250階 上級魔獣
「守れ守れ!私を守るんだ!!」
エミリにバラされたくない一心で魔獣の群れの中に突撃したゼンは聖騎士団に護ってもらいながら比較的魔獣が少ない壁際に移動する
あらゆる事を想定しダンジョン前にかなり大きめの広場を作ったお陰で魔獣が溢れる事はなく周りを取り囲んでいる壁が壊される様子はなかった
魔獣は壁よりも人もしくは街へと向かおうとしているのは明白であり、壁際は安全地帯となりつつある・・・それに目を付けたゼンだったが予想外の事が起きてしまう
「おお!聖者様だ!我々を回復しにここまで来て下さったぞ!」
「・・・へ?」
壁際には魔獣は少ない・・・それは当然戦っている冒険者達も気付いていた。なので傷付いた冒険者やマナ切れの冒険者の一時避難場所となっておりその中に元聖者であったゼンが乗り込めば期待の目を向けるのは当然であった
「並べ並べ!聖者様の治療を受けたい奴は並ぶんだ!」
「い、いや私は・・・」
「聖者様!ありがとうございます!これでまた戦えます!」
その場を仕切る若者から手を握られ断ろうにも断れないゼン・・・いつの間にか出来ていた行列に顔を引き攣らせながらも順番に回復魔法を施し始める
「・・・なぜ私が冒険者なんぞを・・・」
「え?聖者様何か言いました?」
「い、いや、何でもない!・・・ヒール!」
やっつけながらも回復魔法の効果は変わらず見事に傷付いた冒険者達が再び魔獣に挑んで行く
その様子を満足気に見ていたエミリの横にランスが並ぶとエミリの方を見ずに口を開く
「これで満足か?」
「・・・元聖者様のプライベートを護ることも聖騎士のお仕事なのですか?」
「聖女様の御不在の間はゼン様に権利が移る。ただそれだけだ」
「権利・・・ですか。身は護ってくれても心は護ってくれない欠陥聖騎士団の吐きそうなセリフですね。まだ聖女親衛隊の方がマシと言うものです」
「・・・聖女様の前では大人しい印象だったがそっちが素か」
「私の素などとても聖騎士様にはお見せできませんよ」
「なるほどな・・・それよりもしやあの集団が聖騎士団より優れていると言っていた聖女親衛隊とやらか?」
ランスが顔を向けた方向はエミリが鍛える予定であった聖女親衛隊が魔獣相手に奮闘していた
数の暴力と呼ぶに相応しい戦法で
「・・・これから強くなる予定です・・・多分・・・きっと・・・」
一体の魔獣をこれでもかという人数で取り囲み倒していく様は決して褒められたものではないがゼンを護る為にしか動かない聖騎士団よりはマシ・・・その言葉を言おうとしたが飲み込んだエミリは不気味な気配を感じその方向を見た
「バカな・・・何も無い所から・・・」
ダンジョンから出て来た訳ではなく魔獣が湧いた事に驚愕していたエミリは更なる出来事に言葉を失う
その魔獣は武装した馬に乗り自らの頭を抱えた首なしの騎士
「デュラハン・・・か」
「知っているのですか?」
「物語の終盤に出て来る魔物・・・それくらいしか知識は持ち合わせていない・・・だが」
完全に姿を現したデュラハンはちょうど目の前にいた冒険者に持っていた槍を突き立てる
その威力は凄まじくまるで抵抗を感じていないかのように鎧を着た冒険者の胸に大穴を空けた
「物語の終盤に勇者パーティーを苦しめるくらいの強さである・・・くらいは知っている」
早く言えよ!と言いたいのを我慢してエミリはすぐに聖女親衛隊と侍女達を下がらせた。しかし・・・
「聖騎士団前へ!あの魔獣を討伐せよ!」
「ちょっ!正気!?・・・ですか?」
「奴がこちらを向いている・・・ともなればゼン様に被害が及ぶかも知れない・・・当然の行動だ」
聖騎士団は強い
しかしそれを遥かに上回る力を持つデュラハンに為す術なくやられていく
その姿を見ても眉ひとつ動かさないランスに痺れを切らしエミリが前に出るとランスはエミリの肩を掴みその足を止めさせた
「・・・なにか?」
「邪魔をするな」
「邪魔?・・・聖騎士団が殺られる邪魔をするなと?」
「あの馬が駆け始めれば一気にゼン様に届く・・・そうならないように動いているのだ・・・邪魔をするな」
確かに聖騎士団は一斉に飛びかかる訳でもなくて1人ずつで飛びかかり時間を稼いでいるようにも見えた
しかしその行為が無駄とでも言うようにデュラハンは1歩また1歩と近付いて来ていた
「・・・大した時間稼ぎですね・・・でも命の代償にしては足りないのでは?」
「そうでもない」
「どういう意味・・・」
「侍女長!あの魔物が・・・」
ランスのあまりの態度に食ってかかろうとしたエミリに1人の侍女が何かに気付いて叫んだ
見るとデュラハンは僅かだがこちらから逸れて進んでいた
「まさかゼン様から少しでも遠ざける為に?」
「そうだ・・・だから邪魔をするな」
なるべくゼンから遠ざけようと一方向から攻撃を仕掛ける聖騎士達・・・その成果かデュラハンは直線上にあったゼンとの距離が少しずつだが離れているように見えた
ただそれだけの為に命を張る聖騎士達・・・それを無表情で眺めるランス・・・
「私は聖騎士団ではないので勝手にやらせてもらいます」
「・・・」
「・・・もしセシーヌ様がこの場面を見られたら・・・どういう気持ちになるでしょうね?」
