方ないかと」
「貴殿が復活させたと聞き及んでいるが・・・もう一度復活させる事は?」
「その質問に何の意味が?まさか証明する為にもう一度復活させようと?」
「いや・・・興味本位ですよ」
「・・・出来ません。それに仮に出来たとしてもやりません・・・次に勝てるかどうか分かりませんので・・・」
魔王が最初から本気を出していたら勝てただろうか・・・ぶっちゃけ勝てる気がしないな
「なるほど・・・話が逸れたが元に戻そう・・・我が国では魔王復活と討伐・・・そのふたつの情報は全て真実と認識している・・・伝承に伝わる6縛りの結界、ディーンや元宮廷魔術師であるラディル殿それに前聖者であるゼン大臣の証言から見ても間違いはないだろう」
「・・・それで?」
「ふむ・・・陛下は気に病んでおられる・・・救国の英雄を大々的に労い賞賛する事が出来ないことを。なので陛下は出来る限り貴殿の希望に沿った報酬を与えたいと考えておられるのだ」
「それはありがたい話ですけど・・・僕だけですか?魔王討伐には他に5人・・・それに魔獣の侵攻を命懸けで止めた冒険者や兵士達には?」
「無論考えておられる・・・が、先程も言ったように大々的には出来んのだ。なので今回はロウニール殿を呼び魔王復活の誤報に至った経緯を聞くと共に見合った報酬を渡すという手筈となっている」
「?・・・どういう事ですか?」
「魔王復活と勘違いした事態が起こった・・・だがそれは間違いではあったが危機的状況にあったのは間違いではない。そしてそれを解決した者達に報酬を与えるのは当たり前の事・・・対外的にはそのようにすると決まったのだ」
ああ、なるほど
魔王と思ったけど違った・・・けど、それに近い敵が出て来た・・・それを倒した僕達に褒美をやるって事か
「少なくとも魔族レベルの魔物が現れた事になるだろう・・・冒険者ならワンランク上がり貴族なら爵位をひとつ上げるのが相場となる」
えっ!・・・つまりサラは・・・Sランクになるって事!?
「貴殿は伯爵だ・・・その上となれば・・・侯爵」
へえ・・・侯爵か・・・でも・・・
「えっと・・・僕ってローグとして爵位を頂いたのですが・・・」
「その辺は問題ない。事情も聞いて陛下には伝えてあるし魔王討伐に比べたら些細な問題だからな。それで、だ・・・侯爵ともなればいくつかの領地を与えられるのだが・・・今の国の情勢から言ってあまり宜しくない」
「?・・・すみません、その辺の話に疎くて・・・」
「ふむ・・・爵位とは単なる称号ではない。王国は当然王政なのだが国王陛下1人で治められるほど狭くはない・・・故に爵位を持つ貴族に各地を任せているのだ。男爵・子爵・伯爵はその順位に合わせた領地を・・・侯爵ともなれば伯爵などが治めている地域を任せられる。だが問題があってな・・・侯爵の存在しない地域はあるのだがその地域の各街は他の貴族が治めている。つまり貴殿が侯爵になるとその貴族達の上に立つ事になる訳だが・・・恐らく・・・いや、確実に軋轢が生まれるだろう」
うーんと・・・伯爵までの貴族は1人街ひとつまで・・・で、侯爵はいくつかの街がまとまった地域ごと治める事になるのか。で、そのいくつかの街には既に貴族がいるからぽっと出の僕がその貴族達の上に立つ事に・・・うん、確かに揉めるわな
「じゃあ別に侯爵にならなくていいです」
「・・・そうなると他の者達にも報酬は無しになるが良いのか?」
「なぜ!?」
「報酬は不平不満が出ぬように一番の功労者を基準に考えられる。今回の一番の功労者は当然貴殿となる・・・その貴殿が断ればそれ以下の功労者に報酬を渡す事が出来ないのは道理・・・更に言えば貴殿が報酬を金で望めば他の者達も金となるのだ」
えっ・・・つまり僕が侯爵になるのを拒めばサラはSランクになれないってこと!?
だけど侯爵になって他の貴族と揉めるのも・・・
「悩ましいであろう?だが私に妙案がある・・・それを告げる為にこの馬車に乗り込んだのだ」
「妙案?」
「貴殿はエモーンズ出身であろう?ならば辺境伯になってみる気はないか?──────」




