266階 サキとサラ
「そうなのですね。今さっき王都に着いて真っ先に教会に・・・嬉しいです」
ええ、そうですよね・・・分かってました分かってました
2人っきりで『会話を』楽しむ・・・そうでしょうそうでしょう・・・でもシロニールにお父さんだよって言ったりエミリの意味ありげなセリフを聞いたら・・・普通考えてしまうよね!?
「?どうしたんですか?」
「いや・・・何でもありません・・・」
純粋なセシーヌの視線を見返す事が出来ずにそっぽを向いて答えると別の話題に移そうと必死に頭を働かす
「あ、そ、そう言えば凄い行列だったね!いつもあんな感じ?」
「?・・・はい。あっ、そうだ!最近不思議なんです・・・以前も同じように列が出来て順番に治療を行っていたのですがどうしてもマナ量が足りずにお薬や交代してもらったりしていたのですが・・・最近は平気で一日続けられたりと・・・」
っ!それって・・・
「やはりロウニール様・・・何かご存知なのですか?」
「『やはり』とは?」
「それが・・・気付いたのはエモーンズより戻って来た後なのです。日に日に増えていって・・・『真実の眼』は自分には使えませんので気のせいかと思った時もありましたが今は以前の倍・・・いえ、それ以上のマナ量がある気がして・・・となると切っ掛けはもしかしたらロウニール様なのではかと・・・」
鋭いな・・・恐らくセシーヌのマナ量が増えたのはシーリスやペギー・・・サラと同じく眷族化・・・でも他の人はそんなこと言わないし全員女性ってのも気になる
最近シーリスの本音も本人からじゃないけど聞いたし僕の仮説が正しければ・・・僕に対する気持ち?
しかも友情とかじゃなくて・・・愛情・・・
シーリスもマナ量が増えていたからそんな事は微塵も考えなかったけど、色々と話を聞いてそれなら辻褄が合うと思ってしまった
シーリスは兄妹愛みたいな感じで3人は・・・
もし愛情で増えるのなら愛情の深さによってマナ量の増え方に差があるのだろうか・・・元々のマナ量もあるからその辺は何とも言えないけど・・・うーむ・・・
「ロウニール様?」
「ああ、ごめん・・・少し思い当たる節があって・・・」
「本当ですか?一体何が起きているのでしょうか?」
「いや正確には・・・ただ考えてみると僕への気持ちが高いとなるのかなって・・・」
「え?」
驚いた後でポっと顔を真っ赤にするセシーヌ・・・いやいや僕は何を言っているんだ・・・僕への気持ちがって確証もないのに・・・
「それってつまり・・・私がロウニール様をどれくらい好きかでって事ですよね?」
「い、いやどうだろう!ただそうなのかなぁって思ったりなんかして・・・」
おおう、なんか雰囲気が・・・セシーヌの部屋で2人っきり・・・しかもエミリは帰ってくるかも分からない状態で向かい合う2人の空気がガラリと変わったような気がした
「多分それ・・・合ってると思います」
何が!?
「日に日に募る想いがマナを育てる・・・それを人は『愛』と呼ぶのでしょう・・・」
呼びません!そんな事が普通に起きるなら誰もマナ量で悩みませんから!
なんかこのままだとまずい・・・かと言ってこの状況で話を変える話芸など持ってないし・・・
「ロウニール様・・・私達は・・・」
「あっ!そう言えば妹のシーリスももしかしたら同じかも・・・それにサラやペギーも・・・っ!?」
シーリスの名前の時はほほ笑みを浮かべていたセシーヌだったがサラとペギーの名前が出た途端に目を細め感情を失ったような表情に変化した
「へえ・・・サラ様もペギー様もマナ量が増えたのですか・・・」
「あーうん・・・どうしてだろうね・・・ははっ・・・」
ううっ・・・さすがに苦しいか・・・
他の女性にも同じ状態になった知った上で『僕への気持ちが高い』なんて言うって事はその女性達の気持ちも知っているからということになる・・・となると僕は『3人の気持ちを知りつつ誰と付き合うのか答えを出さない優柔不断な男』かもしくは『3人の気持ちを弄ぶ最低な男』のどちらか・・・いや、実際はそうなんだけど・・・
「・・・ロウニール様・・・誰をお選びになるつもりですか?」
直球来た!