「・・・エミリ」
「なんです!」
「聖女様、だ」
「~~~!・・・貴方がデュラハンになればその頭はさぞいい武器になったでしょうね!」
そう言い残しデュラハンに向かうエミリ
それを見つめていたランスはふと疑問に思い侍女の1人に尋ねる
「先程のはどういう意味だ?」
「えっ!?・・・えっと・・・武器かどうか知りませんけどあの抱えている頭を武器として使用するとしたら・・・頭が硬い方が便利なので・・・その・・・」
「なるほど・・・あまりいい意味ではない事は分かった」
「・・・はあ・・・あっ!」
困惑する侍女をよそにランスはようやく動き出す
ランスとエミリの仲があまり良くないことを知る侍女はランスを止めようとするが叶わず、ただ仲間割れだけはやめてくれと祈り見届けるしかなかった──────
ダンジョン前広場中央付近
そこでビッグフィストと名付けたゴリラの魔獣と相対するはケンパーティーとダンパーティー
ダンパーティーはダンが魔王城に向かった為に1人少ないが元々5人パーティーの為にケンパーティーと数は同じ。ただ両パーティーともタンカー不在である為に接近戦は避けて中距離にてビッグフィストを追い詰めていく
ラージの伸びる槍を主体にマドスとマホの魔法でダメージを与え、スカットのナイフで急所を貫き最後にケンがトドメを刺した
大物を倒して喜んでいるケン達・・・だが、周囲を警戒していたスカウトのスーザンの顔が優れない事に気付きマホが話し掛ける
「どうしたの?」
「おかしい・・・魔獣の数が減るどころか増えている・・・しかも・・・確証はないけど湧いているみたい・・・」
「湧いているって・・・ダンジョンみたいに?」
「ええ。湧いている瞬間を見てないから確実とは言えないけどね・・・たださっきまでいなかった魔獣が次見た時にはそこにいた・・・ってのが何度かあってさ・・・気のせいならいいんだけどね」
「あーそれ・・・気のせいじゃないかも」
「湧いている瞬間を見たの!?」
「うん・・・ほら」
そう言ってマホはスーザンの後ろを指さした
「っ!」
振り返りスーザンが見たものは何も無い空間だった場所に突如現れた大きな鳥
頭が異様に大きく鋭いクチバシを持ち、その大きな頭を抱えては飛べそうもない小さな翼を持つ怪鳥・・・それがスーザンの背後に現れけたたましく鳴き叫ぶ
「ちょっ!何なのよ!!」
「スーザン!後ろに!!」
嫌な予感がした
その怪鳥が頭を上げクチバシを上に向けた瞬間に背筋に冷たいものが走る
咄嗟にスーザンの服を掴み後ろに引っ張った瞬間、怪鳥は頭を振り下ろしそのクチバシでスーザンの居た場所を穿いた
人間の大きさくらいあるそのクチバシは全て地面に埋もれてしまう・・・もしスーザンがその場所にいたとしたら・・・恐らく見るも無惨な姿へとなっていただろう
「お、恩に着るよ」
「感謝は後!・・・それよりどう考えてもヤバいよね・・・アレ」
獲物を逃がしたと知った怪鳥は頭を起こし首を傾げてスーザンとマホを見る
そして目を細めるとゆっくりと歩み始めた
「タンカーがいなくて良かったかもね・・・あれを間違っても受けたらペチャンコだよ」
「だね・・・動きは遅そうだからビッグフィストの時みたいに距離を保てば・・・」
マホの言葉を聞いてか怪鳥は奇声を発すると突然2人に突進して来た
速くはないが遅くはない・・・あっという間に距離を詰められ再びクチバシを上に向けるとマホ達に向けて振り下ろそうとした
「しゃらくせえ!」「アイスアロー!」
ラージが槍を、マドスが魔法を放ち牽制している間に2人はクチバシから逃れる為に背を向け走る
何とか距離を取り振り返って見た光景は予想よりも悪い方へと傾いていた
「・・・そんな気はしたのよね・・・」
「はっ・・・結構いける口なんだけどね・・・ウチの2人」
マホはビッグフィストの体を貫いたラージの槍とマドスの魔法を受けても平然とする怪鳥の姿を見て自分の直感が正しかった事を知る
ビッグフィストはビッグアームの上位互換・・・それでも少し強いくらいのレベルだった。が、目の前にいる怪鳥はダンジョンでは出会ったことのないレベル・・・未踏の地のボスレベルであると感じていた
「ねえ・・・そっちの最大火力は?」
「マドスの魔法になるね・・・って言っても準備に時間が掛かるからタンカーのいない状態じゃ・・・」
「格好の的ってわけね。うちは・・・」
「待たせたな!ようやく俺の出番だぜ!」
いきなり叫んで4本のナイフを投げるスカット
四方に投げたナイフは弧を描き怪鳥に突き刺さるも怪鳥は見向きもせずラージ目掛けて頭を振り下ろし再び地面に大穴を空けていた
「何が『待たせたな』だ!羽根の種類が増えただけじゃねえか!」
「う、うるさい!文句なら肉質の硬いビッグヘッドに言え!」
間一髪で躱してラージが文句を言うとスカットは顔を真っ赤にしながら怪鳥を指さし地団駄を踏んだ
「・・・あれじゃない・・・よな?」
「ええ違うわ。仲間である事すら疑わしい限りよ」
その様子を見てスーザンがスカットを指さして聞くとマホは真顔で答えた後で持っていた杖を握り締める
「ねえスーザン」
「なに?」
「かなり分の悪い賭けだけど・・・私に賭けてみない?──────」