僕なんて選ぶ立場では無いです本当!
・・・でもどうなんだろう・・・例えば立場が逆だったら?僕が誰かを好きで・・・他にその誰かを好きな人がいると聞いたら・・・僕はその誰かにどう答えてもらいたいのだろう
そりゃあもちろん僕を選んでくれって思うだろうけど・・・でもその人が別の誰かを好きだったら?
自分を選んでくれないのならいっそう答えは出さないで欲しいと思うのか
それとも答えを聞いて諦めて次の恋へと進むのか
「・・・すぐに答えが出ないということはまだ迷っている・・・そう受け取ってもいいのですね?」
「え?・・・あ・・・はい・・・」
「良かった・・・それなら私にもチャンスがあるという事・・・別の方の名前が出たらどうしようかと思いました」
無表情から一転笑顔になるセシーヌ・・・その笑顔にドキッとして惹き込まれそうになるが何とか耐え抜いた
「どうしてそこまで・・・いや、前に聞いたけど・・・確かに子供のマナ量が増えれば多くの人が助けられるのは事実だしさっきの教会の列を見ても納得出来る・・・けど多くの人を治したいにしてももっと別の方法があるんじゃないかな?セシーヌが犠牲になる事は・・・」
「キッカケは確かにそうでした」
「・・・」
「ロウニール様のマナ量を見て一目惚れ・・・あまり褒められた惚れ方ではないと自分でも分かっています。多くの人を治したい一心でロウニール様を利用しようとしたのですから・・・」
「いや僕は・・・」
「恐らくその時の私のマナ量は変わりなかったでしょう。ですがマナ量と同じく・・・日に日に膨らむ想いはキッカケとは別のものでした。振られてもいいという想いから振られるのが怖いと思うようになり果ては私の中で大きくなり過ぎて・・・争いは嫌いなのに今はサラ様とペギー様に負けたくないと思っています」
「・・・セシーヌ・・・」
「恐らくロウニール様の仮説は正しいと思います。ロウニール様への想いがマナ量に影響している・・・そして私は自負しています・・・3人の中で最もマナ量が多くなったと」
あう・・・なんて自信に溢れた目で僕を見るんだ・・・そんな風に言われたら・・・僕は・・・
「お飲み物の準備が出来ました」
うおぅ!!いつの間に部屋に入ったんだ!?
エミリは何事もなかったように僕とセシーヌの前にコップを置いて飲み物を注ぐ。話に没頭していたとはいえ全く気付かれずにここまで侵入するとは・・・エミリの暗殺者としての実力恐るべし
しかし実際助かったかも・・・あのまま見つめ合ってたら僕はどうにかなってしまったかも知れないし
「・・・エミリ・・・ありがとう。もう大丈夫ですよ?」
「はい」
「エミリ?」
「何でしょうか?」
「・・・」
お盆を両手で持ちながらテーブルの横に立ち続けるエミリ
僕でも分かる・・・セシーヌは空気読んで立ち去れやと暗に言っている事は
それなのにエミリは微動だにしない・・・もしかして僕がセシーヌを襲うと思ってる?
「あっ、あー、そろそろ屋敷に戻らないと!」
そんなことはないけど何故か居づらい雰囲気に耐え切れず立ち上がる
「・・・はい。では教会の外までお送りしますね」
「いや、2人は知ってるから・・・ほら」
そう言ってゲートを屋敷に繋いだ。2人はゲートの事を知っているし目の前で使っても問題ない・・・やっぱりゲートって便利だな
「ロウニール様!!またすぐにお会い出来ますよね?」
「うん・・・暇が出来たら食事でも行こう・・・それじゃ」
逃げるようにゲートを潜り屋敷の自室へ戻った
雰囲気に流されてはいけない・・・ちゃんと決めないと・・・うん?
「あ・・・あ・・・」
チルとヒース!?なぜ僕の部屋に・・・そしてなぜ下着姿なんだ!?
「キャ・・・」
キャ?
「キャー!!!」
屋敷中に響き渡る声で叫ばれた・・・いやいやいや・・・ここ僕の屋敷で僕の部屋・・・だよね?──────
「お飲み物・・・入れましょうか?」
「いえ・・・もう大丈夫」
「???」
そう答えたはずのセシーヌはロウニールが座っていた場所を見つめながら空のコップに口をつける
余程ロウニールと居たかったのだろうか・・・そう思い何か気を紛らわす事でも話そうと必死に話題を考えるエミリにセシーヌはゆっくりと振り向き笑顔のまま尋ねる
「ねえエミリ・・・貴女最近マナ量が増えたりしてない?──────」
エモーンズ墓地前──────
今回の戦いで死んでいった者達の墓が増えた墓地・・・もうすぐ近くにあるロウニールの家まで届きそうな勢いだった
街にとっては数年分・・・いくら冒険者が死と隣り合わせの職業とはいえあまりにも人が死に過ぎた。得たものは大きいのかもしれないが・・・失ったものも・・・
「魔王を復活させたロウニールを恨むか?それなら代わりに私を恨め・・・彼はこの街の事を思いやってきたのだ・・・私は君達に・・・結局何もしてやれなかった・・・だから私を・・・恨んでくれ」
最終的には『エモーンズシールダー』に鞍替えした者達・・・でも好きで鞍替えした訳ではない。私がロウニールが行方知れずとなった後、組合の事を蔑ろにしたのが直接の原因だろう
もし私が『ダンジョンナイト』として皆を率いていたら・・・ロウニールの誘いを断り共に魔獣と戦っていたかもしれない。そうすればもしかしたら・・・この中の何人かは生き残っていたのかも・・・
いや違うな
どんな状況下であろうとも私はロウニールの提案を拒まなかっただろう・・・つまりどっちにしろ君達を裏切っていた事になる・・・『ダンジョンナイト』を続けていたとしても・・・
・・・ハア・・・やめよう・・・こんな事を考えても現実は何も変わらない・・・誰かの許しを得られれば今すぐにでもこの街を旅立てる・・・そう思っているからこそ出る自戒の言葉だ
ペギーと会うとつい張り合ってしまうが私はもう決めている・・・これ以上ここに残ると・・・ん?
目の前を通り過ぎる黒猫
そう言えば昔聞いた事があるな・・・黒猫が目の前を横切ると何とやらとか・・・じゃなくて!
「サキ!?なんで貴女がここに?」
「・・・に、にゃーん・・・」
「いや誤魔化せないから!ロウと一緒に王都に行ったのではなかったのか?」
「・・・ハア・・・」
ゲンナリした顔をしてため息つくとサキはあの時のようにサキュバスの姿に変身する。いや、正確にはこの姿が本来の姿で猫の姿が変身か?
「散歩しながらダンジョンを覗くものじゃないわね・・・まさかサラに見つかるなんて・・・」
「私に見つかると何かまずい事でも?」
「私を知る人間の中で唯一私が猫か魔族かを見極められる人間だからね・・・他の人間なら私の完璧な鳴き真似で『なんだ本当の猫か』になったはずよ」
・・・サキって実は天然?
「ちょっと!今失礼な事考えてたでしょ?」
「別に・・・それはともかく何をしているのだ?まさか本当に散歩してた訳でもあるまい・・・王都には行かなかったのか?」
「一緒に行く必要ないでしょ?王都なんて真っ平御免よ・・・私はここの空気が好きなの・・・特にこの墓地の空気が・・・生きてるって実感出来るわ」
「・・・墓地でその感想はどうかと・・・」
「そう?不幸なものを見ると自分の幸せが実感出来るでしょ?って事は人の死を見たら生を実感出来るって事にならない?」
「その辺は・・・人間と魔族の違いかもな」
「そう?とても人間らしい考え方だと思うけどね」
妖艶な笑みを浮かべるサキ・・・女の私でも魅力的に感じる・・・ロウニールからサキュバスは精を搾り取るような淫魔ではないと聞かされたが・・・過去の人間が間違いでも無理はないな
「で?なに?」
「いや、歩いてたから声を掛けただけで特に用事は・・・」
「そう・・・てっきり話があると思ったのに・・・あの時『色々と聞きたい事がある』って言ってたから・・・」
あの時?
・・・そう言えばサキが魔王と決別した後、ロウニールに1分の間魔王の相手を任された時に彼女にそのような事を言ったような・・・
「ないならいいわ。私はもう少しこの場所を散歩して・・・」
「待ってくれ!」
「・・・なに?」
「・・・聞かせてくれないか?・・・ロウが・・・ロウニールが見て来たものを──────」




